木に実がなってたのか!
2年ちょっと前ですが、こんな記事↓書いたことがあります。
この時点↑の私は⋯
音楽家の部分は 既に根を張った「大木」なので今の所、多少放置しててもちょっとやそっとでは枯れない。
それに対して画家の部分は 目下、水や肥料をあげてる最中の「草」 。
こちらをせめて「小木」くらいに育ててバランス整える(一画家として音楽家である自分と同じくらい自立できる) まで、しばし画家である自分にフォーカス 。
note も読む人を混乱させないように「8〜9割 画家関連メインの発信場」にしよう。
⋯と考えてました。
ところがある人に最近、
(それぞれ別々に自立させた "後に"
かけあわせてハイブリッドの実にする⋯のでなく)
「木」自体がもともと既にハイブリッドで、
絵はそこに「実」がなった状態では?
既に長年の収穫が実って「今の姿」があるのでは?
⋯という意味合いのことを言われ、ハッとしました。
確かにそうだ⋯。絵を始めてからの演奏は確実に影響受けてて、「練習時の気分/出てくる表現」共に以前と滲み出る色合いのようなものが違うし、絵も「演奏経験のある私が描くからこそ」のものができあがる。
両方あってこその私。それそのものが私。
そういえば⋯
⋯これがストンと落ちるための伏線的流れが、ここ数ヶ月あったよなぁ⋯。
中でもこの秋、個展とコンサートがほんの数週間ちがいであり、準備期間が重なって「同時進行的に両立せざるを得なかった」経験も大きいかな。神様がここらで何かを気付かせようとしてたのか?(以前はシーソーのように「どちらかだけに専念してても支障無いタイミング」に、自然にそれぞれがセッティングされてました。)
あとは個展のお客さん達にも、「アクセサリー作家さんだけど4年前から声楽されてて初コンサート控えてる方(=私と逆バージョン)」とか、「自分の個展で楽器弾きながら接客してる方」とか…他にも我も我もと色んな形の二刀流族がぞろぞろと⋯。
時流なのか「いる所にはいる現象」なのか、年数関係なく自分の別世界もあたりまえに堂々と同列でお披露目する方々が増えてる印象も受けました。
そうだよな⋯。一時期、新鮮味も加わって「おーーー描いてる自分の方がもしかして本来の姿?」と思ったこともあるけど、いざ「演奏本番あるー!」ってなるとスイッチ入って、そちらはそちらで「入魂」だったもんな⋯。
長年やってたことでも1回1回は唯一無二。決して片手間になんてできなかったし、個展の方だって「まだ2回目だしこんなもんかな」なんてことは無かった。年季入ってようがなかろうが、「1音鳴らす瞬間」も「1筆置く瞬間」も精神状態は一緒。
「 " 今 " この( " 無 " になって媒体となる)瞬間」しか無い。
伝えたい。届けたい。
そのために自分ができる「手段」がそこにあれば、
ただ一瞬一瞬出し尽くしてやるのみ。
(他の二刀流表現者の方々⋯わかっていただけますよね?)
なのでこのあたりで、「音楽家としてのプロフィール」も記事にしておくかな。(今までは必要に応じて 生粋音楽家時代の旧ブログ に飛んでもらってたけど。)なんか切り離せなくなってきた⋯。
そしてその後は、両方のプロフィールのリンクが添付されてる記事ごと代表プロフィール にしたりして⋯。
もう note に両方まとめてしまえ!
⋯そんな気持ちになってる所であります。笑
順次、手をつけていきますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
【追記】
そのうち、二刀流仲間と交流できる機会も持てれば良いなぁ。(「どんな風に活動してる?」とか「どうやって両立させてる?」とか「人にどう説明してる?」とか。)新たな夢も出てきた⋯。
【それで出来たのがコレ】↓↓↓('24 12/10 追記)
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ありがとうございました。チップで応援していただけた場合…う〜ん、そ〜ですね、、、個展のDM郵送代にさせていただこうかな…と思います。手元に葉書が届くのってやはり嬉しいですよね。(ちなみに「必ず手書きで一言添える」タイプです。)