ダンスの2つの世界 チベットダンスとJerusalema
将来、私がコロナ期を振り返るとすれば、必ず思い出すのが、「ジェルサレマ Jerusalema」と「洗衣歌」の2曲だと思う。
家にこもって、YouTubeで、「Jerusalema」で踊るアフリカ人のダンスと、「洗衣歌」で踊るチベット人のダンスを、よく見ていたからだ。
どちらの曲も中毒性があって、いつしか1日1回は動画を見て、聴いている感じになった。
「洗衣歌」で踊るチベット人
「Jerusalema」で踊るアフリカ人
「洗衣歌」については、以下の記事に書いた。↓
コロナ期に世界中で流行った「Jerusalema」について、ご存知ない方は以下の解説記事を参照ください。
数多い「Jerusalema 踊ってみた」動画の中で、私がとくに好きなのは以下の動画だ。
腕のダンスと脚のダンス
チベットとアフリカの踊りを繰り返し見ているうちに、両者の根本的な違いに気づくようになった。
誰でも気づくことだろうが、チベットダンス は「腕」中心のダンスで、アフリカのは「脚」中心のダンスということだ。
もちろん私はダンスには素人で、というか、素人以下である。
自分も踊れるようになりたいと、恥ずかしながら一度ディスコダンスの教室に行ったことがあるが、基本のステップで私ひとり転んで大恥をかいて以来、「生涯人前では踊らない」と心に決めた人間である。
そんなダンス下手の意見だが、長い脚を活発に動かすアフリカ人のダンスと、腕を大きく振るチベット人のダンスは、対照的だなあ、と思うのである。
チベット人の踊りについては、より専門的な解説がツイッターにあった。↓
チベット族の「鍋荘舞」の特徴は背丈以上もある「水袖」を十分に使った踊り。 荷物を背負って山を登るような前屈みのポーズが基本姿勢となっている。また骨盤の上に手を固定し、上半身を左右に揺り動かすほか、力強く身体を広げる動きと滑らかな回転、独特なリズムを刻むステップ「踢踏」が重要。
チベット族の「鍋荘舞」の特徴は背丈以上もある「水袖」を十分に使った踊り。
— 大阪七絃琴館 (@windson0707) December 2, 2019
荷物を背負って山を登るような前屈みのポーズが基本姿勢となっている。また骨盤の上に手を固定し、上半身を左右に揺り動かすほか、力強く身体を広げる動きと滑らかな回転、独特なリズムを刻むステップ「踢踏」が重要。 pic.twitter.com/5kEy1ezq6c
「腰を動かさない」アジア性
「腕と脚」という対照とともに、同じことかもしれないが、「腰を安定させる」チベットのダンスと、「腰を激しく動かす」アフリカのダンスの対照性もある。
エルビス・プレスリーがテレビで腰を動かして踊ったため、卑猥だと非難を浴びた話は有名だが、上品か下品かはともかく、「腰」の動きがダンスの印象を分けるポイントには違いない。
リズムのはっきりした音楽に合わせて踊る場合、腰が動くのは、自然なことに思える。
それがわかるのは、チベット族のダンスの老師と子供が並んで踊っている動画だ↓
子供たちの腰が動くのに対して、大人のプロのダンサーの腰は安定している。
ある意味、自然の反応に逆らい、腰を安定させることで、「優雅さ」を出している。これは、アジア人の感覚かもしれない。
実際、チベットダンスを見ていると、盆踊りを思い出すし、アジアに共通のダンスの形を思う。
そして、「腕」で表情を作るのは、MIKIKO先生振り付けによるPerfumeのダンスにも、K-Popのヨジャのダンスにも、通じていると感じるのである。
以上、2つの世界の、2つのダンスについて、対照性を強調して素人意見を書いたが、もちろん私は、どちらのダンスも好きだ。
コロナの憂さ晴らしに、世界中で「踊ってみた」人は多いだろうし、人々が踊っているところを見るだけでも、大きな癒しになった。
そして、さまざまなダンスを見ることで、国境や人種・民族を超えた、人類の一体感を私は感じた。
コロナは、私にとって、ダンスの素晴らしさや有難みを再認識する機会になった。そのことを書きたかったのである。
