掌編小説「あの子の傘」(虹色創作部)
彼女は雨を避けるために傘を差していたのではなく、忘れないためにそれを手放せなかった。
しとしとと、夜の空気をそのまま沈めていくような雨が降る。
美依子は、少し色あせたその傘を広げた。
賑やかさも息を潜め始めた深夜の郊外の歓楽街に、そして私の耳に、その音が大きく響いた。
「……その傘、まだ持ってたんだ」
美依子は、その濡れたようなアンニュイな瞳を私に投げ、口元をフッと緩める。
「うん。……気になる?」
「い、いや、別に」
私はしどろもどろになって、昨日変えたばかりの秋色のネイルを指先でいじる。
――あんな男のこと、早く忘れなよ。
そんな一言が、簡単に言えたらいいのに。
私は、深く優しい色をしたネイルを見ながら、自分のいくじなさに近いこの気持ちに、ただもどかしい気持ちになる。
「……ネイル、可愛いね、私も変えようかな」
私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は私の爪を見た。
昨日変えたんだ、と手を広げてみせると、彼女は傘を肩にかけ、その手を取ってよく見てくれた。
雨の夜に冷えた指先が、火照る私の指先に触れる。
「秋の色。素敵だね」
「美依子はもっと派手でもいいかもね」
「あなたもそういうことを言うの?」
冗談めかして言った美依子の言葉が胸に刺さる。
私も美依子を、決めつけてるのかな。
「もう帰る?」
「どうしようかな……白けちゃったよね」
今日は、実は中学の同窓会だった。
久しぶりに会うメンツ。
見た目も雰囲気も変わっているのに、話してみると中学のあの時そのものに戻ったような、不思議な感覚。
一次会は先生もいて、和やかに終わった。
二次会でカラオケに移動してからが良くなかった。
みんなそれぞれの時間を生きて集まったはずなのに、当時のスクールカーストそのままに、弱いものが強いものにいじられる。あまりにも醜い様子が広げられた。
私と美依子を含め、その様子に辟易した子達は、少しずつフェードアウトするように店を出たのだった。
「……飲み直す?私、いい所知ってるんだ」
ちょっと行ったところに、バーがあるんだよ、と美依子は続ける。
その指を指す手と反対の手に、握られた赤い傘。
“あいつ”の顔が、その傘から亡霊のように私を挑発する。
「……いいね!行こう」
私はそれを無視した。
今この瞬間、美依子の隣にいるのは私だ。
この気持ちが知られなくても、実らなくても、この時だけは、私は彼女の“友人として”ここにいさせて欲しい。
弱い雨が、傘を湿らせるように降り続いた。
こちらの企画に参加させていただきました……!
11日までって今日まで大丈夫だったのかな……笑
ギリギリですみません。(←ずっと悩んでた)
素敵な企画をありがとうございます!
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