【短編】不遇属性/不遇能力だったおれですが、助けた死属性の案内人から尊敬と憧れのまなざしを痛いほどに浴びせられました-ガランドウの虚構-
視界が急に真っ暗になったと思えば、見知らぬ世界が広がっていた。
「キャー!」
上体を起こしてすぐに聞こえてきた、鬼気迫る少女の声。
戸惑う暇もなく、声の方へ走ると、子どもが魔物に襲われそうになっていた。
本来なら我が身第一の身体が逃げるところ、おれが地に悠長に手をかざすと、土の槍が現れ、魔物を一突きにした。
「す、すごい……」
消えていく魔物に、少女は目を輝かせておれを見た。
「おにいちゃん、ありがとう! わたし、おにいちゃんみたいにつよい人、はじめて見た! おにいちゃんどこからきたの?」
「え、あ、えーと……」
たぶんこれ、異世界転生ってやつだよな。
みんな、こういう時どう誤魔化してたっけ。
幼女に転生してきたとか話しても、絶対わかんないだろうし……。
「チ、チキュウ、かな。旅、しててさ」
「たびびとさん!? かっこいい! ありがとう、たびびとさん!」
うまく誤魔化せた。
「おにいちゃん、おなまえは? リリーは、リリーっていうの!」
「おれはログ」
「ログおにいちゃん、リリーが町をあんないしてあげる!」
リリーはおれの手を握ると、かけだした。
もし、リリーがあいつだったなら。
#1
リリーの厚意により、おれは彼女の家に居座ることになった。
おれはいつのまにかポケットに入っていた、スマホ的なものを起動させる。すると近未来のスクリーンが目の前に立ち上がった。
「さっき、なんか技っぽいの出したよな、おれ」
画面を見ると、おれのステータスが表示されていた。
「なになに? おれのステータスは、若干魔法が高めで……。あとは、ほぼ平均……以下……」
たしかに、魔法が強いやつって割と他の数値は低めになるけど。ここは無双しどころだろ。
「属性は《地》」
地属性。
あの技っぽいの、まさしく地属性、って感じだった。
「《地》属性……」
不遇属性。しかも、ステータスやや低め。戦略的立ち回りが全て。最悪、即死確定。
「さっきのは、ほぼ奇跡……」
おれはうなだれる。
「そうだ、能力……!」
【能力:祈り】
「この不遇さがなんとかなりますように」
柏手を打って祈る。
そして、期待を込めてステータス画面を見る。
「魔法、高め。で、あとは、ほぼ平均……以下……。属性《地》」
女神なんて信じない。
「おれ、知らないところで悪行積み重ねてたんだろうな……」
愚痴を言いながら会社行って、書類のやり直しを何度もさせられて、長時間労働に時間外勤務もざらで……。
いろいろ頑張ったつもりでいたけど、やっぱり、つもりは本当につもり、でしかないのかもしれない。積もり積もったこの理不尽さの清算ができないぐらい。
「おにいちゃん、どうしたの?」
「なんでもないよ」
そのままリリーを見ると、スクリーンはリリーの分析へ移った。
「リリー、案内人、バランスタイプ。属性《死》」
ん?
首をかしげるリリー。
もう一度見直す。一字一句、スクリーンに穴が開くほど目をこらし、注意事項とか、詐欺っぽい小さい字とかもないか確認して。
リリー、案内人、バランスタイプ。属性《死》。
「そ、そうだ、能力的な何かは?」
【能力:交換】
「交換……」
能力と属性を交換されてる説。
「ないよな、さすがに。こんな小さい子相手に何疑ってんだよ、おれは」
……神様仏様女神さま、能力と属性を交換してください。
「かおいろ悪いよ。だいじょうぶ?」
「だ、だいじょうぶ。だいじょうぶ……」
笑顔をはりつけてみるが、おれの目、ちゃんと笑ってるかな?
今は無自覚みたいだけど、自覚したら無双すること間違いなし。
「ログおにいちゃん?」
「何でもない。ちょっと、旅で疲れただけ」
おれはステータス画面をそっと閉じた。
#2
砂の雨が、絶えず風に溶けていく。
視界を覆う黄土色。
荒廃した大地に、不自然に置かれた箱庭に腰を掛け、その中をのぞく黒いローブをまとった少女。
「君は軽々しく殺してない? 都合の悪い展開は全てお別れ。都合の悪い相手は全て惨殺。いいとこどりの君の心に何が残った?」
少女は箱庭の一点に二つの人影を見つけると、肩に担いだ大鎌を共に、中へ飛び込んだ。
とたん砂が集まり、人の群れとなり彼女に襲いかかる。
硬質で大粒の砂からなる大剣の刃の下を身をかがめて走り、そのまま背後へ回ると大鎌を振りかぶった。
形を崩し地へ還る砂人形。
「一度手にして、簡単に飽きて、次に手を伸ばしのくり返し。好き嫌いは個人の勝手だけれど……今こう言ってる間に、バックしてたり閉じてたり?」
また砂が集まり始めた。
「ま、何でもいいか。気持ちよければ全てよし。ボクだってそうだもの」
砂人形の群衆を、少女は爛々とした目で切り刻んでいった。
#3
町に出ると、住人たちの視線がおれに集まった。
「リリーちゃんから聞いたよ、なんでも最強のリリーちゃんがやられそうになったのを助けたんだって?」
いつのまに言いふらしたんだ。というより、やっぱ最強なのか。
「リリーちゃんが自慢してたよ、お兄さんがめちゃくちゃ強いって」
「ねぇ、お兄さん、うちで用心棒とかしない? 報酬は弾むよ!」
「みんな。おにいちゃんが困ってるでしょ!」
「あらあら、ヤキモチかしら。可愛いんだから」
頬を膨らませる様は、たしかに可愛い。
最強なのは疑いようがないけど、ほっとけないんだよな、リリーって。
「ログおにいちゃん。リリーね、おにいちゃんにみせたいものがあるんだ」
「見せたいもの?」
「リリーのお気にいりのところ。さっきも、そこにいこうとして、おそわれたの」
「じゃあ、町の外?」
リリーはこくんとうなずいた。
「わかった。じゃあ、ついていくよ」
リリーが案内したのは、町を一望できる丘だった。
急斜面で、一寸先は崖なものの、景観は良い。
「ここ、みせたかったんだ。すごいでしょ!」
もしここに、あいつもつれて来れたなら。
「おにいちゃん?」
「なんでもない」
もし、リリーがあいつだったなら。
「いい場所だな」
ふいに、どこかからうなり声を聞いた。
その方へ振り向くと、リリーを襲おうとしていた魔物とはまた違う生き物がいた。
生気がないのに動いている、得体のしれない生き物。
アンデッド系だろう魔物。
「リリーは下がって!」
ここは突破するしかない。
おれは、地に手をかざす。
土が意思を持ったかに集結し、大きな何本もの針となって魔物を四方から串刺しにした。
断末魔を上げ、崖の下へ落ちていく魔物。
スピードで勝てたものの、魔力の消費も早い。
「おにいちゃん!」
息を整えているおれに、駆け寄るリリー。
そして、おれの胸に飛び込み――。
「え……」
おれを突き飛ばした。
とっさに魔法で足場を崖に生成させ、崖からの落下を回避する。
見上げたリリーの顔は、歪んでいた。
「転生者は一人でいいの。主人公はわたしだけでいい」
リリー?
「わたしの能力、使い物にならなさそうだったから、お【祈り】したの。おにいちゃんと、あんたと入れ替えてって」
「リリー……じゃない。誰だ、お前は……」
睨むおれにリリーは歪んだ笑みを浮かべる。
「リリーはリリー。リリーって子と肉体を交換したからわたしはリリー。いいよね、《死》属性。能力は【交換】。あんたは今、《地》属性で能力は【祈り】。お祈りでも、気まぐれに発動するっぽいよ。何回か試したらできちゃったから」
魔法を発動させようとするリリー。
「じゃあね」
#4
砂人形を全て片付け終えた黒衣の少女は、軽く息をついた。
「他者評価は他者の主観。他者が主人公と認めれば君も主人公。けれど、別の誰かがそれを否定したなら? 君の心が、それを否定しなら?」
黒衣をなびかせ、空を仰ぐ。
厚い雲は散ろうとも動こうともせず、何も語りかけない。
「死は軽くない。お涙頂戴の演出や圧倒的な力の見せつけよりも、ボクはただ生きている存在を尊重する」
静かになった箱庭を一人歩く少女。
生の匂いのほとんどしない中、色を保つ二つの人影。一つは立っているが、一つは横たわっている。
「といえ、誰が何に価値を見出すかなんてボクの知ったところじゃないし、他人の嗜好とかもっと興味ないし……。うん、心底どうでもいい!」
少女は人影に近づき、友好的な笑みを向けた。
「いたいた。二人分はさすがに疲れるね。でも、見つかってよかった。ボクはレーク。君たちは?」
#5
なんとか町へ帰ったおれを待っていたのは、火と血の海だった。
「なんで……」
生きている人はいないか走るが、どこにも見当たらない。
みんな、死んでいる。
「そうだ、あいつ、リリーは!?」
《死》属性なら、蘇生とかで町の人間を守れるはずだ。魔物がいたとしても即死させられる。
しかし、リリーの家にもその姿はなかった。
せめて、おれが死属性であれば、息絶えた人を助けられた。
「蘇生できたら……」
おれは、凄惨な光景の中リリーを探す。
ふと、建物の影に何かが隠れたのが視界に入った。
その方へ走ると、そこにはリリーがいた。
「リリー……!」
「たすけて、ログお兄ちゃん!」
リリーは出会った時と同じ様子でおれに助けを求める。
「町の人を助けろ。嫌なら属性を返せ」
おれがそう口にすると、リリーの顔色が変わった。
「それは、こっちのセリフよ!」
憤りが形になったように、地から土の爪がおれを襲う。
間一髪でかわしたものの、リリーの魔法は《地》属性のものだった。
「なんで……」
「返してよ、わたしの能力と属性!」
だって、リリーの能力で、おれの能力と属性が入れ替えられているのに、なんでリリーが《地》属性の魔法を使えるんだ?
おれは、リリーのすぐ横に魔法を放った。
木造の建物が、たちまち腐敗し土へ還る。
「《死》属性……」
「女神さま、わたしを《死》属性にして! 能力と属性をもっと強くて便利なのにしてよ!」
おれの能力は【祈り】。
だが、今祈っているのはリリー。
「能力と属性が戻った……?」
リリー本人が言った。
何度か祈れば交換できた、と。
ふいに、瓦礫がリリーに襲いかかった。
「リリー!」
リリーに直撃するより早く、おれは《死》属性の魔法で瓦礫を地へ還す。
しかし、火の手は簡単に回り、いつの間にかおれらを取り囲んでいた。
「の……に……」
「え?」
「《死》属性はわたしのなのに、なんであんた使うのよ! 返してよ、こんな地味で弱い能力と属性はいらない!」
喚くリリーにおれは自分の手を見つめる。
「返して、能力と属性! わたしは――」
「いたいた。二人分はさすがに疲れるね。でも、見つかってよかった。ボクはレーク。君たちは?」
割って入ってきたその声へ、振り向くおれたち。
そこには、大鎌を担いだ、高校から大学に上がったぐらいの、黒衣の少女がいた。
「誰よ、あんた! あんたも転生者なの!?」
食ってかかるリリーを無視する、レークと名乗った少女。
「……お前が、ここを壊滅させた元凶か?」
おれが問いただすと、レークは指先を口元にやり瞳を上へ上げた。
「壊滅させてるかわかんないけど、人形なら全部斬ってきた」
おれはステータス画面を開き彼女を分析する。
レーク、死神、ステータスは全てにおいてほぼカンスト寸前、属性《死》、能力は不明……。
「《死》属性……」
ただし、ステータス値だけ見ると属性の戻ったおれでも敵うか厳しい。
リリーが協力してくれたなら、また望みはありそうだが……。
「わたしの見せ場なんだから、能力と属性、返してよ!」
利害一致で動いてくれそうにない。むしろ逆上させてしまう可能性もある。
「君たち、今の気持ちで前世の誰かを想ったことはある?」
急な問いに答えに詰まるおれ。
「ないわよ、そんなの!」
即答するリリー。
おれの前世。
「妹」
リリーにずっと重ねていた。若くして、若くしすぎて亡くした、大切な存在。
「妹がいた。もし、おれの今の属性があれば蘇生できたかもしれ――」
そこまで口にして、おれは思考を止めた。
蘇生させて、どうした……?
亡くした人を、命をおれの勝手で好きにしていいのか?
亡くした人は、悼み祈るものじゃないのか?
「……【交換】」
おれは、リリーの能力と属性を自分のものと交換した。
つまり、今、おれは《地》属性。能力は【祈り】。
ふいにおれたちを囲っていた炎が引いていった。消化されたわけでなく、火が空気に溶けていく。空から降りてくる風は、きな臭い熱気をすべてさらい、彼方へ消えた。
「え……?」
同時に町も姿を消し、いつの間にかおれたちは砂の壁に囲まれた、まるで箱庭のような地形の真ん中にいた。建物も、町の人たちもいない。
「君は、目が醒めたね」
レークは軽く息をついた。
「どうなって……」
「戻ったの、わたしの能力と属性……!」
状況が呑み込めず、戸惑いを隠せないおれの傍で、リリーは一人喜んでいる。
「この力さえあれば!」
魔力を集結させるような、生前読んだ転生ものの主人公と同じ動作をしている。
子どもの一人遊びにはよくあるが、おれの目の前にいるリリーは立派な、成人した一人の女性だ。そして、それをレークに放とうとしている。
#6
「戻ったの、わたしの能力と属性……! この力さえあれば!」
この力さえあれば、怖いものなんてない。
ここはわたしの見せ場。《死》属性を取り戻したわたしの独壇場。この戦闘に勝利すれば、町のみんなは生き返って、わたしを賞賛する。そのための舞台。そのための転生。
わたしは魔力を集結させレークへ放った。
即死の魔法がその心臓を射抜き、一瞬で息の根をとめた。
町から火が消え、わたしは死んだみんなを生き返らせた。
「おお、あなたが助けてくださったのですね!」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
「命の恩人にどう感謝すればいいか……!」
涙を流す人、喜びに震える人、みんながわたしを称える。
#7
おれはリリーの奇行に閉口する。
「君もこんな感じだったよ。何に夢を見ようが自由だけれど、自分で想像せず他者の想像に寄生する君たちが、ボクたちの住む虚構の世界を歪める。もう、そこかしこが麻薬だらけなんだから」
「麻薬?」
「ここを出たらわかるよ。グロイ青緑の葉っぱが群生してるから」
レークはおれに、リンゴとも梨ともミカンともつかない実を渡した。
「これは……?」
「ウツツ実。君たちが現実に帰るための実。あと、ゲン草の解毒薬。ああ、ゲン草ってのは、さっき言った麻薬のことね。けど、君は、もうゲン草に手を出さなさそうだし、シンプルに現実に帰りたくなったら食べればいい」
「ウツツ実……」
だけど、おれは転生した。
つまり、死んでいる。
「ここは、自分で想像する力のあるニンゲンなら生きられる世界。誰かが君を想っているかぎり、君が存在し続けられる世界。君が妹を想うような純粋な想像が、虚構の世界を支える」
彼女の言うことは、おれにはついていけない。
それだけの理解力も、想像力もおれにはない。
ただ、もし叶うなら、もう少しだけ……。
「生きてみたら?」
「え?」
「ボクは死神だけど、魂を奪いに来ているわけじゃない。なんなら、君もボクと一緒に死神やる?」
レークはさらりと提案する。
呆れている感じでもない。
「死したものは地へ還る。死と地はつながっているよ。死ゾクセーとか地ゾクセーとか言ってたし、向いてるんじゃない?」
「死神に?」
「興味ない?」
「けど、おれ、この世界に迷惑かけたっていうか、いちゃいけない存在というか」
「虚構の世界は誰も拒まない。ただ、君の都合で回ってくれないだけ」
おれはしばらく悩み、目の前で一人歓喜しているリリーを見つめ、うなずいた。
「……やってみる」
妹に会うのが遅くなるけど、償わないと顔合わせができないから。
レークは箱庭の壁を壊した。
砂埃がなだれ込み、おれはむせる。
「案内するよ。といっても、実戦のが早いかも。次の箱庭は任せるね」
リリーを放置して歩き出すレーク。
おれは一度リリーの方を振り返り、そして彼女に続いた。
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