親が真剣になるほど遠くなる子供の心
かつて、娘は不登校だった。
発達障碍だと知らず、健康な子と同じ環境で学び、娘の特性をどんくさいやつといじめにあった。
教師からも阻害され、バカにされ。
あっという間に不登校だ。
とはいえ、私もいじめられっ子だったので、いじめにあうことの辛さが分かる。
どんどん言葉を失い、笑顔がなくなっていく。
心にあるのは、逃げるにはどうしたらいいのか、という思いだけ。
逃げたい。
死にたい。
強くならなくちゃ!
と周りの人間は言うけど、強くなれるものならいじめになんてあわない。
あっても、やり返すことができるだろう。
それができないから辛いのだ。
私は娘に逃げ道を与えた。
それが不登校。
娘は、それはいけないことだ、という思いが強かったが、当時の娘は自死を選択肢に入れていた。
帰宅途中の川に身投げしようか。
道路に飛び出そうかと、考えていたそうだ。
いじめる奴らの為に死ぬくらいなら、逃げた方がいい。
こうして娘は、中学の3年間を家の中で暮した。
高校も、ほとんど行っていない。
娘に合うところをと考え、あちこちの高校を転々とした。
結局、最後は通信高校を卒業したけど。
引きこもりにならずにすんだのは、当時の家が狭かったから。
町営住宅で、部屋も2部屋しかなく、引きこもりなんてできるはずもない。
今の家に越してきてからは、自分の部屋があるが、母子家庭の生活は引きこもりしていても、相手にしている暇がなかった。
引きこもりしてたのかもしれないが、それを引きこもりだと認識していなかったのかもしれない。
ただ、この6年間を通して分かったことは、親が必死になると子供は親から逃げるということ。
あれって、どうしてなのか?
親ならば、子供のことを心配して、悩んで苦しむのは当然。
なんとか助けてやりたいと思うのも当然。
だが、子供はそれを嫌う。
当時の私は、子供を心配はしても、どこかで諦めていた。
そのおかげで距離をとることができた。
それでも分かってあげたい気持ちは強かったけど。
分かるわけないよね。
今思えば、分からなくて当然だと思う。
たまにバイトしろって言ったけど、発達障碍特性のある娘に、そんなのは無理だった。
バイトしても、イヤなことばかりで、それに耐えることができず、すぐにやめた。
すると、そこから先1年は動けなくなる。
もっと早くに、それが特性だと分かっていたら。
あるいは、あの頃にAIがあったら。
もっと楽だったかもしれない。
なんにしても、親が必死になるほど、子供は逃げていく。
ある程度距離をとり、親が楽しそうにしていたら、子供の心も溶けていく。
とはいっても、結構「お母さんばっかり、楽しそうで、なんなんだよ!」と言われたこともあるけどw
こういう辛い過去も、遠くになると思い出だ。
笑えはしない思い出だけど、私という人間を形成している。
娘という人間を作っている。
学校だけが人間を作る場ではない。
学校から離れても、物事を知り、経験する場はたくさんある。
焦ってもしょうがないんだよね。
時間と共に解決していく。
ただし、30歳過ぎてもニートで引きこもりは話が違ってくるけど。
ひとまず娘は、32歳でやっと社会に出ようと思うようになった。
苦しかった過去を乗り越え、次のステップだ。
私は娘の為に、応援団長を務めるだけのこと。
気楽に、気長に、これからの人生を生きていこう。
久しぶりに真面目に語ったなw
なんか、やっぱりこういうの、私には合わない気がするw
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