「くだらない話」に、救われた夜のこと|66週ライラン#6
「真面目だね」と言われることが多かった。
いい意味でも、悪い意味でも。
それは、「ちゃんとしてるね」という意味のこともあれば、「お前は冗談が通じない」という意味のこともあった。
「真面目だね」と言われる時、褒められていることもあったのだろうけど、なんとなく馬鹿にされているニュアンスの時もあった。
「つまらない奴だ」と。
言外に、「このおもしろさがわからないなんて」と思われていたのだろう。
***
真面目が取り柄だと思ったことはなかったけれど、何かをコツコツと進めるのは、意外と嫌いじゃなかった。そのおかげで、できたこともある。
たぶん私にとって、「真面目」はある種の防御結界で、壁のようなもので。
その中にいれば、心が動かなくてもいい。
みんなと一緒に笑えなくていい。
他者の悪口に頷かなくていい。
ヤドカリが、自分の殻の中に篭っているような感じだろうか。
その場の大勢の人の意見に賛同できなくても、冗談が通じなくても、普段から真面目なキャラなら、「真面目だね」と言われておしまいだ。
別にそれでよかったし、それでいいとも思っていた。
その中から出てくるだけの余裕も、エネルギーも、当時はたぶんなかったのだろう。
ただ。
「真面目」なだけだと、疲れるのだ、ということに、ここ数年で気がつきはじめた。
何を当たり前なことを、と人によっては思うかもしれないけれど、「真面目」なだけで生きてきてしまうと、案外気がつかないのである(怖)
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現実で起こる数多の問題に、ひたすら真面目に向き合ってしまうと、疲労困憊となってしまう、のだか、今でも割とそうなりがちだ。
自分でも性分だとは思う。
そうして、片付けないといけない課題だとわかっていても、話を聞くだけで私のHPは0になってしまう夜に。
疲れきって、もう何もしたくないな、という時。
たまたま友人と、くだらない、とりとめのない話をすることができた。
何かを解決しようとするわけでもなく、ただお互いに今日あったことを話したんだと思う。
どうでもよく、聞いても明日にはきっと忘れてしまうような、そんな話。
たった、それだけのこと。
現実の課題は何一つどうにかなってなんかいないけど、しょうもない話をして、少しだけ笑うことができた。
そうしたら、強張っていた身体の力が、ほんの少し、抜けた気がした。
「真面目」とは対極にあるかのような「どうでもいい話」が、真面目に疲れた私には、運良く効いたのかもしれない。
なぜかはわからないけれど、どうでもいい、くだらない話に助けられる夜があった。
それ以来、noteの記事でも時々、本当にどうでもいいような話を書いたりしている。
読んでも、明日にはきっと忘れてしまう。
書いている私も、きっと忘れてしまう。
それでも。
書いて、読んで、ふっと身体の力が抜けたらいいな、と思いながら。
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66週ライラン裏メニュー📖66個の書くお題より、No.6
難産でした……。書きたかったことは書けた気がしますが、なんかこう、煮え切らないというか、いまいちうまくまとまりきらなかったです。
内容を詰め込みすぎたのかもしれません。
ただ、今の私の力量だとここが限界なので、これで出しちゃいます。
むずかしかった〜!!
みなさん、書くのうますぎじゃないですか……?どうやって書いているんですか。
ヤドカリの例えは、ちょうど読んでいた音羽しーなさんの話に影響されて出てきました。おもしろかったんです。特にタイトルが秀逸です。
本当はこの話だけ独立させて別の記事で書きたい気持ちも、あったりします。もっとあったんですけど、今回はうまく馴染まなくて、丸ごと削除したんですよね。
もう少し、自分の中で消化できたら書けたらいいかなぁ、と思います。
***
ふぅ。それでは今回はここまで。
1回休憩しましょう。お茶でも飲みましょう〜。書ききった感と、周りの方のうまさに愕然としながら、ミルクティー飲んでます。note、すごい。
みなさんも、無理なさらず。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。
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