見出し画像

孫正義はなぜ、世界2位級のロボット会社を8,000億円超で買うのか――ABB Roboticsの正体

巨大ABBからソフトバンクへ向かう「欧州ロボットの本流」は、ヒューマノイド時代にどう戦うのか

世界4大産業ロボット比較! その3:ABB編

本シリーズは、世界の産業用ロボットを代表する「4強」――FANUC・安川電機・ABB・KUKA――を、1社ずつ徹底解説するものである。

  • その3:ABB Robotics(スイス/スウェーデン系→ソフトバンクへ)――電力・重電・自動化から生まれた欧州ロボットの本流。

今回の「その3」では、巨大ABBから切り出され、ソフトバンクグループ傘下へ向かうABB Roboticsを取り上げる。


最終版:2026年6月25日時点のABB公式情報、ソフトバンクグループによるABB Robotics買収契約、NVIDIA連携、RobotStudio HyperReality、OmniCore、PoWa協働ロボット、IFR World Robotics 2025、Roze AI構想に関する報道を反映。NOTE掲載向けに、目次前の導入文、見出し、参考リンク、ハッシュタグを整理。

工場の中で、白い筐体に赤いABBのロゴが入ったロボットアームが動いている。

溶接する。
塗装する。
運ぶ。
組み立てる。
磨く。
箱詰めする。
検査する。
そして、また次の動作へ移る。

人間のように疲れない。
気分に左右されない。
毎日、毎時、毎分、同じ精度で動き続ける。

そのロボットの名は、ABB Robotics。

ABB Roboticsは、FANUCや安川電機のような日本発のロボット企業ではない。
KUKAのように、ドイツ自動車産業と強く結びついたロボット企業でもない。

ABB Roboticsの本質は、電力・重電・自動化の巨大企業ABBから生まれた「欧州ロボットの本流」である。

ABBを単なる「ロボットアームの会社」と見ると、その本質を見誤る。
ABBの強さは、ロボットアームそのものだけではない。
電力。
モーター。
ドライブ。
制御。
ソフトウェア。
シミュレーション。
AMR。
そして、工場全体を自動化する実装力。

これらを一体化し、世界中の製造現場を動かしてきたところに、ABB Roboticsの本当の価値がある。

そして今、ABB Roboticsは大きな転換点に立っている。

2025年10月、ABBはロボティクス部門をソフトバンクグループへ売却する契約を結んだ。企業価値は53.75億ドル。買収はEU・中国・米国などの規制当局承認と通常の完了条件を前提に、2026年半ばから後半の完了が見込まれている。

これは、単なる事業売却ではない。

産業用ロボットの50年の歴史が、AI、NVIDIA、Arm、データセンター、ヒューマノイドロボット、そしてフィジカルAIの時代へ接続される出来事である。

では、ABB Roboticsはヒューマノイドロボット時代にどう戦うのか。

人型ロボットそのものを作るのか。
それとも、産業用ロボットの名門として、ヒューマノイド時代の裏側を支えるのか。
ABB Roboticsの未来戦略を理解するには、まず産業用ロボットの歴史、ABBの創業史、そして同社がなぜソフトバンクに買われるほど重要な存在になったのかを見なければならない。

この記事では、4大産業ロボットシリーズの一社として、ABB Roboticsを取り上げる。
欧州ロボットの本流は、なぜ世界の工場を動かす存在になったのか。
そして、ヒューマノイドロボット時代に、ABB Roboticsはどのようなポジションを取りに行くのか。

結論から言えば、ABB Roboticsの未来は「ヒューマノイドだけを作る会社」ではなく、「ヒューマノイドを含む次世代ロボットが現場で動くための産業基盤を握る会社」になる可能性が高い。

ABB Roboticsは、AI時代においても単なるロボットアームではない。
工場の身体であり、制御の現場知であり、現実世界を動かすフィジカルAIの実装基盤なのである。


目次

第1部 ABB Roboticsとは何者か

  • 1|産業用ロボットとは何か――人型ではなく、工場の腕として生まれた機械

  • 2|産業用ロボットの歴史――油圧式から電動式、そしてAIロボットへ

  • 3|ABBの起源――1880年代の電力革命から生まれた企業

  • 4|ABB Roboticsの原点――IRB 6という伝説

  • 5|産業ロボット4強――FANUC、安川、KUKA、ABBの違い

第2部 ABBの現在地――市場・密度・主戦場・地域別

  • 6|世界市場の現状――産業ロボットの中心は中国とアジアへ移った

  • 7|ロボット密度――国家の製造業競争力を示す指標

  • 8|ABB Roboticsの主戦場――自動車から電子・物流・食品へ

  • 9|地域別売上と国内・海外比率――ABB Roboticsはどの大陸で稼いでいるか

第3部 ヒューマノイド時代の論点

  • 10|ヒューマノイドロボット時代――産業ロボットは時代遅れになるのか

  • 11|ABB Roboticsはヒューマノイド企業になるのか

第4部 フィジカルAI戦略と技術基盤

  • 12|協働ロボットとAMR――固定された腕から、動くロボット群へ

  • 13|RobotStudioとOmniCore――ABBの本当の武器はソフトウェアにある

  • 14|ABB×NVIDIA――RobotStudio HyperRealityが意味するもの

  • 15|NVIDIA GTC 2026――四強がそろってフィジカルAI基盤に乗った

第5部 強み・弱み・競争

  • 16|ABB Roboticsの弱点――成熟市場ゆえの難しさ

第6部 未来戦略・グローバル体制・資本再編

  • 17|未来戦略1――産業ロボットはAI化する

  • 18|未来戦略2――AMRとロボットアームを統合する

  • 19|未来戦略3――中小企業にも入るロボットへ

  • 20|未来戦略4――ソフトバンクのAI・Arm・データセンターと接続する

  • 21|未来戦略5――産業用ロボットとヒューマノイドの棲み分け

  • 22|未来戦略6――フィジカルAI時代のデータ企業になる

  • 23|日本企業への示唆――ヒューマノイドより先に、工場AXが来る

  • 24|グローバル生産体制――上海・スウェーデン・米国の三極と「local for local」

  • 25|なぜABBはロボティクス部門を売るのか

  • 26|ソフトバンクによる買収の意味――日本資本が欧州ロボットの名門を持つ

  • 27|買収ステータス――契約済み・完了予定という正確な読み方

  • 28|ソフトバンクが取得するABB Roboticsの実像

  • 29|買収完了はいつか――ソフトバンクの「Roze」構想とABBの役割

  • 30|PoWa――ABBが協働ロボットを高速・高可搬へ広げた意味

第7部 結論

  • 31|結論――ABB Roboticsは「工場で本当に動くフィジカルAI」の土台である


第1部 ABB Roboticsとは何者か

1|産業用ロボットとは何か――人型ではなく、工場の腕として生まれた機械

産業用ロボットとは、一般に「自動制御され、再プログラム可能で、複数の軸を持ち、工業用途で作業を行う機械」を指す。

人間のような顔はない。
会話もしない。
歩き回るわけでもない。
しかし、工場の中では人間以上に重要な仕事をしている。

自動車のボディを溶接する。
塗装する。
重量物を搬送する。
部品をつかみ、置く。
基板を組み立てる。
食品を箱詰めする。
金属を研磨する。
製品を検査する。
パレットに積む。
危険な場所で同じ動作を何万回も繰り返す。

産業用ロボットは、人間の姿をまねるために生まれたのではない。
人間がやるには危険で、単調で、重く、精度が求められる作業を、安定して繰り返すために生まれた。

その意味で、産業用ロボットは「人間の代替」というより「工場の筋肉」である。
そして、サーボモーター、減速機、制御装置、センサー、ティーチング、ソフトウェア、メンテナンス、周辺設備が一体になって、初めて価値を発揮する。

ここで重要なのは、ロボットの本当の難しさは、ロボット本体だけではないということだ。

ロボットアームを買うことはできる。
しかし、現場で動かすには、工程設計、安全設計、治具、ハンド、カメラ、制御盤、PLC、コンベア、周辺装置、シミュレーション、ティーチング、保守、作業者教育が必要になる。

産業用ロボットは、製品であると同時に、現場実装の総合技術である。
この現場実装力こそ、ABB Roboticsの最大の資産である。


2|産業用ロボットの歴史――油圧式から電動式、そしてAIロボットへ

産業用ロボットの歴史は、20世紀後半の製造業の歴史そのものでもある。

1950年代から1960年代にかけて、米国ではUnimationのUnimateに代表される初期の産業用ロボットが登場した。自動車工場のダイカスト部品搬送やスポット溶接など、人間にとって危険で重い作業をロボットが担うようになった。

当時のロボットは、油圧式が多かった。
強い力を出すことはできたが、細かな制御、清潔性、メンテナンス性、柔軟性には限界があった。

1970年代に入ると、電動化と電子制御が進む。
ここで重要な転換点を作ったのが、ASEAのIRB 6である。IRB 6は、1974年に市場投入された全電動・マイクロプロセッサ制御の産業用ロボットであり、ABB Roboticsの源流にあたる存在である。

1980年代には、日本と欧州で産業用ロボットが本格的に普及する。
自動車産業が最大の市場となり、スポット溶接、アーク溶接、塗装、搬送、組立の自動化が進んだ。日本ではFANUC、安川電機、川崎重工などが伸び、欧州ではABB、KUKAが存在感を高めた。

1990年代から2000年代にかけて、ロボットは自動車以外にも広がる。
電子機器、半導体、食品、医薬品、金属加工、プラスチック、物流などで使われるようになった。ロボットは巨大な自動車工場だけのものではなく、より多様な産業の生産性を高める機械になった。

2010年代には、協働ロボットが登場する。
人間と同じ空間で働くロボットである。安全柵の中で高速に動く従来型ロボットとは違い、人間の横で軽作業を行う。ABBのYuMiは、その象徴的な製品の一つだった。

2020年代に入ると、ロボットはさらに変化する。
AI、ビジョン、力覚センサー、3Dカメラ、AMR、デジタルツイン、クラウド、エッジAI、生成AIがロボットと結びつき始めた。

そして現在、ヒューマノイドロボットとフィジカルAIの時代が始まろうとしている。

この流れを一言でまとめると、産業用ロボットは次のように進化してきた。

第一世代は、危険作業を代替する油圧式ロボット。
第二世代は、高速・高精度に繰り返す電動式ロボット。
第三世代は、人と協働し、多品種少量生産に対応するロボット。
第四世代は、AIとシミュレーションで自律性を高めるフィジカルAIロボットである。

ABB Roboticsは、この歴史の中で、第二世代から第四世代へつながる重要な存在である。


3|ABBの起源――1880年代の電力革命から生まれた企業

ABBの歴史は、1988年に始まる。
ただし、そのルーツはもっと古い。

ABBは、スウェーデンのASEAと、スイスのBrown, Boveri & Cie、通称BBCが統合して誕生した企業である。ASEAはスウェーデンの電機産業を支えた企業であり、BBCはスイスの重電・電機産業を代表する企業だった。

ASEAの源流は1880年代にある。
スウェーデンで電灯、発電機、送電、鉄道電化などを手がけた企業群が発展し、後にASEAとして成長していった。スウェーデンの近代工業化、電化、鉄道、発電インフラの中で重要な役割を果たした企業である。

一方のBrown, Boveri & Cieは、1891年にスイスのバーデンで創業された。創業者はチャールズ・ユージン・ランスロット・ブラウンとヴァルター・ボヴェリである。BBCは、モーター、発電機、蒸気タービン、ガスタービン、変圧器、電気機関車関連設備などを手がけ、欧州の電化と重電技術を支えた。

この2社が1988年に統合し、ASEA Brown Boveri、すなわちABBが生まれた。

ABBは、最初からロボット会社だったわけではない。
むしろ本流は、電力と自動化である。

電気を作る。
電気を送る。
モーターを動かす。
工場を制御する。
装置を自動化する。
その延長線上に、ロボットがある。

この出自が、ABB Roboticsの性格を決定している。

ABBにとってロボットは、単体で売る機械ではない。
工場全体の電化、モーション、制御、ソフトウェア、デジタル化の中に組み込まれる「自動化システムの一部」である。

だからABB Roboticsは、ロボットアームだけでなく、コントローラ、ソフトウェア、シミュレーション、AMR、サービス、アプリケーションパッケージまで含めて提供する。

この「工場全体を見る力」が、ABB Roboticsの歴史的な強みである。


4|ABB Roboticsの原点――IRB 6という伝説

ABB Roboticsの源流をたどると、ASEA時代の1970年代に行き着く。

象徴的な製品が、IRB 6である。

IRB 6は、1974年にASEAが投入した全電動・マイクロプロセッサ制御の産業用ロボットである。名前の「6」は、可搬重量6kgに由来する。

当時の産業用ロボットは、油圧式が主流だった。
油圧式ロボットは力が強い一方で、精密制御、清潔性、メンテナンス性、設置性に課題があった。工場の中で、より小型で、より正確で、より柔軟に動くロボットが求められていた。

そこに登場したのがIRB 6だった。

IRB 6は、電動化とマイクロプロセッサ制御によって、産業用ロボットの方向性を変えた。
よりコンパクトに、より正確に、より扱いやすく、より人間の腕に近い動きを実現した。

最初の用途は、ステンレスパイプの研磨だった。
その後、自動車のスポット溶接などにも広がっていく。

ここが重要である。

ABB Roboticsの原点は、人型ロボットではない。
工場の中で、人間がやるには危険で、単調で、精密さが求められる作業を、安定して置き換えることだった。

この原点は、50年経った今も変わっていない。

ヒューマノイドが注目される時代になっても、ロボットの本当の価値は「現場で使えるか」で決まる。
IRB 6が示したのは、ロボットは夢の機械ではなく、工場の生産性を変える産業機械だということだった。


5|産業ロボット4強――FANUC、安川、KUKA、ABBの違い

産業用ロボットの4強は、同じ「ロボットメーカー」と言われるが、それぞれ出自が違う。

FANUCは、NC装置、CNC、工作機械、自動化から発展した企業である。
黄色いロボットは、工作機械と工場自動化の世界で圧倒的な存在感を持つ。CNC、サーボ、ロボット、FAシステムが一体になった「工場の神経系」を持っている。

安川電機は、モーターとモーション制御の会社である。
ACサーボモーター、インバータ、ドライブ技術を土台に、ロボットを展開してきた。安川の強さは、ロボットアームそのものだけではなく、「動きを正確に制御する技術」にある。

KUKAは、ドイツ自動車産業と深く結びついたロボット企業である。
特に大型ロボット、自動車ボディ溶接、生産ライン自動化で強い存在感を持ってきた。現在は中国の美的集団傘下に入り、ドイツ技術と中国資本の組み合わせになっている。

ABBは、電力・重電・自動化から生まれた欧州代表である。
ロボット単体というより、工場全体の自動化、制御、ソフトウェア、シミュレーション、AMR、サービスまで含めた総合力を持つ。

この4社の違いを一言で言えば、こうなる。

FANUCは、工作機械とCNCの王者。
安川は、サーボとモーション制御の王者。
KUKAは、ドイツ自動車工場のロボット職人。
ABBは、電力・自動化から工場全体を見る欧州の巨人。

ABB Roboticsを理解するには、ロボット単体ではなく「自動化企業ABBの中にあったロボット部門」として見る必要がある。


第2部 ABBの現在地――市場・密度・主戦場・地域別

6|世界市場の現状――産業ロボットの中心は中国とアジアへ移った

産業用ロボット市場は、すでに欧米中心ではない。
中心はアジア、特に中国である。

国際ロボット連盟、IFRのWorld Robotics 2025によると、2024年の世界の産業用ロボット新規導入台数は約54.2万台だった。世界全体では50万台超えの水準が続いており、産業用ロボットはすでに製造業の標準装備になりつつある。

その中で圧倒的なのが中国である。
2024年の中国の新規導入台数は約29.5万台。世界の過半を占める。つまり、世界で新しく導入される産業用ロボットの二台に一台以上が中国に入っている。

これは極めて重要な事実である。

中国は、単にロボットを買っているだけではない。
自動車、EV、電池、電子機器、太陽光、家電、物流、金属加工、食品、医薬品など、あらゆる分野で自動化を進めている。

この変化は、4大産業ロボットメーカーにとって非常に大きい。

かつて中国市場は、FANUC、安川、ABB、KUKAといった外資系ロボットメーカーにとって最大の成長市場だった。
中国の自動車工場、電子工場、家電工場、EV工場に、外資系ロボットが大量に導入された。

しかし今、中国の国産ロボットメーカーが急速に伸びている。

価格が安い。
開発が速い。
中国国内の中堅企業に入りやすい。
中国語のサポートが強い。
ソフトウェアの更新が早い。
AIやビジョンとの統合が速い。

これにより、外資系4強は中国市場で大きな競争圧力を受けている。

ABB Roboticsにとっても、中国は最重要市場である。
ABBは上海にロボティクスのメガファクトリーを設け、中国市場向けの製品開発と生産を強化してきた。

ただし、中国で勝つためには、従来の高級・高信頼モデルだけでは不十分になる。
中価格帯、短納期、簡単導入、AIインターフェース、音声操作、観察学習、現場作業者でも扱いやすいソフトウェアが必要になる。

産業用ロボット市場は、単に「高性能な機械」を売る時代から、「導入しやすい自動化パッケージ」を売る時代に移っている。


7|ロボット密度――国家の製造業競争力を示す指標

産業用ロボットを見る時、導入台数だけでは不十分である。
人口や製造業従事者数に対して、どれだけロボットが普及しているかを見る必要がある。

そこで使われるのが「ロボット密度」である。
一般に、製造業従事者1万人あたりの産業用ロボット台数で表される。

ロボット密度が高い国は、製造業の自動化が進んでいる。
これは単にロボットをたくさん買っているという意味ではない。生産性、品質、賃金水準、人手不足、産業政策、教育、部品産業、SIerの厚みが総合的に反映される。

韓国は、世界最高水準のロボット密度を持つ国である。半導体、電子、自動車、電池産業が高度に自動化されている。
シンガポールも高い。
ドイツ、日本、中国も高い水準にある。

ここで注目すべきは、中国である。
中国は導入台数だけでなく、ロボット密度でも急上昇している。つまり、中国は「人口が多いから導入台数が多い」だけではなく、製造現場そのものの自動化密度を急速に高めている。

これは日本にとっても重要な警告である。

日本はロボットメーカーが強い国である。
しかし、ロボットを作る国であることと、ロボットを使いこなす国であることは違う。

これからの競争は、ロボットメーカーの競争であると同時に、ロボットを導入した製造業全体の競争になる。

ABB Roboticsのような企業は、単にロボットを売るだけではなく、顧客企業の自動化密度を上げる存在になる必要がある。


7補論|メーカー別世界シェア――ABBは「世界第2位」と位置づけられるが、比率は慎重に読む

産業用ロボットの世界シェアを見るときには、少し注意が必要である。

スマートフォンや半導体のように、会社別の出荷台数や売上比率が常に同じ基準で公開されているわけではない。ロボット本体だけを見るのか、制御装置や周辺設備を含めるのか、協働ロボットを含めるのか、AMRを含めるのか、自動車向け大型ロボットを重く見るのか、電子・物流・中小工場向けまで広げるのかで、ランキングや比率は変わる。

そのため、本記事では「メーカー別の厳密なパーセンテージ」よりも、公式発表や主要報道で確認できる位置づけを重視する。ABBは2025年4月の分離上場構想時に、ロボティクス事業を「グローバルで第2位の市場ポジション」と説明していた。Reutersも同時期、ABBのロボティクス事業をFANUCに次ぐ世界第2位級の産業用ロボットメーカーとして報じている。

つまり、4大産業用ロボットを大きく整理すると、FANUCが日本発のCNC・FAの王者、ABBが欧州発の自動化・電動ロボットの本流、安川電機がサーボとモーション制御の王者、KUKAがドイツ自動車産業と深く結びついたロボット企業、という見方ができる。

ただし、中国市場ではこの構図が揺れ始めている。中国の国産ロボットメーカーは、価格、納期、ソフトウェア対応、中国語サポート、現地SIer網で急速に力をつけている。高級・高信頼の大型案件では4強の存在感は残るが、中価格帯や中小工場向けでは、中国メーカーの伸びが無視できない。

したがって、ABB Roboticsの世界シェアを語る時に重要なのは、「何%を持っているか」だけではない。

むしろ、世界最大市場である中国でどこまで粘れるか。
ソフトバンク傘下でAI・データセンター・Armと接続できるか。
NVIDIA OmniverseとRobotStudio HyperRealityで、AI時代の導入基盤を握れるか。
協働ロボット、AMR、産業用ロボット、将来のヒューマノイドを統合できるか。

この戦いが、次の10年の「シェア」を決める。


8|ABB Roboticsの主戦場――自動車から電子・物流・食品へ

ABB Roboticsの主戦場は、長く自動車産業だった。

自動車工場では、ロボットが最も大量に使われる。
ボディ溶接、アーク溶接、塗装、部品搬送、組立、検査、シーリング、パレタイジング。大量生産、高品質、短いサイクルタイムが求められる自動車産業は、産業用ロボットにとって最大級の市場だった。

しかし現在、自動車産業そのものが変化している。

EV化により、エンジン、トランスミッション、排気系の工程は縮小する。
一方で、バッテリー、モーター、インバータ、電装部品、軽量化部材、車載センサーの工程が増える。
さらに、EV、ハイブリッド、内燃機関車を同じ工場で柔軟に作る必要も出ている。

つまり、自動車工場は「大量生産の固定ライン」から「柔軟で変化に強いスマートファクトリー」へ移っている。

ABB Roboticsにとって、これはチャンスでもあり、リスクでもある。

チャンスは、柔軟な自動化需要が増えること。
リスクは、自動車設備投資が景気やEV需要の変動を強く受けること。

そのためABB Roboticsは、自動車以外の分野も強化している。

電子機器。
半導体関連。
食品・飲料。
医薬品。
物流倉庫。
金属加工。
プラスチック。
一般産業。
建設用3Dプリンティング。

この広がりが重要である。

従来の産業用ロボットは、大企業の大規模工場向けという印象が強かった。
しかし今後は、中小・中堅工場、物流倉庫、食品工場、医薬品ラボ、検査工程、建設現場にも広がる。

ヒューマノイドが狙う市場も、実はここである。
人手不足の現場、柔軟性が必要な現場、完全自動化が難しい現場である。

つまりABB Roboticsは、ヒューマノイド企業と同じ方向を見ている。
ただし、アプローチが違う。

ヒューマノイドは、人間の形で現場に入ろうとする。
ABBは、既存の産業ロボット、協働ロボット、AMR、ソフトウェア、デジタルツインを組み合わせて現場に入ろうとする。

どちらが勝つかではない。
おそらく、工場の中では両方が共存する。


9|地域別売上と国内・海外比率――ABB Roboticsはどの大陸で稼いでいるか

ABB Roboticsが「どこで稼いでいるか」は、他の3社とは少し読み方が異なる。理由は二つある。一つは、ABBがスイスに本拠を置くグローバル企業で、日系メーカーのような「国内・海外」という区分になじまないこと。もう一つは、ロボティクス事業がソフトバンクへの売却に伴い、2025年第4四半期からABBの連結決算上「非継続事業」として扱われ、地域別の細かな売上比率の開示が限定的になっていることである。

そのうえで、わかっている数字を整理する。

ABB Roboticsの売上は、2024年実績で約23億ドルだった(2023年の約25億ドルから減少)。世界シェアでは、FANUCに次ぐ「世界2位」級の規模である。従業員はおよそ7,000人。2025年は、この事業がグループ内で非継続事業に区分されたため、単独の年間売上・利益は前面に出にくくなっている。なお、ABBグループ全体としては2025年も最高水準の業績を更新している。

ABBグループは、売上を大きく三つの地域――欧州、南北アメリカ、アジア・中東・アフリカ――に分けて開示している。

ABB Roboticsに即して見ると、その地理的な強みは、欧州(本拠地)、中国、そして南北アメリカに集中している。これは、本記事で触れた三つのロボット工場――中国・上海、スウェーデン・ヴェステロース、米国・ミシガン州オーバーンヒルズ――が、そのままアジア・欧州・アメリカの三大陸に対応していることと重なる。「local for local(その地域の需要を、その地域で作って供給する)」という体制そのものが、ABB Roboticsの地域別の稼ぎ方を表している。

なお、日本国内におけるABB Roboticsのシェアは、FANUC・安川という強力な地元勢がいるため大きくない。ABB Roboticsの主戦場は、あくまで欧州・中国・南北アメリカである。

ソフトバンク傘下に入った後、この三大陸の生産・販売・サービス網が、どのように「フィジカルAI」の世界展開へつながっていくかが、次の焦点になる。


第3部 ヒューマノイド時代の論点

10|ヒューマノイドロボット時代――産業ロボットは時代遅れになるのか

いま、世界中でヒューマノイドロボットが注目されている。

Tesla Optimus。
Figure。
Agility Robotics Digit。
Boston Dynamics Atlas。
Unitree H1、G1、H2。
UBTech Walker。
AgiBot。
Fourier。
Xiaomi CyberOne。
XPeng IRON。

動画を見ると、人型ロボットが歩き、物を持ち、しゃがみ、会話し、工場で作業する未来が近づいているように見える。

では、産業用ロボットは不要になるのか。

私は、そうは思わない。

理由は三つある。

第一に、工場では人型である必要がない作業が多い。

溶接、塗装、搬送、パレタイジング、マシンテンディング、研磨、検査、食品包装。
これらは、人間の形よりも、専用設計されたロボットアームの方が速く、正確で、安く、安全にできる。

人型ロボットは汎用性があるが、専用ロボットは効率が高い。
工場では、汎用性よりも効率が重要な工程が多い。

第二に、ヒューマノイドはまだ「安定稼働」の壁を越えていない。

歩くことはできる。
物を持つこともできる。
しかし、工場で毎日8時間、16時間、24時間、止まらずに働けるか。
安全に人間の横で動けるか。
壊れた時にすぐ修理できるか。
投資対効果が合うか。
生産ラインの品質保証に組み込めるか。

ここが難しい。

第三に、ヒューマノイドが普及するほど、産業用ロボットの技術が必要になる。

ヒューマノイドには、モーター、減速機、制御、センサー、バッテリー、熱設計、耐久性、安全規格、量産技術が必要である。
これは、産業用ロボット企業が長年積み上げてきた領域である。

つまり、ヒューマノイドは産業用ロボットを置き換えるのではない。
むしろ、産業用ロボットの技術を飲み込みながら発展する。

未来の工場では、次のような棲み分けになる可能性が高い。

高速・高精度・大量生産工程は、従来型の産業用ロボット。
人と近い軽作業は、協働ロボット。
搬送は、AMR。
例外処理や人間用環境での作業は、ヒューマノイド。
全体制御は、AIとデジタルツイン。
安全と品質保証は、産業制御システム。

この構図で考えると、ABB Roboticsはヒューマノイド時代に消える会社ではない。
むしろ、ヒューマノイドが現場に入るための産業基盤を持つ会社である。


11|ABB Roboticsはヒューマノイド企業になるのか

では、ABB Roboticsは今後、ヒューマノイド企業になるのか。

答えは、すぐにそうなるわけではない。

ABB Roboticsの本質は、あくまで産業用ロボットである。
溶接、塗装、搬送、組立、パレタイジング、ピッキング、研磨、検査といった現場作業に強い。

ヒューマノイドのように、人間型の身体であらゆる作業をするロボットとは、設計思想が違う。

しかし、フィジカルAI時代には、この境界が少しずつ曖昧になる。

ヒューマノイドが工場に入るには、産業用ロボット並みの安全性、耐久性、制御精度、稼働率が必要になる。
一方、産業用ロボットがより柔軟な作業をするには、AI、視覚認識、自然言語指示、学習、シミュレーション、デジタルツインが必要になる。

つまり、ヒューマノイドが産業ロボットに近づき、産業ロボットがAIロボットに近づく時代が来ている。

ABB Roboticsが持つのは、派手な人型ロボットではない。
しかし、工場で本当に動くロボットを何十年も作り続けてきた経験である。

AIロボットの世界では、動画デモは簡単である。
難しいのは、現場で毎日動かすことだ。

止まらない。
壊れない。
安全である。
精度が出る。
保守できる。
量産できる。
顧客が使える。
投資対効果が合う。

この地味な条件を満たせる企業こそ、本当のロボット企業である。

ABB Roboticsは、その意味で、ヒューマノイド時代の「縁の下の本命」になり得る。


第4部 フィジカルAI戦略と技術基盤

12|協働ロボットとAMR――固定された腕から、動くロボット群へ

ABB Roboticsの近年の重要戦略は、二つある。

一つ目は、協働ロボットである。
二つ目は、AMR、自律移動ロボットである。

従来の産業用ロボットは、安全柵の中で高速に動く機械だった。
人間が近づくと危険であり、人とロボットは分離されていた。

しかし、製造業の現場では、多品種少量生産、変種変量生産、短い製品ライフサイクルが増えている。すべてを巨大な固定ラインにするのではなく、人間とロボットが柔軟に分担する必要が出てきた。

そこで登場したのが協働ロボットである。

ABBは2015年にYuMiを投入した。
YuMiは、人とロボットが同じ空間で働く時代を象徴するロボットだった。小型部品の組立、電子機器、検査、軽作業など、人間の近くで安全に作業することを目指した。

その後、ABBはGoFaやSWIFTIなどの協働ロボットを展開し、より幅広い用途に対応している。

もう一つがAMRである。

固定されたロボットアームだけでは、工場全体は自動化できない。
部品を運ぶ。
棚から工程へ移動する。
工程間をつなぐ。
完成品を倉庫へ運ぶ。
人やフォークリフトが行っていた搬送作業を置き換える。

この領域でABBは、2021年にスペインのASTI Mobile Roboticsを買収し、AMR領域を強化した。さらに2024年には、スイスのSevensenseを買収し、AIベースの3Dビジョンナビゲーション技術を取り込んだ。

この動きは、ABB Roboticsが「固定されたロボットアームの会社」から「工場内を動くロボット群の会社」へ変わろうとしていることを示す。

未来の工場では、次のような構図になる。

固定ロボットが溶接する。
協働ロボットが人間の横で組み立てる。
AMRが部品を運ぶ。
AIカメラが位置を認識する。
デジタルツインが全体をシミュレーションする。
ロボット管理ソフトが全体を最適化する。
人間は、判断、段取り、改善、例外処理を担う。

これが、ヒューマノイド時代の工場の現実的な姿である。


13|RobotStudioとOmniCore――ABBの本当の武器はソフトウェアにある

産業用ロボットを見ると、多くの人はロボットアームの形、速度、可搬重量に注目する。

しかし、現代のロボット競争で本当に重要なのは、ハードウェアだけではない。
制御装置とソフトウェアである。

ABB Roboticsの代表的なソフトウェアがRobotStudioである。

RobotStudioは、ロボットの動作を仮想空間で設計・シミュレーションするためのツールである。実際にロボットを設置する前に、動作を確認し、干渉を避け、サイクルタイムを最適化し、プログラムを準備することができる。

ロボット導入で最も大変なのは、ロボットを買うことではない。
現場で動くようにすることである。

作業対象物が少しずれる。
照明が変わる。
カメラが汚れる。
部品の姿勢がばらつく。
安全柵の位置が変わる。
コンベアの速度が変わる。
人間の作業者が近くを通る。
前後工程とのタイミングが合わない。

こうした現場のばらつきを吸収しなければ、ロボットは量産ラインでは使えない。

RobotStudioのようなシミュレーションソフトは、この導入難易度を下げるための重要な武器である。

さらにABBは、2024年に次世代ロボット制御プラットフォームOmniCoreを発表した。
OmniCoreは、ABB Roboticsのロボット制御を次の段階へ進める基盤であり、AI、センサー、クラウド、エッジコンピューティングとの統合を前提にしている。

これは非常に重要である。

産業用ロボットは、これまで「決められた動作を高速・高精度に繰り返す機械」だった。
しかしこれからは、ロボットが見る、判断する、補正する、学習する、他のロボットと連携する時代になる。

そのためには、ロボット本体だけでは不十分である。
制御プラットフォーム、ソフトウェア、AI連携、データ基盤が必要になる。

ABB Roboticsの本当の資産は、ロボットアームの鉄の塊だけではない。
長年の制御技術、現場データ、シミュレーション、導入ノウハウ、保守網、顧客基盤である。

数値で見るOmniCore

OmniCoreの実力は、数字にも表れている。

OmniCoreは、次世代ロボティクスへの1.7億ドル超の投資から生まれた制御基盤で、経路精度は0.6mm未満、複数台を最高1,600mm/sの高速で動かしながらこの精度を保つ。前世代コントローラ(IRC5)と比べて、動作は最大25%速く、消費エネルギーは最大20%少ない。アーク溶接、スマートフォンのディスプレイ組み立て、接着、レーザー切断といった精密用途に効く。

ハードとソフトを束ねる思想も徹底している。1つのプラットフォーム上で5種類のコントローラをカバーし、1,000を超えるハード・ソフト機能を持つ。協働ロボットやAMRも、いずれOmniCoreへ統合していく方針である。

そして象徴的なのが、旧世代のIRC5コントローラを2026年6月で生産終了(phase-out)し、OmniCoreへ置き換える点である。ABBは、世界初のマイクロプロセッサ制御ロボット(1974年)から数えてロボティクス50周年を迎えており、OmniCoreはその集大成として打ち出された。なお、IRC5の既存ユーザーには、保守部品とサービスを継続して提供する。


14|ABB×NVIDIA――RobotStudio HyperRealityが意味するもの

2026年、ABB Roboticsにとって非常に重要な発表があった。
NVIDIAとの連携である。

ABB Roboticsは、NVIDIA OmniverseをRobotStudioに統合し、RobotStudio HyperRealityとして、よりリアルなシミュレーション、合成データ生成、フィジカルAIの訓練環境を提供する方向へ進んでいる。

これは、単なるソフトウェア更新ではない。
産業用ロボットがAI時代に生き残るための中核戦略である。

なぜなら、AIロボットの最大の課題は「現実世界で学習すること」だからだ。

AIは、インターネット上のテキストや画像から学習できる。
しかしロボットは、現実世界で物に触れ、動き、失敗し、環境を理解しなければならない。

ロボットが現実世界で失敗することにはコストがある。
部品を落とす。
設備にぶつかる。
人間に危害を与える。
ラインを止める。
不良品を出す。
安全規格に引っかかる。

だからこそ、仮想空間で学習し、検証し、現実世界に持ち込む「Sim-to-Real」が重要になる。

NVIDIA Omniverseは、物理シミュレーション、3D環境、合成データ、AI学習の基盤を提供する。
ABBのRobotStudioは、産業用ロボットの現場に深く入り込んだシミュレーション・制御環境である。

この二つが結びつくと、産業ロボットのAI化が一気に進む可能性がある。

たとえば、ロボットが部品をつかむ動作を仮想空間で大量に学習する。
照明、影、部品の位置、姿勢、表面、ばらつきを変えながら合成データを作る。
ロボットの動作を仮想空間で検証する。
その結果を現実の工場に持ち込む。

これができれば、ロボット導入の時間とコストは大きく下がる。

ヒューマノイド時代において、ABB Roboticsの切り札は、人型ロボットそのものではない。
「現場で使えるAIロボットを安全に訓練し、導入する産業基盤」である。

RobotStudio HyperRealityの具体像

2026年3月、ABBはこのHyperRealityの中身を具体的に明らかにした。

RobotStudio HyperRealityは、ABBのRobotStudioにNVIDIA Omniverseのライブラリを統合し、シミュレーションと現実の差(sim-to-realギャップ)を、最大99%の一致度まで縮める。鍵は、ABBの仮想コントローラが実機と同じファームウェアで動く点にあり、これは主要ロボットメーカーの中でABBだけの特徴だとされる。さらに「Absolute Accuracy」技術と組み合わせることで、位置決め誤差を8〜15mmから約0.5mmへと縮める。

ロボットセル(ロボット・センサー・照明・部品)を丸ごとUSDファイルとしてOmniverseへ書き出し、合成データで視覚モデルを学習させ、現場に出す前にセル全体を仮想で検証できる。ABBによれば、立ち上げ・コミッショニング時間は最大80%、導入コストは最大40%削減でき、市場投入は最大50%速くなる。

提供は2026年後半を予定し、世界6万人超のRobotStudioユーザーへ展開される。先行導入として、世界最大のEMSである鴻海(Foxconn)が民生機器の組み立てで、米国のWORKRが中小製造業向けで、すでにパイロットを進めている。ABBは、NVIDIAのエッジAI「Jetson」をOmniCoreへ統合し、ロボット側でリアルタイム推論を行うことも検討している。


15|NVIDIA GTC 2026――四強がそろってフィジカルAI基盤に乗った

2026年3月のNVIDIA GTCでは、産業用ロボット4強の構図がはっきり見えた。

FANUC、安川電機、KUKA、そしてABB Robotics。この四社が、NVIDIAのフィジカルAI基盤と接続し始めている。NVIDIAの発表では、ABB Robotics、FANUC、YASKAWA、KUKAなどの産業ロボット企業が、OmniverseやIsaac系の技術を使い、仮想コミッショニング、物理的に正確なデジタルツイン、ロボット訓練、複雑な生産ライン検証を進める方向が示された。

これは、産業用ロボット業界にとって大きな転換点である。

これまでの産業用ロボット競争は、ハードウェア、制御精度、耐久性、販売網、サービス網の競争だった。もちろん、これらは今後も重要である。しかし、フィジカルAI時代には、そこに「仮想空間で訓練し、現実工場に展開する能力」が加わる。

ABB Roboticsの中核は、本記事で見てきたRobotStudioとOmniCoreである。ABBは、NVIDIA OmniverseをRobotStudioへ統合し、よりリアルなシミュレーションと合成データ生成を可能にする「RobotStudio HyperReality」を2026年後半に提供する方向にある。

ここで重要なのは、NVIDIAがロボット本体を作っているわけではないことだ。

NVIDIAは、ロボットの「脳」と「仮想訓練場」を提供する。
ABB Roboticsは、工場で実際に動く「身体」と「制御」と「現場導入力」を持つ。
ソフトバンクは、資本、Arm、AI投資、データセンター、フィジカルAI構想を持つ。

この三者が結びつくとき、欧州ロボットの本流は、フィジカルAI時代の産業基盤として、もう一度その意味を変えていく。


第5部 強み・弱み・競争

16|ABB Roboticsの弱点――成熟市場ゆえの難しさ

もちろん、ABB Roboticsにも弱点はある。

第一に、産業用ロボット市場は景気循環の影響を受けやすい。
特に自動車産業の設備投資が鈍ると、ロボット需要も弱くなる。

第二に、中国市場での競争が激しくなっている。
中国メーカーは価格が強く、開発スピードも速い。中小企業向けでは、外資大手よりも中国メーカーが選ばれる場面が増えている。

第三に、ABB Roboticsは大企業向けの高品質・高信頼モデルに強い一方、低価格・高速反復の市場では苦戦しやすい。

第四に、AI時代のロボット競争では、従来の産業用ロボットの延長だけでは不十分である。
ロボットが自分で認識し、判断し、学習し、変化する作業に対応するには、ソフトウェアとAIの競争力が不可欠になる。

第五に、ソフトバンク傘下に入った後の経営統合リスクもある。
ABB Roboticsは、スイス・スウェーデン系の産業企業文化の中で育ってきた。ソフトバンクは、AI投資と資本戦略のスピードが速い会社である。この二つの文化がうまく噛み合えば強いが、短期的な投資期待と長期的な産業品質のバランスを誤ると、現場顧客からの信頼に影響する可能性もある。

ロボットは、ソフトウェアのように簡単にスケールしない。
現場ごとに違う。
安全が必要である。
保守が必要である。
顧客の生産ラインに深く入り込む。

この「面倒くささ」を理解できるかどうかが、ソフトバンクによるABB Robotics買収の成否を決める。


第6部 未来戦略・グローバル体制・資本再編

17|未来戦略1――産業ロボットはAI化する

ABB Roboticsの第一の未来戦略は、産業用ロボットのAI化である。

これまでの産業用ロボットは、基本的に決められた動作を繰り返す機械だった。
ティーチングされた軌道を動き、決められた位置で作業する。

しかし今後は、ロボットがより柔軟に動く必要がある。

部品の位置が少しずれても対応する。
未知の物体を認識する。
ばら積み部品をつかむ。
人間の指示を理解する。
カメラや力覚センサーで補正する。
失敗から学習する。
複数ロボットが協調する。
仮想空間で訓練し、現実に展開する。

これがAI化である。

ABB Roboticsは、RobotStudio、OmniCore、NVIDIA Omniverse連携を通じて、この方向へ進んでいる。

AI化された産業ロボットは、ヒューマノイドとは違う形で、現場の柔軟性を高める。
人型ではなくても、見る、判断する、補正する、学習するロボットになれば、従来より多くの工程を自動化できる。


18|未来戦略2――AMRとロボットアームを統合する

第二の未来戦略は、固定ロボットと移動ロボットの統合である。

工場では、作業そのものだけでなく、搬送が大きな負担になっている。
部品を運ぶ。
治具を運ぶ。
半製品を運ぶ。
完成品を運ぶ。
廃材を運ぶ。

この搬送作業は、人手不足の現場で大きな課題になっている。

ABBがASTIとSevensenseを取り込んだ意味は、ここにある。
ロボットアームだけではなく、AMRを使って工場内を動く自動化システムを作るためである。

未来の工場では、ロボットアームとAMRが一体化する。

AMRが部品を運ぶ。
ロボットアームが加工機に部品を入れる。
加工後に別のAMRが次工程へ運ぶ。
AIが経路を最適化する。
デジタルツインが工場全体の流れをシミュレーションする。

ここにヒューマノイドも入る可能性がある。
ただし、すべてを人型にする必要はない。
むしろ、固定ロボット、AMR、協働ロボット、ヒューマノイドを適材適所で組み合わせることが重要になる。

ABB Roboticsは、この「異種ロボット群の統合」に強みを持てる。


19|未来戦略3――中小企業にも入るロボットへ

第三の未来戦略は、中小・中堅企業への展開である。

これまで産業用ロボットは、大企業向けの設備という印象が強かった。
導入費用が高い。
専門人材が必要。
ティーチングが難しい。
現場に合わせた設計が必要。
投資回収に時間がかかる。

しかし、人手不足は大企業だけの問題ではない。
むしろ、中小企業の方が深刻である。

中小工場では、熟練工が高齢化している。
若い人材が集まりにくい。
夜勤が難しい。
品質を安定させたい。
少人数で多品種少量生産に対応したい。

ここに、協働ロボット、AMR、簡単プログラミング、AIビジョン、シミュレーション、RaaS的な導入モデルが入る余地がある。

ABB Roboticsが今後伸びるには、大企業の大型ラインだけでなく、中小・中堅企業が使えるロボットに近づく必要がある。

これは中国メーカーが得意とする領域でもある。
だからこそ、ABBは高級路線だけではなく、導入しやすさ、価格、ソフトウェア、サポート、パッケージ化を強化しなければならない。


20|未来戦略4――ソフトバンクのAI・Arm・データセンターと接続する

第四の未来戦略は、ソフトバンクのAIインフラとの接続である。

ソフトバンクがABB Roboticsを買収する意味は、ロボットアームを売ることだけではない。
AI、Arm、データセンター、ロボティクスを接続することにある。

ロボットには、三つのコンピューティングが必要になる。

一つ目は、ロボット本体のエッジ計算である。
リアルタイム制御、センサー処理、安全制御は、ロボットの近くで行う必要がある。

二つ目は、工場内のローカル計算である。
複数ロボットの管理、映像処理、デジタルツイン、品質検査、工程最適化には、工場内サーバーやエッジAIが必要になる。

三つ目は、クラウド・データセンター側の大規模計算である。
AIモデルの学習、シミュレーション、合成データ生成、全社最適化には、大規模な計算資源が必要になる。

ソフトバンクは、Armを持ち、AIデータセンター投資を進め、AI企業への投資を拡大している。
ABB Roboticsは、現場のロボット、制御、顧客基盤を持っている。

この二つがつながれば、ソフトバンクは「AIを現実世界に下ろす」ためのルートを持つことになる。

ただし、成功条件は明確である。
AIを上から押し込むのではなく、現場の課題から逆算することだ。

現場は、AIの夢では動かない。
止まらないこと。
壊れないこと。
安全であること。
品質が安定すること。
費用対効果が合うこと。
サポートがあること。

この条件を満たした時だけ、AIロボットは現場に入る。


21|未来戦略5――産業用ロボットとヒューマノイドの棲み分け

ヒューマノイド時代に、ABB Roboticsが取るべき戦略は「人型ロボットを作ること」だけではない。

むしろ、産業用ロボット、協働ロボット、AMR、ヒューマノイドをどう組み合わせるかが重要になる。

工場の作業には、大きく四つのタイプがある。

第一は、完全に定型化された高速作業である。
これは従来型の産業用ロボットが最も得意である。溶接、塗装、パレタイジング、搬送、マシンテンディングなどは、専用ロボットの方が強い。

第二は、人間の近くで行う軽作業である。
これは協働ロボットが向いている。安全性と導入しやすさが重要になる。

第三は、工場内の移動や搬送である。
これはAMRが担う。固定ラインではなく、柔軟な物流動線が必要になる。

第四は、人間用に作られた環境での例外処理である。
ここにヒューマノイドが入る可能性がある。階段、ドア、棚、工具、既存設備など、人間の身体を前提に作られた環境では、人型ロボットに意味が出る。

つまり、ヒューマノイドは万能の代替ではない。
工場全体のロボット群の一部である。

ABB Roboticsが強くなれるのは、この「ロボット群全体の設計」である。

ロボットアームだけを売る。
協働ロボットだけを売る。
AMRだけを売る。
ヒューマノイドだけを売る。

これではなく、現場の工程を見て、最適なロボットの組み合わせを設計する。
その上で、RobotStudioやOmniCore、NVIDIA Omniverse、AIシミュレーションを使って、導入前に検証する。

これが、ヒューマノイド時代のABB Roboticsの戦い方である。


22|未来戦略6――フィジカルAI時代のデータ企業になる

AI時代にロボット企業が本当に持つべき資産は、ハードウェアだけではない。
データである。

ロボットがどのような環境で、どのような動作をし、どこで失敗し、どう補正し、どの作業が難しいのか。
この現場データこそ、フィジカルAIの学習資産になる。

インターネットAIは、テキスト、画像、動画を学習した。
フィジカルAIは、現実世界の動作データを学習する。

ここでABB Roboticsには大きな可能性がある。

ABBのロボットは、世界中の工場で使われている。
自動車、電子機器、食品、物流、医薬品、金属加工。
この現場ネットワークは、AIロボット企業にとって非常に価値がある。

もちろん、顧客データは慎重に扱う必要がある。
製造業のデータは機密性が高い。工程、品質、歩留まり、設備稼働率は企業競争力そのものだからだ。

しかし、匿名化、合成データ、シミュレーション、フェデレーテッドラーニングのような仕組みを使えば、現場データをAI改善に活用する余地はある。

ABB RoboticsがフィジカルAI時代に本当に価値を持つには、ロボットメーカーから「現場データを持つAI実装企業」へ進化する必要がある。


23|日本企業への示唆――ヒューマノイドより先に、工場AXが来る

ABB Roboticsの動きは、日本企業にとって重要な示唆を持つ。

今、日本ではヒューマノイドロボットへの関心が高まっている。
しかし、多くの工場にとって、いきなり人型ロボットを入れることが最適解とは限らない。

まず必要なのは、工場AXである。

DXは、業務のデジタル化だった。
AXは、AIを使って業務、現場、意思決定、設備、人の動きを変えることである。
工場AXとは、AI、ロボット、センサー、デジタルツイン、ERP、MES、物流、品質管理をつなぐことである。

日本の中小製造業に必要なのは、いきなりヒューマノイドを買うことではない。
まず、どの工程が自動化できるのかを見極めることだ。

搬送なのか。
検査なのか。
箱詰めなのか。
マシンテンディングなのか。
パレタイジングなのか。
品質データの収集なのか。
作業記録の自動化なのか。

そこに、産業用ロボット、協働ロボット、AMR、AIカメラ、生成AI、現場アプリを組み合わせる。
その先に、ヒューマノイドが入る工程が見えてくる。

ABB Roboticsの事例は、日本企業にこう教えている。

ロボットの未来は、人型か非人型かではない。
現場で価値を出せるかどうかで決まる。


24|グローバル生産体制――上海・スウェーデン・米国の三極と「local for local」

ABB Roboticsの強さを語るとき、見落とされがちなのが生産体制である。

ABB Roboticsは、世界に三つのロボット工場を持つ。

中国・上海。
スウェーデン・ヴェステロース。
米国・ミシガン州オーバーンヒルズ。

ヴェステロースは欧州市場を、オーバーンヒルズは南北アメリカ市場を、上海はアジア市場を担う。それぞれの地域の需要を、その地域で作って供給する「local for local」の体制である。

特に象徴的なのが、2022年に稼働した上海・康橋のメガファクトリーである。

約1.5億ドルを投じた約6.7万平方メートルの工場で、ABB自身のデジタル・自動化技術を使ってロボットを作る、いわば「ロボットがロボットを作る」拠点である。世界最大の市場である中国で、現地生産比率を高め、中国メーカーの価格・納期競争に対抗する狙いがある。

この三極体制は、地政学リスクが高まる時代に効いてくる。

米中対立、関税、サプライチェーン分断。製造業の現場では、「どこで作るか」がますます重要になっている。地域ごとに生産・開発・サービスを持つABB Roboticsは、顧客のグローバル工場展開にも、地域分散にも対応しやすい。

ソフトバンク傘下に入った後も、この三極の生産・サービス網は、ABB Roboticsの大きな資産であり続ける。

なぜなら、ヒューマノイドであれ産業用ロボットであれ、現場で動かし、保守し、供給し続ける体制がなければ、デモは現場に変わらないからである。


25|なぜABBはロボティクス部門を売るのか

ここで、大きな疑問が出てくる。

なぜABBは、世界有数のロボティクス事業を売るのか。

ABB Roboticsは、産業用ロボット4強の一角である。
歴史もある。
技術もある。
ブランドもある。
顧客基盤もある。
世界中に販売・サービス網もある。

それでもABBは、2025年にロボティクス部門をソフトバンクへ売却する契約を結んだ。

理由は、大きく三つある。

第一に、ABB本体とのシナジーが限定的になっていたことだ。

ABB本体は、電化、モーション、プロセスオートメーションを中心に、高収益で安定した事業へ集中しようとしている。特に、AIデータセンター、電力インフラ、送配電、産業電化、モーター、ドライブ、プロセス制御などは、今後も大きな成長が見込まれる。

一方、ロボティクス事業は、自動車や中国市場の設備投資に左右されやすい。景気循環の影響を受け、収益性もABB本体の他事業に比べて低く見られやすい。

第二に、ロボティクス事業が独自の成長資金と経営判断を必要としていたことだ。

ロボットの次の競争軸は、AI、シミュレーション、データ、ソフトウェア、基盤モデル、エッジコンピューティング、クラウド、半導体との統合になる。これは、従来の重電・自動化企業の枠内だけではスピードが出にくい。

第三に、ソフトバンクという買い手が現れたことだ。

ソフトバンクは、AI、半導体、データセンター、Arm、OpenAI関連投資、ロボティクス、物流自動化、フィジカルAIに巨額投資している。
そこにABB Roboticsの産業実装力が加わると、ソフトバンクのAI戦略は、デジタル空間だけでなく物理空間へ広がる。

ABBにとっては、ロボティクスを高い価値で売却し、本体を電化・自動化に集中させる選択になる。
ソフトバンクにとっては、フィジカルAI時代の「現場で動くロボット資産」を手に入れる選択になる。

これは、単なる事業売却ではない。
AI時代に、ロボット産業の主導権が再編される出来事である。


26|ソフトバンクによる買収の意味――日本資本が欧州ロボットの名門を持つ

ABB Roboticsのソフトバンク入りが実現すれば、産業用ロボット4強の資本構図は大きく変わる。

FANUCは日本企業。
安川電機も日本企業。
ABB Roboticsはスイス・スウェーデン系だが、ソフトバンク傘下へ向かう。
KUKAはドイツ発だが、中国の美的集団傘下にある。

つまり、4大産業用ロボットのうち、資本面では日本と中国の存在感がさらに大きくなる。

これは、日本にとって非常に重要である。

日本は、産業用ロボットではもともと強い国である。
FANUC、安川電機、川崎重工、不二越、デンソーウェーブ、三菱電機、オムロン、THK、ハーモニック・ドライブ・システムズ、ナブテスコなど、ロボット本体だけでなく、部品、制御、センサー、減速機、FA機器の層が厚い。

しかし、ヒューマノイドやフィジカルAIの文脈では、米国と中国の動きが目立っている。

米国は、Tesla、Figure、Agility Robotics、Boston Dynamics、NVIDIA、Skild AIなどが注目されている。
中国は、Unitree、UBTech、AgiBot、Fourier、Xiaomi、XPengなどが猛烈な速度で進んでいる。

日本は産業用ロボットでは強いが、ヒューマノイドの量産・価格競争・AI統合では、米中に比べて発信力が弱く見える。

その中で、ソフトバンクがABB Roboticsを取得する意味は大きい。

これは、単に欧州のロボット会社を買う話ではない。
日本資本が、世界の産業用ロボット4強の一角を通じて、フィジカルAI時代の入口を押さえる動きである。

ソフトバンクには、Armがある。
AIデータセンター構想がある。
OpenAI関連の大型投資がある。
物流自動化やロボティクス投資の蓄積がある。
そして、ABB Roboticsが加わる可能性がある。

これらが本当に接続されれば、ソフトバンクは「AIモデルを持つ会社」ではなく、「AIを物理世界に実装する会社」へ近づく。

もちろん、簡単ではない。
ソフトバンクは過去にPepperで苦戦し、Boston Dynamicsも手放した。
ロボットは、AIやソフトウェア以上に難しい。
現場で壊れる。
メンテナンスが必要になる。
安全規制がある。
導入コストが高い。
顧客の現場ごとに条件が違う。

それでも、ABB Roboticsは違う。
すでに世界中の工場で使われている。
顧客がいる。
サービス網がある。
現場実装の蓄積がある。

ソフトバンクにとって、ABB Roboticsは「夢のロボット」ではなく「現場で動くロボット」の入口なのである。


27|買収ステータス――契約済み・完了予定という正確な読み方

ソフトバンクによるABB Robotics買収を見る上で、最も注意すべき点は、取引のステータスである。

2025年10月8日、ABBはロボティクス部門をソフトバンクグループへ売却する契約を締結した。企業価値は53.75億ドル。ソフトバンク側の日本語発表では、取得価額は53.75億米ドル、約8,187億円とされ、取得する議決権割合は100%である。

ただし、2026年6月25日時点では、「買収完了済み」と断定するのではなく、「契約締結済みで、2026年半ばから後半の完了を見込む」と表現するのが正確である。

取引はEU、中国、米国などの規制当局承認と通常のクロージング条件に服する。欧州については2026年3月に承認が進んだことが確認できるが、中国・米国を含むすべての条件充足と取引完了については、少なくともABBとソフトバンクグループの公式発表上、本稿確認時点では「完了済み」とは断定しない方が安全である。

この一文の違いは小さく見えるが、ビジネス記事では重要である。

「ソフトバンクがABB Roboticsを買収した」と書くと、すでに完全に傘下入りした印象になる。読者には分かりやすいが、法的・会計的には不正確になる可能性がある。より正確には、次のように書くべきである。

ソフトバンクグループは、ABBのロボティクス事業を取得する契約を締結した。取引は2026年半ばから後半の完了を見込む。

また、利益指標についても注意が必要である。

ABBの公式発表では、ロボティクス部門の利益指標は「Operational EBITA margin 12.1%」である。EBITDAとEBITAは似ているが、会計上は異なる。ABB自身が用いる指標に合わせ、「Operational EBITAマージン12.1%」と表記するのが正しい。

さらに、ミシガン州オーバーンヒルズの拠点についても表現を整える必要がある。

オーバーンヒルズはABB Roboticsの米国本社・製造拠点であり、米州向けの重要拠点である。しかし、ABBグループ全体はスイス・チューリッヒを拠点とする企業であり、ABB Roboticsのグローバルな文脈では、オーバーンヒルズを「米国本社・製造拠点」と書くのが自然である。

つまり、正確に書くべきポイントは次の三つである。

買収は「契約済み・2026年半ばから後半に完了見込み」。
利益指標は「Operational EBITA」。
オーバーンヒルズは「米国本社・製造拠点」であり、ABB全体の本社ではない。

こうした細部を正すことで、記事全体の信頼性は大きく上がる。


28|ソフトバンクが取得するABB Roboticsの実像

ソフトバンクが取得しようとしているABB Roboticsは、単なるロボットアームの会社ではない。

ABB Roboticsの2024年売上は約23億ドル。従業員は約7000人。ABBグループ売上の約7%を占め、Operational EBITAマージンは12.1%だった。2025年のABB統合報告書でも、ロボティクス部門の売上は約23億ドルとされている。

同部門は、産業用ロボット、協働ロボット、AMR、コントローラ、RobotStudio、アプリケーションパッケージ、保守サービス、システム統合、デジタルサービスを含む。顧客は自動車、電子機器、物流、食品、医薬品、金属加工、一般産業に広がる。

生産体制も重要である。

中国・上海。
スウェーデン・ヴェステロース。
米国・ミシガン州オーバーンヒルズ。

この三極体制により、ABB Roboticsは「local for local」の供給網を持つ。中国向けには中国で、欧州向けには欧州で、米州向けには米州で作る。この体制は、米中対立、関税、サプライチェーン分断が強まる時代に大きな意味を持つ。

また、ソフトバンク側から見ると、ABB Roboticsは既存のロボティクス投資と接続できる。

ソフトバンクロボティクス。
Berkshire Grey。
AutoStore。
Agile Robots。
Skild AI。

これらはすべて、倉庫、物流、汎用ロボット知能、AIロボティクスに関わる資産である。そこにABB Roboticsの産業実装力が加わると、ソフトバンクは「AIモデルを持つ会社」から「AIを物理世界に下ろす会社」へ近づく。

ただし、成功は保証されていない。

ソフトバンクはPepperで苦戦した。Boston Dynamicsも一度保有し、その後Hyundaiへ売却した。ロボットは、ソフトウェア投資よりも現場の制約が重い。ハードウェアは壊れる。保守が必要である。安全規格がある。顧客の現場ごとに条件が違う。

だからこそ、ABB Roboticsの価値は大きい。

すでに工場で動いている。
顧客がいる。
サービス網がある。
システムインテグレーションの知見がある。
50年のロボット実装経験がある。

ソフトバンクが本当にフィジカルAIで勝ちたいなら、必要なのは派手なデモではない。現場で動くロボットの地味な力である。

ABB Roboticsは、その地味な力を持っている。

そして、その地味な力こそ、ヒューマノイド時代の本当の競争力になる。


29|買収完了はいつか――ソフトバンクの「Roze」構想とABBの役割

ここまで見てきたソフトバンクによる買収は、いつ完了し、ABB Roboticsはソフトバンクの戦略にどう組み込まれるのか。最後に、その見通しを整理しておく。

まず、時期である。

両社の一次発表によれば、買収(企業価値53.75億ドル)は2025年10月8日に契約が締結され、完了は「2026年半ばから後半」が見込まれている。完了には、EU・中国・米国を含む各国の規制当局の承認と、その他のクロージング要件の充足が条件となる。手続き上は、ABBがロボティクス事業を新設の持株会社に移し、ソフトバンクがその100%を全額現金で取得する形である。ABBは2025年第4四半期から、ロボティクス事業を「非継続事業(discontinued operations)」として扱い、事業領域を電化・自動化を中心とする3領域へ再編している。あわせて、長くロボティクス部門を率いてきたサミ・アティヤ氏は、カーブアウト(分離)を見届けたうえで2026年末にABBを離れるとされる。

次に、ソフトバンクの戦略の中でABBがどこに位置づけられるか、である。

孫正義氏は、ソフトバンクの使命をASI(人工超知能)の実現と掲げ、その実現に不可欠な4分野――①AIチップ、②AIロボット、③AIデータセンター、④電力――に集中投資すると公言している。買収発表で孫氏は「ソフトバンクグループの次のフロンティアはフィジカルAIだ」と述べた。AIの「頭脳」(Arm、生成AI、データセンター)に対して、現実世界で動く「身体」をどう揃えるか――その答えの一つが、世界で評価の高い「標準的な身体」であるABB Roboticsを丸ごと取り込むことだった。

そして、報道ベースで大きく注目されているのが、ソフトバンクのAIロボティクス新会社「Roze(Roze AI)」構想である。

複数メディアの報道によれば、ソフトバンクは米国でRoze AIという新会社を立ち上げ、早ければ2026年後半の米国上場(IPO)を目指しているとされる。狙いは、AIインフラ最大のボトルネックになりつつある「データセンターそのものの建設スピード」を、AIと自律型ロボットで自動化・高速化することにあるという。報道では、この新会社が、ソフトバンクの持つエネルギー・土地・インフラ関連の資産に、買収するABB Roboticsの技術基盤を組み合わせる見込みだと伝えられている。

つまりABB Roboticsは、工場の自動化にとどまらず、「AIインフラ(データセンター)を物理的に作る側」の中核ピースとしても期待されている、という見立てである。

ここは慎重に区別しておきたい。買収の金額・時期や、ASI・4分野という枠組みは、ソフトバンク自身の発表に基づく。一方で、「Roze」という新会社名や、データセンター建設の自動化、2026年後半のIPO、ABB技術の組み込みといった具体像は、現時点では報道ベースであり、確定した発表ではない。

それでも、方向性ははっきりしている。ソフトバンクにとってABB Roboticsは、単なる産業機器メーカーの買収ではなく、「フィジカルAI」という次の主戦場で現実世界を動かすための、中核的な「身体」なのである。


30|PoWa――ABBが協働ロボットを高速・高可搬へ広げた意味

2026年の追加情報として、ABB Roboticsの協働ロボット戦略にも触れておきたい。

2026年4月、ABB Roboticsは新しい高速協働ロボットファミリー「PoWa」を発表した。発表によれば、可搬重量は7kgから30kg、最高速度は5.8m/s級で、協働ロボットでありながら高い速度、長いリーチ、高いアームロードを特徴としている。

この発表は、ABB Roboticsの未来戦略を考える上で非常に重要である。

従来、協働ロボットは「安全だが遅い」「小型軽作業向け」という印象が強かった。人間の横で働くためには、どうしても速度や力を抑える必要があったからである。

しかし、工場の現場では、協働ロボットにもより高い生産性が求められている。

人間の横で動けるだけでは足りない。
一定の可搬重量が必要である。
サイクルタイムも重要である。
設置しやすく、プログラムしやすく、しかも産業用途に耐える必要がある。

PoWaは、ABBが協働ロボットを「軽作業用の便利な道具」から「本格的な産業自動化の一部」へ押し上げようとしていることを示している。

これはヒューマノイド時代にも意味を持つ。

ヒューマノイドロボットが注目される理由の一つは、人間の近くで働けることだ。しかし、人間の近くで働くという点では、協働ロボットも同じ方向を目指している。違いは、人型か、非人型かである。

工場の中には、人型でなくてもよい作業が多い。むしろ、テーブル上の組立、簡単な搬送、検査、機械へのワーク投入、箱詰め、パレタイジング補助などは、協働ロボットの方が効率的な場合も多い。

したがって、ABB Roboticsの戦略は、ヒューマノイドに正面から対抗することではない。人間の近くで働ける協働ロボットを高速化・高可搬化し、AMRや産業用ロボット、AIビジョン、RobotStudioと組み合わせることで、工場全体の柔軟性を高めることにある。

PoWaは、その方向を示す重要な製品である。


第7部 結論

31|結論――ABB Roboticsは「工場で本当に動くフィジカルAI」の土台である

ABB Roboticsは、派手な会社ではない。

FANUCのような黄色いロボットの強烈な視覚イメージもない。
KUKAのようなドイツ自動車工場の象徴的イメージも薄い。
Tesla OptimusやUnitreeのようにSNSでバズる人型ロボットでもない。

しかし、ABB Roboticsには別の強さがある。

工場で本当に動くこと。
長期間止まらないこと。
危険な作業を置き換えること。
高精度な作業を繰り返すこと。
ソフトウェアで設計し、制御し、現場に実装すること。
世界中の製造業の現場に入り込んできたこと。

これこそ、産業用ロボットの本質である。

AI時代になると、人々はヒューマノイドに注目する。
人型ロボットが歩く。
物を持つ。
会話する。
工場や家庭で働く。

しかし、ロボットが社会に入るための本当の基盤は、すでに工場の中にある。
それが産業用ロボットである。

ABB Roboticsは、その代表企業の一つである。

そして今、そのABB Roboticsがソフトバンクへ向かっている。
これは、産業用ロボットの歴史が、AI、データセンター、Arm、NVIDIA、デジタルツイン、フィジカルAIの時代へ接続される象徴的な出来事である。

ABB Roboticsは、巨大ABBから生まれた欧州ロボットの本流だった。
これからは、ソフトバンクのAI戦略の中で、もう一度その意味を変えていく可能性がある。

4大産業ロボットを語るなら、ABB Roboticsは外せない。

なぜならABB Roboticsは、ロボットを「未来の夢」ではなく、「現場で動く産業インフラ」にしてきた会社だからである。

そして次の時代、その産業インフラがAIと結びついた時、ロボットはもう一度大きく変わる。

ヒューマノイド時代に、産業用ロボットは終わらない。
むしろ、ヒューマノイド時代だからこそ、産業用ロボットの50年の蓄積が必要になる。

ABB Roboticsとは何者か。

それは、欧州の電力・自動化の歴史から生まれ、工場で本当に動くロボットを作り続け、いまソフトバンクとNVIDIAの時代に接続されようとしている、フィジカルAI時代の産業基盤である。


参考リンク・出典


ハッシュタグ

#ABB
#ABBRobotics
#ABBロボティクス
#ソフトバンクグループ
#SoftBank
#RobotStudio
#OmniCore
#HyperReality
#ASEA
#IRB6
#AMR
#YuMi
#PoWa
#ヒューマノイドロボット
#フィジカルAI
#PhysicalAI
#産業用ロボット
#工場自動化
#スマートファクトリー
#自動化
#製造業
#製造業DX
#工場AX
#AIロボット
#NVIDIA
#NVIDIAIsaac
#Omniverse
#4大産業ロボット
#FANUC
#安川電機
#KUKA

いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー