掌編小説 「春の風は」#せりふ三題噺
【side サキ】
下駄箱から、ローファーを取り出す。
少しだけ褪せた部分がある、足になじんで履きなれたローファー。
すのこの向こうにそいつをそっと置いて、足を入れる。かかとの所を指でちょっと引っ張る。
友達と連れ立って帰る子達は私のことを空気のように、何も気にしない。廊下を通っていく、放課後の活動をする子たちも、そう。
昇降口を出る。日が伸びたな、と、まだ明るい夕方の光に目を細める。
寒がりな私は、まだコートを着てるけど、そろそろ春の気配がする。ブレザーだけでも寒くなくなる季節に早くなって欲しい。
桜の木に僅かに膨らむ、粒のように小さい蕾を横目に、校門まで進む。
歩を緩めながら、私はチラリと、職員玄関を見た。
駐車してある車たちの向こうにいたその人は、私にすぐに気づくと、当たり前のような足取りで、でも私にだけはわかるような早足で、こちらに向かって歩いてくる。
私はまるで気づいてないようなフリをして、校門で足を止める。ポケットからスマホを取り出して画面を眺め、見てもいないタイムラインをスワイプする。
彼……原山先生が、隣に立つ時、私は先生のことを見もしないで、帰り道の方へと足を向けた。
見なくても分かる。原山先生が、微笑んで隣を歩く。
「……春が近づいてきたね」
そんな些細な一言に、信じられないくらい高鳴る胸を、バレないといいなと思いながらコートの襟を引っ張って、口元を隠した。
【side ユウカ】
屋上へと続く階段を、鼻歌混じりにハルキが進む。その指先に、屋上の鍵に付いているプラスチックのタグのキーホルダーリングをクルクル回しながら。
「ハルキ、よく屋上でサボってるけど、なんで鍵もってるの?それ職員室管理じゃないの?」
ハルキはフフンと鼻を鳴らして、得意げな色を瞳に浮かべる。
「ユウカ、オレが天文部員だってこと忘れちゃった?天文部の部室には、屋上の鍵があるんだよ。それにオレ、森っちと仲良しだし」
「天文部の顧問て森先生だっけ?そもそも部員もほぼいないんでしょ?部として成り立ってるの?」
「来年部員入らなきゃ廃部らしいよ。そしたらこの鍵どうなるのかな〜困るな〜」
「ハルキがサボる為だけに存在してる鍵があることの方が由々しき問題でしょ」
ハルキはあははは、と誤魔化すと、屋上のドアノブに、手馴れた手つきでその鍵を入れて回す。
明るくなる視界。夕焼けの、柔らかな光。
「おー、まだ明るいな、ユウカ、特等席案内するよ」
そう言ってハルキはスイスイと、さらに一段上に上がるハシゴを登っていく。
「ちょ、ちょっと待って、そんなとこまで行ってるの?」
「せっかく屋上なんだもん、いちばん高いところで視界を空にして風を感じたいでしょ?ほら、早く」
少し戸惑う私を、あっという間に登りきったハルキが、上から覗き込むようにして急かす。少し躊躇しながらハシゴをのぼる。これ、ほんとに怒られないかな、とその冷たい錆びた手触りを、確かめるように一歩ずつハシゴを踏みしめた。
登り切ると、ハルキはもう座って、後ろ手を着きながら足を投げ出していた。
風に、そのショートカットがなびいて、気持ちよさそうに目を細めてる。
「やっと来た。座りなよ」
隣を手でポンポンと促してくるハルキに、少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
「……スカート汚れる」
私の拒否の言葉にハルキは眉間に皺を寄せた。
「……じゃあオレの上に座る?……なんてね」
「……調子乗りすぎ」
二人の間を、早春の少しだけ冷たい、だけどぬるい風が吹いた。
開けた視界なのに、私はつい、通学路を眺める。いつも歩いている道が、遠く、小さく、全部を俯瞰して眺められる。
ミニチュアみたいだ。
駅への道を目で辿っていると、見覚えのある人を見つけた。
「……サキと原山先生が一緒に歩いてる」
「え、マジ?」
ハルキも立ち上がって、私の指差す先に視線を向ける。
「わ、ほんとだ。そういう関係?」
「だったらやばいね、サキ、大人しい顔してやるなぁ」
「たまたまじゃない?」
「たまたまだったら私も原山先生と駅まで歩くとかしたいなぁー、羨ましいー」
私の言葉に、ハルキは私の顔を見る。開いた口で何かを言いかけてから、真面目な顔をして私の目を覗き込んで言った。
「ほんとに羨ましいの?オレと屋上で風浴びてる方が、よっぽど特別じゃない?」
私は言葉を一瞬失って、目を逸らした。
ハルキは目を逸らしてくれない。
私の中を言葉が駆け巡ってから、ハルキを見つめ直す。
「……ハルキとの特別と、原山先生への憧れは別じゃん」
その言葉に、ハルキは一瞬驚いてから、困ったように眉間に皺を寄せながら笑った。
「ずるいね、ユウカは」
「……どっちがずるいんだか」
二人の間に、また寒くてぬるい風が吹く。
強い風が、吹けばいいのに。
私にも、サキにも、まだ春一番は吹いていない。
■セリフ
「ずるいね」
■三題
・屋上
・春一番
・ローファー
こちら書かせていただきました!🙇♀️
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!