不完全な愛が教えてくれたこと・・・【第一章】
第一章:【出逢い】
あの日、美しい文字に、心を奪われた。
一瞬のときめきが、長い時間をかけて深い記憶になる——
禁じられた関係のはじまりと、その向こうにあった感情を描いて。

私は今、61歳。
彼は、75歳になる。
彼を初めて知ったのは、私が21歳のときだった。
彼の名前と、申込書に綴られた美しい文字に、心を奪われた。
ふと心が動いた瞬間を、今でもはっきりと覚えている。
それが「不倫」だとわかっていながら、
彼との関係は40代半ばまで続いた。
何度も終わらせようとした。
葛藤も、罪悪感も、孤独も、私の中にはずっとあった。
この事実を、誰にも話さずに生きてきた。
——墓場まで持っていくつもりだった。
けれど。
人生を振り返るたび、「あの時間」をなかったことにするのは、
あまりにも不自然に感じた。
たとえ許されない恋でも、
あの時間は、たしかに私の一部だった。
あの時間があったからこそ、今の私がいる。
この気持ちに、少しずつ静かに、向き合ってみようと思う。
彼の名前を初めて目にしたのは、私が21歳の秋。
地方の銀行で働いて3年目。定期預金の窓口を担当していたある日のことだった。
渉外係が持ち帰った営業分の書類の中に、
ひときわ目を引く定期預金申込書があった。
恐ろしいほど整った、流れるような美しい文字。
苗字と名前の絶妙なバランス。
書道を習っていた私は、ずっと「文字は体を表す」と信じていた。
——この人はきっと素敵な人なんだろう。勝手にそう思った。
どんな人なんだろう。渉外係に聞いてみようかな……。
その日から、私はその名前と文字のことばかり考えるようになった。
——いつか、きっと窓口に来る。
そう信じて、毎日出勤するのが楽しみになった。
⸻
それから、どれくらい経っただろう。
ある日、南側の入り口から現れた一人の男性。
ブルー系のスーツ、ビジネスバッグ、大股で歩く姿。
田舎の小さな銀行には不釣り合いだった。
明らかに、都会の空気をまとっていた。
落ち着いた、大人の男性。
誰? 初めて見る人だ。たまたま立ち寄っただけ?
そう思っていた矢先、テラーがその名前を呼んだ。
……ウソ。
あの人……?
私はその瞬間から、彼から目が離せなくなった。
所作はすべてスマートで、そつがなく、見ていて気持ちが良かった。
「文字は体を表す」は、本当だったのかもしれない。
後ろ姿を追いながら、年齢は……40代前半くらい?
どんな仕事をしている人なんだろう……と想像がふくらんだ。
⸻
やがて、彼の素性を知ることになる。
2年前に起業したばかりの社長だった。
渉外係の営業で、サブバンクとして取引が始まったのだという。
彼の会社は順調に業績を伸ばし、やがて貸付の相談で来店するようになった。
ときには閉店後、行員通用口から、ひっそりと現れることもあった。
その距離の近さに、私はどうにかなりそうだった。
こんなにも心を揺さぶられたのは、人生で初めてだった。
もちろん、これまでにも恋はしてきた。
彼の存在を知ったときも、別の人と付き合っていた。
だけど——
彼に抱いた想いは、それまでの誰とも違っていた。
自分でも戸惑うほどに、苦しくて、どうしていいかわからなかった。
⸻
そんな日々の中、転勤の辞令が下りた。
もう、彼の姿を見られないのかと思うと、胸が締めつけられた。
でも、既婚者であることは知っていたし、これはきっと——
「もうやめなさい」と神様が言ってくれているのだと、自分に言い聞かせた。
勤務最終日。
心のどこかで、彼の来店を期待していた。
……けれど、その願いは叶わなかった。
⸻
会えなかった最後の一日が、
私の中で、終わりでなく始まりになっていた。
あなたにも、忘れられない名前や文字がありますか?
たった一瞬のときめきが、人生を変えることのあるかもしれません。
最後までお読みくださりありがとうございます。
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この記憶の旅が、
あなたの心にも静かに灯りますように——。
第二章:【運命の再会】はこちらから👇
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