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深夜、最推しのラジオを聴いたら「我が子を食らうサトゥルヌス」になってしまった話

 私には「最推し」と呼ぶ人がいる。
 忘れもしない2018年の夏の出会いからそろそろ8年が経とうとしている。
 平日休みの昼間から幼馴染と宅飲みしている時に紹介されたゲーム実況動画。ただ、動画について彼女が大雑把に語った説明には問題があった。
 「兄弟でやってるゲーム実況ユニットだよ」。

 後に私は混乱することになる。その人たちの動画を観ていると「兄弟じゃない人」が登場してしまうためだ。
 「じゃない人」、彼こそが私の現在の「最推し」である。

 そこから転げ落ちる、というよりもバンジージャンプ並みの垂直落下という方が正しいハマり方をした。夏の宅飲みから約3ヶ月後、また幼馴染に会った時には私の方が件のゲーム実況ユニットと最推しの彼に詳しくなっていた。

 元々私はプププランドやカントー地方の住人なのに、彼のやっている硬派なFPSゲームがやりたくなり突然ハードごと入手しサブマシンガンを抱えてニュークタウンに移住したり、彼の「日本でも盛り上がってほしいね」というふとした呟きを勝手に天啓のように感じ海外の家庭用ダンスゲームの実況動画をYouTubeに1300本以上投稿したり、拗れに拗らせて副業に推し活を絡め、彼モチーフのアフタヌーンティーを紅茶のコンテストに出したり。列挙した奇行はほんの一部だ。何か何か何か、しないと苦しい。屁理屈でも彼を絡めた発散をしないと胸が痛いくらいに苦しい。そしてそれが途方もなく楽しかった。
 自分でもよくわからないありとあらゆる方法で愛情の発散をしているといつの間にか7年以上の時が経ち、彼は昨年ユニットから独立して、先月「4月よりラジオで初の冠番組が開始します」との発表をした。

 数年前、ある友人が「『知りたい』と思う気持ちは大きな愛情だけど、行き過ぎると『暴く』、という愛とはかけ離れたものになってしまう」といった旨のことを呟いていた。
 私はこの言葉に強く共感した。どんなに好きでも彼が配信や動画で語る以上のことは積極的に調べなかった。何せ、同じボスに3時間貼り付いてずっとパリィしているような人だ。目の前のゲームに向き合い、ある時は銃である時は刀である時は大太刀である時は弓である時はほぼ己の拳のみで、でっっけぇ敵や信じられない程の強敵と対峙するプレイヤーとしての彼が大好きだ。私は配信を観ている時、コメント欄は表示させない。申し訳ないが私にとってはノイズになってしまうから。自分でスパチャを投げる時も金額に関わらず基本的には「スパチャ失礼します」だけしか書かない。余計な情報のやりとりは必要ではない。彼がゲームと向き合うのと同じくらいの情熱で、私は彼の配信に向き合いたかった。彼自身のあまりに個人的なことを知りたがるのはそれ自体が野暮だしちょっと卑しいんじゃないか、とさえ思っていた。

 さて、先日初回が放送された彼のラジオの話に戻そう。彼に対する質問のコーナーがあった。

 『異性のつい目がいってしまうポイントや仕草はありますか?』

 「僕、太ももにいきますね
 「まず、腿から行ってそのままふくらはぎ行きーの、からの上に行きますね、視線が

 脳が内側からグラグラするような感覚に陥った。その後もプライベートな内容の質問への回答が続いた。神様が下界に降りてきて、急に内臓をさらけ出しはじめた、と感じた。なのに私の口角は大いに上がっていた。
 もちろん彼が45歳の男性ということは知っている。しかし顔は公開していないためアイコンとしてのイメージビジュアルが私にとっての彼の顔だ。彼を彼たらしめる大部分は特徴のある声とその『顔』代わりのイラストだから、どうしてもキャラクターやコンテンツに近い感じ方をしてしまう。それが急に45年生きてきた男性の内側を浴びてしまった。私はそれを生温かい血肉と感じた。推しは実在する。当たり前だ。だけど、すごい、推し実在する、しかも東京都に住んでるんだもんな、この約22万平方km以内に。そこまで遠くない空の下に存在している。鼓動が速くなり呼吸が浅くなる。

 深く敬愛するコンテンツの「生」の部分を不意に食らったら嫌になることもあるのかもしれない。
 しかし私に沸き上がった感情はこの上ない喜びだった。
 「これが知りたかったんだろう」、とでも言うように彼本人の手によって急激に頭から浴びせられた「生」の情報が美味しくて美味しくて仕方なかった。そしてコアな情報に対する飢えを自覚してしまった。余計な情報はいらない、なんて過去の私は澄ました顔をしていただけだった。

 ラジオ放送が終わった深夜2時30分、私は会員限定コンテンツの再生ボタンを即タップした。
 その時私はゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』みたいな顔をしていたと思う。少なくとも心象風景はそれだった。私は「知りたい」を刺激され、「知りたい」に抗えずヒトの形を保てないバケモノになっていた。サトゥルヌスと大きく違うのは目の前のモノを貪る理由が恐怖ではなく欲望だということだ。私の方が性質が悪い気さえする。
 
「『知りたい』と思う気持ちは大きな愛情だけど、行き過ぎると『暴く』、という愛とはかけ離れたものになってしまう」。
 私が『暴く』に該当すると思っていた部分が、本人によって公開されている。しかもラジオ放送はまだ第一回目を終えたばかりだ。これから恐らくもっと深い情報を聴くことができるだろう。それに比例して私はぶくぶくと肥えたバケモノになっていくのかもしれない。
 ただ、本人から公式にお出しされた情報は胸を張って食らい尽くさせていただく。私はこれから配信を観るのに加えてラジオで開示される情報を貪るバケモノとして生きていく。ラジオのアーカイブも擦り切れるほど聴くと思う。データなのに擦り切れるほど。
 私の自認はもう、清く正しく野暮で卑しいバケモノですから。

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