「手に入らないと嘆き、手にあると簡単にドブに捨てる」 その紙切れは、かつて誰かが命がけで欲しがった『宝』だった話
「選挙なんて行っても変わらない」、「政治には興味がない」。そんな言葉を耳にするたびに、少し胸がざわつくことがあります。今回は、私たちが当たり前のように手にしている「一票」の重みについて、歴史と仏教の視点から、和尚さんとさとるくんの対話を通して見つめ直してみます。
その「一票」は、最初からそこにあったわけじゃない 四割が捨てたものとは

選挙の季節になると、「投票に行こう」という声と同時に、「面倒くさい」、「どうせ変わらない」という無関心な声も聞こえてきます。
今、私たちが持っている投票所入場券。それはただの紙切れに見えるかもしれません。
しかし、歴史を振り返れば、その紙切れ一枚を手に入れるために、血を流し、投獄され、命を落とした人々がいました。
「女性だから」という理由だけで、あるいは「財産がないから」、「人種が違うから」という理由だけで、人間として扱われなかった人たちが、喉から手が出るほど欲しかったもの。

誰かが必死で求めたものを、私たちは今、あまりに軽く扱ってはいないでしょうか。
この小さな紙切れはな、「捨ててしまうには、あまりに重すぎるんじゃ」

「和尚さん、この前、選挙があったけど行ってきたの?」
お寺の縁側で、さとるくんが尋ねました。
「あぁ、行ってきたぞ。わしは選挙には必ず行くことにしておる。わしにとっては、ご飯を食べるのと同じくらい当たり前のことじゃよ」

「へぇ、そうなんだ」
さとるくんは少し意外そうな顔をしました。
「あのね、近所のお兄さんと話したんだけど、『政治には興味がないし、面倒だから行かない』って言ってたんだ。それってどうなのかな?」

和尚さんは、遠くの山を見つめながら静かに答えました。
「ふむ。選挙に行きなさいと強制はされんからな。行くも行かんも、今の世の中では自由じゃ」
「じゃあ、お兄さんの自由だね」
「しかしな、さとるくん。この『当たり前に一票を投じる』ということが、叶わなかった人たちがいたことは知っておるかな?」

「ううん、知らなかった」
「昔々の話じゃがな。選挙権を持たない人たちがたくさんおったんじゃ。女性であるとか、身分がどうとかでな。
彼らは、どうしても自分たちの未来を自分たちで決めたくて、戦って、叫んで、時には命がけでその権利を手に入れたんじゃよ」
和尚さんは、自身の衣の袖をぎゅっと握りしめました。

「そんな、先人たちが血の滲むような思いで勝ち取った『日本人なら当たり前の権利』……。
わしは、そんな誰かが何よりも大切に思うものを、ゴミのように捨てたりはできんのじゃよ」

さとるくんは、はっと息を飲みました。
「……うん、それ、なんかわかるよ。みんなが大切にしている宝物を、自分勝手に扱っているのと似ているね」
「そうじゃな。目の前にある、誰かにとっては命を捨ててでも求めてきたものを軽く扱っておきながら、一方で自分の求めるものが手に入らんと嘆き、悲しんでおる……。
人間というのは、わしも含めて、なんとも滑稽な生き物じゃと思わんか?」

「手に入らないものは欲しがって、手にあるものは捨てる……か」
「そうじゃ。わしだって偉そうなことは言えん。その程度のものなんじゃがな」
和尚さんは、自嘲気味に、しかし優しく微笑みました。
「知恩(ちおん)」という生き方

仏教には、「知恩報恩(ちおんほうおん)」という大切な言葉があります。
これは、「受けた恩を知り、それに報いること」を意味します。
1. 今あるものは、誰かの願いの結晶

私たちはつい、「今の権利や生活は、自分が生まれつき持っているもの」だと錯覚しがちです。
しかし、仏教では「縁起(えんぎ)」を説きます。すべての物事は、無数の繋がりと原因によって成り立っています。
私たちが今日、一票を投じることができるのは、過去に「平等の世の中を作りたい」と願い、差別と戦った無数の人々がいたからです。
その一票は、単なる権利ではなく、「先人たちからの贈り物(遺産)」なのです。
2. 「足るを知る」を履き違えない

「現状に満足しているから選挙に行かない」というのは、「少欲知足(しょうよくちそく)」ではありません。
他者が命がけでつないでくれたバトンを、自分の代で地面に投げ捨てる行為は、仏教的に見れば「愚痴(ぐち=真理を知らない愚かさ)」に近いものです。
自分には不要に見えるその一票を喉から手が出るほど欲しがった人がいた。
その事実を知った時、「興味がない」、「面倒だ」という言葉は、あまりに傲慢で、申し訳ない響きを持ちます。
「私は選挙に行かない」
そう口にする時、私たちは「クールな無関心」を装っているつもりかもしれません。

しかしそれは、「私は、過去の多くの人々の苦しみと願いを踏みにじっても、何も感じない人間です」と宣言しているのと同じことなのかもしれません。
次の選挙では、誰に入れるか迷っても構いません。
ただ、その紙切れの重さを感じに、投票所へ足を運んでみてはいかがでしょうか。
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