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狩野英孝がバイトしていた「柿生」の焼き鳥屋

狩野英孝が、昨日のXで、10代の頃のバイト先のマスターとの写真をアップしました。


10代の頃、バイトしてた「焼き鳥【大吉】」のマスターと再会

当時、芸能界に入るんだと語っていた僕に、真剣に頑張れ!と応援してくれた人。。 好きな人。。

(狩野英孝 2025/3/30 1:25)


あと、エロい人。。

(狩野英孝 2025/3/30 2:43)


10代の頃、ということは、川崎市麻生区・新百合ヶ丘の日本映画学校(日本映画大学の前身の専門学校)にかよっていた頃です。

それは、2000~2003年。いまから20年以上前ですね。

狩野のバイト先は初耳で、「新百合ヶ丘時代の狩野英孝の足跡を残す会」会長としては、注目せざるを得ません。


バイト先の焼き鳥屋「大吉」は、新百合ヶ丘か、狩野のマンションがあった百合ヶ丘にあったのだろう、と思ってネットで調べると、なんと私が住む柿生にありました。片平2丁目です。

ただし、現在はありません。狩野の卒業からしばらくして、閉店したようです。私も最近の住人なので、この店のことは知りません。

Googleの2007年のストリートビューに、お店の画像が残っていました。



次の2014年のストリートビューでは、跡形もなく消えています。



津久井道の拡張工事により、この一画全体が消えたのかもしれません。いまのJAセレサ川崎パーシモンのあたりです。

百合ヶ丘に住み、新百合ヶ丘の学校にかよっていた狩野が、なぜ柿生までバイトに来てたのか、よくわかりませんが、柿生地元民としては嬉しい話。

これで狩野英孝は、柿生ゆかりの有名人になりました。

以前、「新百合ヶ丘ゆかりの偉人・狩野英孝の足跡をたどるツアー」というのを企画しましたが、ツアーの名所として「大吉跡」をくわえなければなりません。


なお、「大吉」は焼き鳥のチェーン店で、現在も各地で営業しています。

以下のサイトでも、狩野のバイト先でのエピソードがつづられていました。


狩野さんがやきとり大吉でアルバイトをしていたのは18歳から20歳までの2年弱でしたが当時は常連さんにかわいがってもらう出来るバイトだったのだとか。時には「狩野君にも焼いてあげて」なんてごちそうになる事もあったそうです。

また、大吉のマスターたちが読む本を読破して勉強したり、彼女とのデートで訪れたりととにかくその当時から大吉への愛が凄かった…。思い出話もたくさん語ってくれました。

狩野さんが働いていた柿生店のマスターは関西弁なのですが、実は青森生まれ青森育ちだとか。それなのになぜ関西弁なのかはわかりませんが、女の子が大好きでよく女の子の話をしていて10代だった狩野さんはドキドキしてしまったそうです。狩野さんにもそんなかわいい時代があったんですね!

狩野英孝が懐かしのアルバイト先を訪問! どこのお店? EIKOの働きぶりは? 20年前の思い出エピソードに感動(AppBank 2024/2/12)



<参考>


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