ドイツの名門ロボット企業は、なぜ中国に買われたのか――「裏側の王者」KUKAの戦略
中国・美的に買収されたドイツ産業ロボットの名門は、ヒューマノイド時代にどう戦うのか
世界4大産業ロボット比較! その4:KUKA編
本シリーズは、世界の産業用ロボットを牛耳る「4強」――FANUC・安川電機・ABB・KUKA――を、1社ずつ徹底解説するものである。
その4:KUKA(ドイツ/美的傘下)――溶接と「混在工場」の名門。重心はアジアへ。
今回の「その4」では、美的傘下でアジアへ重心を移すKUKAを取り上げる。
ドイツ・アウクスブルクで生まれた一つの企業が、世界の製造業の重心移動を映し出している。
その名はKUKA。
オレンジ色の産業用ロボットアームで知られるKUKAは、FANUC、安川電機、ABBと並び、長く「4大産業ロボットメーカー」の一角として語られてきた企業である。
しかし、KUKAを単に「ドイツの産業ロボットメーカー」とだけ見ると、その本質を見誤る。
KUKAは、もともとロボット企業ではなかった。
1898年、ドイツ南部バイエルン州の都市アウクスブルクで、Johann Josef KellerとJakob Knappichによって創業された。当初の事業は、家庭用・街灯用のアセチレンガス設備だった。
そこからKUKAは、溶接技術へ進み、自動車工場の車体製造へ進み、1973年には6軸電動産業ロボットFAMULUSを生み出す。やがてKUKAは、自動車工場の溶接ライン、組立ライン、ボディ・イン・ホワイト、物流自動化、医療自動化、デジタルツイン、AI制御へと領域を広げていった。
つまりKUKAの歴史とは、ドイツ製造業が「手作業」から「溶接」へ、「専用機」から「ロボット」へ、「単体設備」から「スマートファクトリー」へ進化してきた歴史そのものでもある。
だが、この企業の物語が本当に面白くなるのは、21世紀に入ってからだ。
2016年、中国の美的集団がKUKAを買収した。
これは単なる企業買収ではない。
ドイツの製造技術と、中国の巨大市場が結びついた象徴的事件だった。
ドイツ側から見れば、KUKAはインダストリー4.0を代表する企業であり、産業ロボット、自動化、スマートファクトリーの中核技術を持つ国宝級企業だった。中国側から見れば、KUKAは中国製造業を「世界の工場」から「自動化された高付加価値製造業」へ引き上げるための重要なピースだった。
その後、KUKAは美的傘下で非上場化され、中国市場、物流、医療、自動化、ソフトウェア、AIへと戦略を広げている。
いま世界の製造業は、さらに大きな転換点に立っている。
それが、ヒューマノイドロボットとPhysical AIの時代である。
Tesla Optimus、Figure AI、Unitree、UBTech、Agility Robotics、Boston Dynamics、そして中国勢の急速な台頭。世界中で「人型ロボット」が次の産業革命の主役になると言われ始めている。
では、この時代にKUKAはどう戦うのか。
KUKAはヒューマノイドロボットそのものを大量生産する会社になるのか。
それとも、産業ロボットで培った精密制御、安全性、工場統合、システムインテグレーションを武器に、ヒューマノイド時代の裏側を支える企業になるのか。
この記事では、KUKAの創業、創業者、歴史、事業構造、世界シェア、現状、美的による買収、2025年決算、NVIDIA GTC 2026でのKUKA AMP、そしてヒューマノイド時代の未来戦略までを、4大産業ロボットメーカー比較の視点から整理していく。
※本稿は2026年6月25日時点の公開情報をもとに、最新動向を反映した最終修正版である。
目次
第1部 KUKAとは何者か――本質・歴史・買収・4強の位置
1|KUKAの本質は「ロボットメーカー」ではなく「工場を動かす会社」である
2|創業は1898年――アセチレンガスから始まったKUKA
3|KUKAのDNAは「溶接」にある
4|1973年、FAMULUS――KUKAがロボット企業になった瞬間
5|PC制御、医療、超大型ロボット、協働ロボットへ
6|Swisslog買収――KUKAが物流と医療へ広がった意味
7|美的によるKUKA買収――ドイツ製造業の象徴が中国資本に入った日
8|KUKAはドイツ企業なのか、中国企業なのか
9|4大産業ロボットメーカーの中でのKUKAの位置づけ
10|KUKAの世界シェアをどう見るべきか
第2部 KUKAの現在地――決算・地域・市場
11|現在のKUKA――売上、事業構造、主要分野
12|2025年決算とKUKAの現在地
13|地域別売上と国内・海外比率――2025年、KUKAはどの大陸・国で稼いでいるか
14|世界の産業ロボット市場――中国が主戦場になった
第3部 ヒューマノイド時代の論点
15|ヒューマノイドロボット時代は、産業ロボット企業にとって脅威なのか
16|KUKAはヒューマノイドを作るべきか
17|KUKAとヒューマノイドの関係――本命は「人型」ではなく「混在工場」
18|KUKAは「ドイツの過去」ではなく「中国製造業の現在」であり「Physical AIの未来」である
第4部 フィジカルAI戦略と技術基盤
19|KUKA AMPとAutomation 2.0――KUKAの未来戦略の核心
20|新CEOシェルとソフトウェア化――「機械の会社」から「フィジカルAIの会社」へ
21|NVIDIA GTC 2026とKUKA AMP――4大メーカーもPhysical AIの土俵へ
22|Visual Components 5.1とNVIDIA Halos――KUKA AMPの周辺で進む安全・シミュレーション基盤
第5部 強み・弱み・競争
23|KUKAの強み――自動車、溶接、SI、グローバル現場力
24|KUKAの弱点――利益率、価格競争、中国依存、ブランドの揺らぎ
第6部 未来戦略と最新展開
25|美的グループとの連携――KUKAにしかない実証フィールド
26|KUKAの未来戦略1――自動車依存からの脱却
27|KUKAの未来戦略2――ロボット単体からソフトウェア企業へ
28|KUKAの未来戦略3――Physical AIの現場実装企業になる
29|KUKAの未来戦略4――中国市場で勝ちつつ、欧米の信頼を失わない
30|4大産業ロボットの資本再編――KUKAは美的、ABBはソフトバンクへ
31|2025年の新製品と大型受注――重量物パレタイジングとEVバッテリーの摩擦攪拌接合
32|日本企業への示唆――KUKAの物語から何を学ぶべきか
第7部 結論
33|結論――KUKAはヒューマノイド時代に「裏側の王者」を狙うべきだ
第1部 KUKAとは何者か――本質・歴史・買収・4強の位置
1|KUKAの本質は「ロボットメーカー」ではなく「工場を動かす会社」である
KUKAを理解するうえで、最初に押さえるべきことがある。
KUKAは、ロボットアームだけを作ってきた会社ではない。
むしろKUKAの本質は、「工場の中で、物をどう運び、どう組み立て、どう溶接し、どう検査し、どう量産するか」を設計する会社である。
FANUCが工作機械、CNC、サーボ、ロボットを一体化させた日本型FAの象徴だとすれば、安川電機はモーション制御とACサーボの王者である。ABBは電機、制御、自動化、ロボティクスをグローバルに束ねる総合自動化企業だ。
ではKUKAは何か。
KUKAは、自動車工場を中心に「ロボットを現場で使える形にする」ことに強い企業である。
自動車の車体工場では、何百台ものロボットが同時に動く。スポット溶接、アーク溶接、搬送、組立、接着、塗装、検査、工程間搬送。1台のロボットが高性能であるだけでは不十分である。車体を正しい位置に運び、複数のロボットを同期させ、タクトタイムを守り、品質を保証し、安全に止まり、故障時にもすぐ復旧できなければならない。
ここで問われるのは、ロボット単体の性能だけではない。
工場全体を設計する力である。
現場で止まらない仕組みを作る力である。
顧客の製造工程に深く入り込む力である。
KUKAは、まさにこの領域で強くなった。
だからKUKAのロボットを語る時、「オレンジ色のアーム」だけを見てはいけない。その背後には、溶接、車体製造、工場ライン、物流、医療、デジタルツイン、AI制御までを含む、巨大な自動化システムの歴史がある。
2|創業は1898年――アセチレンガスから始まったKUKA
KUKAの歴史は、1898年に始まる。
創業地は、ドイツ・アウクスブルク。
創業者は、Johann Josef KellerとJakob Knappich。
社名のKUKAは、「Keller und Knappich Augsburg」の頭文字に由来する。現在の感覚では、KUKAという名前はロボット企業のブランド名として定着している。しかし、もともとは創業者2人の名前と創業地アウクスブルクを組み合わせた略称だった。
創業時の事業は、アセチレンガス設備である。
19世紀末、ヨーロッパでは都市の照明、家庭用照明、工場照明が重要なインフラだった。電気照明はまだ普及途上であり、アセチレンガスは安価な照明手段として期待されていた。KellerとKnappichは、家庭や街灯に安価な照明を提供するために事業を始めた。
しかし、技術の世界では、常に新しい技術が古い技術を押し出す。
電気照明が急速に普及すると、アセチレンガスの価格は下がり、需要も変化していった。普通の企業なら、ここで衰退してもおかしくなかった。
だがKUKAは、アセチレンガスから溶接へと事業を転換する。
アセチレンを使った酸素アセチレン溶接は、金属を接合するための重要技術だった。KUKAは照明の会社から、溶接の会社へ変わった。
この最初の転換が、KUKAの運命を決めた。
KUKAは、光を売る会社から、金属をつなぐ会社になった。
そして金属をつなぐ会社から、車体を作る会社になった。
さらに車体を作る会社から、ロボットで工場を動かす会社になった。
KUKAの歴史は、最初から変化への適応の歴史だった。
3|KUKAのDNAは「溶接」にある
KUKAの強さを理解するには、溶接を理解しなければならない。
ロボット産業において、溶接は極めて重要な応用分野である。特に自動車産業では、車体を構成する鋼板や部品を大量に接合する必要がある。スポット溶接、アーク溶接、レーザー溶接、摩擦溶接、接着との組み合わせなど、溶接技術は自動車工場の中核工程であり続けた。
KUKAは、早い段階からこの領域に入り込んだ。
1920年代以降、KUKAは大型容器や車両の上部構造、自治体向け車両などを製造するようになる。1939年には、ドイツ初の電気スポット溶接システムを開発したとされる。1956年には、冷蔵庫や洗濯機向けの自動溶接システムを開発し、フォルクスワーゲン向けにマルチスポット溶接のトランスファーラインも提供した。
この時点で、KUKAはすでに「量産工場の自動化」に深く関わっていた。
ここで重要なのは、KUKAがロボット単体から始まった企業ではないという点だ。
ロボットが登場する前から、KUKAは工場の中で金属をどう接合するか、どう流すか、どう量産するかを考えていた。
そのため、KUKAのロボットは単なる機械ではなく、最初から工場ラインの中に組み込まれる存在だった。
これは、ヒューマノイド時代にも重要になる。
なぜなら、ヒューマノイドロボットもまた、単体で賢いだけでは役に立たないからだ。工場内の搬送、検査、組立、ピッキング、保守、MES、ERP、安全柵、AGV、AMR、人間作業者との動線。そのすべてと接続できて初めて、現場で価値を生む。
KUKAは、この「現場に入れる力」を長年磨いてきた企業である。
4|1973年、FAMULUS――KUKAがロボット企業になった瞬間
KUKAのロボット史における象徴が、1973年のFAMULUSである。
FAMULUSは、6つの電動軸を持つ産業ロボットとして知られる。KUKAはこのロボットによって、産業ロボットの先駆者としての地位を確立した。
1970年代は、産業ロボットが本格的に工場へ入り始めた時代だった。アメリカではUnimateが自動車工場に導入され、日本では川崎重工、安川電機、FANUCなどがロボット事業を拡大していった。欧州ではKUKAが、自動車工場の溶接と組立を背景にロボット技術を発展させた。
FAMULUSの意味は、単に「6軸ロボットを作った」ことではない。
それは、専用機械の時代から、汎用的に動作を変えられるロボットの時代へ移る象徴だった。
専用機は、決まった作業に強い。
しかし、製品が変わると作り直しが必要になる。
ロボットは、プログラムを変えることで複数の作業に対応できる。
つまり、工場に柔軟性をもたらす。
この柔軟性こそ、ロボットの価値だった。
KUKAはこの流れを捉え、溶接技術と工場ラインの経験をロボットへ結びつけた。結果としてKUKAは、自動車工場向けロボットとシステムインテグレーションで強い存在となった。
5|PC制御、医療、超大型ロボット、協働ロボットへ
KUKAは、1973年のFAMULUS以降も技術領域を広げていった。
1996年には、PCベースのロボット制御へ踏み出す。産業用ロボットの制御は、専用コントローラー、専用言語、専用環境で動くことが多かった。しかしソフトウェアの重要性が高まる中で、ロボット制御をより柔軟にすることが重要になっていく。
1998年には、中国・長春のAudi工場へロボットを納入した。これはKUKAが早い段階から中国市場に入り込んでいたことを示す重要な出来事である。現在のKUKAは美的傘下にあるが、中国との接点は買収後に突然始まったわけではない。KUKAは20世紀末から、中国の自動車産業の成長とともに市場を開拓していた。
2001年には、医療分野にも進出する。KUKAロボットは、CyberKnifeのような放射線治療システムにも使われた。これは、KUKAの精密制御技術が自動車工場だけでなく、医療のような高精度・高信頼性の分野にも応用できることを示した。
2007年には、KR 1000 TITANが登場する。可搬重量が1,000kgを超える超大型6軸ロボットであり、重量物搬送、鋳造、航空宇宙、重工業などの分野でKUKAの存在感を高めた。
2013年には、LBR iiwaが登場する。
LBR iiwaは、KUKAの協働ロボット戦略を象徴する製品である。従来の産業用ロボットは、安全柵の中で高速・高出力で動く機械だった。人間が近づくと危険であり、ロボットと人は空間的に分離されていた。
しかし、協働ロボットは違う。
人と同じ空間で作業する。
人の動きに合わせる。
力や接触を検知する。
小ロット多品種、研究開発、医療、実験室、組立、軽作業などに適応する。
LBR iiwaは、KUKAが「巨大な自動車工場のロボット」から、「人に近い環境で働くロボット」へ進むための重要な一歩だった。
ここに、ヒューマノイド時代への伏線がある。
KUKAは人型ロボットそのものを前面に出してきた企業ではない。しかし、人とロボットが同じ空間で働くための安全性、力制御、柔軟なプログラミング、作業セル設計については、長年の蓄積がある。
ヒューマノイド時代に必要なのは、まさにこの知見である。
6|Swisslog買収――KUKAが物流と医療へ広がった意味
2014年、KUKAはスイスのSwisslogを取り込んだ。
この出来事は、KUKAの歴史の中で非常に重要である。
なぜなら、KUKAの事業領域が「工場の中」から「物流・倉庫・病院」へ広がったからだ。
Swisslogは、倉庫自動化、物流自動化、病院内物流、薬剤管理、搬送システムなどに強い企業である。Eコマースの拡大、病院の省人化、物流センターの自動化、医薬品管理の高度化など、今後の成長領域を持っていた。
KUKAにとってSwisslogは、単なる買収先ではなかった。
それは、KUKAが「自動車工場のロボット企業」から「社会インフラ全体の自動化企業」へ広がるための橋だった。
物流自動化は、ヒューマノイド時代にも非常に重要である。
ヒューマノイドロボットの初期導入先として最も有力視される分野の一つが、倉庫や物流センターである。理由は明確だ。物流現場には、歩行、搬送、ピッキング、棚入れ、検品、仕分け、箱詰めなど、人間が行っている反復作業が多い。一方で、完全に固定化された産業用ロボットだけでは対応しにくい作業も多い。
つまり、物流現場は産業用ロボット、AMR、コンベヤ、倉庫管理システム、AI、そして将来のヒューマノイドが共存する場になる。
KUKAがSwisslogを持っていることは、この未来に対する重要な布石である。
7|美的によるKUKA買収――ドイツ製造業の象徴が中国資本に入った日
2016年、中国の美的集団がKUKAを買収した。
この買収は、当時のドイツと欧州に大きな衝撃を与えた。
美的は、中国を代表する家電メーカーである。エアコン、冷蔵庫、洗濯機、キッチン家電などで世界的な規模を持つ企業だ。その美的が、なぜドイツの産業ロボット企業を買うのか。
答えは、中国製造業の高度化である。
中国は長年、「世界の工場」として成長してきた。安い労働力、大量生産、輸出、サプライチェーンの集積。これが中国製造業の強みだった。
しかし、2010年代に入ると状況は変わった。
人件費が上昇する。
少子高齢化が進む。
品質要求が高まる。
EV、半導体、精密機器、医療機器、スマート家電など、高度な製造が必要になる。
米中対立の中で、製造業の自立性が国家戦略になる。
中国に必要だったのは、単なる安価な工場ではなかった。
自動化された工場だった。
ロボット化された工場だった。
データで動くスマートファクトリーだった。
そこでKUKAの価値が浮かび上がる。
KUKAは、自動車工場、溶接、ロボット、物流、システムインテグレーションを持つ。つまり中国が欲しかった「製造業高度化の中核技術」を持っていた。
一方、KUKA側にも課題があった。
欧州市場は成熟し、自動車産業は景気循環の影響を受ける。産業用ロボット市場の成長重心はアジア、とくに中国へ移っていた。KUKAが将来も成長するには、中国市場への深いアクセスが必要だった。
こうして、ドイツのKUKAと中国の美的は結びついた。
この買収は、単なる国際M&Aではない。
世界の製造業の重心が、欧州からアジアへ、ドイツから中国へ、成熟市場から成長市場へ移っていることを示す象徴的事件だった。
8|KUKAはドイツ企業なのか、中国企業なのか
美的買収後のKUKAをどう見るかは難しい。
本社はドイツ・アウクスブルクにある。
創業もドイツである。
技術文化もドイツ製造業に根ざしている。
ブランドも「Made in Germany」の象徴として認識されてきた。
しかし、親会社は中国の美的集団である。
2022年には少数株主のスクイーズアウトが完了し、KUKAは美的グループの支配下で非上場化された。これは、KUKAがより長期的な戦略を取りやすくなる一方で、資本市場からの独立性や透明性という意味では変化を伴う。
ではKUKAは、いまドイツ企業なのか、中国企業なのか。
この問いに対する答えは、単純ではない。
KUKAは、ドイツ技術と中国資本のハイブリッド企業である。
ドイツで生まれ、ドイツの工場文化を持ち、中国市場と中国資本の中で成長しようとしている企業である。
この構造は、非常に現代的だ。
なぜなら、これからの産業ロボット競争は、単純な国籍では語れなくなるからだ。日本企業が中国で製造し、中国企業が欧州技術を買収し、米国AI企業が台湾半導体と日本部品を使い、ドイツの自動車メーカーが中国EV市場で競争する。製造業はすでに、国家単位ではなく、資本・技術・市場・サプライチェーンの複合体になっている。
KUKAは、その象徴である。
9|4大産業ロボットメーカーの中でのKUKAの位置づけ
産業ロボット業界では、長く4大メーカーが語られてきた。
FANUC。
安川電機。
ABB。
KUKA。
もちろん、現在では川崎重工、三菱電機、DENSO、NACHI、不二越、EPSON、Staubli、Universal Robots、中国のEstun、Efort、Siasun、新松、Inovance系、さらに協働ロボットやAMR、ヒューマノイド企業まで含めれば、競争環境は非常に広がっている。
それでも、4大メーカーという言い方には意味がある。
この4社は、産業ロボットの歴史を作ってきた企業だからだ。
FANUCは、日本の工作機械産業と一体で成長した。CNC、サーボ、ロボット、FAを垂直統合し、黄色いロボットで世界中の工場に入った。高収益、保守網、信頼性、CNCとの連携が強みである。
安川電機は、モーション制御の会社である。ACサーボ、インバータ、モータ制御を基盤に、MOTOMANブランドで産業ロボットを展開した。ロボットの「関節をどう滑らかに動かすか」という根幹に強い。
ABBは、電機と自動化の巨人である。電力、制御、ロボティクス、プロセスオートメーションを持ち、グローバルに幅広い産業へ入る。ロボット単体だけでなく、自動化全体の文脈で強い。
KUKAは、溶接と自動車工場の会社である。車体溶接、組立ライン、ターンキーシステム、システムインテグレーションに強い。ロボットアームだけでなく、工場ライン全体の設計・納入に存在感がある。
この4社を比べると、KUKAの特徴は明確になる。
KUKAは、最も「工場全体」に近い。
そして最も「自動車工場」に深い。
さらに、4大メーカーの中で最も象徴的に「中国資本化」した企業である。
この最後の点が、KUKAを特別な存在にしている。
FANUCと安川電機は日本企業として残っている。ABBは欧州系の総合自動化企業である。KUKAはドイツ発祥でありながら、中国の美的傘下に入った。
だからKUKAを見ることは、産業ロボットの技術を見るだけではない。
世界の製造業の覇権移動を見ることでもある。
10|KUKAの世界シェアをどう見るべきか
KUKAの世界シェアについては、注意が必要である。
産業ロボット業界では、出荷台数、売上、用途、地域、ロボット種類、システム事業を含むかどうかによって、シェアの見え方が変わる。またKUKAは美的傘下で非上場化されており、ロボット単体の詳細な外部比較は以前より難しくなっている。
そのため、「KUKAの世界シェアは何%」と単純に断定するより、業界内での位置づけとして理解する方が正確である。
KUKAは、世界トップクラスの産業ロボット企業であり、特に欧州、自動車、溶接、システムインテグレーションで強い。4大メーカーの一角として長く認識されてきた。
なお、KUKA自身は2026年3月のKUKA AMP発表の中で、KUKA Roboticsの累計導入台数は55万台超、世界では上位2社に入る位置、中国市場ではTOP3にいると説明している。これはKUKA側の公式説明であり、第三者機関が毎年同じ基準で出す市場シェア表とは性格が異なる。そのため本稿では、KUKAを「世界トップクラス、4大メーカーの一角」と位置づけつつ、単純なパーセンテージでは断定しない。
ただし、近年の競争環境は大きく変わっている。
第一に、中国メーカーの台頭である。
中国市場では、すでに中国国内メーカーが外国メーカーを上回るシェアを獲得している。これはKUKAだけでなく、FANUC、安川電機、ABBにとっても大きな圧力である。
第二に、協働ロボットの台頭である。
Universal Robotsをはじめ、台湾、中国、米国、欧州の新興企業が、より簡単に使えるロボット市場を開拓した。従来の大型産業ロボットとは異なる顧客層が生まれている。
第三に、AMRと物流ロボットの拡大である。
工場内搬送、倉庫、Eコマース、病院物流では、固定ロボットアームだけでなく、移動ロボットが重要になっている。
第四に、ヒューマノイド企業の登場である。
まだ量産・実用化の初期段階ではあるが、将来的には一部の作業で人型ロボットが産業用ロボット、協働ロボット、AMRと競合・補完する可能性がある。
つまりKUKAのシェアを考える時、昔ながらの「産業用ロボットアームの市場シェア」だけでは不十分である。
これからは、
工場自動化のシェア、
物流自動化のシェア、
ソフトウェア基盤のシェア、
AI制御プラットフォームのシェア、
Physical AI時代の現場実装力、
これらが重要になる。
KUKAはその意味で、単なる台数シェア競争から、工場全体の統合競争へ移ろうとしている。
第2部 KUKAの現在地――決算・地域・市場
11|現在のKUKA――売上、事業構造、主要分野
現在のKUKAは、産業用ロボット単体のメーカーではない。
主な事業領域は、産業用ロボット、ロボット制御、システムインテグレーション、物流自動化、医療自動化、デジタルソリューション、AI、デジタルツインなどである。
2025年のKUKAは、売上約38.97億ユーロ、受注約41.57億ユーロ、EBIT約5,870万ユーロ、従業員約14,500人規模の企業である。
売上規模で見ると、KUKAは巨大企業ではあるが、FANUCのような高収益体質とは異なる。KUKAはロボット単体だけでなく、大型プロジェクトやシステム案件を多く持つため、売上は大きくても利益率は景気や案件採算の影響を受けやすい。
現在のKUKAの主要領域は、大きく5つに分けられる。
第一に、Roboticsである。
これはKUKAの中核であり、6軸ロボット、SCARA、Deltaロボット、協働ロボット、AMR、ロボットコントローラー、ソフトウェアなどを含む。用途は、自動車、EV、バッテリー、電子機器、金属加工、樹脂加工、消費財、医療、物流まで広い。
第二に、Systemsである。
KUKAらしさが最も出るのは、この領域だ。自動車のボディ・イン・ホワイト、EV・バッテリー生産ライン、組立工程、ターンキー生産設備など、工場全体を設計・納入する。KUKAはロボットを売るだけでなく、工場そのものを作る企業でもある。
第三に、Swisslogである。
倉庫自動化、Eコマース物流、病院内物流、薬剤管理など、工場外の自動化を担う。物流と医療は、今後のロボット市場で非常に重要な領域である。
第四に、中国事業である。
美的傘下になったことで、中国はKUKAにとって単なる販売先ではなく、開発・製造・販売の巨大拠点になった。中国市場は世界最大の産業ロボット市場であり、KUKAの成長戦略にとって不可欠である。
第五に、KUKA Digitalである。
ここが今後最も重要になる。シミュレーション、デジタルツイン、AI、データ分析、ロボット群制御、工場全体のソフトウェア化。KUKAはロボットアームの会社から、工場をソフトウェアで動かす会社へ移ろうとしている。
12|2025年決算とKUKAの現在地
KUKAの2025年決算は、同社の難しさと底力の両方を示している。
2025年の売上は38.972億ユーロ、受注は41.573億ユーロ、EBITは5,870万ユーロ、EBIT率は1.5%、従業員は1万4,542人だった。売上は前年の37.324億ユーロから4.4%伸び、受注も前年の40.780億ユーロから1.9%増えた。一方で、EBITは前年の7,650万ユーロから23.3%減少し、EBIT率は2.0%から1.5%へ低下した。
ここで重要なのは、「売上は戻りつつあるが、利益率はまだ低い」という点である。
KUKAは、産業ロボット単体のメーカーというより、ロボット、搬送、工程設計、ターンキーライン、物流、医療、デジタル基盤を組み合わせる会社である。そのため大型プロジェクトの採算、顧客の投資判断、自動車・EV投資の波、地域別の景気に左右されやすい。2025年も、リストラ費用やプロジェクト再評価の影響が収益を圧迫した。
一方で、良い材料もある。
受注は中国とSwisslogで伸びた。中国事業はKUKAにとって単なる販売先ではなく、成長の中核になっている。KUKAは2026年3月の発表で、中国事業の売上が初めて10億ユーロを超えたと説明している。これは、美的傘下で中国市場に深く入り込む戦略が、数字として表れ始めたことを意味する。
また、2025年の研究開発費は2.132億ユーロとなり、過去最高水準に達した。KUKAが本当に目指しているのは、単なるロボットアームの販売増ではない。iiQKA.OS2、iiQWorks、KUKA AMP、デジタルツイン、AI、シリコンバレーのソフトウェア・AI拠点を通じて、ロボットの上に乗るソフトウェア基盤を取りに行くことである。
つまり、KUKAの2025年決算は、短期的には利益率の課題を示している。
しかし、中長期では「中国」「Swisslog」「ソフトウェア」「AI」「Physical AI」への移行が進んでいることを示している。
KUKAは、まだ完成した勝者ではない。
むしろ、いま変革の途中にいる企業である。
13|地域別売上と国内・海外比率――2025年、KUKAはどの大陸・国で稼いでいるか
KUKAが「どこで稼いでいるか」を、2025年の数字で確認しておく(売上・利益そのものは本記事の決算の章で見たとおり、2025年の売上は約39.0億ユーロ、EBITは約0.59億ユーロである)。
KUKAの売上は、地域別に見ると、EMEA(欧州・中東・アフリカ)、南北アメリカ、アジア太平洋の三つに、おおよそ三分の一ずつ分散している。主要な生産拠点はドイツ・米国・中国・ハンガリーにあり、本社はドイツのアウクスブルクにある。
つまりKUKAは、ドイツ(欧州)という「ホーム」を持ちながら、収益の大半を海外で稼ぐ、典型的な欧州系グローバル企業である。
そのうえで、近年の構図変化がはっきりしている。
2024年は、南北アメリカと欧州が減速する一方、アジアが過去最高を記録した。そして2025年には、中国事業の売上が初めて10億ユーロを超えた。これは、KUKA全体(約39億ユーロ)のおよそ4分の1にあたり、中国が国別では最大級の市場に育ったことを意味する。美的(Midea)傘下で中国市場に深く入り込む戦略が、地域別の数字となって表れている。
国別・大陸別の要点を整理すると、こうなる。
欧州(ドイツが中核):歴史的な本拠地であり、自動車・一般産業の基盤市場
アジア太平洋(中国が中核):最大の成長地域。中国単独で初の10億ユーロ超
南北アメリカ:EVバッテリー向け摩擦攪拌接合などで底堅いが、足元はやや調整局面
ただし注意点として、KUKAは美的傘下で非上場化されており、上場企業のような地域別の精緻な売上比率の開示は限定的である。ここで示したのは、KUKA自身の年次レビューや決算発表で確認できる範囲の構図である。
それでも方向性は明確だ。KUKAの重心は、欧州というホームを保ちながら、確実にアジア――とりわけ中国――へと移っている。
14|世界の産業ロボット市場――中国が主戦場になった
KUKAを語るには、世界の産業ロボット市場の変化を見なければならない。
2024年、世界で新規導入された産業用ロボットは約54.2万台だった。これは10年前の2倍以上の水準であり、年間導入台数が50万台を超える状態が続いている。
地域別に見ると、アジアが圧倒的に大きい。
2024年の新規導入のうち、アジアが約74%を占めた。欧州は16%、米州は9%である。
そして、その中心が中国である。
2024年、中国では約29.5万台の産業用ロボットが新規導入された。世界全体の54%である。つまり、世界で新しく設置された産業用ロボットの半分以上が中国に入っている。
これは非常に大きな意味を持つ。
産業ロボットの歴史は、日本、欧州、米国の先進製造業から始まった。しかし現在、最大の導入市場は中国である。
さらに重要なのは、中国国内で中国メーカーのシェアが急速に伸びていることだ。2024年には、中国メーカーが中国国内市場で外国メーカーを上回り、57%のシェアに達したとされる。
これは、KUKAにとって追い風であり、同時に脅威である。
追い風は、中国が世界最大のロボット市場であること。美的傘下のKUKAは、中国市場に深く入れる。
脅威は、中国ローカルメーカーが急速に力をつけていること。価格競争、納期、ローカル対応、政府支援、部品調達、アプリケーション開発で、中国勢は強い。
つまりKUKAは、世界最大市場へのアクセスを持ちながら、世界で最も厳しい競争市場でも戦わなければならない。
ここにKUKAの現在地がある。
第3部 ヒューマノイド時代の論点
15|ヒューマノイドロボット時代は、産業ロボット企業にとって脅威なのか
いま、ロボット業界の話題はヒューマノイドに移っている。
Tesla Optimus。
Figure AI。
Agility Robotics。
Boston Dynamics。
Unitree。
UBTech。
Agibot。
Fourier Intelligence。
そして中国の多数のヒューマノイド企業。
これらの企業は、「人間の形をしたロボットが、人間の作業環境にそのまま入る」未来を描いている。
では、ヒューマノイドロボットは、KUKAのような産業ロボット企業にとって脅威なのか。
答えは、半分は脅威であり、半分は機会である。
脅威になる理由は明確だ。
従来の産業用ロボットは、固定された場所で、決められた作業を、高速・高精度に繰り返す機械だった。自動車工場の溶接、半導体関連の搬送、パレタイジング、塗装、加工などには非常に強い。
しかし、人間の作業環境は固定されていない。
通路を歩く。
棚から物を取る。
箱を開ける。
ドアを開ける。
階段を上る。
工具を持ち替える。
人間のために設計された設備を使う。
こうした作業では、固定式ロボットアームよりも、ヒューマノイドの方が適している可能性がある。
もしヒューマノイドが低価格化し、汎用作業ができるようになれば、一部の工場・倉庫・物流現場では、従来型ロボットの導入設計そのものが変わる。
これはKUKAにとって脅威である。
しかし、ヒューマノイドがすぐに産業用ロボットを置き換えるわけではない。
なぜなら、工場で最も重要なのは「見た目が人間に近いこと」ではなく、「安定して、速く、正確に、安全に、安く、止まらずに動くこと」だからだ。
溶接なら、固定ロボットアームの方が速い。
重い部品搬送なら、大型産業ロボットやAMRの方が効率的な場合が多い。
高速ピッキングなら、専用機やデルタロボットが強い。
塗装や加工なら、専用セルの方が安定する。
ヒューマノイドは、汎用性に強い。
産業用ロボットは、専用工程の生産性に強い。
したがって、未来の工場は「ヒューマノイドがすべてを置き換える」のではなく、産業用ロボット、協働ロボット、AMR、専用機、AI検査、ヒューマノイドが組み合わさる形になる可能性が高い。
KUKAの戦い方も、ここにある。
16|KUKAはヒューマノイドを作るべきか
ではKUKAは、ヒューマノイドロボットを自社で作るべきなのか。
これは非常に重要な問いである。
結論から言えば、KUKAがTesla OptimusやUnitreeのような「汎用ヒューマノイド本体メーカー」になる必要は必ずしもない。
むしろKUKAが本当に戦うべき場所は、ヒューマノイドを工場・倉庫・病院・商業施設で使えるようにする「現場統合レイヤー」である。
ヒューマノイドロボットの開発には、次の要素が必要になる。
高性能アクチュエータ。
軽量構造。
バッテリー。
関節制御。
視覚認識。
触覚。
歩行制御。
AIモデル。
シミュレーション。
安全設計。
量産サプライチェーン。
コストダウン。
現場アプリケーション。
このうち、KUKAが最も強いのは、最後の部分である。
現場アプリケーション。
安全設計。
ライン統合。
工場制御。
ロボット群管理。
デジタルツイン。
保守。
教育。
導入プロジェクト管理。
ヒューマノイド企業の多くは、ロボット本体やAIデモに強い。しかし、現実の工場に入ると、別の問題が出てくる。
作業標準はどうするのか。
安全認証はどうするのか。
既存設備とどう接続するのか。
MESやWMSとどう連携するのか。
故障時に誰が復旧するのか。
24時間稼働できるのか。
人間作業者との責任分界点はどこか。
投資回収は何年か。
現場教育は誰がするのか。
KUKAは、この領域で強い。
だからKUKAの未来戦略は、ヒューマノイドそのものを作ることよりも、ヒューマノイドを含むロボット群を工場で使えるようにすることにある。
17|KUKAとヒューマノイドの関係――本命は「人型」ではなく「混在工場」
ヒューマノイドロボットの議論では、どうしても「人型ロボットが人間の仕事を奪うのか」という話になりやすい。
しかし製造業の現実は、もっと複雑である。
未来の工場では、複数のロボットが混在する。
高速溶接は、固定式産業ロボットが行う。
重量物搬送は、大型ロボットやAMRが担う。
小物ピッキングは、デルタロボットや協働ロボットが行う。
検査は、AIカメラとロボットが組み合わさる。
人間の作業環境で残った柔軟作業を、ヒューマノイドが補う。
保守や例外対応には、人間が残る。
つまり、未来の工場は「ヒューマノイドだけの工場」ではない。
混在工場になる。
この混在工場をどう管理するか。
ここがKUKAの勝負所である。
KUKAは、固定ロボット、協働ロボット、AMR、物流自動化、医療自動化、システムインテグレーションを持つ。ここにヒューマノイドが加わった時、KUKAはそれらを統合する立場に立てる。
ヒューマノイド企業が本体を作る。
KUKAが現場に入れる。
KUKA AMPのような基盤が、AI、ロボット、設備、デジタルツインをつなぐ。
これが、KUKAの現実的な未来像である。
18|KUKAは「ドイツの過去」ではなく「中国製造業の現在」であり「Physical AIの未来」である
KUKAを見ると、製造業の過去・現在・未来が一つにつながる。
過去は、ドイツ製造業である。
アウクスブルクで創業し、アセチレンガスから溶接へ、溶接から自動車工場へ、そして産業ロボットへ進んだ。KUKAはドイツの職人技術、機械技術、溶接技術、車体製造の歴史を背負っている。
現在は、中国製造業である。
世界最大の産業ロボット市場は中国であり、美的傘下のKUKAはその中心に近い場所にいる。中国はロボット導入台数だけでなく、ローカルメーカーの台頭、EV、バッテリー、家電、物流、ヒューマノイドで世界の主戦場になっている。
未来は、Physical AIである。
AIが工場を理解し、ロボットが現場で動き、デジタルツインが事前検証し、複数のロボットが協調する。KUKAは、Automation 2.0という言葉でこの未来へ進もうとしている。
この3つが重なっているのが、KUKAである。
だからKUKAは、単なる「中国に買われたドイツ企業」ではない。
KUKAは、産業ロボット業界の構造転換そのものである。
第4部 フィジカルAI戦略と技術基盤
19|KUKA AMPとAutomation 2.0――KUKAの未来戦略の核心
KUKAが今後進もうとしている方向を示すキーワードが、Automation 2.0である。
従来の産業用ロボットは、Automation 1.0だった。
人間が工程を設計する。
ロボットの動作をプログラムする。
決められた通りに動く。
異常があれば止まる。
作業変更には再設計・再プログラムが必要になる。
これは、非常に強い仕組みである。
大量生産、高精度、安全性、品質保証に向いている。
しかし、現代の製造業は変わっている。
小ロット多品種。
短納期。
頻繁なモデルチェンジ。
サプライチェーン変動。
人手不足。
技能者不足。
物流の複雑化。
EV・バッテリー・半導体・医療機器のような新産業の拡大。
こうした環境では、決められた作業を繰り返すだけでは足りない。
ロボットが状況を認識し、AIが工程を判断し、シミュレーションで事前検証し、作業セルが柔軟に変わり、複数のロボットが協調して動く必要がある。
これがAutomation 2.0である。
KUKAは、NVIDIA GTCでKUKA AMPを発表し、Physical AI時代の自動化基盤へ進む姿勢を示した。
KUKA AMPの本質は、AIエージェントと物理世界のロボット・設備をつなぐ中間レイヤーである。
AIが「この部品をこの場所に移動せよ」と指示する。
デジタルツインが安全性と動作を検証する。
ロボット群が作業を分担する。
現場設備が実行する。
データが戻り、次の改善に使われる。
この流れができれば、ロボットは「プログラムされた機械」から「意図を理解して動く自動化システム」へ近づく。
ここにKUKAの未来がある。
KUKAは、ヒューマノイドを含むPhysical AI時代において、ロボット本体だけではなく、現場の実行基盤を握ろうとしている。
20|新CEOシェルとソフトウェア化――「機械の会社」から「フィジカルAIの会社」へ
KUKAの変化を語るうえで、2025年の経営体制の転換は外せない。
2025年7月、KUKAの新CEOにクリストフ・シェル(Christoph Schell)が就任した。13年にわたり経営を担ったペーター・モーネンの後任である。
シェルの経歴は、KUKAの方向性を象徴している。
シェルは、HP、フィリップス、そして直前はインテルの最高商務責任者(CCO)を務めた人物で、3Dプリンティング、デジタル製造、コンピューティング、AI、ソフトウェアに通じている。米国に10年以上住み、アジアでの経験も長い。つまり、機械の専門家というより、ソフトウェアとグローバル市場の専門家である。
この人選自体が、KUKAが「機械を作る会社」から「ソフトウェアとAIで自動化を動かす会社」へ舵を切ったことを示している。
シェル体制のKUKAが掲げるのが、「Making automation easier(自動化をもっと簡単に)」である。
その中核が、ロボットOSの「iiQKA.OS2」と、エンジニアリング基盤「iiQWorks」である。デジタルツイン、オフラインプログラミング、バーチャルコミッショニングを束ね、専門家でなくてもロボットを導入・運用しやすくする。中小企業でも、設置済みのハードに依存せず、工場をまるごとデジタル化できることを狙っている。
さらにKUKAは、米シリコンバレーにソフトウェア・AIの拠点を構え、ロボティクスの著名人材を迎えた。2025年の研究開発費は約2.13億ユーロと過去最高で、売上はEMEA・南北アメリカ・アジア太平洋にほぼ三分の一ずつ分散している。
ドイツの溶接から始まった会社が、ソフトウェアとAIを軸に、もう一度自らを定義し直そうとしている。
KUKA AMPは、その総仕上げである。
21|NVIDIA GTC 2026とKUKA AMP――4大メーカーもPhysical AIの土俵へ
2026年3月のNVIDIA GTC 2026は、KUKAにとって象徴的な舞台になった。
NVIDIAのPhysical AI戦略の中で、KUKAはKUKA AMP、正式にはKUKA Automation Management Platformを発表した。これは、AIエージェントと物理世界のロボット・設備の間に入る新しい自動化管理基盤である。
KUKA AMPの狙いは、単にロボットを遠隔管理することではない。
AIが「何を達成したいか」という意図を理解する。
デジタルツイン上で動作を検証する。
ロボット、AMR、作業セル、設備、倉庫システムを連携させる。
実行データを集め、次の改善に使う。
現場で安全に、再現性を持って動かす。
KUKAの説明では、AMPはセマンティクス、アクション、データという三つの層で、AIが物理世界を理解し、判断し、実行するための共通基盤を目指している。KUKAはこれを、Automation 1.0からAutomation 2.0への移行と位置づけている。
ここで注意すべきなのは、KUKAが「NVIDIAの下請けになる」という話ではないことだ。
NVIDIAはGPU、シミュレーション、Isaac、Omniverse、Cosmos、GR00TといったPhysical AIの計算基盤を広げている。一方、KUKAは現場のロボット、工場ライン、倉庫、医療自動化、システムインテグレーションを持っている。
つまり、NVIDIAは「AIとシミュレーションの計算基盤」を握り、KUKAは「現場で動かす実装基盤」を握る構図である。
NVIDIAは2026年3月、ABB Robotics、FANUC、KUKA、安川電機がNVIDIA OmniverseライブラリやIsaacシミュレーションフレームワークを仮想コミッショニングに統合していると説明した。4社のグローバル設置ベースは合計で200万台を超えるとされる。
これは、産業ロボット業界にとって大きな意味を持つ。
これまで産業ロボットの競争は、アームの精度、可搬重量、耐久性、制御性能、保守網、価格で争われてきた。しかしPhysical AI時代には、そこに「シミュレーションで学習できるか」「デジタルツインで検証できるか」「AIが作業を生成できるか」「ロボット群を統合管理できるか」という新しい競争軸が加わる。
KUKA AMPは、KUKAがこの新しい競争軸に乗り遅れないための中核である。
人型ロボットの派手なデモに注目が集まる一方で、KUKAは工場の裏側で、ロボット群をどう動かすか、AIをどう現場に接続するかを取りに行っている。
22|Visual Components 5.1とNVIDIA Halos――KUKA AMPの周辺で進む安全・シミュレーション基盤
最終版として、もう一つ追加しておきたい最新動向がある。
それは、KUKA AMPそのものだけでなく、その周辺で「工場シミュレーション」と「ロボット安全」の基盤が急速に整い始めていることだ。
2026年6月、KUKAグループ傘下のVisual Componentsは、工場シミュレーションソフトウェアの新バージョン「Visual Components 5.1」を発表した。これは、AMR、AGV、産業用ロボット、製品、人が同時に動く複雑な工場環境を、導入前に仮想空間で検証するための基盤である。
重要なのは、単なる3Dレイアウト確認ではない点だ。
Visual Components 5.1では、数百台規模のAMRやAGV、ロボット、人、製品が同時に動く工場環境をシミュレーションできる。動的な衝突回避、より現実に近い物理挙動、コントローラー接続の強化によって、実際に設備を入れる前に「渋滞するか」「人とロボットが干渉しないか」「搬送台数は多すぎないか」「PLCやロボット制御ロジックは正しく動くか」を検証しやすくなる。
これはKUKA AMPの方向性と完全につながっている。
KUKA AMPが、AIエージェントと物理世界のロボット・設備をつなぐ中間レイヤーだとすれば、Visual Components 5.1は、そのロボット群が現場で本当に成立するかを事前に試す仮想工場である。
もう一つの最新動向が、NVIDIAの「Halos for Robotics」である。
NVIDIAは2026年6月、Physical AIとロボティクス向けの安全基盤としてHalos for Roboticsを発表した。これは、AI計算基盤、センサー接続、ソフトウェア、安全アプリケーション、検査・認証支援を一つにつなぐ、ロボット安全のためのフルスタック基盤である。
ここで注目すべきなのは、NVIDIAがロボット本体を作るのではなく、ロボットが人間の近くで安全に働くための基盤を押さえに来ていることだ。Agility RoboticsのDigitのようなヒューマノイドが、工場・倉庫・物流現場に入るには、安全設計と第三者認証への道筋が不可欠になる。
つまり、KUKA AMP、Visual Components 5.1、NVIDIA Halosは、別々の話ではない。
KUKA AMPは、AIと現場ロボットをつなぐ。
Visual Components 5.1は、導入前に仮想工場で検証する。
NVIDIA Halosは、人とロボットが共存するための安全アーキテクチャを整える。
ヒューマノイド時代の本当の勝負は、歩くロボットの動画だけでは決まらない。実際には、導入前シミュレーション、安全認証、現場運用、既存設備との接続、ロボット群管理まで含めた総合力が問われる。
この意味で、KUKAが狙うべき領域はますます明確になった。
人型ロボットの表舞台ではなく、ロボットが現場で安全に働くための基盤である。
KUKAは、ロボットアームの会社から、工場全体をデジタルに設計し、AIで動かし、安全に運用する会社へ変わろうとしている。
第5部 強み・弱み・競争
23|KUKAの強み――自動車、溶接、SI、グローバル現場力
KUKAの強みは、大きく4つある。
第一に、自動車工場の深いノウハウである。
KUKAは長く、自動車産業とともに成長してきた。車体溶接、組立、搬送、ボディ・イン・ホワイト、EV・バッテリー工程など、自動車工場の重要工程に深く関わっている。
自動車工場は、ロボット導入の難易度が高い。安全性、精度、品質、タクトタイム、稼働率、保守、立ち上げ、グローバル標準化が問われる。KUKAはこの厳しい現場で鍛えられてきた。
第二に、システムインテグレーション力である。
KUKAはロボット単体だけでなく、工場ライン全体を設計・納入する力がある。これは大きい。
ロボットを1台売ることと、工場を動かすことは違う。
工場には、治具、搬送、センサー、PLC、MES、ERP、検査装置、人の作業、保守体制がある。これらをつなげなければ、ロボットは現場で価値を生まない。
KUKAは、この「つなぐ力」を持っている。
第三に、グローバル顧客基盤である。
KUKAは欧州、米州、中国、アジアに拠点を持ち、自動車、物流、医療、一般産業の顧客を抱える。産業用ロボットは、売って終わりではない。導入後の保守、教育、部品供給、現地サポートが必要である。KUKAのようなグローバル企業は、この点で強い。
第四に、美的との接続である。
美的は世界有数の家電メーカーであり、自社工場を大量に持つ。KUKAにとって、美的グループ内の工場は、自動化技術を実証する巨大な現場になり得る。家電工場、物流、部品供給、品質検査、AI工場管理。KUKAは、親会社の現場を使って実装力を磨ける立場にある。
これはFANUCや安川電機にはない特徴である。
24|KUKAの弱点――利益率、価格競争、中国依存、ブランドの揺らぎ
一方で、KUKAには課題も多い。
第一に、利益率の問題である。
KUKAは売上規模こそ大きいが、利益率は高くない。大型システム案件や自動車向けプロジェクトは売上が大きい一方で、設計変更、立ち上げ遅延、顧客都合、景気変動、原材料費、人件費、現地対応などによって利益が圧迫されやすい。
FANUCのように、CNC、サーボ、ロボット、保守を組み合わせた高収益モデルとは異なる。
第二に、中国ローカルメーカーとの価格競争である。
中国市場は巨大だが、価格競争も激しい。中国メーカーは、現地調達、政府支援、顧客密着、短納期、低価格で攻めてくる。KUKAは美的傘下で中国市場に入りやすい一方、外資系高級ブランドとしてだけでは戦いにくくなる。
第三に、自動車産業への依存である。
KUKAは自動車向けに強い。しかし自動車産業は、EV化、内燃機関縮小、サプライチェーン再編、投資抑制、地域分散などで大きく変動している。自動車メーカーの投資が止まれば、KUKAの大型案件にも影響が出る。
第四に、ドイツ企業としてのブランドの揺らぎである。
KUKAはドイツ製造業の象徴だった。しかし現在は中国・美的傘下である。顧客によっては、地政学リスク、データ管理、サプライチェーン、政府調達、安全保障の観点から慎重になる場合もある。
特に米欧の製造業では、中国資本の影響をどう見るかが今後の論点になり得る。
KUKAは、ドイツの技術ブランドを守りながら、中国資本の強みを活かすという難しいバランスを取らなければならない。
第6部 未来戦略と最新展開
25|美的グループとの連携――KUKAにしかない実証フィールド
KUKAの未来戦略を考えるうえで、美的グループの存在は非常に重要である。
美的は家電メーカーであり、巨大な製造現場を持つ。エアコン、冷蔵庫、洗濯機、キッチン家電、部品、物流、販売網。つまり美的グループ内には、自動化すべき現場が大量にある。
これはKUKAにとって、巨大な実証フィールドになる。
ヒューマノイドやPhysical AIは、研究室のデモだけでは意味がない。
本当に必要なのは、量産工場で使えるかどうかである。
家電工場には、ヒューマノイドや協働ロボットに向いた作業が多い。
部品を運ぶ。
検査台へ置く。
ケーブルを扱う。
ねじ締めをする。
製品を箱に入れる。
ラベルを確認する。
不良品を仕分ける。
作業者を補助する。
工具を持ち替える。
ラインの段取り替えを支援する。
これらは、完全専用機で自動化するにはコストが合わない場合もある。しかし人間だけに頼ると、人手不足、品質ばらつき、教育コストが問題になる。
ここに、AI、協働ロボット、AMR、ヒューマノイドの出番がある。
KUKAは美的グループ内の工場を使い、Automation 2.0を実証できる可能性がある。これは大きな強みである。
Teslaは自社のEV工場を使ってOptimusを試せる。
Amazonは自社倉庫を使って物流ロボットを試せる。
美的とKUKAも、自社グループの製造現場を使ってPhysical AIを試せる。
この「自社現場を持つこと」は、ロボット企業にとって極めて重要になる。
ロボットは、現場データがなければ賢くならない。
AIは、実作業の失敗データがなければ強くならない。
自動化システムは、現場で止まり、直し、改善して初めて完成する。
KUKAと美的の組み合わせは、この点で非常に強い。
26|KUKAの未来戦略1――自動車依存からの脱却
KUKAの第一の未来戦略は、自動車依存からの脱却である。
もちろん、自動車は今後も重要である。EV、バッテリー、車体、塗装、部品、リサイクルなど、自動化需要は続く。KUKAにとって自動車工場は重要な収益源であり続ける。
しかし、自動車だけに依存するのは危険である。
自動車産業は投資サイクルが大きい。EV需要の変動、地域別販売の変化、サプライチェーンの再編、バッテリー技術の変化、米中欧の規制、関税、補助金の影響を受ける。
そのためKUKAは、自動車以外の領域を広げる必要がある。
有望なのは、物流、医療、食品、電子機器、バッテリー、一般産業、中小企業向け自動化である。
特に物流と医療は、Swisslogの存在が大きい。
物流は、Eコマース、倉庫、配送、製造業内物流、部品供給、返品処理など、今後も自動化需要が高い。医療は、病院内の薬剤管理、検体搬送、滅菌、物品管理など、省人化と安全性が求められる。
KUKAが自動車の外へ広がることは、単なる市場拡大ではない。
それは、ヒューマノイド時代の実装領域を広げることでもある。
27|KUKAの未来戦略2――ロボット単体からソフトウェア企業へ
第二の未来戦略は、ソフトウェア化である。
産業用ロボットの価値は、かつては機械そのものにあった。
頑丈なアーム。
高精度な減速機。
強力なモータ。
安定したコントローラー。
高い稼働率。
もちろん、これらは今でも重要である。
しかし、今後の差別化はソフトウェアに移っていく。
誰でも簡単にプログラムできるか。
AIで作業を自動生成できるか。
デジタルツインで事前検証できるか。
複数ロボットを統合管理できるか。
遠隔保守できるか。
データを分析して改善できるか。
サイバーセキュリティに対応できるか。
ERPやMES、WMSと接続できるか。
こうした能力が、ロボット企業の価値を決める。
KUKA Digital、iiQKA.OS2、KUKA AMPは、この方向への動きである。
KUKAが本当に強くなるには、オレンジ色のロボットアームを売るだけでなく、「KUKAのソフトウェア基盤に工場全体が乗る」状態を作る必要がある。
これは簡単ではない。
なぜなら、工場には既存設備が大量にある。
FANUC、安川、ABB、三菱、Siemens、Rockwell、Omron、中国ローカル設備、古いPLC、独自MESが混在している。KUKAだけで閉じた世界を作っても、現場では使いにくい。
だからKUKAは、オープンで接続性の高いプラットフォームを目指さなければならない。
ヒューマノイド時代の勝者は、ロボット本体メーカーだけではない。
ロボットをつなぐOSを握った企業が勝つ。
KUKAは、そこを取りに行こうとしている。
28|KUKAの未来戦略3――Physical AIの現場実装企業になる
第三の未来戦略は、Physical AIの現場実装である。
Physical AIとは、AIがデジタル空間だけでなく、物理世界で認識し、判断し、行動する領域である。生成AIが文章、画像、動画、コードを扱うなら、Physical AIはロボット、工場、倉庫、車、ドローン、医療機器、建設機械を動かす。
ここで重要なのは、AI単体では現場を動かせないということだ。
大規模言語モデルが「部品を取って棚に入れて」と理解しても、実際にロボットが動くには、把持、姿勢、力制御、衝突回避、安全、経路計画、工程管理が必要になる。さらに、現場の設備、作業標準、品質基準、保守体制ともつながらなければならない。
KUKAは、この「AIと現場の間」に入ることができる。
AI企業は、モデルを作る。
半導体企業は、計算基盤を作る。
ヒューマノイド企業は、ロボット本体を作る。
KUKAは、それを工場で動く形にする。
これは非常に重要な役割である。
特に製造業では、デモと量産現場の差が大きい。展示会でロボットが歩くことと、工場で毎日8時間、16時間、24時間働くことは別物である。現場は汚れ、振動し、温度が変わり、人が通り、部品がずれ、箱が潰れ、設備が古く、ネットワークが不安定である。
この現実の中でAIロボットを動かすには、現場実装力が必要だ。
KUKAは、その企業になれる。
29|KUKAの未来戦略4――中国市場で勝ちつつ、欧米の信頼を失わない
第四の未来戦略は、地政学的バランスである。
KUKAは美的傘下である。これは中国市場では強みになる。しかし欧米市場では、慎重に扱うべき要素にもなる。
製造業の自動化は、単なる民間設備ではなくなりつつある。
半導体。
EV。
バッテリー。
航空宇宙。
医療。
防衛関連。
重要インフラ。
データセンター。
通信設備。
エネルギー設備。
これらの工場で使われるロボットや自動化システムは、経済安全保障の対象になり得る。データがどこへ行くのか、制御ソフトウェアは誰が管理するのか、部品供給は止まらないのか、遠隔保守にリスクはないのか。こうした問いが強まる。
KUKAは、ドイツ本社、欧州技術、グローバル保守網を維持しながら、中国資本との関係を透明にしなければならない。
この点で、KUKAは難しい立場にある。
中国市場を捨てることはできない。
しかし欧米の信頼を失うこともできない。
KUKAが今後も世界企業であり続けるには、「中国資本のKUKA」ではなく、「ドイツ技術を基盤とするグローバル自動化企業」としての信頼を維持する必要がある。
30|4大産業ロボットの資本再編――KUKAは美的、ABBはソフトバンクへ
KUKAを語るうえで、もう一つ追加すべき大きな視点がある。
それは、4大産業ロボットメーカーの資本構造そのものが変わり始めているという点である。
KUKAは2016年に中国・美的集団の傘下に入り、2022年には少数株主のスクイーズアウトが完了した。つまり、ドイツの産業ロボット名門は、中国資本のもとで非上場化された。
さらに2025年10月、ABBはロボティクス事業をソフトバンクグループへ売却することで合意した。買収価格は53.75億ドル。規制当局の承認などを前提に、2026年半ばから後半の完了が見込まれている。ABB Roboticsは、産業ロボット四強の一角であり、自動車、一般産業、物流、電子機器などに広く入ってきた欧州系の大手である。
この流れを並べると、非常に象徴的だ。
KUKAは、中国の美的へ。
ABB Roboticsは、日本のソフトバンクへ。
FANUCと安川電機は、日本の独立系・上場メーカーとして残る。
つまり、4大産業ロボットメーカーのうち、欧州系の2社がそれぞれ巨大資本の下に入る、または入ろうとしている。
なぜこのようなことが起きるのか。
理由は、産業ロボットが「機械産業」から「AIインフラ産業」へ変わり始めたからである。
従来のロボットメーカーは、機械、モータ、制御装置、サーボ、減速機、ティーチング、保守の会社だった。しかしこれからのロボット企業は、AIモデル、シミュレーション、デジタルツイン、クラウド、エッジAI、データ、ロボット群管理、現場OSまで必要になる。
この変化には、巨額の投資が必要になる。
美的は、KUKAを使って中国製造業の自動化と自社工場の高度化を進められる。ソフトバンクは、ABB Roboticsを使ってAIロボット、Physical AI、Skild AI、データセンター、AIチップ、AIインフラ構想を物理世界へ接続できる。
つまり、産業ロボットは「工場設備」から「AIの身体」になりつつある。
KUKAの美的買収は、2016年当時には「中国がドイツ技術を買った事件」として受け止められた。しかし2026年時点で振り返ると、それはもっと大きな流れの始まりだったとも言える。
産業ロボットの所有者が変わり始めた。
ロボットの価値が、ハードウェア単体から、AI・データ・プラットフォームへ移り始めた。
工場自動化が、国家と巨大資本の戦略領域になった。
その意味でKUKAは、単に「中国に買われたドイツ企業」ではない。
4大産業ロボットが、AI時代の資本再編に巻き込まれていく最初の象徴だったのである。
31|2025年の新製品と大型受注――重量物パレタイジングとEVバッテリーの摩擦攪拌接合
ソフトウェアとAIへ舵を切る一方で、KUKAは「重い金属を正確に動かす」という本来の強みでも、着実に成果を出している。
2025年、KUKAは重量物ハンドリングの主力シリーズ「KR FORTEC」に、新しいパレタイジングロボット「KR FORTEC PA」「KR FORTEC ultra PA」を投入した。ヘビーデューティー領域に4機種を加えるもので、上位機の可搬重量は最大800kgに達する。飲料のケースから建材まで、重く大きな対象を高速で積み下ろしする現場向けである。
そして、KUKAらしさが最もよく出ているのが、EV(電気自動車)バッテリー向けの受注である。
KUKAは、米国の大手自動車メーカーのEV生産向けに、摩擦攪拌接合(FSW:Friction Stir Welding)のセルを大量受注している。前年の23セルに続き、2025年には増産対応として12セルの追加受注を得た。これらのセルでは、KR FORTECロボットが、バッテリーケース同士を接合し、さらに冷却水ジャケットをバッテリーケースに接続する。
摩擦攪拌接合は、材料を溶かさずに、回転する工具の摩擦熱で金属を練り合わせて接合する技術である。アルミの接合に強く、溶接よりも継ぎ目が緻密になるため、軽さと密閉性が同時に求められるEVバッテリーケースに向く。一方で、加工時の力が非常に大きいため、極めて高い剛性と経路精度を持つロボットが必要になる。
つまりこれは、KUKAの溶接DNAと重量物制御の技術が、EV時代の最重要部品でそのまま生きている、という話である。
ヒューマノイドが注目を集める裏側で、KUKAは「誰がEVのバッテリーケースを正確に接合するのか」という、地味だが代替の効かない領域を着実に押さえている。
これこそ、本記事が一貫して述べてきた「裏側の王者」の戦い方である。
32|日本企業への示唆――KUKAの物語から何を学ぶべきか
KUKAの物語は、日本企業にとっても重要である。
日本にはFANUC、安川電機、川崎重工、三菱電機、オムロン、デンソー、NACHI、不二越、芝浦機械など、強いロボット・FA企業がある。サーボ、モータ、減速機、制御、工作機械、センサー、PLC、FAシステム。日本は産業用ロボットの基盤技術で今も強い。
しかし、KUKAの歴史は一つの警告でもある。
技術が強いだけでは足りない。
市場の重心が移れば、企業の運命も変わる。
KUKAはドイツの名門だった。
しかし成長市場は中国へ移り、中国資本の美的がKUKAを買収した。
日本企業も同じ問いに直面している。
世界最大のロボット市場である中国でどう戦うのか。
中国ローカルメーカーの価格競争にどう対応するのか。
ヒューマノイド時代に、産業用ロボット企業は何を握るのか。
AI、ソフトウェア、データ、デジタルツインをどう取り込むのか。
工場全体のOSを誰が握るのか。
これからのロボット競争は、ロボットアームの精度だけでは決まらない。
AIモデル。
シミュレーション。
現場データ。
ソフトウェア基盤。
導入テンプレート。
保守網。
サプライチェーン。
価格。
アプリケーション。
そして市場アクセス。
この総合戦になる。
KUKAは、その変化の中で中国資本を取り込み、Physical AIへ進もうとしている。
日本企業は、この動きを他人事として見てはいけない。
第7部 結論
33|結論――KUKAはヒューマノイド時代に「裏側の王者」を狙うべきだ
ここまで見てきたように、KUKAは創業史、買収史、2025年決算、NVIDIA GTC 2026、そして4大産業ロボットの資本再編をすべて重ねて読むべき企業である。
KUKAの未来を一言で言えば、こうなる。
KUKAは、ヒューマノイド本体の王者になる必要はない。
KUKAは、ヒューマノイドを含むロボット群を工場で動かす「裏側の王者」を狙うべきである。
ヒューマノイド時代には、多くの人が人型ロボットの見た目に注目する。
歩く。
走る。
箱を持つ。
工具を使う。
人間のように働く。
しかし、産業の現場で本当に重要なのは、その先である。
そのロボットは、工場で毎日働けるのか。
既存設備と接続できるのか。
安全に止まれるのか。
作業変更に対応できるのか。
品質を保証できるのか。
投資回収できるのか。
保守できるのか。
人間と一緒に働けるのか。
この問いに答える企業が、ヒューマノイド時代の本当の勝者になる。
KUKAには、そのための資産がある。
125年以上の歴史。
溶接技術。
自動車工場のノウハウ。
6軸ロボットの先駆者としての技術。
協働ロボットの経験。
Swisslogによる物流・医療自動化。
美的グループの巨大な製造現場。
中国市場へのアクセス。
KUKA Digital。
KUKA AMP。
Automation 2.0への転換。
もちろん課題も多い。
利益率は高くない。
中国メーカーとの競争は激しい。
地政学リスクもある。
ドイツ企業としてのブランドと中国資本のバランスも難しい。
それでも、KUKAには独自のポジションがある。
FANUCは黄色いロボットで、日本型FAの象徴である。
安川電機はモーション制御の王者である。
ABBは総合自動化の巨人である。
KUKAは、ドイツの工場文化と中国の巨大市場をつなぐ、オレンジ色のロボット企業である。
そしてこれからのKUKAは、単なる産業ロボットメーカーではなく、Physical AI時代の工場実装企業へ進もうとしている。
KUKAの物語は、産業ロボットの過去ではない。
それは、これからの製造業がどこへ向かうのかを示す物語である。
人型ロボットが注目を集める時代に、KUKAが狙うべき場所は、人型の表舞台ではなく、工場全体を動かす裏側の基盤である。
ロボットアーム、AMR、協働ロボット、ヒューマノイド、AI、デジタルツイン、物流、医療、工場ライン。
それらを一つの現場で動かす企業。
そこに、KUKAの未来がある。
参考リンク・出典
KUKA公式:KUKA unveils vision for Automation 2.0 as Physical AI reshapes global manufacturing
KUKA公式:KUKA and Midea growth plan / Squeeze-Out process initiated
NVIDIA Newsroom:NVIDIA and Global Robotics Leaders Take Physical AI to the Real World
KUKA公式:e-mobility向け摩擦攪拌接合(FSW)セルの追加受注(前年23セル+12セル、米大手自動車メーカーのEV生産、KR FORTEC、2025年)
KUKA公式:KR FORTEC PA/KR FORTEC ultra PA(重量物パレタイジング新4機種、可搬最大800kg)
KUKA公式:2025年決算/Group Review 2025(売上約39.0億ユーロ・EBIT約0.59億ユーロ、地域はEMEA/南北アメリカ/アジア太平洋がほぼ均等、中国が初の10億ユーロ超、主要拠点 独・米・中・ハンガリー)
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