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オートマチックに自分を変える

高校時代の友人2人と飲みに行ったら、面白い発見がありました。

「人間は、その場にふさわしい自分であろうとする傾向があるのではないか?」
という発見です。

1軒目は創作イタリアンのお店に入ったのですが、庶民の僕の感覚からすると、すごく高かった。ビールは1杯900円、一番安いおつまみメニューですら1品で1000円。

「やべえ!場違いな店に入ってしまった!」と後悔しました。

まぁでもその金額でやるのも納得できるくらいお酒も料理も美味しかったです。店内も薄暗い感じですごくオシャレで、お客さんの治安がとても良かった。

2軒目は親しみやすいおばんざい系の居酒屋さん。

ドリンクもフードも、値段は1軒目の半分以下(ひゃっほーい!)。僕らは1軒目で抑えていた欲求を爆発させるがごとく、飲んで食べまくりました。

どちらもすごく良いお店でした。

ただとても興味深かったのが、1軒目と2軒目で僕らの会話の内容がまるで違ったということです。

1軒目では、何かこう上品であろうとするような、互いにそんな姿勢が垣間見えていました。仕事のこと、将来のこと、親のこと、真面目な話を真面目なトーンでしていました。お酒も高いのでちびちび飲んでましたね。

3人とも猫を被っているみたいで、なんだか無意識にオシャレな空間に馴染もうとしていた気がします。

一方、2軒目では高校時代の昔話に花が咲いて、まぁ下世話な話ばかりしていました。お酒もガバガバ飲んで、食べ物もどんどん頼んで、適度に羽目を外させてもらいました。

で、ふと友人が言ったんです。
「俺ら1軒目と2軒目で会話のレベル全然違くない?」と。
言われてみると、本当にそうだったんです。

意思疎通を図った上でそうしたわけではなく、1軒目では

・都会的なお店の雰囲気
・落ち着いた店員さんの雰囲気
・オシャレでお高いドリンクやフード

これらが作り上げる「場の空気」に、会話の方向性を決められていました(2軒目ではその魔法が綺麗に解けた)。

こんな間抜けな話はないです。

別に誰に制限されたわけでもないのに、1軒目では3人とも無意識レベルで「いい子ちゃん」をやっていたわけですから。

死ぬほど当たり前のことを言いますが、やっぱり環境って大事なんですよ。
無意識レベルで、その環境にふさわしい自分であろうとする。

めちゃくちゃオートマチックじゃないですか。
こんな性質、人生で活用しない手はないです。

だから最近は、「自分を変えなきゃな」と思ったときほど、まず環境のほうを疑うようにしています。

人は思っている以上に、ちゃんと場に合わせて振る舞おうとする生き物のようですので。

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