ACサーボ世界首位・安川電機は、ロボットの「体」を制するのか
産業ロボットからヒューマノイド時代まで、日本企業の勝ち筋を読む
世界4大産業ロボット比較! その2:安川電機編
本シリーズは、世界の産業用ロボットを牛耳る「4強」――FANUC・安川電機・ABB・KUKA――を、1社ずつ徹底解説するものである。
その2:安川電機(日本)――ACサーボ世界首位。AIの「頭脳」に対し、現実世界で動く「体」を作る会社。
今回の「その2」では、ACサーボ世界首位の安川電機を取り上げる。
AIがどれだけ賢くなっても、現実世界で動けなければ価値にならない。
その「動く体」を、100年以上磨いてきた企業がある。
それが、安川電機である。
安川電機という会社を、単なる産業用ロボットメーカーとして見てはいけない。
もちろん、安川電機は世界的な産業用ロボットメーカーである。ファナック、ABB、KUKAと並び、長く「産業用ロボット四強」の一角として語られてきた。自動車工場の溶接、塗装、搬送、組み立て。半導体、電子部品、食品、医療、物流。世界中の工場の奥で、人の目にはあまり触れないが、安川電機のロボットは黙々と動き続けている。
しかし、安川電機の本質は、ロボットの外形ではない。
本質は「動き」である。
モーターを回す。止める。加速する。減速する。揺れを抑える。重いものを正確に運ぶ。細かい部品を壊さずに扱う。毎日、毎時、毎秒、同じ動作を高精度に繰り返す。産業機械にとって最も地味で、最も重要なこの領域を、安川電機は100年以上磨いてきた。
だから、ヒューマノイドロボット時代が近づいた今、安川電機の意味は大きく変わり始めている。
生成AIは「脳」を作る。NVIDIAは「計算基盤」と「ロボットのシミュレーション環境」を作る。Teslaや中国勢は「人型ロボット」というわかりやすい未来像を見せる。では、そのAIの指令を、現実世界で正確に、滑らかに、安全に実行する「体」は、誰が作るのか。
ここに、安川電機の勝ち筋がある。
安川電機は、かつてヒューマノイドに対して慎重だった。むしろ「ヒューマノイドはやらない」とまで見られていた。しかし、わずか数年の間に状況は変わった。生成AI、ロボット基盤モデル、フィジカルAI、エッジAI、シミュレーション、NVIDIA Isaac、Omniverse、Jetsonといった基盤が急速に整い始めた。
そして安川電機は、東京ロボティクスを完全子会社化し、ヒューマノイドロボットToroboの技術を取り込み、ヒューマノイド向けアクチュエータ開発に踏み出した。
これは単なる流行への追随ではない。
安川電機が見ているのは、「人型ロボットを作ること」ではない。AIが現実世界に出てくる時代に、最も重要になる「体の精密制御」を握ることである。
目次
第1部 安川電機とは何者か
1|安川電機とは何者か――北九州から始まった「モータの安川」
2|安川電機が生んだ「メカトロニクス」という思想
3|ミナーシャモータからACサーボ世界首位へ
4|産業用ロボットの歴史――UnimateからMOTOMANへ
5|産業用ロボット四強の中での安川電機
第2部 安川の現在地――決算・地域・市場
6|安川電機の現状――売上は伸びても、利益率が問われる局面
7|地域別売上と国内・海外比率――2025年、安川はどの大陸・国で稼いでいるか
8|現在の産業用ロボット市場――中国が世界最大市場になった
9|産業用ロボットの世界シェアをどう見るか
第3部 ヒューマノイド時代の論点
10|ヒューマノイドは本当に産業用ロボットを置き換えるのか
11|「ヒューマノイドはやらない」から、なぜ転換したのか
12|産業ロボット業界は、ヒューマノイド時代にどう変わるのか
13|安川の本質――ヒューマノイドを作る会社ではなく「働く体」を作る会社
第4部 フィジカルAI戦略と技術基盤
14|東京ロボティクスとTorobo――安川電機が取り込んだもの
15|安川電機が見るヒューマノイドの本質は「歩く」ではなく「作業力」
16|MOTOMAN NEXT――産業用ロボットからフィジカルAIへの橋
17|NVIDIAとの接近――頭脳はNVIDIA、身体は安川か
18|NVIDIA GTC 2026とソフトバンク――四強がそろって乗ったフィジカルAI基盤
19|富士通×NVIDIA協業と経営体制の刷新――安川が選ばれた理由
第5部 強み・弱み・競争
20|中国勢との競争――価格と量産ではなく、信頼性と作業品質で戦う
21|中国リスク――巨大市場と地政学リスクの二重構造
22|安川電機の弱点――派手さでは負ける、しかし現場で勝てるか
第6部 未来戦略と最新展開
23|安川電機の未来戦略①――アクチュエータを制する
24|安川電機の未来戦略②――MOTOMAN NEXTで非定型作業を取る
25|安川電機の未来戦略③――ソリューション化で価格競争を避ける
26|安川電機の未来戦略④――米国・日本・インド・東南アジアへ分散する
27|安川電機の未来戦略⑤――ロボットを「社会インフラ」にする
28|安川電機が進むべき実装シナリオ
29|新メカトロニクス応用領域――医療と農業に広がる「まほろ」と双腕ロボット
30|Dash 35とフィジカルAI――数字で見る安川の本気度
31|新製品が示す「産業用ロボットは終わらない」
32|経営体制と実装拠点――安川が本気で体制を変えた
第7部 結論
33|最終結論――ヒューマノイド時代の本命は「現場で使える体」
第1部 安川電機とは何者か
1|安川電機とは何者か――北九州から始まった「モータの安川」
安川電機の歴史は、1915年、福岡県北九州の黒崎で始まる。
創業発起人は安川敬一郎。筑豊炭田の発展、教育、工業化に深く関わった実業家である。そして会社を実際に創業したのが、安川敬一郎の五男、安川第五郎だった。
安川第五郎は米国で学び、当時の最先端技術である電動機に強い関心を持っていた。創業時の会社名は、合資会社安川電機製作所。最初の仕事は、炭鉱用電気品の受注製造だった。
つまり、安川電機は最初からロボット会社だったわけではない。鉱山、電機、モーター、産業用電気機器の会社として始まった。
しかし、この出発点が重要である。
炭鉱や重工業の現場では、機械は止まってはいけない。危険な環境でも動かなければならない。人間の力では難しい作業を、電気と機械の力で置き換えなければならない。
安川電機のDNAには、最初から「現場」があった。研究室の理想ではなく、現実の工場、鉱山、設備、ラインを動かす技術が出発点だった。
1930年代に入ると、安川電機は事業領域を「電動機とその制御装置」に絞っていく。ここで、同社の方向性は明確になった。
モーターを作る。モーターを制御する。モーターを通じて産業を自動化する。
この一本の線が、後のサーボモーター、インバータ、産業用ロボット、そしてフィジカルAIへとつながっていく。
安川電機の特徴は、いわゆる「発明家が突然ロボットを作った会社」ではなく、日本の近代工業化の中から生まれた現場型企業であることだ。石炭、鉄、電力、モーター、制御、工場自動化。この流れの延長線上にロボットがある。
だから安川電機を理解するには、単にロボットの外観を見るのではなく、産業の動力を電気で置き換え、機械の動きを電子制御で高度化してきた会社として見る必要がある。
2|安川電機が生んだ「メカトロニクス」という思想
安川電機を語るうえで外せない言葉がある。
メカトロニクスである。
メカトロニクスとは、Mechanism、つまり機械と、Electronics、つまり電子制御を融合した概念である。今では世界中で使われる一般用語になっているが、この言葉を世界に先駆けて提唱したのが安川電機だった。
1960年代後半、安川電機は、単にモーターを売るだけではなく、機械装置と電子制御を一体化し、より高性能な自動化システムを作る方向へ進んでいった。1969年には「メカトロニクス」の商標登録を出願し、1972年に登録された。その後、言葉の普及を重視して商標を返上したことで、メカトロニクスは世界共通語になっていった。
これは、安川電機らしい話である。
同社は、派手なブランド戦略よりも、技術思想そのものを産業界に広げることを選んだ。メカトロニクスという概念は、その後の日本製造業の根幹になった。
工作機械、半導体製造装置、電子部品実装機、産業用ロボット、自動倉庫、エレベーター、搬送装置、医療機器。現代の機械は、機械そのものだけでは成り立たない。モーター、センサー、制御ソフト、電子回路、フィードバック制御が一体になって初めて価値を持つ。
安川電機は、その時代の流れを早くから見抜いていた。
このメカトロニクスの思想こそ、安川電機がヒューマノイド時代に再び重要になる理由である。
ヒューマノイドロボットは、単なる機械ではない。単なるAIでもない。単なるモーターの集合でもない。全身に配置されたアクチュエータ、センサー、制御系、AI、視覚、触覚、通信、電源、ソフトウェアが統合されて初めて動く。
つまり、ヒューマノイドとは究極のメカトロニクス製品なのである。
この観点で見ると、安川電機がヒューマノイドに再接近するのは、突然の方向転換ではない。むしろ、メカトロニクスを提唱した企業が、AI時代に再び「機械と知能の融合」を追いかけ始めたと見るべきである。
3|ミナーシャモータからACサーボ世界首位へ
安川電機の競争力の中核は、ACサーボモーターにある。
サーボモーターとは、単に回るモーターではない。位置、速度、トルクを高精度に制御するためのモーターである。工場の自動化装置、工作機械、半導体製造装置、電子部品実装機、ロボットの関節など、精密な動きが必要な場所で使われる。
安川電機は1958年、サーボモーターの原型となるミナーシャモータを発明した。ミナーシャとは、低慣性を意味する。慣性が小さいほど、モーターは素早く反応できる。高速に動き、正確に止まることができる。
この「速く動いて、正確に止める」技術が、安川電機の武器になった。
産業機械の世界では、速く動くだけでは価値にならない。高速で動いても、止まる位置がずれれば不良品が出る。止まるときに振動すれば、部品が壊れる。力の制御が雑であれば、相手のワークを傷つける。
したがって、本当に重要なのは、動作の始まりから終わりまでを支配することだ。加速、減速、停止、姿勢保持、負荷変動への対応、外乱への復帰。その全体を高い精度で制御しなければならない。
安川電機はこの領域で世界トップクラスの地位を築いた。ACサーボモーターでは世界首位級の存在であり、累計出荷台数は2000万台を超える。
ここで重要なのは、サーボモーターが単なる部品ではないということだ。
サーボモーターは、ロボットの筋肉である。サーボドライブは、筋肉を動かす神経である。制御ソフトは、身体の反射神経である。
AIがどれだけ賢くなっても、体が思い通りに動かなければ現場では使えない。ヒューマノイド時代の勝負は、AIモデルの大きさだけで決まるわけではない。現実世界で、AIの指令を安全かつ精密に動作へ変換できるかで決まる。
その意味で、安川電機は「AIの時代に古くなる会社」ではない。むしろ、AIが現実世界に出るほど価値が高まる会社である。
4|産業用ロボットの歴史――UnimateからMOTOMANへ
産業用ロボットの歴史は、1960年代の米国から始まる。
世界初の産業用ロボットとして知られるUnimateは、General Motorsの工場で使われた。高温のダイカスト部品を扱う危険な作業を、人間の代わりに行うためだった。最初の産業用ロボットは、人間の器用さを再現するためではなく、人間にとって危険、単調、重労働な作業を置き換えるために生まれた。
日本では、川崎重工がUnimateを導入し、国産化を進めた。そこから日本の産業用ロボット史が始まる。
安川電機がロボット事業に本格的に踏み出したのは1970年代である。1977年、安川電機は日本初の全電気式産業用ロボット「MOTOMAN-L10」を発売した。
当時の産業用ロボットには油圧式も多かった。油圧式は力が強いが、制御性、メンテナンス性、清潔性などに課題があった。これに対し、安川電機は全電気式にこだわった。自社のモーター技術と制御技術を生かし、電動モーターで関節を動かすロボットを作ったのである。
MOTOMAN-L10は、アーク溶接用途を中心に採用された。自動車部品の溶接は、人間にとって負担が大きく、品質のばらつきも出やすい作業である。ここにロボットを入れることで、品質安定、コスト削減、生産性向上を実現できた。
この選択は、安川電機の特徴をよく表している。
安川電機は、何でもできる万能ロボットを最初から目指したわけではない。アーク溶接という具体的な現場課題に絞り、そこに全電気式ロボットの価値をぶつけた。
ここに、同社の基本戦略がある。
派手な未来像よりも、現場で確実に使える用途から入る。万能機よりも、まずは価値が出る作業に絞る。ハード、制御、アプリケーションを一体で考える。
これはヒューマノイド時代にも、そのまま生きる考え方である。
5|産業用ロボット四強の中での安川電機
産業用ロボット業界では、長く四強が語られてきた。
日本のファナック。日本の安川電機。スイス発のABB Robotics。ドイツ発のKUKA。
この四社は、自動車産業を中心に、世界の工場自動化を支えてきた。
ファナックはCNC、工作機械、ロボットで強い。黄色いロボットで知られ、自動車、電子部品、工作機械、射出成形など幅広い工場に入り込んでいる。
ABBは電力、重電、自動化、ロボットを持つ欧州の巨大企業だった。ロボット部門は自動車、一般産業、物流などで強く、近年はソフトバンクによる買収で大きな注目を集めている。
KUKAはドイツの産業ロボット企業で、自動車工場の自動化に強い。中国の美的集団に買収されたことで、欧州の技術と中国資本の結合という象徴的な存在になった。
その中で、安川電機の特徴は何か。
第一に、モーションコントロールとの一体性である。安川電機はロボットだけの会社ではない。ACサーボ、インバータ、コントローラ、ロボットをまとめて持っている。つまり、ロボットの外側だけでなく、その中の動きを支える部品と制御まで自社の強みとしている。
第二に、溶接・搬送など現場用途への強さである。MOTOMANは自動車のアーク溶接を起点に広がり、現在ではハンドリング、組み立て、塗装、スポット溶接、アーク溶接、食品、医療、物流など幅広い用途に展開している。
第三に、メカトロニクス思想の深さである。安川電機は、ロボットを単体の機械としてではなく、工場全体の自動化システムの一部として考えてきた。ここが、今後のフィジカルAI時代に効いてくる。
なぜなら、これからのロボットは、単体で動く機械ではなくなるからだ。
ロボットは、カメラ、センサー、倉庫管理システム、生産管理システム、AI、クラウド、エッジコンピューティング、通信インフラ、デジタルツインと接続される。つまり、ロボットは工場OSの一部になる。
単なるロボットメーカーではなく、工場全体を理解する会社が有利になる。
ここで安川電機の経験は大きい。
第2部 安川の現在地――決算・地域・市場
6|安川電機の現状――売上は伸びても、利益率が問われる局面
安川電機の現在地を見ると、同社は成長と収益性のはざまにいる。
2026年2月期の連結売上収益は約5421億円、営業利益は約473億円だった。ロボット事業は売上収益約2470億円、営業利益約204億円。モーションコントロール事業は売上収益約2361億円、営業利益約244億円である。
ロボット事業の売上は増えたが、利益は減った。理由は、大口案件の利益率が低かったこと、自動車向け設備投資が日本・米州・欧州で軟調だったこと、中国・アジアの大型案件が売上には寄与したが、案件ミックスとしては利益率を押し下げたことなどである。
これは産業用ロボット業界全体の課題でもある。
産業用ロボットは、単体のハードだけを売ると価格競争に巻き込まれやすい。特に自動車OEM向けの大型案件は台数が大きい一方、競争も激しく、利益率が下がりやすい。
一方で、安川電機が高い利益を取りやすいのは、単なるロボット販売ではなく、サーボ、インバータ、ロボット、制御、システム、保守、データ活用を組み合わせたソリューションである。
だから同社は、次の中期経営計画で、単なる売上拡大ではなく、営業利益率、ROIC、高収益化を重視している。2026年度から始まった長期経営計画「2035年ビジョン」と中期経営計画「Dash 35」では、フィジカルAI市場の開拓、i3-Mechatronicsの実践拡大、世界一にこだわる新製品開発、新メカトロニクス応用領域の事業拡大を掲げている。
この方向性は正しい。
なぜなら、これからのロボット業界で利益を取る会社は、ロボットを安く売る会社ではなく、ロボットで現場の課題を解決する会社だからだ。
7|地域別売上と国内・海外比率――2025年、安川はどの大陸・国で稼いでいるか
ここで、安川電機が「どこで稼いでいるか」を、数字で確認しておく。
2025年度(2026年2月期)の安川電機は、売上収益5,421億円(前期比+0.8%)、営業利益473億円(同-5.7%)、純利益352億円(同-38.2%)だった。減益の主因は、前期にあった一過性益の反動と、中国の電子部品市場の低迷に伴う在庫評価損である。
地域別で見ると、安川電機はすでに「海外で稼ぐ会社」である。
海外売上高比率は7割を超え、この10年で約5ポイント上昇している。つまり国内(日本)の比率は3割弱にとどまる。
では、海外のどこが大きいのか。
近年もっとも大きい地域は南北アメリカ(米州)で、売上構成比は約24%に達する。かつて最大だった中国は、スマートフォンや電子部品関連の設備投資の減速で構成比を落とし、足元では米州が中国を上回って最大地域になっている。これに日本、欧州、中国を除くアジアが続く。
ひとつ注意が必要なのは、安川電機の地域別売上が、2022年度から「仕向地別(お客さまの所在地別)」ではなく「安川グループ各社の所在地別」で算出されている点である。したがって「米州が最大」というのは、最終需要地そのものというより、安川グループが米州の拠点で計上している売上が大きい、という意味合いを含む。
それでも、大きな構図ははっきりしている。
安川電機は、北米とアジア(日本・中国を含む)を二本柱に、欧州を加えた三極で世界の自動化需要を取りに行っている。国別では、米国・中国・日本が中心市場である。半導体・電子部品の市況が底を打てば、構成比の大きい米州とアジアが、そのまま業績回復のエンジンになる。
8|現在の産業用ロボット市場――中国が世界最大市場になった
産業用ロボット市場は、過去10年で大きく拡大した。
国際ロボット連盟の統計では、2024年の世界の産業用ロボット新規導入台数は約54.2万台。10年前の2倍以上であり、4年連続で50万台を超えた。
地域別では、アジアが圧倒的に強い。2024年の新規導入の約74%がアジアである。欧州は16%、米州は9%にとどまる。
そして、その中心にいるのが中国だ。
中国は2024年に約29.5万台の産業用ロボットを導入し、世界全体の54%を占めた。つまり、世界で新しく導入される産業用ロボットの半分以上が中国に入っている。
これは、産業用ロボット業界の重心が完全に中国へ移ったことを意味する。
かつて、産業用ロボット市場の中心は日本、ドイツ、米国、自動車産業だった。しかし今は、中国のEV、電子部品、半導体、太陽光、電池、一般製造業が大きな需要を作っている。
中国は、もはや「安い労働力の国」ではない。中国は、世界最大のロボット導入国であり、世界最大の自動化市場であり、同時に世界最大級のロボット供給国になりつつある。
ここで安川電機は、非常に難しい立場に置かれている。
中国は巨大な顧客市場である。しかし同時に、中国ローカルメーカーは強力な競争相手である。
ACサーボ、インバータ、産業用ロボットの領域では、中国メーカーが製品ラインアップを広げ、価格競争力を武器にシェアを取りに来ている。中国国内市場では、国産化、サプライチェーン安全保障、政府調達、価格圧力が進む。
安川電機は、中国で売らなければ成長できない。しかし、中国だけに依存すればリスクが高い。中国企業と競争しながら、中国企業の海外展開にも対応しなければならない。
この構造は、安川電機だけでなく、日本の製造業全体が直面する問題である。
9|産業用ロボットの世界シェアをどう見るか
産業用ロボットの世界シェアを見るとき、単純な売上ランキングだけでは不十分である。
第一に、ロボット本体の出荷台数シェアがある。これはメーカー別に、どれだけのロボットを売ったかを見る指標である。中国市場の拡大により、中国ローカルメーカーの台数シェアは急速に伸びている。
第二に、売上シェアがある。大型ロボット、自動車向けシステム、高付加価値ソリューションを多く持つ企業は、台数だけでなく売上で存在感を持つ。
第三に、利益シェアがある。ロボットは台数が多くても、価格競争に巻き込まれれば利益は残らない。逆に、サーボ、制御、システム、保守まで一体で提供できる企業は、利益を取りやすい。
第四に、技術シェアがある。サーボ、コントローラ、減速機、ソフトウェア、AI、シミュレーション、アプリケーションノウハウなど、ロボットの中核技術をどこまで握っているかである。
安川電機の強みは、台数シェアだけでは測れない。
ロボット本体、ACサーボ、インバータ、コントローラ、アプリケーションノウハウを持つこと。これは、単体ロボットメーカーとは違う。
ただし、弱点もある。
中国勢は台数と価格で攻めてくる。NVIDIAはロボットOS的な位置を狙う。Teslaは自社工場という巨大な実験場を持つ。FigureやAgilityのような米国スタートアップは、AI人材と資本市場を味方につけている。
したがって、安川電機は「四強の一角」という過去の地位に安住してはいけない。次の競争では、産業用ロボット四強だけでなく、AIプラットフォーム企業、EV企業、中国新興、半導体企業とも戦うことになる。
その中で、安川電機が守るべきは、モーション制御と産業品質である。
第3部 ヒューマノイド時代の論点
10|ヒューマノイドは本当に産業用ロボットを置き換えるのか
では、ヒューマノイドロボットは、既存の産業用ロボットを置き換えるのだろうか。
結論から言えば、短期的には置き換えない。しかし、中長期的には産業用ロボット市場の定義を広げる。
現在の産業用ロボットは、基本的に専用空間で動く。安全柵の中、決められたライン、決められたワーク、決められた工程、決められた動作。ティーチングプレイバック方式によって、人が教えた動きを正確に繰り返す。
この方式は非常に強い。だから自動車工場、電子部品工場、半導体関連装置では今も主流である。
しかし、現場にはまだ自動化されていない作業が大量に残っている。
形が毎回違う食品を扱う作業。柔らかい袋やケーブルを扱う作業。人間の判断が必要な検品作業。狭い場所での配線作業。段ボールの開梱、ピッキング、棚入れ、搬送。医療・バイオ現場での器具搬送や仕分け。建築、農業、サービス業、介護、清掃。
これらは、従来の産業用ロボットが苦手としてきた領域である。
理由は単純である。環境が変化するからだ。ワークが柔らかいからだ。人間が近くにいるからだ。毎回、状況が違うからだ。
ヒューマノイドは、ここに入る可能性がある。
人間用に作られた空間には、人間型の身体が合いやすい。階段、ドア、棚、工具、通路、作業台、椅子、車両、倉庫。これらはすべて、人間の身体を前提に設計されている。人型ロボットがその空間に入れるなら、既存設備を大きく変えずに自動化できる可能性がある。
しかし、これは簡単ではない。
人間型にするということは、制御すべき自由度が増えるということでもある。二足歩行、バランス、転倒防止、手指、腕、腰、視覚、触覚、力覚、電源、安全性。課題は膨大である。
TeslaのOptimus、中国のUnitree、AgiBot、UBTech、Figure AI、Agility Roboticsなどが次々にヒューマノイドを発表しているが、現実の産業現場で大規模に稼働している段階にはまだない。
ヒューマノイドの動画は派手だ。しかし、現場導入は地味である。
本当に問われるのは、何時間連続で動くのか。転倒しないのか。壊れないのか。安全なのか。保守できるのか。コストが合うのか。人間より安いのか。投資回収できるのか。デモではなく、日々の現場で使えるのか。
ここで、安川電機の慎重さには意味がある。
11|「ヒューマノイドはやらない」から、なぜ転換したのか
安川電機は、もともとヒューマノイドに積極的ではなかった。
これは、むしろ自然な判断だった。産業用ロボット企業から見れば、ヒューマノイドは長く「研究色が強い」「ビジネス化が難しい」「見た目は派手だが投資回収が見えにくい」領域だったからである。
産業用ロボットメーカーは、現場で使われるかどうかを最重要視する。工場の顧客は、ロボットの見た目では買わない。安定稼働、品質、稼働率、保守性、安全性、コストで判断する。
その目線で見れば、ヒューマノイドはリスクが高かった。
二足歩行は難しい。人間と同じ空間で動くには安全基準が厳しい。自由度が多く、部品点数も多く、故障リスクが高い。バッテリー持続時間も課題になる。価格が高ければ導入されない。
だから、安川電機が慎重だったのは合理的だった。
しかし、生成AIの登場で状況が変わった。
従来のロボットは、人間が動きを教える必要があった。想定外の状況には弱かった。視覚、判断、言語、計画、行動を統合することが難しかった。
ところが、生成AI、マルチモーダルAI、ロボット基盤モデル、シミュレーション学習が進み、ロボットが環境を認識し、作業を理解し、ある程度自律的に判断する可能性が見えてきた。
安川電機自身も、AIロボット「MOTOMAN NEXT」を投入している。これは、従来の産業用ロボットのように教えられた動きを繰り返すだけでなく、AIによって状況を理解し、自ら判断して動くロボットである。
つまり、産業用ロボットが「考えて動く」方向へ進み始めた。
この流れの先に、ヒューマノイドがある。
安川電機にとって重要なのは、ヒューマノイドそのものではない。AIロボティクスが進化し、従来の自動化領域を超えた作業が現実の市場になり始めたことである。
そこで安川電機は判断を変えた。
ヒューマノイドをやるのではなく、ヒューマノイド時代に必要なアクチュエータと身体制御を押さえる。人型を目的にするのではなく、フィジカルAIの作業力を実現する。歩くロボットではなく、働くロボットを作る。
この方向転換は、非常に安川電機らしい。
12|産業ロボット業界は、ヒューマノイド時代にどう変わるのか
産業ロボット業界は、これから大きく変わる。
これまでのロボットは、主に「自動化された工場」の中で使われてきた。これからのロボットは、「人間が働いている環境」に入っていく。
これまでのロボットは、決められた動作を繰り返した。これからのロボットは、状況を理解し、判断し、動作を修正する。
これまでのロボットは、専用設備とセットで導入された。これからのロボットは、既存の現場に後付けで入り、人間と協働する。
これまでのロボットは、ティーチングが必要だった。これからのロボットは、自然言語、デモンストレーション、シミュレーション、AI学習によって動作を獲得する。
これまでのロボットは、工場の中に閉じていた。これからのロボットは、物流、食品、医療、介護、農業、建築、サービス、家庭へ広がる。
つまり、産業用ロボットの市場は、単なる工場自動化から、フィジカルAI市場へ拡張していく。
この変化は、既存の産業用ロボットメーカーにとって危機であり、チャンスでもある。
危機とは、Teslaや中国新興企業、AIスタートアップ、NVIDIA系プラットフォーム企業が新しい競争相手になることだ。従来のロボット業界の中だけで勝っていればよい時代ではない。
チャンスとは、既存の産業用ロボットメーカーが持つ現場実装力、信頼性、顧客基盤、保守体制、品質管理が、フィジカルAI時代に再評価されることだ。
ヒューマノイドロボットは、AIスタートアップだけでは量産できない。量産できても、現場には入れられない。現場に入れても、長期運用できなければ意味がない。
そこで、安川電機のような企業が必要になる。
13|安川の本質――ヒューマノイドを作る会社ではなく「働く体」を作る会社
安川電機のヒューマノイド参入を、単なる流行への追随と見てはいけない。
同社は、Teslaのように華やかな発表をする会社ではない。中国スタートアップのように、低価格ロボットを次々と動画で見せる会社でもない。
安川電機は、現場で動くものを作る会社である。モーターを作り、制御し、産業機械を動かし、工場を自動化してきた会社である。
その会社が、ヒューマノイドに向き合い始めた意味は大きい。
安川電機が狙うのは、人間そっくりのロボットを作ることではない。
AIが現実世界で働くための「体」を作ることである。
生成AIがロボットの判断力を高める。NVIDIAがシミュレーションとエッジAIを支える。通信会社が現場のネットワークを整える。スタートアップが新しい身体設計や制御技術を生む。
その中で、安川電機は、サーボ、アクチュエータ、モーション制御、産業品質、現場実装で勝負する。
ヒューマノイド時代の本当の勝者は、最も派手な動画を出した会社ではない。最も安いロボットを出した会社でもない。最後に、現場で使われ続けるロボットを作った会社である。
安川電機は、そこを狙っている。
産業用ロボットの歴史は、人間にとって危険で、重く、単調な作業を置き換えるところから始まった。そして今、AIの進化によって、ロボットは人間にしかできなかった曖昧な作業へ踏み出そうとしている。
このとき必要になるのは、脳だけではない。
体である。筋肉である。関節である。力加減である。壊れない信頼性である。
安川電機は、60年以上にわたって磨いてきたサーボとモーション制御で、その核心にいる。
ヒューマノイドロボット時代に、安川電機はどう戦うのか。
答えは明確である。
人型ブームに乗るのではない。フィジカルAI時代の「働く体」を制する。
そこに、安川電機の次の100年がある。
第4部 フィジカルAI戦略と技術基盤
14|東京ロボティクスとTorobo――安川電機が取り込んだもの
安川電機は2025年、東京ロボティクスを完全子会社化した。
東京ロボティクスは、2015年設立のロボットスタートアップで、ヒューマノイドロボットToroboを展開してきた。Toroboは、研究開発用の人型ロボットとして、全身制御、力制御、双腕作業、産業応用研究などに使われる。
安川電機が東京ロボティクスを取り込んだ意味は大きい。
大企業には、大企業の強みがある。品質、量産、顧客基盤、グローバル販売網、保守、信頼性、資本力。
一方で、ヒューマノイドやAIロボティクスのような新領域では、スタートアップのスピード、研究開発の柔軟性、全身制御の知見が必要になる。
東京ロボティクスは、安川電機が持っていなかったヒューマノイドの身体設計、力制御、全身制御の知見を持つ。安川電機はそこに、自社のサーボ、モーション制御、ロボット量産、品質管理、産業顧客基盤を組み合わせることができる。
ここで注目すべきなのは、安川電機が「ヒューマノイド完成品をすぐに大量販売する」と言っているわけではないことだ。
安川電機が重視しているのは、ヒューマノイドの作業力であり、その中核となるアクチュエータである。
アクチュエータとは、電気エネルギーを実際の動きに変える装置である。ヒューマノイドで言えば、関節を動かす筋肉にあたる。単なるモーターではない。減速機、センサー、制御、力制御、熱設計、安全性、耐久性、軽量化、コストが一体になった部品である。
ヒューマノイドの性能は、アクチュエータで大きく決まる。
力が弱ければ物を持てない。重ければバッテリーが持たない。精度が低ければ作業ができない。反応が遅ければ転倒する。壊れやすければ現場に入らない。高すぎれば普及しない。
つまり、ヒューマノイドの「体の勝負」は、アクチュエータの勝負でもある。
ここに、ACサーボ世界首位の安川電機が入ってくる意味がある。
15|安川電機が見るヒューマノイドの本質は「歩く」ではなく「作業力」
世の中がヒューマノイドを見るとき、多くの人は歩行に注目する。
二足歩行できるか。走れるか。ジャンプできるか。転んでも起き上がれるか。
もちろん、それは重要である。だが、産業現場で本当に問われるのは、歩けるかどうかだけではない。
工場や物流倉庫で必要なのは、仕事ができるかどうかである。
箱を持てるか。棚から物を取れるか。工具を使えるか。ケーブルを扱えるか。部品を組み付けられるか。柔らかい食品を壊さずに扱えるか。医療器材を仕分けられるか。人間の近くで安全に動けるか。同じ作業を長時間続けられるか。
安川電機が「歩く・走る」より「作業力」が重要だと見ているのは、非常に現場的な発想である。
この作業力を実現するには、AIだけでは不十分である。
AIが「この部品を持て」と判断しても、手先の力加減が悪ければ部品を落とす。AIが「この袋をつかめ」と判断しても、把持力が強すぎれば破れる。AIが「この工具を使え」と判断しても、関節の剛性や応答性が足りなければ作業できない。
つまり、ヒューマノイドの本当の難しさは、脳と体の統合にある。
人間は、無意識に力を調整している。卵を持つときと、重い箱を持つときでは力が違う。相手が滑りそうなら握り直す。少し引っかかったら力を抜く。硬いものと柔らかいものを瞬時に区別する。
ロボットにとって、この「当たり前」が難しい。
安川電機が狙うのは、この難しい部分である。
AIが判断する。アクチュエータが応答する。サーボが力を制御する。センサーが変化を捉える。ロボット全体が安全に動く。
この身体制御の総合力こそ、安川電機のフィールドである。
16|MOTOMAN NEXT――産業用ロボットからフィジカルAIへの橋
安川電機のヒューマノイド戦略を理解するには、MOTOMAN NEXTを見る必要がある。
MOTOMAN NEXTは、安川電機が打ち出すAIロボットである。従来の産業用ロボットが、人間に教えられた動きを正確に繰り返すのに対し、MOTOMAN NEXTはAIによって状況を理解し、自ら判断して動くことを目指している。
これは、産業用ロボットの大きな進化である。
これまでの産業用ロボットは、構造化された環境で強かった。自動車の溶接、塗装、搬送、組み立てなど、作業内容が決まっている工程では圧倒的な生産性を出した。
しかし、食品、医療、物流、農業、サービス、建築など、非定型な作業が多い領域では、自動化が進みにくかった。
MOTOMAN NEXTは、ここに入る。
たとえば、形や大きさがばらつく食品を扱う。柔らかい袋やケーブルを扱う。人間の目や感覚に頼っていた仕分け、投入、盛り付け、梱包、検査を自動化する。
これは、ヒューマノイドへの前段階でもある。
いきなり人型ロボットを量産して現場に入れるよりも、まず既存の産業用ロボットにAIを組み込み、非定型作業へ広げる。そこで得た現場データ、制御ノウハウ、AI活用、顧客課題を、次のヒューマノイドや自律移動ロボットへ展開する。
安川電機の戦略は、ここが現実的である。
ヒューマノイドブームに乗って、いきなり「人型ロボットを大量生産する」と言うのではない。MOTOMAN NEXTで産業用AIロボットを進化させ、その延長にヒューマノイド用アクチュエータと作業ロボットを置いている。
これは、ハードウェア企業として非常に堅い戦略である。
17|NVIDIAとの接近――頭脳はNVIDIA、身体は安川か
フィジカルAI時代において、NVIDIAの存在感は圧倒的である。
NVIDIAは、GPUだけの会社ではなくなった。生成AI、データセンター、ロボット、シミュレーション、自動運転、デジタルツイン、エッジAIの基盤企業になっている。
ロボット領域では、NVIDIA Isaac、Omniverse、Cosmos、Jetsonといった技術群を通じて、ロボットの開発、学習、シミュレーション、推論、制御を支えようとしている。
安川電機も、このNVIDIAのフィジカルAI構想の中で名前が出てくる企業になった。MOTOMAN NEXTではNVIDIA Jetsonが活用され、NVIDIA GTCの文脈でも安川電機はフィジカルAIの主要プレイヤーとして扱われている。
ここで重要なのは、安川電機がAIの頭脳をすべて自前で作ろうとしていないことだ。
日本企業は、ときに自前主義にこだわりすぎて、プラットフォーム競争に遅れることがある。しかし、フィジカルAIでは、すべてを自前で作る必要はない。
NVIDIAのAI計算基盤を使う。世界標準のシミュレーション環境を使う。エッジAI基盤を活用する。そのうえで、現実世界で使える身体制御、サーボ、アクチュエータ、ロボット本体、現場実装で勝つ。
これは、日本企業にとって現実的な勝ち筋である。
AIの脳では、OpenAI、Google、Anthropic、Meta、中国大手、NVIDIAが先行している。日本企業が同じ土俵で巨大基盤モデル競争を戦うのは難しい。
しかし、AIを現実世界で動かす「体」では、日本企業には強みがある。
安川電機、ファナック、川崎重工、不二越、ダイヘン、キーエンス、オムロン、THK、ナブテスコ、ハーモニック・ドライブ・システムズ。日本には、モーター、減速機、センサー、制御、機械加工、品質管理、現場実装の層がある。
NVIDIAが脳とシミュレーションを握るなら、安川電機は身体を握る。
この分業が成立するなら、日本のロボット産業はまだ十分に戦える。
18|NVIDIA GTC 2026とソフトバンク――四強がそろって乗ったフィジカルAI基盤
2026年3月のNVIDIA GTC 2026で、産業用ロボット四強の構図がはっきりと見えた。
FANUC、ABB Robotics、安川電機、KUKA。この四社がそろって、NVIDIAのフィジカルAI基盤に名を連ねたのである。NVIDIAによれば、この四社が世界で稼働させる産業用ロボットは、合計で200万台を超える。
各社は、NVIDIA OmniverseやNVIDIA Isaacのシミュレーション基盤を、仮想試運転や生産ライン検証に組み込もうとしている。ロボットを現場に置いてから試すのではなく、デジタルツイン上で先に検証し、AIで学習させ、実機投入までの時間とコストを下げる。これが、フィジカルAI時代のロボット導入の基本形になっていく。
さらに重要なのは、NVIDIAがロボット安全の領域にも踏み込み始めていることだ。2026年6月には、NVIDIA Halos for Roboticsとして、AIロボット向けの安全コンピュータ、センサー接続、OS、安全アーキテクチャ、検査ラボを含むフルスタックの安全基盤を発表した。ヒューマノイドやAIロボットが人間の近くで働くには、AI性能だけでなく、安全性の証明が必要になる。
これは、安川電機にとっても重要である。
産業用ロボットは、長く安全柵の中で動いてきた。しかしフィジカルAI時代には、人間と同じ環境で動く。オフィス、倉庫、食品工場、医療、農業、物流。そこでは、安全基準、停止判断、異常検知、接触時の挙動、遠隔監視が不可欠になる。
AIの「脳」とシミュレーション基盤はNVIDIAが提供する。現実世界で動く「体」と産業品質は、安川電機を含むロボットメーカーが握る。この分業構造が、いよいよ本格化している。
もう一つ重要なのが、ソフトバンクの動きである。
ソフトバンクグループは2025年10月、ABB Roboticsの買収に合意した。ただし、これは発表時点で規制当局の承認などを条件とする取引であり、完了は2026年半ばから後半が見込まれている。したがって、記事上は「買収完了」ではなく「買収に合意」「買収を発表」と書くのが正確である。
また、安川電機とソフトバンクは、2025年12月、AIロボティクスとAI-RANを組み合わせたフィジカルAI領域での協業を発表した。国際ロボット展では、オフィス環境向けのフィジカルAIロボットのユースケースも示された。
ここで見えてくるのは、単体ロボットの競争ではない。
NVIDIAがAI・シミュレーション・安全基盤を作る。ソフトバンクが通信、AI-RAN、エッジ、ロボット事業投資で動く。産業用ロボット四強が現場で動く体を提供する。その交差点に、フィジカルAI時代の主導権争いがある。
安川電機は、この構図の中で、サーボとアクチュエータという「体の中核」を握る企業として戦おうとしている。
19|富士通×NVIDIA協業と経営体制の刷新――安川が選ばれた理由
2025年から2026年にかけて、安川電機のフィジカルAI戦略は、もう一段具体的になった。
象徴的なのが、富士通とNVIDIAの戦略的協業に、安川電機の名前が組み込まれたことである。
2025年10月3日、富士通とNVIDIAは、AIインフラ分野での戦略的協業の拡大を発表した。富士通が開発するArm系CPU「FUJITSU-MONAKA」シリーズとNVIDIA GPUを組み合わせ、製造・ロボティクス・ヘルスケアなど産業別AIプラットフォームを作る構想である。発表資料では、フィジカルAIの領域で、安川電機のAIロボティクス技術との協業検討が明記された。
これは単なるIT企業同士の提携ではない。
富士通とNVIDIAが作ろうとしているのは、現実世界で動くAIのための計算・学習・推論・デジタルツイン基盤である。その実装先として、安川電機のMOTOMAN NEXTやAIロボティクスが見られている。日本を代表するIT企業と、世界のAI基盤を握るNVIDIAが、「現実世界で動く体」のパートナーとして安川電機を選んだことは、非常に大きい。
同じ時期、安川電機は経営体制も変えた。
2026年5月27日付で、小笠原浩氏が代表取締役会長兼社長となる体制に移行した。さらに小川昌寛氏は、取締役退任後、副会長執行役員としてAIロボティクス事業統括および新メカトロニクス応用事業統括を担うと発表された。これは、フィジカルAIや新メカトロニクス応用を、単なる研究テーマではなく、経営の実行テーマとして扱う体制変更である。
加えて、安川電機は生産面でも布石を打っている。
2025年度決算説明資料では、北九州・八幡西事業所のロボット第5工場が稼働し、ACサーボモータとロボットの一貫生産体制を強化したことが示された。米国では、産業用ロボットの本社・研究開発・製造機能を統合する新キャンパス開発も進めている。これは、フィジカルAI時代に必要な「作る力」と「現場に供給する力」を、国内外で再構築する動きである。
派手なヒューマノイドのデモではなく、IT・半導体・通信・自動車・医療・農業という「動く現場」と組みながら、安川電機はフィジカルAIの社会実装を一歩ずつ進めている。
ここで重要なのは、安川電機がAIプラットフォーム企業そのものになろうとしているのではない、という点である。
NVIDIAや富士通がAI基盤を作る。ソフトバンクが通信・エッジ・AI-RANを組み合わせる。安川電機は、現場で動く体、アクチュエータ、制御、ロボット、そして工場に導入する力を担う。
この分業の中で、安川電機は「日本のフィジカルAI実装企業」としての位置を取りに行っている。
第5部 強み・弱み・競争
20|中国勢との競争――価格と量産ではなく、信頼性と作業品質で戦う
ヒューマノイドロボットの世界では、中国勢の勢いが非常に強い。
Unitreeは低価格のヒューマノイドで世界的な注目を集めている。AgiBot、UBTech、Fourier Intelligence、Xpeng、Xiaomiなども、ヒューマノイドやフィジカルAIの領域に入っている。中国は、EV、電池、スマートフォン、ドローン、AI、製造サプライチェーンを組み合わせ、ロボット量産で攻めてくる。
中国勢の強みは明確である。
開発スピードが速い。価格が安い。サプライチェーンが近い。電子部品、電池、モーター、センサー、筐体、量産工場が国内にある。政府の支援と巨大な国内市場がある。デモ動画の出し方もうまい。
この土俵で、日本企業が単純な価格競争をすれば厳しい。
安川電機が戦うべき場所は、そこではない。
安川電機が勝つべき領域は、産業品質である。
工場に導入されるロボットは、おもちゃではない。止まれば生産が止まる。事故が起きればライン全体が止まる。故障率、保守性、安全性、稼働率、サポート体制、部品供給、長期運用が問われる。
ここでは、単に安いだけでは不十分である。
安川電機が目指すべきは、ヒューマノイドの「産業グレード化」である。
低価格で派手なロボットではなく、工場で本当に使える作業ロボット。動画映えする歩行ではなく、安定した作業。一回成功するデモではなく、毎日使える信頼性。安い部品の寄せ集めではなく、長期運用できるアクチュエータ。
この方向であれば、安川電機は中国勢と真正面から価格競争をする必要はない。
むしろ、安川電機は「現場で使えるフィジカルAI」という高付加価値領域を狙うべきである。
21|中国リスク――巨大市場と地政学リスクの二重構造
安川電機にとって、中国は避けて通れない市場である。
中国は世界最大の産業用ロボット導入国であり、EV、半導体、電子部品、電池、太陽光、一般製造業の自動化需要が大きい。安川電機のロボットやサーボにとって、中国は重要な成長市場である。
しかし同時に、中国はリスクでもある。
第一に、競争リスクである。中国ローカルメーカーがACサーボ、インバータ、ロボットで急速に力をつけている。価格競争力があり、顧客に近く、政府の国産化政策の追い風もある。
第二に、技術流出リスクである。ロボット、サーボ、アクチュエータ、AI制御、モーター、磁石、レアアースは、今後ますます経済安全保障の対象になる。ヒューマノイドやフィジカルAIは、民生用であると同時に、軍事・安全保障にも接続しうるデュアルユース技術である。
第三に、人員リスクである。近年、中国では日本人ビジネスパーソンの拘束が日中関係の大きな不安材料になっている。2026年6月には、レアアース関連の禁止貨物・輸出管理をめぐる疑いで、日本人2人が中国当局に拘束されたと報じられた。後続報道では、この2人は富士電機社員とされており、安川電機社員と確認されたものではない。したがって、この記事では安川電機固有の事件としては扱わず、日系FA・重電・ロボット関連企業全体が直面する中国リスクとして位置づける。
ただし、この事件が示す構造的リスクは、安川電機にも無関係ではない。
重電、モーター、インバータ、サーボ、ロボット、半導体製造装置、EV、レアアース、磁石。これらの産業は、中国の輸出管理、通関、デュアルユース規制、地政学リスクと強く結びつく。
安川電機は、中国で売り、中国で作り、中国企業と競争し、中国企業の海外展開にも対応しなければならない。その一方で、過度な技術移転、知財流出、人員拘束、規制変更、輸出管理リスクには慎重でなければならない。
つまり、安川電機の中国戦略は、成長戦略であると同時に、リスク管理戦略でもある。
今後は、中国市場での選別販売、信頼できる顧客との協業、重要技術のブラックボックス化、生産拠点の分散、日本・米国・インド・東南アジアでの供給網強化が重要になる。
22|安川電機の弱点――派手さでは負ける、しかし現場で勝てるか
安川電機には弱点もある。
第一に、ブランドの派手さではTeslaや中国勢に負ける。ヒューマノイドの世界では、動画、発表会、SNS、投資家向けストーリーが重要になっている。Tesla OptimusやUnitreeの映像は、世界中に拡散される。安川電機は、良くも悪くも堅実で、発信が地味である。
第二に、AI人材とソフトウェア人材の獲得競争で不利になる可能性がある。フィジカルAIは、機械、制御、AI、シミュレーション、データエンジニアリング、クラウドを横断する。従来の機械系企業だけの文化では、人材獲得が難しくなる。
第三に、意思決定のスピードで新興企業に負ける可能性がある。ヒューマノイド市場は、失敗を重ねながら高速に改善する文化が必要になる。大企業の品質管理は強みだが、初期段階ではスピードの遅さになることもある。
第四に、中国市場への依存と競争の両面リスクである。中国は最大市場である一方、最も激しい競争市場でもある。安川電機は、中国で稼ぎながら、中国に技術と市場を奪われない戦略を取らなければならない。
しかし、これらの弱点を理解したうえで、安川電機には勝機がある。
それは、ヒューマノイドブームが一巡した後に来る「実装」の段階である。
デモ段階では、派手な企業が勝つ。投資家向けの物語では、AI企業が強い。
しかし、実際に工場に入れる段階では、信頼性、保守性、安全性、現場対応力が問われる。
ここで安川電機は強い。
第6部 未来戦略と最新展開
23|安川電機の未来戦略①――アクチュエータを制する
安川電機の第一の未来戦略は、アクチュエータである。
ヒューマノイド時代のアクチュエータは、単なるモーターではない。軽量、高出力、高応答、高耐久、低発熱、低騒音、安全、低コストでなければならない。さらに、力制御、トルク制御、バックドライバビリティ、衝撃吸収、人間との接触安全性も重要になる。
産業用ロボットのサーボと、ヒューマノイドの関節アクチュエータは似ているようで違う。
産業用ロボットは、剛性の高い構造で、決められた動作を高精度に繰り返す。
ヒューマノイドは、より柔軟に動き、外部環境と接触し、人間の近くで安全に動く必要がある。
したがって、ヒューマノイドには新しいアクチュエータが必要になる。
安川電機は、東京ロボティクスの知見を取り込み、この領域に入ろうとしている。ここで成功すれば、同社はヒューマノイド完成品だけでなく、フィジカルAI時代の「筋肉」を握る企業になれる。
将来的には、自社ロボットへの搭載だけでなく、他社向けアクチュエータ、モジュール、制御システム、保守サービスへ展開できる可能性もある。
ただし、安川電機は最初からアクチュエータ単品販売を狙っているわけではない。まずは、それを搭載したロボットが現場で価値を示す必要がある。
これは正しい。
部品だけを売ると価格競争になる。ロボット全体の価値を高めれば、高付加価値になる。
安川電機は、部品メーカーではなく、作業価値を提供する企業としてアクチュエータを押さえようとしている。
24|安川電機の未来戦略②――MOTOMAN NEXTで非定型作業を取る
第二の戦略は、MOTOMAN NEXTで非定型作業市場を取ることである。
ヒューマノイドは注目度が高いが、すぐに大量導入されるとは限らない。むしろ、当面の商業化は、既存の産業用ロボットにAIを組み込む形で進む可能性が高い。
食品工場、医療器材、物流倉庫、電子部品、柔軟物、粉体、ケーブル、袋物、検品、仕分け。これらの作業は、従来のロボットでは難しかったが、AI視覚、力制御、把持技術を組み合わせれば自動化できる可能性がある。
MOTOMAN NEXTは、この市場を狙う製品である。
安川電機にとって重要なのは、ここで現場データを蓄積することである。
AIロボットは、使えば使うほどデータがたまる。どの作業が難しいのか。どの把持が失敗するのか。どの環境で誤認識するのか。どの顧客が本当に投資するのか。どの用途なら投資回収できるのか。
このデータは、ヒューマノイド開発にもつながる。
ヒューマノイドは、研究室だけでは完成しない。現場での失敗データ、作業データ、顧客課題、運用ノウハウが必要である。
安川電機は、MOTOMAN NEXTを通じて、ヒューマノイド以前のフィジカルAI市場を取りに行くべきである。
25|安川電機の未来戦略③――ソリューション化で価格競争を避ける
第三の戦略は、ソリューション化である。
中国勢と価格だけで戦えば、安川電機は苦しい。ロボット単体、サーボ単体、インバータ単体では、いずれ価格競争に巻き込まれる。
だから、安川電機はソリューションで戦う必要がある。
サーボ、インバータ、ロボット、コントローラ、AI、センサー、システムインテグレーション、保守、データ活用、予知保全、品質改善。これらを組み合わせ、顧客の「生産性向上」「品質安定」「人手不足解消」「省エネ」「安全性向上」「省人化」を実現する。
この方向性が、i3-Mechatronicsである。
i3-Mechatronicsは、安川電機のソリューションコンセプトであり、integrated、intelligent、innovativeのような統合的な自動化思想を含む。工場の機械を単に動かすのではなく、データを活用し、設備をつなぎ、止まらない生産ラインを実現する考え方である。
フィジカルAI時代には、このi3-Mechatronicsがさらに重要になる。
AIロボットは、単体では導入されない。
顧客の工程、設備、データ、品質管理、保守、教育、投資回収と一体で導入される。
つまり、売るべきものはロボットではなく「自動化された成果」である。
安川電機は、ハードを売る会社から、現場の成果を売る会社へ進化しなければならない。
26|安川電機の未来戦略④――米国・日本・インド・東南アジアへ分散する
第四の戦略は、地域分散である。
中国市場は重要だが、中国依存は危険である。特に、ロボット、サーボ、モーター、磁石、レアアース、AIロボティクスは、経済安全保障と深く関わる。
安川電機は、米国、日本、インド、東南アジアでの供給力を強化する必要がある。
米国では、半導体、データセンター、EV、再工業化、リショアリングの需要がある。AIデータセンター向けの空調、電力、インバータ需要も広がる。ロボットについても、労働力不足と製造回帰を背景に自動化需要が高まる。
日本では、人手不足、地方工場の省人化、食品、医療、物流、半導体、蓄電池、精密加工で需要がある。日本市場は価格だけではなく、品質、安全性、保守を重視するため、安川電機に向いている。
インドと東南アジアでは、中国からの生産移転、電子部品、スマートフォン、EV、食品加工、物流の自動化需要が伸びる。ここで早くネットワークを作れるかが重要になる。
安川電機は、グローバル企業でありながら、北九州という日本の製造業の地盤を持つ。今後は、日本の技術基盤を守りながら、世界の成長市場に分散する戦略が必要である。
27|安川電機の未来戦略⑤――ロボットを「社会インフラ」にする
第五の戦略は、ロボットを社会インフラにすることである。
これまでロボットは、工場の設備だった。
これからロボットは、社会の労働力インフラになる。
人手不足は、日本だけの問題ではない。先進国では高齢化が進み、若年労働力が減る。物流、医療、介護、食品、清掃、建築、農業では、人が集まりにくい作業が増えている。
ヒューマノイドやAIロボットは、この労働力不足を補う可能性がある。
ただし、社会インフラになるには、ロボット単体では不十分である。通信、クラウド、エッジAI、遠隔監視、保守、法規制、安全基準、保険、教育、運用ルールが必要になる。
安川電機は、単独でこれを作ることはできない。
だから、NVIDIA、富士通、ソフトバンク、通信会社、SIer、物流企業、食品企業、医療機器企業、自治体、大学、スタートアップとの連携が重要になる。
フィジカルAI時代のロボットは、製品ではなくエコシステムで普及する。
安川電機がその中で担うべき役割は、信頼できる体を作ることである。
28|安川電機が進むべき実装シナリオ
安川電機がヒューマノイド時代に勝つには、いきなり家庭用ロボットを狙うべきではない。
最初に狙うべきは、工場・物流・食品・医療周辺の限定作業である。
たとえば、工場内の部品搬送。作業台への供給。検査工程への投入。箱の開梱と棚入れ。食品工場でのトレー投入。医療器材の仕分け。半導体工場周辺の補助作業。物流倉庫でのピッキング補助。
これらは、完全な人間代替ではない。人間の作業の一部を切り出し、ロボットに任せる領域である。
ここで大事なのは、ヒューマノイドを「万能労働者」として売らないことだ。
最初から万能を目指すと失敗する。顧客も導入判断ができない。
そうではなく、「この工程を何%省人化する」「この夜間作業をロボットに置き換える」「この危険作業をロボットに任せる」「この熟練作業の一部を自動化する」と定義する。
安川電機は、産業用ロボットでこのやり方を熟知している。
産業用ロボットは、万能機として普及したのではない。溶接、塗装、搬送、組み立て、パレタイジングなど、用途別に市場を作ってきた。
ヒューマノイドも同じである。
最初は万能ではなく、用途特化型の作業ヒューマノイドとして導入されるべきだ。
その意味で、安川電機の現場起点の文化は、むしろヒューマノイド商業化に向いている。
29|新メカトロニクス応用領域――医療と農業に広がる「まほろ」と双腕ロボット
安川電機のフィジカルAI戦略は、工場の中だけにとどまらない。
中期経営計画「Dash 35」でも掲げられているのが、新メカトロニクス応用領域の拡大である。具体的には、医療と農業という、これまで産業用ロボットが入りにくかった現場である。
象徴的なのが、医療・バイオ分野の双腕ヒト型ロボット「まほろ(Maholo)」である。
まほろは、安川電機子会社のロボティック・バイオロジー・インスティテュート(RBI)が開発した汎用ヒト型ロボットで、細胞の培養や分化といった繊細な作業を、熟練技術者と同等以上の精度で再現できるとされる。人手による汚染リスクを避けられ、品質を一定に保ちやすい。
2025年には、この技術が大きく前進した。
安川電機は、アステラス製薬と共同出資会社「セラファ・バイオサイエンス」を設立した。資本金は45億円、出資比率はアステラス60%・安川40%。iPS細胞などを使う細胞医療製品の製造プラットフォームを、まほろを使って開発し、スタートアップや大学にも提供することを狙う。
これは、本記事で見てきた「作業力」の発想を、医療という最も繊細な現場へ持ち込む試みである。
もう一つが、農業である。
安川電機は、JA全農と共同で、きゅうりの葉かき作業ロボットに続き、収穫作業ロボットを農業現場へ導入した。いちごの選果ロボットも製品化を進めている。狙いは、一台で複数の作業をこなす多能工型ロボットによって、担い手不足が深刻な農業の自動化コストを下げることである。
医療も農業も、環境が一定でなく、対象が柔らかく、毎回状況が違う。
つまり、従来の産業用ロボットが最も苦手としてきた領域である。
そこに、サーボ、双腕制御、AI、現場ノウハウを組み合わせて入っていく。これは、ヒューマノイドが目指す「人間用環境での作業」と、まさに同じ方向である。
安川電機は、人型を前面に出さずとも、医療・農業という具体的な現場から、フィジカルAIの応用範囲を着実に広げている。
30|Dash 35とフィジカルAI――数字で見る安川の本気度
安川電機は2026年5月、長期経営計画「2035年ビジョン」と中期経営計画「Dash 35」(2026〜2029年度)を正式に発表した。
ここで掲げられた数字は、同社の方向性を明確に示している。
2025年度、つまり2026年2月期の安川電機は、売上収益5421億円、営業利益473億円、営業利益率8.7%だった。これに対し、Dash 35では、2029年度に売上収益6500億円、営業利益1000億円、営業利益率15.4%を目標に置いている。さらに、2026年度見通しでは売上収益5800億円、営業利益600億円、営業利益率10.3%、2027年度目標では売上収益6000億円、営業利益720億円、営業利益率12.0%を掲げる。
つまり安川電機は、単なる売上拡大ではなく、明確に「高収益化」を狙っている。
この数字の意味は大きい。
中国勢との価格競争に巻き込まれれば、売上は増えても利益は残りにくい。だから安川電機は、ロボット本体の単品販売ではなく、サーボ、インバータ、コントローラ、AI、システム、保守、データ活用を組み合わせた高付加価値領域へ進む必要がある。Dash 35の中核にある「フィジカルAI市場の開拓」は、そのための戦略である。
Dash 35では、2026〜2029年度の投資計画として、設備投資1300億円、戦略投資1200億円、合計2500億円規模の投資も示された。ここには、研究開発、M&A、基幹部品、グローバル生産体制、フィジカルAI関連の投資が含まれると見るべきである。
安川電機が狙うのは、安いロボットを大量に売ることではない。
高精度な動き、壊れにくい体、現場で使えるAIロボット、そして自動化の成果で利益を取ることである。
Dash 35の基本方針の一つは、フィジカルAI市場の開拓である。資料では、AIロボティクスを「安川のモーション制御とAIの認識・判断を組み合わせるもの」と位置づけ、MOTOMAN NEXTの製造業向け展開、ヒューマノイドを含む製造業以外の自動化領域、そして進化型アクチュエータを通じた新市場開拓が示されている。
これは、本記事で述べてきた「歩く体ではなく、働く体を握る」という安川電機の戦略と一致する。
また、北九州・八幡西事業所にロボット第5工場が稼働し、モーターからロボットまでの一貫生産体制が強化されている点も重要である。フィジカルAI時代には、AIソフトだけでなく、アクチュエータ、制御、量産、品質保証を一体で持つ企業が強くなる。安川電機は、そこに投資を集中し始めている。
31|新製品が示す「産業用ロボットは終わらない」
ヒューマノイドが注目されると、「これまでの産業用ロボットは古くなるのか」という見方が出てくる。
しかし、安川電機の2026年の新製品を見ると、答えは逆である。
産業用ロボットは終わらない。むしろ、用途ごとにさらに細分化し、高度化していく。
2026年6月、安川電機は大型重量物搬送向けロボットMOTOMAN-GP215L、GP400L、GP700を発表した。大型ワーク、重量物、EV関連部品、建機、建材、自動車部品など、重いものを安全かつ正確に扱う用途である。
これは、ヒューマノイドがすぐに置き換えられる領域ではない。大型重量物を扱う現場では、剛性、可搬質量、耐久性、安全性、ライン連携が最優先される。人型である必要はない。むしろ、用途特化型の産業用ロボットの方が強い。
同じ2026年6月、安川電機は衛生環境用ロボットMOTOMAN-HD7、HD8も発売した。ライフサイエンス市場や医薬品市場向けに、クリーンルーム対応や清掃性を高め、薬品や小物容器の搬送自動化を狙う製品である。
ここでも重要なのは、ヒューマノイドではなく、現場に合わせた形である。
医薬品やライフサイエンスの現場では、衛生性、清掃性、異物混入防止、容器搬送の精度が問われる。人型であることより、クリーンで、安定し、検証可能であることが重要だ。
さらに、2026年4月には、安川電機はMPX1000シリーズに、最大640台のサーボモータを制御できるベースマウントモデルMPX1010を追加した。
これは非常に象徴的である。
フィジカルAI時代の「体」は、ロボット一台だけで完結しない。多数のサーボ、搬送装置、ロボット、センサー、検査機、ライン設備が同時に動く。その全体を高速・高精度に制御する基盤が必要になる。
つまり、安川電機の勝負は、ヒューマノイド単体ではない。
大型ロボット、衛生環境ロボット、AIロボット、ヒューマノイド用アクチュエータ、そして多数のサーボを束ねるコントローラ。これらを組み合わせて、現場全体を動かすことにある。
ヒューマノイドは、産業用ロボットの終わりではない。
産業用ロボットがAI化し、用途特化ロボットが高度化し、その外側にヒューマノイドや移動ロボットが広がる。これが、これからの本当の姿である。
32|経営体制と実装拠点――安川が本気で体制を変えた
最終版として、もう一つ強調しておきたい点がある。
安川電機のフィジカルAI戦略は、単なるスローガンではなく、経営体制、投資計画、生産体制、新製品群にまで落ち始めているということだ。
まず、経営体制である。
安川電機は2026年5月、代表取締役会長の小笠原浩氏が代表取締役会長兼社長を務める体制へ移行した。同時に、小川昌寛氏は副会長執行役員として、AIロボティクス事業統括と新メカトロニクス応用事業統括を担う。これは、AIロボティクスを研究開発部門だけに閉じ込めず、経営トップレベルの実行テーマに引き上げたことを意味する。
次に、投資計画である。
Dash 35では、2026〜2029年度の累計投資額として2500億円が示されている。内訳は設備投資1300億円、戦略投資1200億円である。安川電機が目指すのは、売上規模の拡大だけではない。2029年度に営業利益1000億円、営業利益率15.4%を目指すという数字は、価格競争ではなく、高付加価値領域で利益を取りに行く意思表示である。
そして、生産体制である。
北九州ではロボット第5工場が稼働し、ACサーボモータとロボットの一貫生産体制が強化されている。米国では、産業用ロボットの本社、研究開発、製造機能を統合する新キャンパス開発も進めている。これは、フィジカルAI時代に必要になるロボットの供給力を、日本と北米の両側で高める動きである。
最後に、新製品群である。
MOTOMAN-GP215L、GP400L、GP700は、重量物搬送という産業ロボットの王道領域を強化する製品である。MOTOMAN-HD7、HD8は、ライフサイエンスや医薬品市場など衛生環境向けの自動化を広げる製品である。MPX1010は、最大640台のサーボモータを同期制御できる多軸コントローラであり、ロボット単体ではなくライン全体を制御する方向性を示す。
つまり、安川電機はヒューマノイドだけに賭けているのではない。
既存の産業用ロボットを高度化し、AIロボットを広げ、ヒューマノイド向けアクチュエータを開発し、医療・農業・ライフサイエンスへ用途を拡張し、その全体をサーボとコントローラで支える。
この重層構造こそ、安川電機の強さである。
ヒューマノイドブームだけを見れば、安川電機は地味に見えるかもしれない。
しかし、実装段階に入れば、地味な企業ほど強い。
なぜなら、現場は動画では動かないからだ。
現場を動かすのは、壊れないモーター、正確な制御、止まらないライン、安全な作業、そして長期保守である。
安川電機は、そのすべてを知っている。
第7部 結論
33|最終結論――ヒューマノイド時代の本命は「現場で使える体」
安川電機は、ヒューマノイドブームの中心にいる会社ではない。
しかし、ヒューマノイドが本当に産業化する局面では、必ず重要になる会社である。
理由は明確だ。
ロボットは、脳だけでは動かない。生成AIが判断しても、NVIDIAがシミュレーションしても、Teslaや中国勢が派手なデモを見せても、最後に現場で問われるのは体である。
持てるか。壊さないか。止まれるか。安全か。何時間も動けるか。保守できるか。投資回収できるか。
この問いに答えられなければ、ヒューマノイドは動画の中の未来で終わる。
安川電機は、100年以上にわたりモーターと制御を磨き、1958年のミナーシャモータからACサーボを進化させ、1977年のMOTOMAN-L10から産業用ロボットを量産してきた。今、その蓄積がフィジカルAI時代に再び意味を持ち始めている。
安川電機がやるべきことは、人間そっくりのロボットを作ることではない。
現場で使える体を作ることだ。
産業用ロボット、MOTOMAN NEXT、Torobo、進化型アクチュエータ、衛生環境ロボット、重量物搬送ロボット、多軸コントローラ、医療・農業ロボット。これらはすべて、同じ方向を向いている。
AIが現実世界に出てくる時代に、動きの主導権を握る。
これが、安川電機の次の100年の勝負である。
派手なヒューマノイド動画の裏側で、本当に難しいのは「体」である。
その体を、誰が作るのか。
安川電機は、その問いに対する日本の最有力回答の一つである。
参考リンク・出典
安川電機 公式沿革・創業情報:1915年創業、安川敬一郎、安川第五郎、事業の変遷
安川電機 公式製品情報:ACサーボモーター、ミナーシャモータ、MOTOMAN、モーションコントロール
安川電機 2026年2月期 決算短信:売上収益5421億円、営業利益473億円、セグメント別動向
安川電機 長期経営計画「2035年ビジョン」・中期経営計画「Dash 35」:2029年度目標、投資計画、フィジカルAI市場開拓
安川電機 2025年度第2四半期 決算説明会 Q&A:東京ロボティクス、ヒューマノイド、アクチュエータ、作業力に関する説明
安川電機 新製品発表:MOTOMAN-GP215L/GP400L/GP700、MOTOMAN-HD7/HD8、MPX1010
International Federation of Robotics, World Robotics 2025:2024年の世界産業用ロボット新規導入台数、中国市場、地域別導入比率
NVIDIA Newsroom:NVIDIA and Global Robotics Leaders Take Physical AI to the Real World、NVIDIA Halos for Robotics
東京ロボティクス 公式情報:Torobo、会社概要、安川電機グループ入り
ソフトバンクグループ:ABB Robotics買収合意に関する発表
ソフトバンク株式会社・安川電機:AIロボティクスとAI-RANを活用したフィジカルAI協業
AP / Reuters報道:中国での日本人拘束、レアアース・輸出管理関連リスクに関する報道
安川電機 代表取締役の異動・役員異動に関する発表:小笠原浩会長兼社長、小川昌寛氏のAIロボティクス事業統括・新メカトロニクス応用事業統括
安川電機 2025年度決算説明資料:東京ロボティクス100%子会社化、ヒューマノイド向けアクチュエータ開発、MOTOMAN NEXT-NHC12受賞、ロボット第5工場、米国新キャンパス
富士通/NVIDIA 戦略的協業資料:フィジカルAI領域で安川電機のAIロボティクス技術との協業を検討
※中国での日本人社員拘束については、後続報道で富士電機社員とされており、「安川電機社員」と確認されたものではない。そのため本文では、安川電機固有の事件ではなく、日系FA・重電・ロボット関連企業全体の中国リスクとして扱った。
安川電機 2026年2月期決算(売上5,421億円・営業利益473億円・純利益352億円)/個人投資家向け会社説明会資料(海外売上高比率7割超、米州が最大地域=約24%、地域別は2022年度より所在地別ベース)
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