見出し画像

相国寺で伊藤若冲「動植綵絵」をみて考える


方丈に広がる祈りと美の時間

先日、京都・相国寺を訪ねました。
目的は、観音懺法会(かんのんせんぽうえ)に伴い、方丈に飾られたコロタイプ複製の伊藤若冲「動植綵絵」30幅を拝見すること。
この法要は、6月17日に観音懺法会先祖追善供養法要として執り行われるもので、その数日前から方丈の公開が始まっていました。6月8日に訪問。受付で供養料として千円を納め、芳名帳に名前を記します。
薄暗い梅の間に足を踏み入れると、目線より高い位置にずらりと並ぶ「動植綵絵」。厳かな空気に圧倒され、思わず立ち尽くしてしまいます。やがて正気に戻り、中之間へ。中央には吉山明兆の「白衣観音」、その左右には若冲の文殊菩薩・普賢菩薩が掛けられています。私は三幅の前に正座し、静かに手を合わせました。
ここは美術館ではないのです。法要の場であり、来訪は「鑑賞」ではなく「参拝」なのです。
梅の間・中之間・松の間に並ぶ30幅の「動植綵絵」を一幅ずつ拝見しながら、中之間の隅に再び正座して、全体を見渡す。祈りの空間に生きとし生けるものが躍動する。これほど幸福な時間があるでしょうか。思わず涙がにじみました。
方丈内には十数人の参拝者がいましたが、広さもあり、混雑とは無縁でした。静かで尊い時間でした。

動植綵絵の公開を知らせるポスター

動植綵絵とその歴史

「動植綵絵」は、江戸中期の天才絵師・伊藤若冲(1716〜1800)が、親交のあった相国寺の大典禅師(梅荘顕常)に寄進した作品である。
明和7年(1770)、先祖永代供養を願って、仏画三幅(釈迦・文殊・普賢)とともに「動植綵絵」30幅を相国寺に奉納しました。
この動植綵絵は、毎年6月17日の観音懺法法要において、吉山明兆の「白衣観音」を中央に、両脇に文殊・普賢の観音画を掛け、さらに梅の間・松の間に15幅ずつ並べられていたそうです。その荘厳さは、想像を絶します。
しかし、時は流れ、明治維新の政変が起こります。政府は「神仏分離令」や「大教宣布」を打ち出し、日本中の寺院は大きな打撃を受けました。いわゆる「廃仏毀釈」です。
相国寺もそのあおりを受け、苦境に陥り、明治22年(1889年)に「動植綵絵」30幅を皇室に献上することになります。
現在、それらは「皇居三の丸尚蔵館」が所蔵・管理しています。
平成19年(2007年)には、120年ぶりに全30幅が相国寺の承天閣美術館に里帰りし、特別公開されました。その際、宮内庁の許可を得てコロタイプ複製が制作され、平成26年からは観音懺法法要のたびに、当時と同じように方丈に飾られるようになりました。
現在、三の丸尚蔵館は2026年秋まで休館中。そのためか、原画の「動植綵絵」は各地の展覧会に貸し出されており、私も大阪市立美術館での「日本国宝展」や奈良国立博物館「超国宝展」で2幅ずつ展示されていたのを鑑賞しました。しかし、やはり本来の姿は30幅そろってこそです。

相国寺方丈の庭園

「動植綵絵」があるべき場所

今回、方丈で複製画とはいえ30幅揃った「動植綵絵」を拝観し、祈りの空間で鑑賞することの意義を強く感じました。
現在、原画は東京の皇居内にありますが、それが本当に「動植綵絵」のあるべき姿なのか、疑問を覚えます。相国寺が作品を手放したのは、政変と政策によるやむを得ぬ事情でした。 であれば、今こそ見直すべきではないでしょうか。
文化財は「本来あるべき場所」に戻すのが、文化への敬意ではないか。少なくとも、相国寺の承天閣美術館、あるいは京都国立博物館で所蔵されるのがふさわしいのではないかと、私は思います。
また、現在のように数幅ずつ「ばら」で様々な美術館に貸し出される運用も、果たして「動植綵絵」の本質にかなっているのか、疑問が残ります。

京都という街の奥深さ

今回の法要と展示の情報は、偶然ネットで見かけた読売新聞のネットニュースで知りました。 相国寺の公式サイトにも詳しい案内はなく、広くPRされている様子もありませんでした。あくまで「法要」であり、「公開」ではない。だからこそ、そこに本物の京都の文化を感じました。
私が訪れたときも、信仰に基づいた静かな時間が流れており、観光やイベントとは一線を画していました。
京都では、こうした「知られざる行事」がひっそりと日常の中にあります。 私は以前、神護寺の虫干しで源頼朝像を拝見した体験についても書きましたが(参考リンク)、やはり京都という街は、知られざる文化財が、日々の祈りの中で守られ、息づいている場所なのだと再確認しました。

子供たちでにぎわう鴨川デルタ

終わりに

相国寺の観音懺法法要に触れ、若冲の仏画に祈り、動植綵絵に包まれる時間を過ごした。 それは単なる美術鑑賞ではなく、心の奥深くに触れる体験でした。
「文化財とは、どこにあるべきか」 「文化財の本来の姿とは何か」――そんな問いをぐるぐる考えています。

いいなと思ったら応援しよう!