「人は、なぜ夢中になれるのか」
子どもたちは、本当にゲームが大好きです。
ラグビーよりも、勉強よりも。
休憩時間になると、昨日クリアしたステージの話や、新しいキャラクターの話で盛り上がっています。
私は、その姿を見ながら、ずっと不思議に思っていました。
「どうして、こんなに夢中になれるんだろう。」
ある年、子どもたちの間で『フォートナイト』が大流行しました。
私は最近のゲームをしたことがありません。
だから、何が面白いのか分かりません。
でも知りたかったんです。
ネットで調べました。
YouTubeを見ました。
子どもたちに教えてもらいました。
実際にプレーもしてみました。
そして、「ゲームの面白さ」をラグビーに取り入れられないか、本気で考えました。
ゲームのルールをヒントに練習を作り、
練習前に、
「今日はフォートナイトをするぞ。」
そう伝えた瞬間、
子どもたちの目が輝きました。
いつも以上に走り回り、
笑いながら挑戦し、
そのあとのラグビーも驚くほど集中していました。
「これだ。」
そう思いました。
でも、その効果は長くは続きませんでした。
2~3回すると慣れてしまう。
翌年になると、子どもたちが夢中になっているゲームはもう違っています。
ゲームの世界は、私が追いつけないほどの速さで進化しています。
私はまた、一から調べ直しました。
また子どもたちに教えてもらいました。
また考えました。
そんなことを20年間、繰り返してきました。
フォートナイトだけではありません。
子どもたちが夢中になるきっかけを探して、
本当にたくさんのことを試してきました。
去年うまくいったことが、今年は通用しない。
ある子には響いた言葉が、別の子には響かない。
100人いれば100通り。
だから私は毎年、ゼロから考えます。
「この子は、何に夢中になれるんだろう。」
でも最近、あることに気づきました。
私は子どもたちの夢中を探していたつもりでした。
でも、本当に夢中になっていたのは、
「人は、なぜ夢中になれるのか。」
その理由を探し続けることだったのかもしれません。
だから20年経っても飽きなかった。
だから毎年、新しい子どもたちに会うのが楽しみだった。
私は、まだ答えを知りません。
なぜ人は夢中になれるのか。
その答えは、今も分かりません。
でも、最近少しだけ見えてきた景色があります。
昨日の練習に、
去年、一昨年卒業した子どもたちが遊びに来てくれました。
後輩たちに優しく声を掛け、
一緒に走り、
できたことを一緒に喜んでいました。
誰かに頼まれたわけではありません。
ご褒美があるわけでもありません。
ただ自然に、
後輩たちのために動いていました。
その姿を見ながら、
私は少しだけうれしくなりました。
卒業の日、私は子どもたちに必ず伝える言葉があります。
「今日で指導は終わります。
でも、これからは君たちの指導者ではありません。
同じ仲間として、ずっと応援しています。」
ラグビーは一区切りです。
でも、
人生という新しいステージは、ここから始まります。
子どもたちは、
それぞれの場所で新しい仲間と出会い、
壁にぶつかり、
悩みながら、
また一歩ずつ前へ進んでいきます。
私は、その先を一緒に歩くことはできません。
だからこそ、
子どもたちが人生という次のステージへ進む時に、
少しでも多くのものを手渡したいと思っています。
技術だけではありません。
仲間を信じること。
挑戦すること。
誰かを応援すること。
そして、
「誰かのために動くこと。」
私は20年間、
子どもたちが夢中になる理由を探してきました。
ゲームも研究しました。
たくさんの仕掛けも考えました。
でも今は、
夢中になり続ける理由は、
もっとシンプルなのかもしれないと思っています。
人は、
自分のためだけでは、
いつか夢中が終わってしまう。
でも、
誰かの笑顔のために。
仲間のために。
家族のために。
誰かの未来のために。
そう思えた時、
人は何年経っても、
夢中でいられるのかもしれません。
だから私は、
卒業した子どもたちのことが今でも気になります。
社会で頑張っているだろうか。
誰かを支えられる人になっているだろうか。
もし、いつかその子たちが、
誰かのために力を尽くし、
「あの頃の経験があったから今の自分がある。」
そう感じる日が来たなら。
その時、
私が20年間探し続けてきた答えが、
少しだけ見えてくるような気がしています。
答えは、
私が出すものではないのかもしれません。
答えは、子どもたちの未来の中にある。
私は今日も、
その答えを子どもたちに託しながら、
新しい一年を歩き始めます。
