あの時に決断してよかった
両親が施設に入って1年が過ぎた。
早いものである。
地震や大雨の自然災害のニュースを見聞きするたびに
あの時に決断してよかったと胸をなでおろす。
両親と第一弟は、山奥の限界集落で暮らしていた。
デイサービスや訪問介護などを利用させてもらい
その日その日を過ごすのがやっと。
綱渡りのような日々だった。
そんな中でも一番の懸念は、災害時の対応だった。
第一弟は一緒に住んでいるといっても、勤務地が隣県で片道40分はかかる。
私と第二弟は、高速に乗って1時間以上かかる場所で暮らしている。
もし何らかの災害が起きて幹線道路が寸断されたら、両親のもとへ駆けつけるのにどれぐらいの時間を要するか想像もつかない。
そもそも自分たちが被災したら、両親のもとへ行けるかどうかも怪しい。
デイサービス中なら、施設の協力が得られるかもしれない。
だが、自宅でふたりだけの時なら、もう携帯電話も使えない両親と連絡をとる方法はない。
近隣の方の助けがあるかもしれないが過度な期待はできない。
たとえ、両親のもとにたどり着けたとしても、今度は自分の家族と離れ離れになる可能性もある。
2025年7月といえば、"ある予言漫画"をきっかけに、多くの人が万一の備えを考えた時期だった。
私は単なる都市伝説と、笑い飛ばせるほど余裕はなかった。
万が一大規模な災害が起きたら…。
シミュレーションすればするほどお手上げで、もう覚悟するしかなかった。
あの騒ぎは、両親に「施設へ行こう」というための後押しをしてくれたともいえる。
ときどき、7月の暑い朝を思い出す。
あの日の母は涙をいっぱい貯めて車に乗った。
正直「実家でもう少し頑張れたかも…」と思うこともあった。
しかし、先日の熊本地震のときに再認識した。
「あのときの決断はあれでよかったんだ」と。
地震時は結構揺れたのだが、施設に問い合わせたら「大丈夫ですよ、問題ありません」と心強い返事をもらった。
本人は「気づかなかった~」と呑気なことを言っていた。
今年の暑さも尋常じゃない。
エアコンが苦手ですぐ消してしまうので、
自宅にいたらおそらく熱中症になっていただろう。
今では「ここにいたら、暑さも寒さもわからないよ。快適だ」と笑っている。
毎月送られてくる施設のたよりには、満面の笑顔の写真が掲載されている。
カメラを向けられるから、そういう表情をするのかもしれない。
でも少なくとも、こんな瞬間があることは確かだ。
何がいいのか悪いのか、それは誰にとってのいいか悪いか、
なんて、きっと最後まで誰にも分からない。
でもあの決断で、災害が起きたときの課題の比重が随分小さくなった。
それは当人たちは自覚はないだろうが、私たち子どもの安寧には、つながっている。
