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視覚障害者と車椅子ユーザーが手を組むと、“普通に生活できる”のかもしれない

先日、障害を持つ方が利用できるスポーツセンターでトレーニングをした帰りに、知り合いの車椅子ユーザーの方と会いました。

その流れで、最寄りのバス停まで一緒に帰ることになりました。

私は視覚障害があり、ほとんど視力がありません。
なので、後ろから車椅子を押しながら、車椅子の方に「右です」「左です」と方向を教えてもらいます。

そして途中、段差がありました。

「ここ段差になってるよ」

そう教えてもらったので、私は普通に車椅子を持ち上げて、段差を越えました。

その時、ふと思ったんです。

「あれ……?
視覚障害者と車椅子ユーザーの方が手を組めば、普通に生活できる場面って結構あるんじゃないか?」

と。

もちろん、障害の種類や程度によって状況は違います。
ですが、この時私は、「できないこと」より、「補い合えること」の方に目が向きました。

そしてそれは、障害の話だけではない気がしたんです。



目次

① 視覚障害者と車椅子ユーザーは“補い合える”

② 今の世の中は「全部できる人」を求めすぎている気がする

③ 私自身、たくさんの人に補ってもらっている

④ 「助け合い」は弱さではなく、役割分担なのかもしれない

⑤ まとめ



① 視覚障害者と車椅子ユーザーは“補い合える”

今回の出来事で面白いなと思ったのは、お互いの苦手を自然に補えていたことです。

私はほとんど見えません。
だから、進行方向や周囲の状況はわかりません。

一方で、車椅子ユーザーの方は周囲を見ることができます。

なので、

「右です」
「左です」
「前に段差があります」

と、状況を伝えてくれました。

逆に私は、歩行や力を使うことができます。

だから、車椅子を押したり、段差を越えたりできました。

つまり、

見えない部分を補ってもらい
動けない部分を補う

という関係になっていたんです。

これって、すごく面白い構造だなと思いました。

一人では難しいことでも、二人なら普通にできる。

そんな場面って、意外とたくさんあるのかもしれません。



② 今の世の中は「全部できる人」を求めすぎている気がする

最近、すごく感じることがあります。

今の世の中って、「全部できる人」が理想みたいな空気がありませんか?

・仕事もできる
・コミュニケーションも上手い
・ミスもしない
・人に頼らない
・一人で解決できる

そんな人が“すごい人”として扱われる。

でも、本当にそうなんでしょうか。

人には必ず、

・得意なこと
・苦手なこと
・できること
・できないこと

があります。

なのに、何か一つできないだけで、

・コンプレックスになったり
・怒られたり
・生きづらさを感じたりする

そんな場面が多い気がします。

でも、人間って本来、「補い合う前提」の生き物なんじゃないでしょうか。



③ 私自身、たくさんの人に補ってもらっている

実はこれ、私自身の仕事でも感じています。

私は学校や会社へ行き、授業や技術指導をすることがあります。

ですが、視覚障害があるため、

・書類の確認
・手続き
・資料の読み取り

など、一人では難しい場面もあります。

その時は、

・先生方が資料を読み上げてくださったり
・担当の社員さんが手続きをしてくださったり
・代筆をしてくださったり

本当にたくさん助けていただいています。

でも、その代わりと言ったら少し変かもしれませんが、私は私で、

・授業をしたり
・技術を伝えたり
・現場経験を共有したり

自分にできる役割を提供しています。

学校や会社側も、人手や専門性の面で私を必要としている。
そして私は、見えない部分を周囲に支えてもらっている。

これは、「助ける側」と「助けられる側」というより、

“お互いに役割を分担している”

という感覚に近い気がするんです。

私は、この関係ってすごく自然で良いことだと思っています。



④ 「助け合い」は弱さではなく、役割分担なのかもしれない

「助けてもらう」という言葉には、どこか“弱さ”のイメージがあります。

でも、本当にそうでしょうか。

私は今回、

「助け合うことで、全体のパフォーマンスが上がる」

という見方もできるんじゃないかと思いました。

「適材適所」や「持ちつ持たれつ」という言葉がありますが、まさにそんな感じです。

苦手を責め合うより、得意を持ち寄った方が強い。

しかも、それは障害の有無に関係なく、誰にでも当てはまることだと思います。

だからこそ私は、

「一人で全部できる社会」より、

「お互いを自然に補い合える社会」

の方が、きっと生きやすいんじゃないかなと思いました。



⑤ まとめ

今回の気づきは、車椅子ユーザーの方と一緒に帰った、ほんの短い時間から生まれました。

ですが私は、その中にすごく大事なことが詰まっている気がしました。

人にはそれぞれ、

・できること
・できないこと
・得意なこと
・苦手なこと

があります。

そして、それは「欠けている」というより、“役割の違い”なのかもしれません。

一人では難しくても、二人ならできる。

全部を一人で抱え込まなくてもいい。

そんなふうに、お互いを自然に補い合える社会になったら、今よりもっと生きやすくなる気がしました。



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