序章∞第1話|里緒の命終は“宿命”だったのか?
口腔多発がん(希少がん)で闘病していた妻・里緒が、
2025年11月10日 4時28分、4年8カ月(2021年3月〜2025年11月)にわたる闘いの末、旅立ちました。
その「4年8カ月」は、
4月8日(=お釈迦様の誕生日)と同じ「4・8」。
さらに命終時刻「4時28分」も、
4+28=32 → 4×8(=32)。
偶然とは思えない”神秘的な一致”が、いくつも重なりました。
そこで今回は、
里緒の命終が “宿命” 的な流れにあったのかどうか。
逝去に至るまでの数カ月間に起きたさまざまな出来事、
そして、どこか説明のつかない一致として感じられた点について、
(霊的?摩訶不思議的?ともいえる点について……)
丁寧に整理してみることにしました。
■「命終」と「生誕」に見られる
摩訶不思議とも言える “偶然を超えた共鳴性(シンクロニシティ)”
※以下は、感情ではなく「事実として整理した記録」である。
【命終】2025年11月10日 4時28分
→ 2+0+2+5+1+1+1+0=12 〔Ⅰ〕
【生誕】1978年02月10日 5時47分
→ 1+9+7+8+0+2+1+0=28 〔Ⅱ〕
ここから浮かび上がる“共鳴”の例:
1.〔Ⅰ〕12 と〔Ⅱ〕28 をそれぞれ半分にすると「6」と「14」
→ 合わせて「6月14日」=お母様の命日
2.お兄様の命日も「12月14日」
→ 里緒の家系における “14” の連鎖
3.生誕日の合計値「28」
→ 命終時刻「28分」と響き合う
4.死亡時刻(4+2+8=14)
→ ここでも「6月14日」と呼応
5.命終日の《月の数字》1+1=2
→ 生誕日の「2月10日」と重なる
6.【初七日】11月16日
→ 最期の入院日前日(9月16日)/人生最後の“鬼滅巡礼”[※注釈①]
7.【二七日】=14日目
→ 遺影原本撮影日「2021年2月7日 4:29」
=「2(ニ)・7(七)」
=「2+0+2+1+0+2+0+7=14」
8.【五七日】=35日目の「12月14日」
→ お兄様の命日と完全一致
9.【四十九日】12月28日
→ 〔Ⅰ〕12 + 〔Ⅱ〕28
→ さらに半分にすると「6月14日」(お母様命日)
→ 日付「28」は命終時刻4:28とも響き合う
10.最期の住所地「4番地の1」
→ 反転させると「14」=ご家族に繋がる“命日の数字”が発現
11.寿算48歳
→ 闘病歴4年8カ月
→ お釈迦様の誕生日「4月8日」と重なる
→ さらに命終時刻「4時28分」も
4+28=32 → 4×8(=32)
(※妻の宗派では“着床=いのちの始まり”)
12.檀那寺(檀家寺)住所「626番地」
→ 6+2+6=14
→ ここでも「14日」
13.生誕時刻の「47分」
→ 享年47歳
→ 生まれた瞬間から織り込まれた数
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遺影に刻まれた “解と結”
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
14.“偶然”では片づけられない一致は、遺影にも刻まれていました。
死亡時刻「4時28分」 ⇔ 遺影原本撮影「4時29分」[※注釈②]
→ “これまでの私”は「28分」で幕を下ろし、
“新しい私”が「29分」から歩み始める。
┌ 「28」=解(かい)~解き
∞
└ 「29」=結(ゆい)~結び へ…
[※注釈①]
『鬼滅の刃』とJR北海道の共同企画スタンプラリー(2025年6月18日〜10月13日)が開催されていました。
札幌(炭治郎)、岩見沢、手稲、小樽、新千歳空港、帯広(煉獄さん)、釧路、旭川、新函館北斗、函館……
夫婦で車を走らせ、北海道を巡る旅を楽しみました♪
[※注釈②]
当初の遺影写真は都合により差し替えとなったものの、
“偶然を超えた共鳴性”はさらに強く現れていました。
別な遺影原本撮影日が
「2018年9月17日」 ⇔ 最期の入院日「2025年9月17日」
つまり
・「9月17日」で完全一致
・しかも ちょうど“7年”前(宗教的に”節目”とされる数字)
・さらに 「2+0+1+8+9+1+7 = 28」=命終時刻「28分」とリンク
それでは、次回以降は、
● 亡き妻と紡ぐ「解と結」をはじめさせていただくにあたって
● 「解と結(かい∞ゆい)」の構成について
少しずつ、綴りを進めてまいります。
(関連サイト)
■ 里緒|口腔多発がん 闘病の記録 【X-エックス】
■ 解と結(かい∞ゆい)_亡き妻と紡ぐ、静かな創作供養と夫婦の物語 【X-エックス】
