【第21節:A山形戦】見慣れぬ彼の居場所で─その問いの先にいたのは、私
■彼の居場所は
6月28日17時。この時、私はスタジアムシティにいた。
今日はアウェイ山形戦だ。
家でDAZNを観てもよかった。
でも誰もいない芝を前にひとり観戦するのも、何だかオツな気がした。
もう一つ、現実的な理由がある。
この試合は、ピースタに隣接するハピネスアリーナでパブリックビューイングが行われる。
おそらく、ほとんどのサポーターはそちらに行くだろう。
だからこそ、ピースタでは静かに、のびのび観られるんじゃないか──そう思ったのだ。
この直前にスタメンが発表された。
そこに、照山選手の名前はなかった。
サブメンバーだった。
予感はしていた。
──でも、期待もしていた。
私はこの試合から、彼の真価が問われると思っていた。
だからこそ、これは“今の彼の立ち位置”なのだと、静かに受け止めた。
■ “鬼門”NDスタに祈る
NDスタ。
このスタジアムの名前を聞くと、どうしても過去の記憶が頭をよぎる。
対戦成績自体は8勝9敗5分と五分に近いが、アウェイとなると話は別だ。
特に直近3年──2022年は0-2、2023年は1-5、そして昨年は2-4。
内容も含めて“完敗”の色が濃い敗戦ばかりが並ぶ。
NDスタは、長崎にとって明らかな「鬼門」だ。
──だからこそ。
新体制初陣でのアウェイ熊本戦に続く、高木体制2戦目となるこの試合で、勝ってほしいと心から願っていた。
苦手意識を断ち切るには、何より“今”が絶好のタイミングなのだ。
■私だけの観戦空間
キックオフは19時。早く着きすぎてしまった私は、時間を潰すためにカフェに入った。
何十回も読んでいる、大好きな一冊──アガサ・クリスティの別名義の小説『春にして君を離れ』を開く。
ちなみに、本の栞は、自作した彼の写真を利用したクリアカードだ。
何の気なしに作ったのだが、彼の気配を感じるには最適だと思って、本に挟んできた。
少し核心に触れるが、私の記事は、この本の構造に強く影響を受けている。
エジプトで足止めされた貴婦人が、荒涼とした砂漠で自らの人生を内省する物語。
事件も殺人もない。
けれど──その内省の果てに浮かび上がる“犯人”は、いつだって、自分自身なのだ。
この“犯人=自分自身”という構図は、私が書く記事のどこかにいつも息づいている。
まぁ、もっとも、彼を犯人にする訳にはいかないから、必然的に犯人は私になるのだが。
初めて読んだ時、クリスティが心理描写だけでここまでのミステリーを書いたことに、私は畏怖を通り越して、恐怖さえ覚えた。
しばらく物語の世界に浸かっていたが、店員さんに声をかけられた。
「すみません、18時で閉店なんです」──知らなかった。
私はブルーレモネードを慌てて飲み干し、スタジアムに向かった。
試合開始まではまだ1時間。
観戦の準備でもしようか──そう思って、スタジアムシティ内のフードウェイへ。
ここは、日本で唯一、スタジアムにスーパーのお惣菜を持ち込めるという“特権空間”だ。
その利点を、最大限活かすときが来た。
私はマグロ丼と炙りイワシを調達して、今日の観戦場所へ向かう。
目指すはメインスタンドのコンコース。
ピッチに向かって二人掛けのテーブルが並ぶ、特等席だ。
しかもこの一角は、フードコートとは反対側なので、人通りも少ない。
静かに集中できる、絶好のスポットだ。
席を確保した私は、前の柵に一昨日届いたばかりの、彼の顔がプリントされたタオルをかけた。
その周りを、そっとグッズで飾る。
即席でつくりあげた、私専用の観戦空間。
勝利を祈る、私なりの祭壇というと少し大袈裟だろうか。
──風が少し吹いた。
タオルが揺れて、まるで彼がそこにいるようだった。
私は、静かに満足していた。
■ 小さな画面と、大きな問い
18時45分にDAZNを付ける。
配信が始まった。
お互いのチームの状況の説明の後、監督インタビューだ。
山形は、長崎と同じタイミングで監督を交代していた。
しかし、横内新監督になったタイミングが長崎よりも遅かったため、今日が初陣となる。
戦術が読みにくく、難しい試合になるだろうなと感じた。
いよいよその時が近づく。
先週の熊本戦では、高木監督の初陣をもっと俯瞰で見たかった。
しかし、松澤選手と照山選手がいるベンチも気にしていたため、試合を応援するのに精一杯だった。
今日はもう少しちゃんと見よう、そう思いながらiPadの画面を見つめた。
選手入場だ。
私はタオルを掲げた。
といっても、やはり人目は気になるから、少し控えめに掲げた。
画面の中の選手たちは、写真撮影を終えて、いつもの円陣ダッシュを行っていた。
私がこの試合で注目しているのは両WBの増山選手と米田選手だ。
高木監督の3-4-2-1はWBが守備では下がり、攻撃では上がらなければならない為、とんでもない運動量が要求される。
だが、2人とタフな選手なので、私は活躍を期待していた。
■ 守備という名の新しい挑戦
長崎ボールで試合が始まる。
立ち上がりは積極的に攻め上がっている。
しかし、前半13分、一瞬、ヒヤリとした。
山形のパスワークで追い越され、長崎の選手は2人しか残っていない。
ただ、新井選手がカットし、山形が攻め上がる時間を遅らせた事で何とか凌いだ。
その時間以外は、前からの守備意識がかなり際立っている。
ただ、DAZNの解説でも言っていたが、明らかに左WBの増山選手の後ろを狙われている。
これはフォーメーションの構造と増山選手のスプリント能力の高さと攻撃参加の面から仕方ない面もある。
実際、増山選手はとんでもない運動量で幾度も攻撃のチャンスを作っていた。
その場所に通された時もあったが、江川選手初め、CBの選手と山口選手が協力して潰していた。
前半38分、待望の先制点だ。
フアンマ選手が持ち込んだボールを米田選手が彼の持ち味を示すように、ゴールに押し込んだ。
米田選手の運動量と諦めない気持ちが生んだゴールだ。
ピースタからはあちこちから歓声があがる。
どうやら思いの外、私の同志がいるようだ。
ただ、前半のアディショナルタイム、山口選手のハンドを取られ、PKで失点した。
そのままハーフタイムに突入する。
──その時、私はピースタのピッチにカウントダウンが表示されている事に気がついた。
派手な音楽とともにレーザーショーが始まる。
さすがにこれは想定外だった。
思わぬ副産物を得て、私は後半への期待に胸が高まった。
■「新たな役割」と「かつての痛み」
後半17分、交代で入った笠柳選手がすぐ仕事をした。
正確なクロスをマテウス選手に送り、そのままシュートが山形のゴールに吸い込まれた。
あっという間に大役を果たして、あまりの仕事の有能ぶりに思わず笑ってしまった。
と同時に、前回の試合をもって移籍した松澤選手と、凌ぎを削っていた笠柳選手が、結果を出した事に感慨深い気持ちになった。
後半21分、山形の選手との交錯で新井選手がももを痛める素振りをした。
私は大丈夫かなと心配になった。
──そして、そのわずか4分後、ピッチに倒れ込んだ。
その新井選手の表情が画面に映された時、これはただ事ではないと直感した。
彼はそのまま担架で運ばれ、ピッチを後にした。
代わりに入るのは照山選手だ。
私は一連の流れで彼が脳震盪で交代した、去年のアウェイいわき戦を思い出していた。
私もあの時、心臓が傷んだ。
その後の彼の運命を考えると、選手にとってアクシデントは重い。
新井選手のサポーターの気持ちを思えば、彼の登場を素直に喜ぶ事はできなかった。
──出るからには勝利を。
私は祈るような気持ちで画面を見つめた。
彼が出る前は左から、
江川選手 新井選手 櫛引選手
と並んでいた。
しかし、彼がピッチに入る事になってから、
江川選手 櫛引選手 照山選手
とわざわざ櫛引選手のポジションを変えて、照山選手を右CBに置いた。
今まで彼は3バックの真ん中で結果を出してきた。
ただ、今回の山形戦、そして一つ前の熊本戦では右CBだ。
──彼の得意である中央からの縦パスは、なりを潜めていた。
その代わり、彼の守備は驚くほど予測的で、鋭かった。
かなり前まで行って守備をしている。
後半31分、彼は相手のコーナー付近まで米田選手のカバーで守備に行った。
下平監督体制では彼がその位置にいるのは見た事がない。
後半36分、長崎のフリーキックのボールを山形に取られ、あわやカウンターというところで彼がファールで抑えた。
いつもの試合より、さらに危機意識の嗅覚が鋭くなっている。
後半39分はボランチの山口選手を追い越して、シャドーのマテウス選手の辺りまで、ボールを弾き返しに行っていた。
高木監督は選手の能力を活かす事に長けている。
おそらく、今の長崎のチームでは右の方がよい、配給は考えさせずにとりあえず守備に徹しさせる、と考えたのだろう。
それにより、守備力の向上を図った可能性は多いにある。
長崎は最後まで、全員文字通りハードワークした。
山形が古巣の、GKの後藤選手の活躍もあり、スコアは動かず、そのまま笛が鳴った。
試合が終わり、選手が整列する。
一礼した後に彼と江川選手がハイタッチしているのが映った。
お互い、左右で奮闘した者同士だ。
私はその光景を見ながら、勝利を掴んだ事に安堵した。
■勝利、その問いの先にいたのは、私
──勝った。
内容も良かった。
PKによる失点はあったものの、前からの守備もしっかりこなし、流れの中からの失点はない。
でも私は、少しだけ戸惑っていた。
今まで見ることが出来なかった、彼の新しい姿を見られたのは喜ばしい事だ。
ただ、それとは引き換えに彼の“縦パス”はなかった。
──大分戦で見たあの、鋭い、唸るような縦パス。
ビルドアップの基点となる姿は、あの場所にはなかった。
真ん中ではなく、右。
指示に忠実な守備。
それは「期待に応える姿勢」だとわかっている。
──けれど、それは「彼」なのだろうか。
いや、しかし、私が彼に惹かれてきたのは、プレーを超えた先の覚悟ではなかっただろうか。
それに、私は去年、痛感したはずだ。
目的は、彼の縦パスを見る事ではない、長崎が勝利する事だと。
──自問自答する。
ただ、勝利という「答え」の中で、
私は、答えの裏側にある「問い」にぶつかっていた。
それは、「今の彼は、幸せだろうか」という問いだった。
彼が今、置かれた場所で懸命に戦っていることはわかっている。
それでも、私は──ほんの少し、すり減ってしまった何かを、想っていた。
自らの手で、勝手に答えのない問いを生み出して、私の心は逡巡した。
……まるで、あの小説のように。
そう、「犯人」は、たいてい、自分自身だ。
──それでも、私は、彼の無言の問いに、まだ答えられてはいない。
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試合後にポータブル神棚にお供えしてから私のお腹の中へ。
今回も相変わらずの応援スタイルです。