RISE×RWSクロスプロモーションは、本当に選手のためなのかラジャダムナン観光化の先にある違和感
RISEとRWSのクロスプロモーションが発表された時、多くのファンは「日本とタイがつながる」
「世界への道が開ける」
といった前向きなイメージを抱いたのではないでしょうか。
しかし、この取り組みを冷静に見ていくと、本当に選手の未来につながるのか、いくつかの違和感が残ります。
ラジャダムナンがRWS興行を観光化に舵を切った
現在、ラジャダムナンの世界タイトルはRWSに集約されています。
問題は、王座が整理されたことそのものではありません。
ラジャダムナンが、RWS興行を「観光化」する方向へ明確に舵を切ったことです。
現在のラジャダムナンでは、
・1興行あたりの試合数は、わずか8試合
・開場18時〜終了23時という、約5時間の長丁場
・その間に
>ムエタイの歴史を紹介するプロジェクションマッピング
>軽いイベント演出
>初見の観光客向けの構成
が組み込まれています。

これは、かつてのような「戦いを見に来る場」ではありません。
現在のラジャダムナンは、ムエタイを素材にした体験型エンターテインメントとして再設計されています。
かつてラジャダムナンを支配していたのは、
・ギャンブラーの緊張感
・賭け金が生む独特の空気
・一発の肘や首相撲で場内が一変する瞬間
でした。

しかし現在は、
・試合数は減り
・興行のテンポは間延びし
・会場の熱量は分散する
構造になっています。
膝の攻撃の時の「テーー!」「カオパイ」とかの声はほとんど聞こえません。
それを味わうのもONEになってしまいました。
その結果、ラジャダムナン王者という称号自体が、タイ国内でも以前ほどの知名度や重みを持たなくなっているのが現実です。
大崎一貴選手の完封負けが示したもの
このような環境の中で、大崎一貴選手はムエタイルールで試合に臨み、完封負けを喫しました。
ルールが違う。
距離が違う。
首相撲も肘も違う。
それは大前提です。
しかし、それを差し引いても、今回の敗戦は「惜敗」や「経験」と呼べる内容ではありませんでした。完全なる負けでした。
そして何より、最も悔しい思いをしているのは、間違いなく選手本人です。
伊藤代表のコメントに残った違和感
試合後、RISE代表の伊藤氏は
「負けたら終わりではない。諦めたらそこで終わり」
とコメントしました。
個人の人生論としては、正しい言葉だと思います。
しかしこれは、異なるルールへの挑戦を主導した団体代表として、キャリアの分岐点に立たされた選手に向けて語る言葉としては、あまりにも抽象的でした。
ここで本来示されるべきだったのは、
・今後もムエタイに本腰を入れて挑戦させるのか
・今回限りの経験なのか
・団体として、どこまで責任を持つのか
という、具体的な方向性だったはずです。
それを「クロスプロモーション」という言葉で曖昧にしてしまうことは、選手の将来をぼかしてしまう行為に近いと感じます。
ルール分断が生む、危険な刷り込み
このクロスプロモーションの最大の問題は、試合が行われる場所ごとに、ルールが完全に分断されている点です。
日本では、RISEキックルール。
タイでは、ムエタイルール。
この形で交流を続けた場合、起きることは非常にシンプルです。
日本では、「ムエタイ選手は、キックでは弱い」
タイでは、「日本のキックボクサーは、ムエタイでは通用しない」
しかも、ラジャダムナンの観客の多くは観光客です。
彼らにとって、その試合はその日限りのエンターテインメント体験であり、背景や文脈が共有されることは、ほとんどありません。
結果として残るのは、薄く、表層的な印象だけです。
本当に世界を目指すなら、進むべき道
もしRISEが本気で選手を世界に送り出したいと考えているのであれば、進むべき道は明確だと思います。
まず挑戦すべきは、
ONE Championshipです。
私がONE Championship好きと言うだけではなく、ONEには明確なルールの区分けがあるからです。
キックボクサーの層が最も厚く、国際標準ルールで戦い、勝てば評価がそのまま世界につながる。
負けたとしても、ルールがRISEとほぼ同じなので、挑戦の質が問われる舞台です。
そこの土俵では、
世界で通用する選手。
そうでない選手
が、はっきりと分かれます。
その上で、首相撲、肘、ムエタイ的距離に適性のある選手だけが、ムエタイルールへ進む。
この順序を踏めば、挑戦の意味は明確になり敗戦の解釈も建設的になり、何より、選手のキャリアが守られるはずです。
少なくとも今回の大崎一貴選手の様にはじめから勝ち目の無い舞台に行く必要はありません。
結論:曖昧な交流は、選手を守らない
クロスプロモーション自体が悪いわけではありません。
しかし、
観光化された舞台
分断されたルール
曖昧な総括
精神論での幕引き
この組み合わせでは、選手の未来を測ることはできません。
「世界」と言うのであれば、どの世界を指しているのかを明確にする必要があります。
そして、挑戦を選手個人の覚悟に委ねるのであれば、団体の縛りを無くす必要があります。もしくは、団体として団体の方向性を設計すること。
それができなければ、クロスプロモーションは未来への橋ではなく、その場限りの観光イベントで終わってしまうと感じます。
昨日のRWS80周年イベントは、観光化されたラジャダムナンで、ムエタイを知らない外国人の中で、知らないタイ人王者と知らない日本のキックボクサーが、賞金を掛けて戦う見世物の様に映りました。

