【医薬品業界】メルク(MRK)vs ロシュ(ROG / RHHBY)— 事業成長力を徹底比較する
【キイトルーダの帝国vs診断×治療の二刀流 ― メガファーマの次の10年を読む】
記録日:2026年5月10日
メルク株価:約111ドル(NYSE/12月決算/US GAAP)
ロシュ株価:約50.93ドル(ADR: RHHBY、NASDAQ OTC)/約320スイスフラン(ROG.SW、SIX スイス証券取引所/12月決算/IFRS)
※両社とも12月決算であり、決算期は同一のため直接比較が可能です。
※通貨が異なります(メルクはドル建て、ロシュはスイスフラン建て。ADRはドル建て)。
※会計基準が異なります(メルクはUS GAAP、ロシュはIFRS)。
※メルクは米国のMerck & Co., Inc.(日本・欧州ではMSDとして知られる)を指します。ドイツのメルクKGaA(EMR)とは別企業です。
※ロシュのQ1 2026決算では為替のマイナス影響(スイスフラン高)があり、為替除きの実質成長率と報告ベースの数値に乖離があります。
筆者の注目ポイント
注目度:メルク ★★★☆☆ / ロシュ ★★★★☆
筆者はロシュにやや強い関心を持っています。医薬品と診断の両方を持つ世界唯一のメガファーマであり、Q1 2026では製薬部門が為替除き7%成長と堅調です。38年連続増配を続ける安定した株主還元と、肥満症・アルツハイマー・がん免疫療法の次世代パイプラインに注目しています。一方、メルクはキイトルーダの特許切れ(2028年)後の成長戦略が最大の焦点です。
① 現在の株価・バリュエーション比較
メルク(MRK)
株価:約111ドル
PER(Fwd):約12〜13倍
配当利回り:約3.5%(年間3.08ドル)
時価総額:約2,774億ドル(約42兆円)
Non-GAAP EPS(2025年通期):8.98ドル
決算期:12月(US GAAP)
ロシュ(ROG / RHHBY)
株価(ADR):約50.93ドル
PER(TTM):約20倍
配当利回り:約3.1%(年間9.80スイスフラン)
時価総額:約3,340億ドル(約50兆円)
38年連続増配
決算期:12月(IFRS)
メルクはFwd PER12〜13倍とバリュエーション面で割安に見えますが、これはキイトルーダの特許切れリスク(2028年)を織り込んだものです。ロシュはPER約20倍と製薬セクターの中では高めですが、診断事業の安定収益とパイプラインの厚みが評価されています。配当利回りは両社とも3%超と魅力的で、ロシュは38年連続増配の実績があります。
② 直近決算の比較
メルク — 2025年12月期(通期実績)およびQ1 2026
2025年12月期通期
売上高:650億ドル(前期比+1%)
KEYTRUDA/KEYTRUDA QLEX売上:317億ドル(同+7%)
GARDASIL/GARDASIL 9売上:52億ドル(同-39%)
WINREVAIR売上:14億ドル(新薬として急成長)
CAPVAXIVE売上:7.6億ドル
アニマルヘルス売上:64億ドル(同+8%)
GAAP EPS:7.28ドル
Non-GAAP EPS:8.98ドル
純利益:182.5億ドル(同+6.6%)
Q1 2026(2026年1-3月)
売上高:163億ドル(前年同期比+5%)
Non-GAAP EPS:▲1.28ドル(Sedera買収関連の90億ドル一時費用を計上)
腫瘍学とアニマルヘルスが成長をけん引
2026年通期ガイダンス:売上高の中央値を664億ドルに引き上げ
パイプラインの注目点
皮下投与型キイトルーダ(KEYTRUDA QLEX)がFDA承認を取得し、投与の利便性向上
Phase 3試験が約80本進行中
2025年中に18のPhase 3試験で良好な結果を発表
出典:Merck 2025 Annual Results(2026年2月6日)、Q1 2026 Earnings Release
ロシュ — 2025年12月期(通期実績見込み)およびQ1 2026
2025年12月期通期
ロシュは通期決算の詳細を2026年2月に発表済み
株価は過去1年で119%上昇、年初来で32%上昇
Q1 2026(2026年1-3月)
グループ売上高:為替除き+6%成長(スイスフランベースでは-5%)
製薬部門売上:115億スイスフラン(為替除き+7%)
診断部門売上:33億スイスフラン(為替除き+3%、中国除き+5%)
スイスフラン高のドルに対する為替影響がマイナスに作用
2026年12月期 通期ガイダンス
売上成長率:中一桁台(確認済み)
コアEPS成長率:高一桁台(確認済み)
配当:増配を継続する方針(9.80スイスフラン、38年連続増配)
出典:Roche Q1 2026 Earnings Release(2026年4月)、Investing.com
③ 事業構造・中期計画の比較
メルク
世界有数の研究開発型バイオ医薬品企業。がん免疫療法のキイトルーダ(ペムブロリズマブ)が全社売上の約49%を占める圧倒的な主力製品。
強み
キイトルーダは世界で最も売れている医薬品の一つ(年間317億ドル)
皮下投与型(KEYTRUDA QLEX)の承認により患者の利便性と市場拡大
WINREVAIR(肺動脈性肺高血圧症)が年間14億ドルと急成長
アニマルヘルス事業(年間64億ドル)が安定的な第2の柱
Phase 3試験が約80本と巨大なパイプライン
課題
キイトルーダの米国特許が2028年に満了し、バイオシミラー参入が見込まれる
GARDASIL(子宮頸がんワクチン)の中国売上が急減(▲39%)
Q1 2026ではSedera買収費用(90億ドル)でGAAP EPS赤字
キイトルーダ依存度の高さ(売上の約49%)がリスク集中
中期方針
キイトルーダのライフサイクルマネジメント(皮下投与、併用療法の適応拡大)
肺動脈性肺高血圧症(WINREVAIR)の世界展開
がん領域の次世代ADC(抗体薬物複合体)開発
複数の大型買収によるポートフォリオ多角化
ロシュ
スイス・バーゼルに本社を置く世界最大級のヘルスケア企業。医薬品(Pharma)と診断(Diagnostics)の2事業を持つ世界唯一のメガファーマ。
強み
医薬品+診断の統合モデルにより、コンパニオン診断からの治療提案が可能
がん領域(テセントリク、アバスチン等)、免疫領域(オクレバス)、眼科領域(バビースモ)の多角的なポートフォリオ
Q1 2026の製薬部門は為替除き+7%と堅調な成長
38年連続増配の安定した株主還元
Roche Diagnostics は体外診断薬で世界トップシェア
課題
スイスフラン高がドル建て収益を圧迫(Q1 2026はフランベースで-5%)
中国の医療価格改革による診断部門への逆風
旧来の大型製品(ハーセプチン、アバスチン等)のバイオシミラー浸食は一巡済みだが、新製品の成長速度が鍵
PER約20倍と製薬セクターでは高めのバリュエーション
中期方針
肥満症治療薬(GLP-1受容体作動薬CT-996等)の開発加速
アルツハイマー病治療薬(トラルキマブ等)のパイプライン強化
次世代がん免疫療法(二重特異性抗体、ADC)の開発
診断×治療のプレシジョンメディシン(個別化医療)の深化
④ 2社のビジネス戦略の違い
メルクとロシュは世界のメガファーマのトップ5に位置しますが、事業構造と成長戦略は明確に異なります。
事業ポートフォリオの広げ方
メルクは「ヒト用医薬品+ワクチン+アニマルヘルス」の3本柱ですが、売上の約49%がキイトルーダ1製品に集中しています。ロシュは「医薬品(Pharma)+診断(Diagnostics)」の2事業を持ち、診断が売上の約22%を占めます。この「診断×治療」の統合モデルはロシュだけが持つ唯一無二の強みであり、コンパニオン診断と治療薬の一体提案を可能にしています。
投資方針
メルクは大型M&A(Sedera、Verona Pharma、Cidara等)を積極的に実行し、キイトルーダの特許切れ後に備えたポートフォリオの多角化を急いでいます。ロシュは自社の研究開発に重点を置きつつ、肥満症や神経科学など新領域への展開を加速。買収より社内パイプラインの充実を優先する傾向があります。
市場開拓の方向性
メルクは北米市場でキイトルーダの適応拡大を推進し、中国ではGARDASILの回復が課題です。ロシュは欧州・北米を基盤に、中国での診断事業の価格改革に対応しつつ、グローバルでバイオシミラー後の新製品の立ち上げを加速しています。
この違いは、メルクが「キイトルーダの特許切れという明確なリスクに対する時間との戦い」、ロシュが「診断と治療の統合モデルで着実に次世代の柱を育てる安定成長」という異なる成長ストーリーに帰結します。
⑤ 今後3年間の事業環境シナリオ
※あくまで事業環境の整理であり、株価予測ではありません。
追い風シナリオ
がん免疫療法の市場拡大が続き、新しい適応症や併用療法の承認が相次ぐ
GLP-1受容体作動薬(肥満症治療)の市場が爆発的に拡大
メルクへの影響: キイトルーダの皮下投与型が普及し、特許切れ前の売上ピークを押し上げ。WINREVAIR・CAPVAXIVEが第2・第3の柱として成長
ロシュへの影響: 肥満症治療薬のパイプラインが成功し、大型製品に成長。アルツハイマー治療薬の承認でポートフォリオが一段と厚みを増す
基本シナリオ
がん治療の進歩は継続するが、価格圧力も強まる
キイトルーダのバイオシミラー参入(2028年以降)の影響が徐々に顕在化
メルクへの影響: 2028年までは堅調だが、それ以降の売上減少を新製品で完全に補えるかが不透明。EPS成長率は鈍化
ロシュへの影響: 中一桁台の売上成長と高一桁台のEPS成長を維持。診断事業の安定がグループ全体の下支え
逆風シナリオ
薬価引き下げ政策の強化(米国IRA、欧州の参照価格制度)
大型パイプラインの治験失敗
メルクへの影響: キイトルーダの売上減少を補う製品が育たず、2028年以降にEPSが大幅減少するリスク
ロシュへの影響: 肥満症・アルツハイマーのパイプライン失敗で成長期待が剥落。ただし診断事業のストック型収益が緩衝材に
⑥ 筆者がロシュに注目する理由
1. 「診断×治療」の唯一無二のビジネスモデル
ロシュはメガファーマの中で唯一、医薬品と体外診断薬の両方を世界トップレベルで展開しています。コンパニオン診断で患者を特定し、自社の治療薬を提供する一体モデルは、プレシジョンメディシン時代の構造的な強みです。
2. 38年連続増配の安定した株主還元
配当は年間9.80スイスフラン(利回り約3.1%)で38年連続増配中。これはメガファーマの中でも屈指の株主還元実績であり、長期保有の安心感があります。
3. 次世代パイプラインの多様性
肥満症治療薬(GLP-1受容体作動薬)、アルツハイマー病治療薬、次世代がん免疫療法と、複数の大型パイプラインを並行して進めています。1製品依存のメルクと比較して、「打席数」の多さがリスク分散になっています。
逆の見方・反論ポイント
メルクのFwd PER12〜13倍はロシュのPER約20倍より大幅に割安であり、キイトルーダの特許切れリスクが過度に織り込まれている可能性がある
キイトルーダの皮下投与型(KEYTRUDA QLEX)はバイオシミラーとの差別化要因となり、特許切れ後の売上減少を緩和する可能性
メルクのWINREVAIR(年間14億ドル)やCAPVAXIVE(年間7.6億ドル)は急成長中であり、次の柱が着実に育っている
メルクの配当利回り約3.5%はロシュの約3.1%を上回り、インカム面で魅力的
ロシュはスイスフラン建てのため、為替リスク(特にスイスフラン高)が円建て・ドル建て投資家にとって追加リスク
⑦ 両社の競合マップ(6社)
直接競合(2社)
ブリストル・マイヤーズ スクイブ(BMY) — がん免疫療法「オプジーボ」でキイトルーダと正面から競合。多発性骨髄腫(レブラミド後継)、心血管領域でもメルク・ロシュと競合。
アストラゼネカ(AZN) — がん領域(タグリッソ、イミフィンジ)でメルクのキイトルーダと適応症が重なり、ADC(エンハーツ、Daiichi Sankyo提携)でロシュの次世代がん治療パイプラインと競合。
広義の競合(2社)
ノバルティス(NVS) — スイスの同郷ライバル。心不全(エンレスト)、乳がん(キスカリ)、遺伝子治療で事業領域が一部重なる。診断事業は持たないが、精密医療への投資を加速中。
イーライリリー(LLY) — 肥満症治療薬(マンジャロ、ゼップバウンド)で爆発的な成長を遂げ、ロシュの肥満症パイプラインの最大の競合。がん領域でもメルクと競合する製品を開発中。
海外 or 代替競合(2社)
アッヴィ(ABBV) — ヒュミラ後のポートフォリオ再構築で免疫・がん領域を強化中。スカイリージ、リンヴォック等の成長が著しく、メルク・ロシュと治療領域で競合。
第一三共(4568) — ADC(エンハーツ)で世界的に注目される日本の製薬企業。アストラゼネカとの提携でグローバル展開を加速しており、がん領域でメルク・ロシュの次世代パイプラインと競合する存在。
※あくまで事業環境の理解を補助する目的であり、他銘柄の推奨ではありません。
⑧ 共通のリスク要因
薬価引き下げ政策の強化(米国IRA、欧州の参照価格制度)
大型製品の特許切れ・バイオシミラー参入
大規模臨床試験の失敗リスク
為替変動リスク(ドル、スイスフラン、新興国通貨)
規制当局の承認遅延や安全性懸念
米中貿易摩擦が医薬品・診断のサプライチェーンに与える影響
新興のバイオテク企業やAI創薬によるディスラプションリスク
⑨ 読者の関心軸別まとめ
※特定の投資行動を推奨するものではありません。
成長性重視: ロシュは肥満症・アルツハイマー・次世代がん免疫療法のパイプラインが豊富で、中長期の成長ドライバーが多い。メルクはキイトルーダの特許切れ(2028年)後に成長率が鈍化するリスクがあり、次世代製品の立ち上がり速度が鍵
安定性重視: ロシュの「診断+治療」モデルは事業分散の観点で優れ、38年連続増配の実績が安定感を裏付ける。メルクもアニマルヘルス事業が安定的な第2の柱だが、キイトルーダへの依存度の高さが安定性を損なうリスク
配当重視: メルクの配当利回り約3.5%はロシュの約3.1%を上回る。両社ともメガファーマとして安定した配当実績がある
バリュー重視: メルクのFwd PER12〜13倍はロシュの約20倍より大幅に割安。ただし割安な理由(キイトルーダ特許切れ)が明確であり、その評価の正当性は投資家の見方次第
記録データ
メルク(MRK)
株価:約111ドル
PER(Fwd):約12〜13倍
配当利回り:約3.5%(年間3.08ドル)
時価総額:約2,774億ドル
2025年12月期 売上高:650億ドル(前期比+1%)
2025年12月期 KEYTRUDA売上:317億ドル(同+7%)
2025年12月期 GARDASIL売上:52億ドル(同-39%)
2025年12月期 Non-GAAP EPS:8.98ドル
Q1 2026 売上高:163億ドル(前年同期比+5%)
2026年通期ガイダンス 売上高中央値:664億ドル
Phase 3試験:約80本進行中
ロシュ(ROG / RHHBY)
株価(ADR):約50.93ドル
PER(TTM):約20倍
配当利回り:約3.1%(38年連続増配)
時価総額:約3,340億ドル
Q1 2026 製薬部門売上:115億スイスフラン(為替除き+7%)
Q1 2026 診断部門売上:33億スイスフラン(為替除き+3%)
Q1 2026 グループ売上成長:為替除き+6%
2026年ガイダンス:売上 中一桁成長、コアEPS 高一桁成長
年間配当:9.80スイスフラン/株
数値の出典
Merck 2025 Full-Year Financial Results(2026年2月6日)
Merck Q1 2026 Earnings Release
TradingView MRK
Roche Q1 2026 Earnings Release(2026年4月)
Investing.com Roche Holding ADR(RHHBY)
Yahoo! Finance RHHBY
Digrin.com ROG.SW Dividend History
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重要事項
本記事は特定の金融商品の売買を推奨するものではなく、投資助言に該当するものでもありません。記事中の情報は記録日時点のものであり、最新の情報と異なる場合があります。投資判断はご自身の責任において行ってください。記載された数値やデータの正確性について万全を期しておりますが、その完全性を保証するものではありません。通貨が異なるため(ドル/スイスフラン)、金額の直接比較には注意が必要です。メルクQ1 2026のGAAP EPSはSedera買収関連の一時費用を含むため赤字ですが、Non-GAAPベースでは事業は堅調です。
おまけ:今日のひとこと用語解説
バイオシミラー って何?
「ジェネリック医薬品」のバイオ医薬品版です。普通の薬(化学合成薬)のジェネリックは成分がまったく同じコピーを作れますが、バイオ医薬品は生きた細胞を使って作るので、完全なコピーは作れません。「そっくりさん(シミラー)」なので「バイオシミラー」と呼ばれます。キイトルーダのような大型バイオ医薬品の特許が切れると、このバイオシミラーが登場して価格競争が起き、元の薬の売上が減ります。メルクのキイトルーダは2028年に米国特許が切れるため、その後のバイオシミラー参入がメルクの最大の経営課題です。
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