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自分にとって大事なものはな~に?

自分にとって大事なものって何だろうね?

個人個人、大事なものって違うのは分かる。
赤ちゃんなら(考えないだろうけどw)ママかな。
ママがいなかったら生きていけないものね。
あるいはミルクか?
これは悲しいw

幼稚園児や、小学生なら?
拾った石や折り紙かもしれない。
あるいは、誕プレのお人形やミニカーかな?

中学生や高校生なら?

こう考えると、年代によって変わっていく。
生きてきた時間によって、大事なものって重さを加えて行くような気がする。

さて、私はどうか?

小学生の頃に大事なものなんてあったのかな?
記憶にない。

中学生でも、漠然と生きていて、いじめから逃れることばかりを考えていた。
そのため、大事なものは何かなんて、考える余裕もなかった。

高校生の頃の自分に聞いたら「家族」と答えるだろうな。
とはいっても、親離れが早くて就職すると家から出て独り暮らしを始めた。
親に縛られるのがイヤだったな。

ということは、家族が大事というのはどうだったんだろう?

結婚して子供ができると、家族というくくりがもっと小さくなった。
家族の中でも「子供」になった。

これはもう、子供を守るという親としての任務だけど、それでもそれが一番大事だと言える。

そして年を重ね、息子は結婚して家を出て、それっきり疎遠となった。
逆に娘は結婚したけど家から出て行かない。
いつまでも「おかあさ~ん」と呼んでいる。

病気で、甘ったれで、本来なら親の面倒を見る側のはずの娘だが、今も尚親に面倒を見られる側だ。

時として「おいおい」と思うことは多い。
しかも犬を羽交い絞めにされると、怒りが湧く。

ここで思う。
私の大事なものって「犬」?

ところが、娘が婿に泣かされると大事なものが変わる。
犬の存在は頭からぶっ飛び、怒りと共に悲しさで満たされ

「なんで離婚しないんだよ!
お前一人くらい、私が面倒見てやるのに!」

となる。

それでも、泣きながら耐える娘に、婿に言えずに我慢するしかない。
心が痛くなり、メンタルが崩壊しそうになる。
こんなこと続けてたら、私がうつ病になる。

そう思うほど、娘が大事なんだろうな。

つまり、大事なものってその時々で変わるのかもしれない。

ただし、大事と言えるのは「犬」と「娘」の二つだけなんだけどね。


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