【Netflix】「空の大怪獣ラドン」(1956) 老人向け怪獣映画としての見どころ
<概要>
ラドンは、言わずと知れた「ゴジラ」(1954)「モスラ」(1961)と並ぶ「東宝3大怪獣」の一角。
その誕生を描く1956年映画がNetflixで見られる。
https://www.netflix.com/jp/title/70104656
登場回数の多い怪獣だが、意外なことに、ラドンが主役の映画は、これ1本だけだという。
怪獣映画最初のカラー作品である。
熊本・阿蘇の炭鉱から飛び立った怪鳥「ラドン」が、九州各地を破壊。
科学者チームと自衛隊が退治に向かう、という、その後おなじみのフォーマット。(平田昭彦の科学者役がハマっている)
60年以上前の映画だが、リマスターされて綺麗な映像だ。

<評価>
私が生まれる前の映画。子供時代の1960年代には、死ぬほど怪獣映画を見たが、これは見ていなかった。Netflixで見つけて、初めて見たのだった。
リマスターで映像が綺麗なので、あまりストレスなく楽しめた。(画像が綺麗すぎて、特撮シーンでピアノ線が見えたりするのはご愛嬌だ)
怪獣映画の代表作の1つだから、研究されつくされていて、私なんかが改めて言うことはない。
ただ、60歳代の老人になって見て、老人ならではの面白さや発見があった。
Wikiなどのネット情報ではあまり強調されていない、老人視点での見どころを挙げていきたい。
父母たちの青春ーー昭和30年代の風俗
いま60歳代の私ら世代が生まれた頃の映画だ。
ということは、私らが「作れた」頃、私らの父母が恋愛したりセックスしたりしていた頃の風俗が描かれている。
私らの父母、いわゆる昭和1ケタあたりの世代は、いま80代、90代で、この世から消えつつある世代だ。
劇中の、佐原健二と白川由美のマイルドな恋愛シーンに、その父母たちの青春を思ったりする。(で、気持ち悪かったりする)
ともかく、劇中の彼らのファッション、車や家屋の風景は、私らの最初期の記憶を呼び起こしてくれる。
家の中で飼われている鳥かごの鳥、は映画の中で重要なモチーフになるが、ああいう鳥かごなんかがすでに懐かしい。
炭鉱とボタ山の風景
映画前半の舞台は、阿蘇の炭鉱である。
炭鉱の風景が懐かしい。
炭鉱坑内の様子は、洋画も含めて、その後もよくドラマや映画に登場するから、若い人も見たことあるかもしれない。
しかし、そのバックヤード、管理棟や技師の研究室、労働者の住居などを含めて描いているのは、同時代の映画ならではだと思う。
石炭産業は間もなく斜陽産業の代表となるが、この映画では、斜陽のかけらもない。みんな自信に満ちている。
この映画が公開された1956年は、経済白書が「もはや戦後ではない」と書いた節目の年だ。朝鮮戦争特需などで好景気が続き、経済規模が戦前まで戻っていた。
エネルギーの主役はまだ石炭であり、それが石油に変わるのは1962年の石油輸入自由化あたりである。
この映画は、その「エネルギー革命」のはざまの時代を描いている点でも貴重だ。
それにしても、九州の炭鉱といえば福岡県の筑豊などが思い浮かぶ。
阿蘇に炭鉱なんてあったかな、というのが、映画を見はじめて最初に思ったことだ。
実は阿蘇に炭鉱はなかった。だから長崎県の鹿町炭鉱でロケされたという。
私がたまらなく懐かしかったのが、「ボタ山」だ。
ボタ山とは、石炭採掘で生まれる捨石を積み上げてできた山だ。炭鉱にはつきもので、私も子供時代に見た。
映画の最初に出てくる「メガヌロン」(巨大トンボの幼虫。ラドンのえさ)が、ボタ山に逃げて、警察などがそれを追ってボタ山にのぼる。
そのシーンは、名場面の1つだと思った。この時代にしか撮れないものだ。
それ以外の場面でも、「ボタが落ちてくるぞ」など、「ボタ」という言葉は普通に出てくる。1960年代でも、子供の私も知っている普通の言葉だった。
ボタ山でなくても、1960年代までは、港や街中に、石炭が積み上がっていた風景はよく見られた。そういうのも「ボタ山」と呼んでいた気がする。そういうことを思い出した。
なぜ「北九州」を襲わないのか
ラドンは、阿蘇から飛び立った後、佐世保、福岡の繁華街を破壊する。
円谷英二渾身の破壊シーンがこの映画の最大の見どころで、その特撮に予算の大半を使ったという。(本当は世界各地を壊したかっただろうが、この辺りが予算の限界だったのだろう)
ラドンはその後、「八幡地区」で被害を出した、と報告されるが、その映像はない。
1960年代生まれは「あれ?」と思うところだ。
なぜ、怪獣が襲ったのは、佐世保市と福岡市なのだろう?
九州でいちばん人口が多いのは、今では福岡市だが、戦前は長崎市だった。そして戦後は、福岡市の人口が増えたとはいえ、佐世保市の人口が長崎市より多く、佐世保市と長崎市を合わせれば福岡市より多かった。
だから、佐世保市が襲われるのは、まあいい。
だが、九州でいちばん大きかったのは北九州市ではないか。破壊するなら北九州の八幡製鉄所だろう、とか思う人がいるだろう。
しかし、映画公開当時、まだ北九州市はない。それが小倉市、八幡市など5市合併でできたのは1963年だ。
その北九州市が100万都市として「日本7大都市」の1つに数えられ、八幡製鉄所が改めて日本近代の工業化の象徴として扱われたのは、1960年代後半のことである。
ちなみに、当時教科書に載っていた「日本7大都市」とは、人口100万人以上の「東京、横浜、名古屋、京都、大阪、神戸、北九州」であった。
北九州市が生まれ、八幡製鉄所が改めて脚光を浴びていたのは、1960年代以降、前述のエネルギー革命のさ中だった。
もし1960年代であれば、ラドンは、佐世保・福岡よりも、北九州市八幡の製鉄所や小倉の繁華街を襲っただろう。
二次産業から三次産業への構造転換で、北九州市が没落し、福岡市が再逆転したのは、1970年代の終わりから80年代にかけてだった。
だから一周して、福岡市が標的になるのが、いまはむしろ当然に思える(いまの若い人は、北九州市の栄光の時代をまるで知らないかもしれない)。
地球温暖化
映画冒頭、炭鉱事務所で、いきなり「地球温暖化」が話題になっていて驚く。
「暑いですなあ。地球温暖化というやつですな。南極と北極の氷が溶けるんだとか」
みたいな会話をしている。
1956年である。
地球温暖化の話は、1980年代からと私は思っていたので、驚いたのだ。
むしろ1970年代には「地球寒冷化」の話があった。
Wikipediaの「地球温暖化」でも、1988年にアメリカ上院が問題にするまでは、「一般の間でも寒冷化説が広まっていた」とある。
それを、1950年代に、しかも温暖化の原因の1つとみられる石炭(燃焼時のCO2排出量が多いと言われる)の掘削現場で語られているのが面白い。
この映画の会話の中では、なぜ温暖化しているのかは語らない。
当時も異常気象の1つとして認識されていたのだろうか。
映画の中で言及される「空飛ぶ円盤」と共に、「天変地異が起こっている」という感覚を観客に印象づける目的と思われる。
「空飛ぶ円盤」は、1947年のケネス・アーノルド事件で生まれた「flying saucer」の訳語だが、この映画の時点でまだ新語だったはずだ。
なお、ラドンの出現の理由は、「原水爆実験の影響」「阿蘇山の地熱」などが漠然と言われるだけで、結局はっきりしない。
微妙な「自衛隊」
警察予備隊、警備隊などを経て、ゴジラの年(1954年)に自衛隊は誕生したのだが、この映画が公開された年(1956年)にも、まだ十分認知されていないらしく、
「早く警備隊を呼べ」
と、旧名で呼ばれている。
その指揮系統もよく分からない。
しかし、その活躍ぶりは十分に描かれていて、戦闘機でラドンを空高くまで追跡するところは、心躍る伊福部昭の音楽とともに、名場面の1つだ。
とはいえ、自衛隊「だけ」で怪獣は退治できない。それは、後年の怪獣映画と同じパターンである。
なお、復帰前の「沖縄」もちらっと登場する。
ラストシーンの謎
それにしても、なぜ舞台が阿蘇なのか、最初からずーっと疑問だった。
実在しない炭鉱を設定してまで、阿蘇を舞台に選ぶ必要があるのか、と。
阿蘇というロケーションだから、「原水爆実験の影響が」と言われてもピンとこないのだ。その出生の曖昧さから、ラドンは、ゴジラのような(「反核」の)メッセージ性を獲得できなかった。
阿蘇の景観を生かしているかといえば、前半は炭鉱の中がメインだから関係ないし、後半もパッとしない。観光コースがそれほど出てこない。
阿蘇は戦前から有名な観光地(国立公園)だったとはいえ、当時、それほど話題性があったわけではなさそうだ。「やまなみハイウェイ」ができて修学旅行の定番みたいになるのは1960年代に入ってからだ。
が、最後の場面で謎が解けた。
ああ、このシーンを撮りたかったのだな、と。
ワーグナーの「神々の黄昏」みたいだ。
この最後のシーンから逆算して、阿蘇山が舞台に選ばれたんだろう、と理解できたのだった。
しかし、Wikiなどの解説を読むと、このシーンは現場の「事故」として偶然に撮れたのだという。
そんなシーンを撮る予定はなかったのだが、円谷英二は「こんな映像は2度と撮れない」と感激して、最終的に採用されたのだという。
しかし、そうなると、なぜ阿蘇が舞台なのか、という疑問が解決されない。
それに、wikiなどに書かれている、最初に想定されていた結末というのが、なんか納得できない。
ネタバレになるので、ここでは詳しく書かないが、昔の人は何を考えていたのか、結局よく分からない。
