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休日のおじさんよ、その肩にぶら下がっているのはショルダーバッグか、それとも諦めか

休日の街を歩いていると、ある種のユニフォームに出会う。グラフィカルなTシャツ、ジーンズ、肩から斜めに掛けたショルダーバッグ、そして足元はサンダル。まるで「日本のおじさん」という生物を図鑑で説明するためだけに用意された標本のような姿だ。

正直に言うと、僕もその標本棟の住人だった時期がある。否定する気はまったくない。動きやすいし、気を遣わなくていいし、何より「これでいいんだ」という安心感がある。安心感というのは、油断とほとんど同じ顔をしているのだけれど。

ただ、ひとつだけ言わせてほしい。ファッションというのは、実は服そのものの話ではなく、「自分がどう見られたいか」という意思表示の話なのだ。心理学の世界では、第一印象は数秒で決まり、その印象は「見た目」に強く左右されると言われている。つまり僕らおじさんは、自分が思っている以上に、Tシャツとサンダルという「沈黙の自己紹介」を毎日繰り返しているわけだ。

そこで僕が提案したいのが、カジュアルなセットアップスーツである。

「休日にスーツ?」という抵抗感は痛いほどわかる。スーツというのは、月曜の朝の通勤電車や、気の重い会議室を思い出させる装置のようなものだ。鎧であり、同時に呪いでもある。

でも今のセットアップスーツは、あの頃の「窮屈な鎧」とはもう別物になっている。例えばAOKIのビジネスカジュアルスーツ「アクティブワークスーツ」は、ストレッチ性が高く、洗濯機で洗えて、軽量な仕立てが特徴だ。つまり、見た目は「きちんと」、中身は「パジャマ」に近い。鎧の見た目をしているのに、着ているのは普段着の心地よさという、ちょっとズルい構造になっているのだ。

このセットアップの内側には、シャツでなくていい。ユニクロの白い無地Tシャツで十分すぎるほど決まる。ジャケットという「枠」があるだけで、Tシャツは途端に「リラックス」に格上げされる。同じ役者でも、舞台のセットが変わると名優に見える、あの現象に近い。

そして最後の仕上げは、バッグだ。ショルダーバッグを黒の革トートに変える。それだけで、休日の散歩は「ただの外出」から「街を歩くおじさんの儀式」になる。斜め掛けの紐が運んでいたのは荷物だけじゃなく、どこか「気を抜いていいですよ」という無意識のメッセージだったのかもしれない。トートを手に提げる姿は、それよりずっと静かで、ずっと自信がある。


僕はもう、グラフィカルなTシャツとジーンズとサンダルのスタイルを完全に否定するつもりはない。あれはあれで、ひとつの生き方の表明だ。

でも、もし「ちょっとだけ違う自分を試してみたい」と思うおじさんがいるなら——ストレッチの効いた洗えるセットアップに、無地の白Tシャツ、そして黒革のトートバッグ。たったこれだけの組み合わせで、休日の街角に立つ自分の見え方は、驚くほど変わる。

服を変えるというのは、結局、自分に対する小さな約束を更新する行為なのだと思う。


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