短編小説 ススキとセイタカアワダチソウ #虹色創作部
「次のテストで満点が取れたら、先生からのご褒美があります!みんな、頑張ってくださいね!」
先生の言葉に、クラスが湧くようにどよめく。
整った輪郭、涼しい目元、スっと通った鼻筋に、調和するような笑みを称えた薄い唇。全てのパーツがバランスよく並んで、それを引き立てるような黒髪ショートの髪型……担任の原山先生は、誰がどう見ても、「イケメン」という言葉がピッタリの外見をしている。
しかも、面白くて優しい。生徒に分け隔てなく笑顔で接するその姿は、その外見の良さを裏打ちするかのように、良い先生像を生み出している。
……私には、その笑顔が仮面のように感じる。
先生からのご褒美がみんなは欲しいようだけど、ご褒美で釣るなんて子どもじみてるな、と窓の外を見た。
秋の曇り空。高い空は広く白く広がっていて、私は気づかれないようにため息をついた。
部活を終えて、校門を出る。
暗くなり始めた辺りに、街灯がぼんやりと夜の始まりを知らせている。
と、後ろから声をかけられた。
「やぁ、今帰りですか。部活お疲れ様」
少し驚いて振り返る。知っているその声の持ち主は、原山先生。微笑みを称えた整った顔に私は少しだけ眉間に皺を寄せる。ども、とだけ答えて口をつぐんだのに、先生は当たり前に隣を歩き始めた。私にだけ、居心地の悪い空気が流れる。
「部活も大変だと思いますが、テスト勉強はどうですか?」
先生は私の気持ちを知ってか知らずか、続けて話しかけてきた。
「……まぁぼちぼちやってますよ」
「君はいつも優秀ですもんね。その頑張り、先生は見てますよ」
夕方の冷たい風に、先生の髪が少しだけ揺れる。私はウインドブレーカーの前のチャックを首元まで上げ直した。
「先生……気になってること聞いてもいい?」
私は、こんな風に先生と二人で話すことも無いなと思って、切り出すことにした。
「なんでしょう?なんでも聞いてください」
先生の瞳が少し光った気がした。
「……先生はさ、頑張って満点をとったらご褒美、なんて言ったけどさ、大事なのは結果だと思ってるの?」
唇をへの字に曲げている私に、先生は表情も崩さない。
「良い質問ですね。私は……どちらかと言うと、過程を大切にしてるかな。結果はもちろん大事だけど、そこに至るまでの努力や、考えた時間が人を成長させると思うんです。ご褒美は、その頑張りへの小さな拍手なんですよ」
私はその答えに、違和感を感じてしまう。自分の中の違和感の出どころを探したくて、また問いかける。
「先生は努力を見てくれるの?点数からさかのぼらずに?」
秋の虫が、綺麗な声ですぐそばの草むらで鳴いている。私はその虫の名前も姿も分からない。
先生も草むらに少し目をやった。
「もちろん。私は点数という結果だけではなく、そこに至るまでの過程や努力の跡をちゃんと見ています。小さな工夫や粘り強さだって、立派な成果の形ですからね」
努力。成果。
どうしても、その二つが先生の中で結びついてる気がして、ソワソワしてしまう。
「でもさ……私がすっごいがんばって、満点取れた時と50点だった時、先生は同じように褒められると思う?」
私が横目で先生に投げかける。先生は少し顎に手を当てた。
「うーん、褒め方は少し違うかもしれませんね。でも気持ちは同じですよ。
満点のときは成果を讃えて、50点のときは努力と成長を褒めたいんです。どちらも大切な一歩ですから」
進むこと……先生はそれを大事にしていると、はっきり感じてしまった。
「先生、すごい変なこといいます……
頑張らないでもとれる満点、頑張ってとった満点、サボった50点、頑張っても50点しか取れなかった時……全部の意味をちゃんと見られますか……?」
先生は少し眉根を寄せた。
「難しい問いですね。でも、私はそれぞれの中にちゃんと意味があると思っています。
頑張らなくても満点なら、その人の素質を、頑張っても50点ならその人の粘りを。
どんな点でも、努力の跡を見逃さないようにしたいんです」
そう言って、先生は作ったような穏やかな笑みを見せる。……ああ、この人は、どこまでも理想の教育者……指導する者なんだ。
私は遠く沈んでしまった夕陽の方を見た。
「でもさぁせんせ?50点は50点じゃん?頑張って報われなかった50点の人が、頑張らない100点の人の事を見る時の気持ち、せんせはどうするの?」
先生は少し考えながら私と同じ方を見た。
「それは……胸の奥がちょっと痛む瞬間ですよね……でもね、他人と比べてしまう気持ちは悪いことじゃありません。その痛みを次の力に変えられるように、私はそっと背中を押したいんです」
二人の間に、冷たい風が通り過ぎて、指先の熱を奪っていく。
「背中を押す……かぁ。じゃあさ、立ち上がれない子の背中はそのまま通り過ぎるの?」
先生は足元に少し視線を落とした。
「……通り過ぎたりはしませんよ。立ち上がれない子のそばに、ただ座って待つことも背中を押す方法のひとつだと思っています。急がずに、心が動く瞬間を一緒に待つんです」
「先生?立ち上がれないことはいけないことなのかな?心は動かないといけないの?」
先生は、少しだけ考えて、優しく息をついた。
「いけないことなんてありませんよ。心が動かない時は、ただそのままで良いんです。無理に動かそうとすると、かえって傷ついてしまうこともありますからね。休む心も、大切な力ですよ」
その答えに、私は眉をひそめる。欠けたアスファルトが靴底で踏まれてじゃり、と鳴る。
「先生、やっぱり、歩き出すことを前提としてない?先生はやっぱり教育者だから……再び歩いて欲しいと心のどこかで思ってませんか?」
先生は、私の言葉に優しく微笑みかける。
「そうかもしれませんね。私のどこかには、また歩けるようになってほしいという願いがある。でもそれは『正しい姿』ではなく、『その人が心地よくいられる形』を見たいだけなんです」
「その『心地よくいられる姿』が、社会の中に混じらない姿だとしても、先生は肯定できますか?」
私は、なんでこんなヴィランの気持ちみたいなことを聞いているんだろう。私自身は、どちらかと言えば優等生なのに。
空き地に、ススキが波のように生えていた。その隙間を、争うようにセイタカアワダチソウが生えている。
先生は、言葉を選んでいる。
「うん……私は肯定しますよ。社会の形に合わなくても、その人が穏やかにいられるなら、それは立派な生き方です。無理に混じる必要なんて、ありません。」
違う。私が聞きたいのは、そんな答えじゃない。
「先生は、『混じれない人を受け入れる社会』を作りたいの?それとも、『誰も混じらなくてもいい社会』を目指す人ですか?」
先生もススキをチラリと見る。
「私は、『混じれない人を受け入れる社会』を作りたいと思っています。誰も混じらなくてもいい社会は優しいけれど、孤独になりやすい。だから、混じれない人がそのままいても温かく包まれる社会が理想ですね。」
「じゃあ先生、私がずっと混じらずにいても、そのことを『社会の未来』として語れますか?」
私の投げた視線に、先生は、一瞬息を飲んでから、呼吸を整えるように静かに息をついた。
「……語れる、と思います。あなたが混じらずにいる姿は、『社会のかたちを問い直す未来』なんです。
混ざらない存在があるからこそ、世界は広くなれるんです。」
先生の言葉に、私は更に眉をひそめる。それは、やっぱり『正しい社会の枠組み』の中にいる人が決めつけた優しさだ。
「先生、私は象徴になりたい訳ではないんですよ、ただそこに在ることが、『許される』ではなく、『自然に溶け込む』社会であるべきではないかと問うているのです」
セイタカアワダチソウがススキの中で揺れる。
先生は私の言葉に少し考えをめぐらせるように、視線を落としてから、静かに言った。
「なるほど『許す』という前提すら要らない世界、ですね。
存在が特別視されず、ただ在ることがたり前になるーーそれこそが本当の共生かもしれません」
「そうです、そう思うんです。前提がある時点で、どこか正解の気配がある。その枠から外れる事は、本当に『不正解』なのか、無意識にそうやって分けてるのではないかと私は思うんです」
私は一本、ススキを引き抜いた。
もう暮れてしまった夕日を思いながら、街灯にそれを透かす。
先生はそんな私を静かに見つめている。
「……たしかに、”正解”という考え方は、誰かの作った地図のようなものかもしれませんね。
その線の外にいるからといって、迷っているとは限らないですね……。むしろ、その外側にも大切な風景があると思います」
先生はススキの穂先を優しく撫でた。
「……先生、そういうことももっとみんなに言ってあげた方がいいよ、私は、自分で言うのもなんだけど優等生だから点を取れる側にはいるけどさ、そういう痛みを抱えてる子、いっぱいいると思うよ」
私は先生の目を見つめる。その瞳が切なく揺れた気がした。
「……ありがとう。
あなたがそう感じているなら、きっと他の子たちも同じように感じているんですね。私も、もっとその部分に光を当てられるように気をつけます」
そう言って、先生は少し俯いた。
私が透かして街灯に照らされたススキ。
自分で望んだ訳ではないのにそこに生えて嫌われるセイタカアワダチソウ。
世界には、仕組みの時点で弾かれる者がいる。
「先生は、教育者のかがみみたいだとは思うよ。優しくて、明るくて、みんなを導いてくれる、そういう感じがする。だけどね、そういう眩しさに、自分の影が長く感じちゃう子もいるんだと思うの」
「……そうか。
私の光が、誰かの影を長くしてしまうこともあるんですね。気づかせてくれてありがとう。
眩しさに目を細めた誰かの隣で、ちゃんと影にも声をかけられる教師でありたいです」
先生の答えが、あまりにも自分が光だと自覚している言葉で私は思わず、諦めに似た笑いが出てしまった。
「その姿勢がもう眩しいんだって。だけどまあ......それが先生の良さなら仕方ないのかなぁ.....」
私の口調に、先生は少し照れながら苦笑する。
「眩しいって言われるのはちょっと照れますね。でも、そう言ってもらえるなら、その光は誰かのためにちゃんと使いたいなって思いますよ」
誰かのために、か。
先生はやっぱりどこまでも、導いてくれようとする側なんだな。
私は、ススキとセイタカアワダチソウが混ざる雑草の海と、街灯に照らされた先生の端正な横顔の輪郭をただただ眺めていた。
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