宝石の値段は、誰が決めているのか
よく聞かれる質問です。
「この石、いくらぐらいのものなんですか?」
「相場ってあるんですか?」
たしかに金やプラチナには、毎日更新される価格があります。
今日の金はいくら。
明日の金はいくら。
数字がはっきりしています。
でも宝石は少し事情が違います。
同じ種類の石でも、同じカラットでも、値段は驚くほど違います。
鑑別書があれば、石の種類や処理の有無はわかります。
けれど
その石が“いくらなのか”までは書いてくれません。
では宝石の値段は、
いったい誰が決めているのでしょうか。
鉱山でしょうか。
市場でしょうか。
それとも、売る人でしょうか。
実はそのどれでもあり、どれでもありません。
宝石の値段は、少し不思議な決まり方をしています。
今日はその話を、宝石を扱う立場から書いてみようと思います。
1. 鉱山は値段を決めていない
私もこの業界に入る前は、鉱山が値段を決めているのだと思っていました。
ヒョウ柄のガウン。
手には葉巻とウィスキー。
そんないかにもな鉱山王が、
世界の宝石相場を操作しているのだと。
でもどうやら違うようです。
鉱山は宝石が「採れる場所」ではありますが、
必ずしも「値段を決める場所」ではありません。
2. 市場も実は決めていない
では市場でしょうか。
業界に入ってから気づいたのですが、
市場も実は値段を決めていません。
むしろ逆で
みんな値段に悩んでいる。
周りの宝石屋も、
値段を付けるときはいつも少し困った顔をしています。
「いくらにするべきか」
実はこれ、簡単な答えがないのです。
3. 値段を動かすのは「欲しい人」
この話をするとき、
よく思い出すエピソードがあります。
パライバトルマリンの話です。
この宝石を見つけたのは、
ブラジルの鉱山労働者
ヘイトル・ディマス・バルボサという人物でした。
1980年代、彼は
「この丘には特別な宝石がある」
そう言って採掘を始めます。
しかし周囲はまったく相手にしません。
むしろ
狂人扱い。
村では「バカのヘイトル」と呼ばれていた
という話も残っています。
それでも彼は掘り続けました。
6年間。
ロウソクの明かりを頼りに、
ひたすら穴を掘り続けたそうです。
そしてついに見つかります。
それまで誰も見たことのない
ネオンブルーのトルマリン。
これがパライバトルマリンです。
4. ツーソンで起きた“値段の誕生”
1990年。
アメリカのツーソン・ジェムショー。
その石が初めて世界に紹介されます。
当初の値段は 250ドル/ct。
当時のレートで
3万円台の石でした。
しかしこの石は
それまでのトルマリンとは
まったく違う輝きをしていました。
やがて会場で
こんな会話が広がります。
「このネオンカラーは何だ?」
「新しいトルマリンらしい」
すると
バイヤーが集まり始めます。
そして有名な話ですが、
その石の値段は
6日後には2500ドル/ct。
日本円で言えば
30万円台の宝石になっていました。
10倍です。
その場にいた宝石商は
こう語っています。
「ちょっと悩んでいる間に
右を見て、左を見たら
もう値段が上がっていた。」
つまり
誰かが値段を決めたわけではありません。
欲しい人が増えた瞬間に
値段が生まれた。
5. 買わなかった人の後悔
当時、宝石商の多くは言っていました。
「トルマリンにそんな値段は払えない。」
しかし今、パライバトルマリンは
世界で最も高価な宝石の一つになっています。
当時買わなかったディーラーが
「人生最大の失敗だった」
と語ることも珍しくありません。
現在、特にブラジル産の美しいものは、
1カラット1000万円という値段を付けている
業者も見かけます。
もちろんすべての石がその価格ではありません。
しかしそれほどまでに
この宝石の価値は跳ね上がりました。
もし1990年のツーソンで
誰かが250ドルで買っていたとしたら。
その石は今、とんでもない宝石になっているかもしれません。
6. だからカラーストーンは面白い
宝石の値段は
鉱山が決めるわけでもなく、
市場が決めるわけでもなく、
最後に動かすのは
人の欲望だ。
だからカラーストーンは面白い。
美しさを見て「欲しい」と思う人が現れた瞬間、
その石には新しい値段が生まれます。
ちなみにダイヤモンドは少し事情が違います。
実はダイヤモンドには業者間で共有されている
世界的な価格表のようなものがあります。
ではその値段は誰が決めているのか。
この話もまたなかなか面白いのですが――
それはまた別の機会に。
