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部下の昇格が止まるのは、評価力の問題じゃない。昇格基準が設計されていないだけだ。



はじめに

昇格させたい部下がいた。
仕事の質は高い。
周囲への影響力もある。
チームに欠かせない存在になっていた。
「この人を上げたい」と思った。

だが、上申できなかった。

理由を聞かれたとき、答えられなかった。
「なぜ今期か」
「他の候補者と比べてどう優れているか」
「昇格後に何が変わるか」
これらの問いに、根拠のある答えを持っていなかった。

印象はあった。確信もあった。
だが言語化できなかった。
結果として、その部下は昇格しなかった。
翌年、離職した。

問題は評価力ではなかった。
昇格基準が設計されていなかったことだ。


結論

部下の昇格が止まる原因は、管理職の評価力不足ではない。
昇格基準・昇格に向けた育成設計・上申の根拠構造、この3つが存在しないことが原因だ。

「この人を上げたい」という直感は正しいことが多い。
問題はその直感を、組織が納得できる根拠に変換できないことだ。

根拠に変換できない理由はシンプルだ。
「昇格とは何か」を言語化していないから、観察も育成も上申も設計できない。

昇格は「感じ」ではなく「設計」だ。


第1章 なぜ昇格は「感情論」になるのか

昇格の議論は感情論に引っ張られやすい。

「あの人は頑張っている」
「チームに貢献している」
「長く勤めているから」
「そろそろ上げないとモチベーションが下がる」

これらは全員が「なんとなく正しい」と感じる言葉だ。
だが昇格の根拠にはならない。

なぜ感情論になるのか。
理由は一つだ。
昇格基準が言語化されていないからだ。

言語化されていない基準は、人によって解釈が変わる。
「頑張っている」の意味が管理職Aと管理職Bで違う。
「貢献している」の定義が評価者によって異なる。

結果として昇格会議は、各評価者が自分の「感じ」をぶつけ合う場になる。 声が大きい人の候補者が通る。
根拠が言語化できる人が勝つ。
部下の実力とは別の力学で昇格が決まる。

これが「あの人がなぜ昇格したのかわからない」という状態の正体だ。
実力がないのではなく、基準が共有されていないだけだ。

感情論を排除するには、基準の言語化しかない。
言語化された基準があれば、感情論は「基準に照らすと」という一言で置き換えられる。

もう一つの問題がある。
昇格の感情論は「昇格させたい人」と「昇格させたくない人」の両方向に働く。

「この人は昇格させたい」という好意的な感情は、実力の過大評価につながる。
「この人はまだ早い」という保守的な感情は、実力の過小評価につながる。 どちらも組織にとって損失だ。

基準がない状態では、評価者の感情が結果を左右する。
優秀な人が見落とされ、評価者に好かれた人が通る。
長期的に見ると、この構造は組織の質を下げる。昇格の感情論は組織設計の問題だ。


第2章 昇格基準の3軸

機能する昇格基準は3軸で構成される。

① 現職位での完全遂行(できて当然の土台) 現在の職位で期待されていることをすべて満たしているか。
ここが満たされていない状態での昇格は、双方にとって不幸な結果になる。
「昇格させて伸びるだろう」という期待で昇格させると、昇格後に機能しないケースが多い。
昇格は「できるようになったから上げる」であり「できるようになるために上げる」ではない。

② 上位職位の行動実績(すでにやっている証拠) 昇格後に求められる行動を、昇格前からすでに実践しているか。
「昇格したらやります」ではなく「昇格前からやっている」人を上げる。
これが最も再現性の高い昇格基準だ。

チームリーダーへの昇格なら、リーダーとしての行動実績が現職中にあるか。
「後輩を自発的に育てた」「チームの課題を自分ごととして動いた」「上司不在時に判断して動いた」 これらは役職なしに発揮できる行動だ。
発揮していない人を昇格させても、昇格後に同じ行動は出ない。

③ 上位職位への適応可能性(環境変化への耐性) 昇格後の環境変化(責任の重さ・視点の高さ・関係者の広がり)に対応できる素地があるか。
新しい役割での学習速度・曖昧な状況での判断力・プレッシャー下でのパフォーマンスを観察する。

この3軸が揃っている候補者の昇格上申は、根拠が明確で通りやすい。
どれかが欠けている場合は、その軸をどう補強するかが育成設計の課題になる。


第3章 昇格候補者の「見極め方」

昇格候補者の見極めは、印象ではなく観察の設計で行う。

よくある間違いは「評価期間の終わりに振り返る」設計だ。
期末に「あの人はどうだったか」と考えても、記憶は印象で上書きされている。
最近のエピソードが過大評価され、半年前の行動は薄れる。

観察は日常的に記録する設計にする。

観察すべき4つの行動場面

  1. 判断を求められた場面 上司不在・指示なし・曖昧な状況で、どう判断して動いたか。 「待った」か「動いた」か、動いた場合の判断の質。

  2. 後輩・同僚への関与 自発的に後輩をサポートしたか。困っているメンバーを助けたか。 求められてからではなく、自ら動いたかどうかが重要だ。

  3. 失敗・問題への対処 問題が起きたとき、早期に報告・共有したか。原因を自分ごととして分析したか。 失敗時の行動は、上位職位での素地を最もよく示す。

  4. 視点の高さ 自分の担当範囲を超えた発言・行動があるか。 「チームとして」「部署として」という視点で考えている発言が出るか。

この4場面を観察し、記録する。
記録がなければ根拠にならない。
手帳・メモアプリ・Excelどれでもいい。
「この日、こう動いた」という事実を蓄積する。

記録が3ヶ月分溜まった時点で、昇格基準の3軸と照合する。
照合できれば上申の材料になる。
できなければ育成の課題が見える。

記録の運用で起きやすい失敗

「記録しようと思ったが続かなかった」は最もよくある失敗だ。
記録の習慣を作るには、観察を「タイミング」に紐づける。
週次の1on1の後に5分で記録する。月末のチーム振り返り時に記録する。
独立した作業時間を確保しようとすると続かない。
既存の業務の直後に紐づけると続く。

また、記録する対象を「良いこと」だけにしないことも重要だ。
「詰まった場面」「判断が遅れた場面」「フォローが必要だった場面」も記録する。
育成課題として昇格基準の3軸と照合するためだ。
良い場面だけ記録すると、上申根拠は充実するが育成課題が見えなくなる。

記録の粒度は「日付・場面・行動・結果」の4点で十分だ。
長文は続かない。
箇条書き1〜2行で記録を蓄積する。


第4章 なぜ管理職は昇格設計をしないのか

昇格設計が進まない理由は3つある。

1つ目、昇格は「人事が決めること」だと思っている。
昇格の最終決定は人事・経営層だ。
しかし昇格候補者の育成と上申は現場管理職の仕事だ。
「人事が決めること」と「現場管理職がやること」の境界を混同している管理職が多い。
現場管理職の役割は「昇格に値する人材を育て、根拠を持って上申すること」だ。

2つ目、昇格基準を自分が持っていない。
「何ができれば昇格か」を管理職自身が言語化できていない。
言語化できていなければ、育成の方向性も定まらない。
「なんとなくあの人は昇格しそう」という感覚はあっても、根拠に変換できない。

3つ目、昇格させることへの心理的抵抗がある。
「昇格させると自分の仕事が増える」
「優秀な人がいなくなる」
「昇格後に失敗したら自分の責任になる」
これらの心理的コストが昇格の後押しを妨げる。
しかしこの抵抗を放置すると、昇格できない優秀な人が離職する。
チームの質が下がる。
長期的なコストは大きい。

昇格設計は「部下のため」であると同時に「チームを持続させるための管理職の仕事」だ。
設計を怠ることは、チームの劣化を放置することだ。


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第5章 昇格に向けた育成設計

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