統一教会とオウム真理教 メディアは「宗教弾圧」を反省しない
25日の「統一教会解散命令」には、私もはらわたが煮えくり返った。
少し前から、予想されていたこととはいえ、いざニュースを見ると、血圧が急上昇して、私の命をおびやかしかねないと感じた。
だから、25日はあえてニュースは見ずに、咲きかけた桜ばかり見ていた。
日本で民主的に最も長く選ばれた首相を暗殺した犯人に、日本の政治家と司法は「ご褒美」をあげた。
SNSには、疑問と抗議の声がたくさん上がっていた。私も同じ思いである。
スゲえな。安倍晋三を暗殺しておきながら、その山上徹也に逆恨みされた、統一教会の方が、逆に解散に追い込まれるのか…しかも文科省が証拠を捏造までして
https://sankei.com/article/20250225-WA4I4E57UZAJJP4QTACTOFUELU/
気に食わなかったら殺した方がよい!―――そう法曹界が煽ってるようなものだろ、この判決は… (´・ω・`)
スゲえな。安倍晋三を暗殺しておきながら、その山上徹也に逆恨みされた、統一教会の方が、逆に解散に追い込まれるのか…しかも文科省が証拠を捏造までしてhttps://t.co/KLHdre1YTk
— 蓮舫赤軍 (@INRISPQR) March 25, 2025
気に食わなかったら殺した方がよい!―――そう法曹界が煽ってるようなものだろ、この判決は… (´・ω・`) https://t.co/9m2nx35cGt
「創価学会、立正佼成会、天理教、霊友会、ワールドメイト、生長の家、幸福の科学、真如苑、PL教団、どれも問題ないけど旧統一教会だけはなぜかダメなんだよな」 そうなんですよ、全く意味が分からない。何でこんな簡単なことも裁判所は理解出来なかったのか。リベサヨへの忖度以外あり得ない。
「創価学会、立正佼成会、天理教、霊友会、ワールドメイト、生長の家、幸福の科学、真如苑、PL教団、どれも問題ないけど旧統一教会だけはなぜかダメなんだよな」
— 雁琳(がんりん) (@ganrim_) March 25, 2025
そうなんですよ、全く意味が分からない。何でこんな簡単なことも裁判所は理解出来なかったのか。リベサヨへの忖度以外あり得ない。 https://t.co/Gf9DtCHFwp
解散請求は法人格の取り消しに過ぎず信教の自由とは何の関係もないという人のなかに、学術会議問題の時には学問の自由が危ないとか言ってた人はまさかいないと思いますが……
解散請求は法人格の取り消しに過ぎず信教の自由とは何の関係もないという人のなかに、学術会議問題の時には学問の自由が危ないとか言ってた人はまさかいないと思いますが……
— 河野有理 (@konoy541) December 3, 2022
【所感】解散命令請求より前に書いた論考再掲。安倍元首相暗殺がなければ解散命令はなかったことは間違いない。暗殺が政治を動かし、大義と功績を与えることになっても構わない、それがこの国が出した答えだったのか
解散命令は教団に確実にダメージを与えるものの、問題解決につながるわけではないことはこの記事からもわかる。ダメージを与えること自体が目的なのだろう。それはまさに被害者である暗殺犯が狙っていたこと。被害者の復讐は成就したhttps://t.co/gQPsaPRhJ0
— 楊井人文 Yanai Hitofumi (@yanai_factcheck) March 25, 2025
【コメント】毎日新聞が憲法学者のコメントを載せた以外、解散決定に疑問を呈する意見なし。安倍元首相暗殺を契機とする特異な経緯などから疑問・異論も少なからずあるはずだが、一面的な報道姿勢。エコーチェンバーを体現しているのは伝統メディアでは?
【コメント】毎日新聞が憲法学者のコメントを載せた以外、解散決定に疑問を呈する意見なし。安倍元首相暗殺を契機とする特異な経緯などから疑問・異論も少なからずあるはずだが、一面的な報道姿勢。エコーチェンバーを体現しているのは伝統メディアでは? https://t.co/uGH3dbT2Qv
— 楊井人文 Yanai Hitofumi (@yanai_factcheck) March 25, 2025
この解散命令に抗議した政党は、幸福実現党とNHK党だけだった。
そして、上の楊井(やない)人文のポストにあるように、既成メディアも反対せず、むしろこぞって歓迎した。
この国は、政治も、司法も、メディアも絶望だ。
どこに希望があるというのか。
ああ、血圧が上がる。
でも、「いい面」を見よう。
少なくともSNSには、上のように疑問や抗議の声があがり、それを共有できている。
ネットがない時代は、それもできなかったのである。
それまでは、政治、司法、行政、メディアががっつりタッグを組み、やりたい放題であった。
ちょっとした発言の言葉尻をつかまえ、民主的に選ばれた政治家のクビを飛ばすことなど平気であり、誰もそれに文句が言えなかった。
現在は、兵庫県知事の再選や、杉田水脈の活躍のように、メディアと、各組織に潜む左翼が連携しても、なかなかクビを取れないようになってきた。
そして、そのような状況を作ってきた立役者として、やはり安倍晋三元首相の存在は大きかった。
安倍は、おそらく戦後初めて、左翼メディアの攻撃に真正面からはむかい、戦った首相だった。
そのために、彼は殺されたとしても。
安倍は、憲法改正は果たせなかったが、メディアと戦って勝てる可能性を、政治的なレガシーとして残した。
その後の岸田と石破は、メディアに媚びなければ権力を維持できず、安倍の功績をぶち壊したとはいえ、状況が変化したのは間違いない。
現在の左翼メディアや左翼政党、左翼司法を支える高齢者がいなくなれば、遅ればせながら日本は変われるかもしれない。
その希望に賭けたい。
*
ところで、オールドメディアが日本を完全に牛耳っていた30数年前にも、「宗教弾圧」はあった。
オウム真理教事件だ。
たまたま今月は、1995年に起こった地下鉄サリン事件の30周年(3月20日)というイベントもあった。
そのニュースや振り返りを見ていても、オウム真理教事件がいまだに理解されていないと感じた。
オウム真理教は「狂気のテロ組織」だったと言われる。
そのとおりだが、なぜ、そうなったのか。
オウム真理教は、最初からテロ組織だったわけではない。
当初は、「ヨガ教室」から発展した、少々風変わりな新興宗教団体にすぎなかった。
統一教会のアクティブ信者は、最盛期よりだいぶ減って、現在2万人ぐらいだそうだが、オウム真理教は、最盛期でも、在家を入れて1万人を超えていないはずだ。
東京都に宗教法人として認可された1989年当時は、信者数百人〜数千人の小団体だった。
なぜそんな小さな団体が、世界を震撼させるような「化け物」になったのか。
それは、1989年の秋から、サンデー毎日が「オウム真理教の狂気」というキャンペーンを始めたからだった。
そのネタをサンデー毎日に持ち込んだは、当時「神奈川新聞」をやめてフリーになったばかりの江川紹子だった。
私は、オウム真理教事件は、サンデー毎日の「宗教弾圧」から始まった、と思っている。
現在はサンデー毎日は新聞の出版子会社から出ているが、当時は毎日新聞本体から出ていた。
サンデー毎日は、1989年の春に、「宇野宗佑愛人スキャンダル」を暴いて、直後の参院選での自民党敗北をもたらした。
それで土井たか子の社会党が躍進し、宇野内閣は崩壊する。
当時のサンデー毎日編集長、鳥越俊太郎は、いちやくヒーローとなり、不況の毎日新聞を辞めて、テレビ朝日のニュースキャスターに転身した。
鳥越俊太郎の次に編集長になった牧太郎は、同様の派手なスキャンダルを狙っていた。
当時はバブル期だったが、週刊誌の世界では出版社系が強く、とくに1988年に花田紀凱が編集長になった「週刊文春」が、同誌の史上最高部数を記録していた。
鳥越や牧は、新聞記者上がりで、花田のような出版のセンスはない。群ようこは、「サンデー毎日は占いと西原理恵子の漫画以外、読むところがない」と書いていた。
雑誌の売り上げは、結局きわどいスキャンダルに頼らざるを得なかった。
そこで、牧太郎は、江川紹子が持ち込んだ「オウム真理教」ネタに飛びついた。
繰り返すが、当時のオウム真理教は弱小団体であり、大きな問題を起こしていたわけでもない。
しかし、半年前に政権を倒したばかりの新聞社系週刊誌が、いきなりその弱小団体を「狂気の集団」だと名指しし、潰しにかかったのだ。
サンデー毎日「オウム真理教の狂気」特集の第一弾が出た日、麻原彰晃が編集部に抗議に来たことを、牧太郎自身がのちに記している。
一九八九年十月二日午後一時ごろのことである。翌週の「サンデー毎日」をどんなメニューで埋めるか、企画会議を開いている最中に、麻原尊師から電話がかかってきた。「取材が強引だ。会いたい」と言うのだ。
この日発売された「サンデー毎日」には「オウム追及キャンペーン」の第一弾が掲載されていた。「極端な布教」や、血のイニシエーションの「詐欺性」を具体的に暴いた告発記事である。
「強引とは思いませんが、ご意見があるなら、お出でください」と答えると、麻原は、数人の弟子を連れてやって来た。サンダルを履いて、質素な服装。「太っているなあ」というのが、最初の印象だった。一緒に来た数人の信者と比べると、比べものにならないほど肥満である。(中略)
彼らの主張は「信教の自由」である。「あなたがたは、宗教を勉強していますか?」と議論を吹っかけてくる。
ところが僕のほうから「未成年に三十万円、四十万のお布施は高くないか」と逆に質問した途端、「高い? だったら幾らならいいんだ」と麻原はいきり立った。ものすごい剣幕である。異常な剣幕である。
「地獄に落ちるゾ」ーー宣戦布告のような捨てゼリフを残して、彼は退席してしまった。(中略)
「カネに汚い」とストレートに指摘され、どうしようもなく「劣位の表情」を見せたのだろう、と僕は考えていた。
(牧太郎『新聞記者で死にたい』中公文庫、2010、p78-79)
このように、麻原彰晃と信者の一団を、新聞社に招き入れていることからも、彼らが「テロ集団」として警戒されていなかったことがわかる。
サンデー毎日がオウムを「狂気」だと追及した主な根拠は、上の牧の文章にあるとおり、「カネに汚い」ということだった。
それは、今回の統一教会の解散命令の根拠と同じだ。
高額な「お布施」が問題だという。
しかし、宗教とはそんなものだ。中世の天皇は、国家財政がかたむくほどのカネで豪華な寺院を建てまくった。(それがいま観光資源になっている)
創価学会だって、聖教新聞や公明新聞を、信者一人で何部も取らせるようなノルマを課していると言われる。
そして、当時のサンデー毎日の発行元、毎日新聞社は、その創価学会に後援されていた。聖教新聞や公明新聞を刷っていたのも毎日新聞関連の印刷所である。
サンデー毎日や毎日新聞本体に池田大作のインタビューを載せて信者に買わせ、さらにそれを出版局から本にして利益を得ていた。
どっちがカネに汚いのか。宗教で儲けてるのはどっちか。ケタがちがうのである。
麻原も、そのことを知っていた。(のちにオウム出版局の出版物でそのことが追求される)
オウムの信者数は、前述のとおり、当時せいぜい数百人〜数千人以下の規模だったが、創価学会は当時から信者1000万人と言われた巨大団体だ。オウムはざっと1万分の1である。
それなのに、なぜわれわれ「オウム真理教」だけが、「お布施が高すぎる」から「狂気」だと、大新聞社に叩かれなければならないのか。
ーーという麻原の疑問はもっともであった。
「未成年」というが、そのほとんどは大学生であり、信教の自由に年齢制限はない。
サンデー毎日の報道は一方的であり、宗教弾圧だ、という声は、オウム以外からも後にあがる。
当時、牧太郎は、そうした批判を予想し、「信教の自由」という憲法上の権利を制限すべき理由を、次のように編集後記に書いていた。
戦後のデモクラシーには、二つの誤った側面がある。「見せかけの民主主義」と「行き過ぎの民主主義」である。(中略)
「権利」と「自由」を主張するばかりに、社会との調和を無視した「行き過ぎた民主主義」も、あちこちで、横行している。
「宗教」と名乗れば、何でも出来るーーという風潮があるとすれば、それは「行き過ぎ」ではないか。
十月の紙面改革にあたって、本誌は「タブーに挑戦! ニューデモクラシーを目指します」というコピーを、広告に打ち出すことにした。
(1989年9月27日編集後記 牧太郎『「サンデー毎日」編集長日記』三一書房、1992、p42-43)
この文章は、当時のマスコミの傲慢さをよく表していると思う。
なぜ週刊誌の編集長に、われわれの「デモクラシー」を変えてもらわねばならないのか。
しかし、当時は、こういう誇大妄想的なマスコミ人が多かった。
実際に、それだけ巨大な権力を振るっていたからである。
しかし、「タブーに挑戦」の旗印で、標的にされた麻原とオウム真理教はたまったものではない。
1989年当時、牧太郎は45歳(1944年生まれ)だったが、麻原彰晃は34歳(1955年生まれ)だった。11歳年下だ。
オウムの信者も、20代が多かった。
ベテランの政治部記者だった牧太郎にとっては、取るに足らない若者集団であり、すぐに降参する、ひねり潰せる、と思ったのではないか。
しかし、オウム真理教は、一味ちがった。
メディアに潰されることを拒否し、逆に毎日新聞を潰そうとしたのである。
創価学会にせよ、幸福の科学にせよ、ワールドメイトにせよ、新興宗教団体は、結局は既成メディアと融和し、メディアに書籍広告を出すなどの利益供与をして、共存共栄をはからざるを得なくなる。
だが、オウム真理教だけは、メディアに対して、徹底的に非妥協的だった。そこに、この団体の特色があった。
それも、私は、サンデー毎日の報道姿勢に原因があったと思っている。
私は、オウム真理教が「テロ集団」に変貌した瞬間があるとすれば、それは1989年10月2日、毎日新聞社内で、麻原が牧太郎に侮辱されたと感じ、「地獄に落ちるぞ」とつぶやいた時だったと思っている。
それ以降、オウム真理教は、「戦闘集団」になる。
日本の最大の権力に挑む存在になる。
もうみんな忘れているかもしれないが、当時オウムが主張していのは、「資本主義批判」でも「自民党批判」でもない。
メディア批判である。
公安に睨まれるといけないので、ここでその文言を直接引用するのは避けるが、オウムは自分たちの出版物の中で、「人々がメディアに思考を操られ、白を黒のように言いくるめられている」と主張していた。
それは、今、多くの人がSNSで主張していることと、基本的には同じである。
それ以降のことは、当時の資料を調べ、また私の想像もまじえて、「平成の亡霊」という小説に書いたから、興味ある方は参照してほしい。
ただ、一つだけ言っておかなければならないと思うのは、坂本堤弁護士一家殺害事件と、TBSとの関係だ。
いまだに、TBSが坂本弁護士へのインタビューを、放送前にオウム側に見せたから、坂本一家は殺された、と思っている人がいる。
しかし、それは事実ではない。
TBSが問題になったのは、当初はオウムに見せていないと言っていたのに、のちの社内調査で見せていたことが発覚したからであった。
でも、インタビュー映像をオウムが見たことは、坂本一家殺害に直接結びついていない。
それは、のちの裁判でもはっきりしている。
裁判ではっきりしたのは、オウムはサンデー毎日の牧太郎を拉致したかったのだが、牧が用心深く姿を隠してつかまえられなかったので、代わりに坂本弁護士を拉致しようとした(が、行きがかり上、一家惨殺となった)ということである。
坂本弁護士は、牧太郎の身代わりであった。
オウムは、坂本弁護士を、それほど脅威と感じていなかった。自分たちにも青山という優秀な弁護士がいて、法律論議では負けていないと思っていた。
憎いのは、牧太郎とサンデー毎日だった。
オウムは、毎日新聞社前や、牧太郎自宅前で抗議活動をおこなったが、坂本弁護士に対してそうしたことをおこなっていない(だから、弁護士も警戒しておらず、それが仇になった)。
坂本弁護士拉致(結果的には一家殺害)は、サンデー毎日の牧太郎への脅しであった。
その効果はテキメンで、坂本弁護士一家「失踪」の後、サンデー毎日はオウムへの追及をやめる。
牧太郎は、「次は自分が殺される」という恐怖から、脳出血を起こし、半身不随になった。
ここで、牧太郎と毎日新聞が、坂本弁護士事件の追求を続け、真実に到達していたら、6年後の地下鉄サリン事件は起きなかっただろう。
サンデー毎日と毎日新聞は、不用意にオウム真理教の追及を始め、相手が思ったより怖いと知ると、今度は尻尾を巻いて逃げた形になった。
結果、手負いの獣を街に放つことになった。
江川紹子だけは追及を続けたが、それは、自分のせいで坂本弁護士一家を殺されてしまった罪障感があったからだろう。
*
私は、統一教会が、オウムのようなテロ集団になるとは思わない。
まだ法廷闘争が続くだろう。
だが、オウムの地下鉄サリン事件が起こったのは、サンデー毎日の「追及」や、坂本弁護士事件が起こってから、6年後のことだった。
地下鉄サリン事件の頃は、弁護士一家失踪は人々に忘れられかけていた。
しかし、江川紹子を中心にした出版社系週刊誌の執拗な追及で、追い詰められたと感じたオウムは、捜査撹乱のためにサリンをばら撒く。
1989年の、江川紹子とサンデー毎日によるうかつな「宗教弾圧」のツケを支払わされたのは、約20名の死者、6000名以上の負傷者を含む、日本社会全体だった。
あの報道がなくても、オウム真理教は「テロ組織」になったのか?
可能性はゼロではないが、確率は低かっただろう。
メディアの話題は一瞬だが、信仰者の信仰は生涯続いていく。
メディアを含め、権力者が傲慢に宗教を叩くと、その結果、人びとが忘れた頃になって、社会が大被害をこうむることがあり得る。
そのことを改めて警告しておきたい。
<参考>
