見出し画像

今の働き方、あと20年続けられるだろうか?

えむのマイトンさんのこちらの記事を読んだ。

なるほどなぁ〜と思いつつ、自分でも近い問いを考えているので、書いてみたくなりました。


***



この働き方、ずっと続けられるのだろうか?


私はマイトンさんが書かれている、人が働く理由3点に、おおよそ同意だ。

① 生活するため
② 社会と繋がるため
③ 自分を使い切るため

マイトンさんの記事より抜粋

私の場合、①②③を、大きくは外していない、と思う。
(③は若干怪しいけれども。)

で、その上で。


いい働き方って、なんだろうな、と思う。


現在、私は休職〜復職を経て、フルタイム勤務をしている。

休職からの復職を経験して、考えざるを得ないことの一つが、「この働き方を、あと20年続けられるだろうか?」ということ。

私は現在30代なので、ざっくり見積もっても、あと30年は働くだろう。
場合によっては40年くらい。
40年の場合、途中で職を変えたとしても、20年×2回。


「長くない?」と思うのである。


シンプルに、これまで自分が生きてきた年数より、長い年月を働くのだ。


で、そうなった時に。


「この働き方、ずっと続けられるのだろうか?」


ということを、否が応でも考えないといけなくなった。

なにせ、こちとら仕事のしすぎ(それだけではないけれど)で一回身体を壊しているのである。
同じ働き方をしていたら、元の木阿弥というか、同じ目に合うのはどう考えても自明のことだ。

職場を異動しようが、転職しようが、働き方が同じであれば結局同じことをしてしまうだろう、と気がついた。

じゃあ、どうするか?

***

あの頃の自分の働き方を振り返る


働く理由は人それぞれあるだろうけれど、生活のために働くという点において、「自分の時間を切り売りする」というのは、言葉は悪いが、一番手っ取り早い。

そのために、会社員として雇用契約を結び、一定の時間を労働に費やしている。

振り返って思うに、おそらく休職以前の私は、仕事に、あまりにも心身を、エネルギーを注いでいた。そこに労力を費やしすぎていた。
要は、がむしゃらに働きすぎだったのだ。

「自分を使い切る」という点においては、空っぽになるまで、使い切った。


使い切った結果として、ぶっ倒れて休職することになった。


……エネルギーを勢いよく使いすぎである。
もう少し余力を残しなさいよ。


我ながら、若干阿呆じゃないか、と思わなくもない。
思わなくもないのだが、しかし私にとっては、ここが一番の課題でもある。


「どうやって、余力を残しながら仕事をするのか?」


恐ろしいくらいに、私はこれができない。
「余力を残す」という言葉が辞書に載ってないんじゃないかくらいのレベルで、これが下手なのである。
世の中の人はだいたいこれができるらしい、と気がついた時には、結構びっくりした。


休職期間中から少しずつ練習はしているが、まだまだ下手である。
気がついたらエネルギーがだいぶ減っていたりする。
おそらく、「疲労」に鈍感なのだ。

加えて、休職したことにより体力がそこそこ落ちた。
ちょっとずつ戻りつつはあるけれど、無理は効かない。
というか、無理ができなくなった、というほうが近い。


残業はほとんどできないし、休日出勤はさらに無理だ。
休みの日は半日くらい寝ないと身体がもたない。

そしてだいたいちょっと不調。
これはほぼデフォルトなので、もう仕方がないと言えばそうかもしれない。


このままならない身体を抱えながら、どうやって働き続ければいいのか。


燃え尽きるまで頑張ることが美談とされる環境で


以前は、「燃え尽きるまで頑張ること」=「全力を出すこと」だと思っていた。

今でも、その考え方は抜けきれない。
長年染み付いた思考の癖は、一朝一夕には外せない。

ただ。

シンプルに体力が落ち、不調が増えた身体を抱えて思うのは、

「年齢を重ねたら、もしかしたらこの状態が続くのかもな」

ということ。

要は、加齢である。
今の私の身体は、ある点においては、多少老人に近い側面がある。

つまり、遅かれ早かれ、今の状態にはなる。
30年くらい早かっただけで。

……早すぎる、という気もするが、一旦置いておくことにする。


ままならない身体を抱えて考える「いい働き方」


閑話休題。

で、この身体を抱えた状態の「いい働き方」が、もしあるとすれば。


「頑張らなくても、続けられること」
「フラットな状態で、働けること」


かもしれない、と今は思う。


頑張らなくても、続けられること


前者は、比較的言葉通りだ。
仕事内容が、自分にとって「頑張らなくても無理なくできること」「そこそこ苦もなくできること」であること。


これは、正直人によってかなり違うと思う。

私もまだ、最適解は見つけられていない。

何かで読んだ気もするけれど、「できる」と「できない」の間には、「頑張ったらできる」と「すごく頑張ったらできる」みたいなゾーンがある気がする。
「頑張ったらできるけど、頑張らないとできない」みたいな。


ちょこちょこ不調が起こる身体を抱えて、「頑張ったらできるけど、頑張らないとできない」仕事をずっとやるのは、結構キツい気がする。

逆に、「そこそこ苦もなくできる仕事」なら、多少不調なくらいでも、まあ一応できたりはする。
あくまで私の場合は、だけれど。

フラットな状態で、働けること


後者の「フラットな状態で、働けること」も、多少前者と重なるところはある。

これは、言葉を変えると、「やる気がなくても、できること」に近いかもしれない。
モチベーションを上げなくても、テンションを上げなくても、そのままの状態でできること。

加えていうなら、「波がなく、穏やかな凪の状態で働けること」も追加だろうか。精神面的なところが大きいかもしれない。

仕事内容や職場環境もそうだし、その状態で過ごせるように、あらゆる体調管理をすることもここに含まれる、と思う。

「余力を残して仕事をできるようにする」も、ここに入る。
まあ、まだ全然できてないけれど。


***


休職〜復職を経て、私が考える「いい働き方」は、だいぶ変化したような気がする。
これからも、まだまだ変わっていくのだろう。

その都度、考えていきたいと思う。


自分にとっての、いい働き方を。


いいなと思ったら応援しよう!

あわい雪 読んでいただき、ありがとうございます…! いただいたチップは、制作に還元していきます!

この記事が参加している募集