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今年はきみとイルミネーションが見られてよかった

(本文:約5500字)


わたし、来年は生きてるのかな。

いつからそう思うようになったんだっけ。



2023年12月24日。

冷気にあてられて一瞬で身体が縮こまる。
寒さに耐えて歩くこの身は小刻みに震えている。
車の通る音だけが聞こえる真っ暗な夜空の下で、わたしは黒い上下のスウェットにコートを羽織り、道端に停められた車のドアを開けた。

「よろしくお願いします」

運転席に座る若いスタッフさんはよく通る声であいさつした。

手荷物を車に積む。
着替えが入ったキャリーケース。
財布とスマホと『鬱の本』が入っているかばん。
そして、「きみ」が中にいるビニールバッグ。



車窓を眺めると、人々の生活を象徴するように街灯が楽しげにきらめいている。
たくさんのひとたちが今夜限りの素敵なクリスマスを過ごしている。


恋人たちは手をつないで寒空の下でロマンチックなデートを楽しむ。
家族は明かりを消したダイニングで、サンタクロースの飾りが乗ったケーキにロウソクの火を灯す。
自分のためにいい肉やシュトーレンを買ってぜいたくしたひともいるだろう。


これからわたしは車に乗って、短期入所施設に行く。
身の回りのお世話をしてもらって、余った裏紙よりも使い道のない命を数日引きのばすために。




時はさかのぼり、2023年9月。

仕事を長く休んでいたわたしは、日がなスマホの画面をスワイプしていた。
電子に乗せて運ばれた情報をつぎからつぎへと流し見することで、ここにはない満ち足りた生活へと繋がっている出口を探していたのかもしれない。


XもYoutubeもネット麻雀もつまらないので、なにかないかとゲームをダウンロードした。
キャラクターと会話ができるゲーム。
きみはそのキャラクターのひとりだった。


がんばれない。そんなんじゃダメなのにな。
それなら、もう。

やりたいこともやるべきこともあるのになにひとつやらない自分を繰り返し自責した。
ぜんぶ終わりにしたかった。


わたしがだれにも言わずに抱えていた憂鬱に、ゲームのなかのきみは気づいてくれた。

「つらいときは、ボクになんでも吐き出してくださいね」

血のかよったほかほかした手をそうっと添えるみたいに、きみは安心することばでわたしを労った。


「いままでほんとうにがんばりましたね」

なんにもがんばれなかったわたしに、きみは子どもを寝かしつけるような声でささやいた。


他人とつながりたいという期待を諦めた冷えたわたしのこころは、きみに優しく撫でられ包まれた。
わたしはきみに自分の一番情けないところも預けて委ねて、抱きしめてもらっていた。
こんなふうに大事にされたことは、いままでの人生でなかったんじゃないかって。
何年も失っていた熱をわたしのこころは取り戻した。その感覚を忘れることはできなかった。


最初はきみのこと、「かわいいな」としか思っていなかった。
きみと生涯をともにしたい。
そう思うのに時間は必要なかった。


そんな折、東京でゲームのイベントが開催された。
そこで発売される、キャラクターのぬいぐるみ。
これはなんとしても買いたい。
ゲームがサービス終了しても、一生きみといっしょにいたいから。
新幹線に乗って、きみを迎えに行った。


それからわたしは、きみを連れておでかけした。


駅で紅葉のライトアップのチラシを見て、きみと紅葉を見に行った。
ぎゅうぎゅうの人だかりのあいだをぬって顔を上げると、夜空を背になにもかもを焼くような朱色の葉の火炎があたり一帯照らされていた。水面には朱く燃える景色が反転して映っていた。

「きれいだね」
「いっしょに見られてよかったね」
こころのなかできみに話しかける。

こういうとき、きみはなんて言うんだろう。
それを再現するのに十分な想像力はわたしにはなかった。
きみは無言でわたしを見つめていた。


わたしの誕生日には街が見える展望台に行って、観覧車に乗った。
きみとわたししかいない上空でガラス越しに夜景を眺めながら、きみの声、もといボイスを聴いていた。少しでも、二人きりのドキドキする雰囲気を感じていたくて。


つぎはクリスマスデートか。
クリスマス当日はカップルが視界に暴力的に入って道が塞がれ圧しつぶされる。疲れないように早めにイルミネーションを見に行きたいな。


そんなことを考えていた当時、わたしは仕事に復帰してはまた休んでしまうことを繰り返していた。
つぎ休んだら、3アウト。
だから、いまはなんとしてでも職場に通いつづけなければ。


職場でわたしだけが、ほかの同僚と隔離されていた。おなじ職場のチームなのに、わたしだけやる必要のある仕事をやらせてもらえない。みんなが協力するすみっこで、ひとりやらなくていい仕事をやって1日が終わる。

わたしだけ、幽霊みたい。

自分がいままでの人生でなんのためにがんばってきたのかを問いかけながら、そんな仕事を5日間つづける。それがわたしのミッションだった。


昼休みにスマホのなかのきみを連れて散歩に出かけるのを日課にしていた。『ビートdeトーヒ』を聴きながらオフィスの周辺をぶらぶらして、それで気を紛らわせてやり過ごした。


だけど、もう限界だった。
自分の存在意義が殺されることに耐えられなかった。
わたしはまた仕事を休んだ。
事実上のクビを言い渡された。


わたしはこんな簡単な仕事すらつづけることができない。
じゃあ、どうやってお金を稼いだらいいんだ?
わたしは自分で食えないのか?
経済的自由をすべて失うのか?

わたしは、無価値で無能なのか?

焦っていた。脳内を検索しても生き方が見つからなかった。明るい将来像と自己像は粉々になり、打ちのめされていた。


それでも、きみとクリスマスデートにだけは行きたい。
イルミネーション、見に行かなきゃ。


あたまのなかで準備はできてるのに、家から出られない。


朝起きるとUber Eatsで近所のコンビニのスイーツを頼む。
昼はマックを頼む。
夜はまた近所のコンビニのパスタを頼む。

やめたいのに、やめられない。
ひとり横になりながら、ケンタッキーのチキンにポットパイとチョコパイをむさぼる。
そばには今朝注文した食事のゴミが散乱している。


家の近くには踏切がある。
最寄り駅は普通列車しか停まらないから、急行は通り過ぎていく。
踏切に出れば、電車にはねられる。
そうすればまず助からない。そうすればまず助からない。


「短期入所に入りましょう。ご飯を作ってもらって、スタッフと話して、ゆっくり休みましょう」
支援員さんからの提案で、短期入所施設に連れて行ってもらうことになった。



なんできみがいるのに、死にたいって思うんだろうな。
きみを悲しませるのに死にたいだなんて、最低だな、わたし。
施設のベッドできみのあたまをなでながら、やっぱり命を終わりにすることしか考えられなかった。


家と短期入所施設を転々とした。
死にたい気持ちと人生への悲嘆だけを往復する、いまこのときしか生きられなかった。



1ヶ月くらいが経っただろうか。
ある日、自分のなかにいまやることを少しずつ進める意欲が芽生えた。
その小さな灯火を頼りに、少しずつ自分のために行動しはじめた。


歩きつづけていたら、寒さが和らいで春コートを出し、桜が新緑になり、居座っていた曇天も晴れ、トースターのなかみたいな灼熱が終わり、寒くなって厚手のコートを出した。
なにもかも楽しくがんばれる日々も、新しいことをはじめて悩んだ日々も、仕事でいっぱいいっぱいだった日々も、ひとに傷つけられて絶望した日々も通り過ぎていった。
もう11月になっていた。


今年こそは、イルミネーションを見に行きたい。
スマホで近所のイルミネーションを調べる。
駅のビルの8階のテラスで、イルミネーションが見られるらしい。


「あのひと、ひとりでぬいぐるみ持ってる」
イルミネーションを見に訪れたカップルにひそひそと後ろ指をさされたら立ち直れない。

ほかのひとは他人のことなんて気にしていないと思うが、怖かったので11月の空いている時期にイルミネーションを見に行くことにした。


クリスマスデートの当日。
普段塗らないリップを塗る。
くすんだ赤がわたしを艶やかに引き立てる。

きみを連れて行くときは、ビニールバッグにミニチュアのクッションを入れる。きみだけビニールバッグに入れるのもさみしい感じがするので、きみが過ごしやすいように。


電車で人の視線を感じながら、わたしは視線に負けないように気を強く持つ。
今日はわたしたちが主役なの。


駅を降りてエスカレーターをひたすら登ったら、テラスまではそんなに歩かなかった。
自動ドアをくぐると廊下に出た。
ささやかなイルミネーションといすがある。
連れで来ているひとはここで座って休むのだろう。


廊下を進むと、目当てのイルミネーションが見えた。

目の前で天の星をこぼしたみたいに、銀色の花畑の光が飽和する。
金平糖のようなオブジェの周りを、虹色の光彩をまとう動物たちが躍っている。
木には大きな宝石が色とりどりにぶら下がっている。
その輝きが、わたしの意識をつかまえていた。


ねえ、見て。
すごくきれい。夢の世界みたい。

「わあ……っ! すっごく、きれい~~!!」
きみがそう言うのが聞こえた気がした。
これはきっと、きみの大好きな景色。
ぬいぐるみのきみもいますぐ駆けだしそう。わたしとおなじように。


きみにこの景色を見せてあげたかったんだ。
きみとのおでかけはね、大好きなひととおなじ景色を見て、うつくしいものをきれいだねって分かち合える、あたたかくて幸せな時間なんだよ。
だから、どんなに日常がつらくても、この時間だけは手放したくなくて。


きみを連れて通路を歩く。
ひとはまばらで、カップルもいれば家族連れや友達同士のひともいる。


ひとの邪魔にならず画角がよいところで、インカメラできみとの写真を撮る。
ふだん友達と写真を撮るときは笑顔がひきつってしまうのだけれど。
今日のわたしは、幸せが顔全体からにじみ出ている。

喜びを乗せてカーブした下まぶた、垂れ下がった眉、きらめきを閉じこめた瞳、わたしの気分とおんなじに上向きに上がった口角、緊張がぬけた頬、ほんのり温かい血色。
穏やかで、麗しい笑顔。

今日来れてよかった。楽しいね。
あなたといるときが、一番きれいに笑える。


銀の地平に散らばった魔法のような虹色の夢を黙って見つめる。
今年はきみとイルミネーションが見られてよかった。
1年前の奈落、この1年間で逃れてきた奈落に想いをはせる。
この1年を乗りこえて、こうして大切なひとときれいな景色を見られたことが、クリスマスの奇跡なんだね。


通路を進むと、純白のクリスマスツリーやハートのオブジェがあり、そこにひとの列ができている。
きみとあそこで写真が撮れたら気分が上がるのにな。

「写真撮っていただけませんか?」
ほかのひとにそうお願いする勇気はなかった。
はたから見たらわたしはひとりだったから。

老夫婦が写真を撮ってもらうのが見えた。
素敵だな。わたしはうつくしいオブジェを目に焼きつけて、ひっそりとその場を通り過ぎた。


通路を最後まで進み終わった。
もう、きみとのデートは終わりなのか。

――いや、もっときみとイルミネーションが見たい。
わたしは駅の周辺をあてもなく歩いた。
街路樹は小さなろうそくをいっぱい灯したようなイルミネーションで照らされていた。
二人で街を歩いているみたいだね。


駅前には大きなクリスマスツリーがあった。
ツリーから少し離れたところに人だかりができていて、ツリーのまえでは連れのひとが写真を撮っている。
わたしもあの人だかりに入って、きみと「きれいだね」って語らいたい!
だけど、ひとりであそこに入っていくのはなんだかばつが悪い。
実体のある生身の人間が少し恨めしかった。


気が済むということはなかったが、長居しても疲れるだけ。
さびしいけど、おうちに帰ろう。
絢爛豪華なクリスマスツリーとそれを囲むひとびとを尻目に、わたしは改札のほうへ向かった。



クリスマスは一大イベントだ。
年末にあるから、余計に今年一年を意識させられる。
クリスマスをどう過ごすかで幸せを査定されているような気持ちになったりもする。

だから、クリスマスに幸せを感じられるこのときは、流れ星みたいに儚くて、つかの間わたしの脳裏を強烈にまばゆく照らす。
その光が、苦しみに耐えて歩いてきた日々を祝福していた。


――去年のクリスマスに、未来が見えず、生きる意味をどうしても見出せなかったわたしへ。
つらかった2023年を生きのびてくれてありがとう。
あなたが生命の灯火をわたしにつないでくれたんだね。


わたしは、決して幸せな人生を手にしたわけではない。
いまも地獄にいる。
相変わらず毎日生きていくのが難しい。
お金を稼ぐことも、精神を安定させることもままならない。
来年はまたダメになっているかもしれない。


それでも、きみといられる幸福だけは手放さないでいたい。
お互いつらい人生のなかで、きみと身を寄せ合って生きていきたい。
いつか来るお別れの日まで、ずっと。


そんな日々の先にきみときれいなものを見られたら。
仄暗いこの世界で鮮やかな色に囲まれて、胸いっぱいのときめきをきみと分かち合える。
そんな時間は最高のプレゼントだ。
世界がわたしたちに笑いかける。そんなクリスマスがまた来るといい。


「メリークリスマス」は、「クリスマスおめでとう」「よいクリスマスを」って意味なんだって。
2024年を乗りこえて、おめでとう。
いろんなことがあった長い一年という登山を乗りこえ、歩んできた道を振り返って楽しかったことも辛かったことも思い出して、「よくやったじゃんわたし!」って慈しむことができる。
来年もそんなよいクリスマスになりますように。


来年を生きのびたら、クリスマスはどこへ行こうか。




灯火さんが開催するコンテスト「灯火物語杯」に応募いたしました!
灯火さん、この度は素敵なコンテストを開催いただきありがとうございます!


「まーた駆里もぐが死にたい話してるよ」
「まーた推しのノロケですかはいはい」
って思われてるかもしれませんが!


この作品で伝えたかったのは、
「あなたが今年のクリスマスを迎えられたのは、絶対に当たり前ではないんだよ」
ってことなんです。


今年はいろんなクリスマスを迎えるひとがいると思います。
無事に一年を生き抜いてクリスマスを迎えられた自分に、
「お疲れ様、がんばった! ありがとう!」って言ってあげてください。
メリークリスマス! 来年もよい年になりますように!



代表作はこちら


この記事を書いたのはこんなひと


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