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​「あの人が羨ましい」で心が焦げる前に 和尚さんが教える、あなたが嫉妬すべき“たった一人”の人物








気づかぬうちに、誰かを攻撃していませんか? 「正義」の顔をした嫉妬の正体


​「なんであの人だけ、あんなに評価されるの?」

「運がいいだけでしょ。実力じゃないよ」

​ふとした瞬間に、心の中に湧き上がる黒い感情。


私たちはそれを、正当な「批判」や「意見」だと思い込もうとします。けれど、その心の奥底を覗き込んでみれば、そこにあるのはドロドロとした「嫉妬」であることが少なくありません。


​嫉妬の恐ろしいところは、本人が「私は嫉妬している」と自覚しにくいことです。


自覚がないまま、その感情は「あいつは生意気だ」、「空気が読めない」といった攻撃的な言葉に形を変え、時には職場や学校での「いじめ」や「排斥」の引き金にさえなってしまいます。


​他人の幸せが許せない。成功している人の足を引っ張りたくなる。

そんな苦しい炎で自分の心を焦がしてしまう前に、一度立ち止まってみませんか?


これから語る和尚さんとさとるくんの対話には、その炎を鎮め、全く別の光に変えるためのヒントが隠されています。




​「嫉妬すべき相手は一人だけ」和尚さんが鏡の前で語った真実


​「ねえ和尚さん。『嫉妬』って、最近したことある?」

​ある日の午後、さとるくんが唐突に尋ねました。


和尚さんは、ほうじ茶を飲みながら、少し考えるように天井を見上げました。

​「ふむ…。最近、嫉妬することはめっきり少なくなったのう。いつじゃったか、思い出せんくらいじゃ」


​「へえ、さすが和尚さんだね! 悟りを開くと嫉妬なんてしなくなるんだ」

​「いやいや、そう早合点してはいかんよ」

和尚さんは苦笑いして首を振りました。


「それはな、わし自身が『これは嫉妬だ』と気づいていないだけかもしれんのじゃ。他人がわしの心の中を見たら、『なんだこの生臭坊主は、随分な嫉妬持ちじゃないか』と呆れるかもしれんぞ」


​「えっ、和尚さんでも気づかないの?」

​「そうじゃ。嫉妬というのはみっともない感情じゃから、誰も認めたくはない。だから無意識に隠そうとする。そこが一番厄介なところじゃ。嫉妬は煩悩の一つ。人間である限り、残念ながら死ぬまで治らん病のようなもんじゃよ」


​和尚さんの表情が、ふっと真剣になりました。

「特に、自分が嫉妬していることに気づかず、相手を『悪者』に仕立て上げて攻撃する。これが、世の中から『いじめ』がなくならん諸悪の根源じゃな」


​さとるくんは、ドキッとしました。

「治らないなんて、絶望的だよ…」

​「まあ、そう暗くなるな。他人を妬んでも、相手を引きずり下ろしても、自分は何一つ幸せにはなれん。じゃがな、治らん病なら、付き合い方を変えればいい」


​和尚さんは、さとるくんに顔を寄せ、声を潜めました。

「実はな、この世でたった一人だけ、大いに嫉妬してもよい…いや、嫉妬すべき相手がおるんじゃよ」

​「えっ!? 誰? すごいお金持ちの人? それとも天才?」

さとるくんは身を乗り出します。


​和尚さんは、ニヤリと笑うと、部屋の隅にあった姿見(鏡)を指差しました。

​「鏡に映る、自分自身じゃよ」

​「え…自分?」


​「そうじゃ。他人を見て『羨ましい』と思うエネルギーがあるなら、それを鏡の中の自分に向けるのじゃ。理想の自分を思い浮かべ重ねてみる。逆に『なぜ、昨日の自分より成長していないのか』、『なぜ、自分が思い描く理想の自分になれていないのか』と自問自答するのもいいんじゃぞ」


​和尚さんは、鏡の中の自分を睨みつけるような顔をして見せました。


「他人と比べるから、心は卑屈になる。比べるなら、なりたい自分、未来の自分と比べるのじゃ。『お前はもっとできるはずじゃろう!』と、自分自身に嫉妬し、悔しがれ。そうすれば、嫉妬という醜い炎は、自分を磨き上げるための、温かい情熱の炎に変わるんじゃよ」


​さとるくんは、鏡に映る自分を見つめ直しました。そこには、和尚さんの言葉にハッとした顔をしている、自分自身が映っていました。




他人の不幸は蜜の味? ブッダが戒めた「嫉妬」と、心を救う「随喜」の教え


​和尚さんが語った通り、仏教において「嫉妬」は、最も警戒すべき煩悩の一つです。

難しく表現すると、「嫉(しつ)」と言い、他人の栄達や幸福を喜べず、妬ましく思う心のことを指します。

​お釈迦さまの言葉に、このような意味の教えがあります。


「錆(さび)が鉄から出て、その鉄自身を食い破るように、悪をなす者は、自らの業(行い)によって地獄へと引かれていく」

​嫉妬は、まさにこの「錆」のようなものです。相手を攻撃しているつもりでも、実際にボロボロに腐食していくのは、嫉妬している本人の心なのです。


「あいつが失敗すればいいのに」と願う心は、常にイライラと不安を生み出し、あなたの表情を歪ませ、人徳を落とし、結果としてあなた自身の幸福を遠ざけます。

​では、どうすればこの苦しい感情から抜け出せるのでしょうか。


仏教が用意している特効薬は二つあります。

​一つは、和尚さんがさとるくんに教えた「自分自身を見つめること」です。

嫉妬は、常に視線が「外(他人)」に向いている時に起こります。その視線をグルンと180度回転させ、「内(自分)」に向けるのです。


「あの人がすごい」のは、あの人が努力した結果です。「自分はどうか?」と問いかけ、他人を引きずり下ろす時間があるなら、自分を一歩でも高める努力(精進)に使う。これが、嫉妬をガソリンに変える方法です。


​そしてもう一つは、「随喜(ずいき)」という心を持つことです。

随喜とは、「他人の幸せを、自分のことのように一緒に喜ぶこと」です。


「そんなこと、できるわけない!」と思うかもしれません。しかし、これは心のトレーニングです。

誰かに嫉妬しそうになったら、心の中で無理やりにでもこう唱えてみてください。


「あなたが幸せで、私も嬉しい(ことにしておこう)」と。

​不思議なことに、他人の幸せを祝福すると、脳は「自分も幸せだ」と錯覚し、心に余裕が生まれます。

他人の成功に「いいね!」と言える人は、周りからも愛され、やがて自分にも成功が巡ってきます。

​他人への嫉妬は、あなたを焦がすだけの「毒」です。

しかし、未来の自分への嫉妬は、あなたを成長させる「薬」になります。


もし今、誰かが羨ましくてたまらないなら、すぐに鏡を見てください。そして、その情熱を、鏡の中の自分に向けてあげてください。「負けるなよ」と。




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