「君のクイズ」と僕のライブ
フォーメーションで曲当てるのだけはピカイチ。
特にいらないし、何にも役立たない特技。地下アイドルオタクのかべのおくです。
こないだ、とあるアイドルのブログをきっかけに「君のクイズ」という映画を観に行きました。「話題を作ったら、推しと仲良くなれるかな〜」という浅はかな理由からです。
結果として僕は、僕の人生を見直す羽目になりました。
この作品が提示する「クイズとは人生である」というメッセージは、拡大解釈すると僕のオタクとしての姿勢にも当てはまります。つまり、「ライブとは人生である」ということです。
というわけでこのnoteでは、映画・小説版の「君のクイズ」の感想と、それを受けて考えたこと、すなわち「僕のライブ」について話します。
※ここから先は、「君のクイズ」の映画版、小説版のネタバレを含みます。
感想:君のクイズ
前提として、僕は原作の小説を読み終えたその日に映画を観たため、原作との違いにとてつもなく敏感な状態だった。ここではそんな僕が気になったというか「おっ!」と思った点を幾つか述べてゆく。
まず、映画と小説で大幅に改変されたストーリーに触れなくてはならない。小説は三島が一人で、「なぜ、本庄絆はクイズ番組の最終問題に、ゼロ文字で正解できたのか?」の謎を解明する流れで、所々で三島自身の回想や、本庄の弟の語りによって2人の過去に迫ってゆく。一方で映画では検証番組が企画され、三島と仲間のクイズプレイヤー達や観客が協力しながら謎に迫ってゆくという流れだった。生放送の時間内に番組内で謎を解き明かす、という設定が追加されたことで、ストーリーにハリが生まれていたように感じる。
演出的な面白さで言えば、「読ませ押し」や「確定ポイント」などのクイズ独特の技術や用語を、読み手の口元のアップやアニメーションが映し出されたり、シナプスが走りながら選択肢が絞られる様子が示されており、ここは映像化されたがゆえの醍醐味だった。また、積み上げた知識や経験を活かして芸術的な回答を魅せる三島と、圧倒的な記憶力で難問を力ずつで奪い取る本庄という思考パターンの表現の違いも興味深かった。
そして、もっとも印象的だったのは構成の変更点、小説と映画では問題の順番が入れ替わっていたことである。具体的には「3月8日、世界女性デーに贈る花は?」という問題に、三島は「ヒマワリ」と誤答する(正解はミモザ)。このあと、三島が、当時付き合っていた恋人と別れるきっかけとなった回想シーンが挟まる。三島は記憶の中に残っていた、ヒマワリ柄の傘に引っ張られて誤答してしまったのだ。クイズプレーヤーは超人的な記憶力を持っているのではなく、自分達が生きてきた人生の中から回答を探している、ということを表す場面である。
そして、小説では中盤に出題されていた「Undertale」のクイズは、映画版では出題されることの無かった最終問題に変更されている。これによって「最後の2問は、三島と本庄の感情を最も揺さぶるクイズが用意されていた。それを予期していた本庄は、出題者が口を閉じたのを見て、『ママ.クリーニング小野寺よ』であることを確信した」という、スッキリとしたストーリーにまとまっていた。
個人的に、小説版の終わり方は納得感が薄く、少し気分が悪かった。これは本が主体的なメディアだから許されているわけで、映画とするにはもっと腹落ちのゆく結論が必要なわけであって、その意味ではとても意味のある改変だったと思う。
総じて、映画は原作に忠実な作品というわけでは無かったが、全体的に地味なストーリーの小説を、映画としてどのように迫力あるように観せるか?という、ある意味正解の無い「クイズ」に対する一つの回答だったと思う。ただ、週刊誌記者やYouTuberなど、無駄に登場人物を追加している(しかもキャスティングが必要以上に豪華)のに、彼らがあまりにも我を出しすぎていて、作品の良さを潰しているなと感じた場面は各所にあった。この辺りはシネコンで上映され、動員を集める必要がある「大きな映画」を作るためには仕方なかったのかなと感じる。現実は、クイズのようにスッキリした正解は存在しないものなんだと思う。
考察:僕のライブ
さて、ここからは小説を読み、映画を観た上で、僕が考えたことです。
本作で主人公は、付き合っていた彼女(桐崎さん)と別れた後、初めてクイズ大会に参加したときのことを次のように振り返ります。
「ピンポン」という音は、クイズに正解したことを示すだけの音ではない。解答者を 「君は正しい」と肯定してくれる音でもある。
僕が桐崎さんと出会っていなかったら、彼女と同棲をしていなかったら、僕は『響け!ユーフォニアム』の問題に正解することはできなかった。
君は大事なものを失ったかもしれない。でも、何かを失うことで、別の何かを得ることもある。君は正解なんだ――クイズが、そう言ってくれているみたいだった。
僕は翌週からクイズ大会に復帰した。それまで以上にクイズに対して真剣に取り組んだ。僕にとってクイズをすることの一番の魅力は、クイズが僕の人生を肯定してくれることにあった。どんな人生であれ、それが間違いではなかったと背中を押してくれることにあった。
(中略)
クイズに正解するということは、その正解と何らかの形で関わってきたことの証だ。 僕たちはクイズという競技を通じて、お互いの証を見せあっているーーそんなことを考える。
本作ではこのように、クイズに正解することは人生に肯定することであると語られます。積読チャンネルの飯田さんはこの主張を自身の読書となぞらえて「本を面白く読めるのは面白く読める人生を俺が歩んできたからなのでは?」と考察します(2025年10月6日配信回より)。僕はライブを観ている時もこれと同じだなと感じました。つまり、僕がライブを楽しんだり、感動したり出来るのは、僕がそう思える人生を送ってきたからなのです。
僕のよくライブを見るグループに、かすみ草とステラがあります。近年、メンバーの卒業・加入が相次ぎ、入れ替えが進んでいるかすテラですが、そんな中で気になった存在が、3期生の立花杏さんです。
夢でも会いたいな〜🐑💭ྀི pic.twitter.com/YHGq1gXwyS
— 立花 杏 { かすみ草とステラ } (@Kastella_ann) May 18, 2026
僕が初めて立花さんを見つけたのはTIF2025のステージ。青春をテーマにしたグループの中でも一際はつらつとしたパフォーマンスを見せており、「あの子、ステージの上でずっとニコニコしてるなあ」と、気づけば何かと目に止まるようになっていました。
3期生がグループに加わって初めての夏を過ごして秋を過ぎるころ、チェキを何枚か撮り会話を交わす中で、僕はだいぶ彼女に肩入れするようになりました。そのうえで気になったのは、「歌割り、もうちょっと増えないかなあ…」ということです。そもそもかすテラはメンバー数が常に10人前後のグループで、1人あたりのソロ歌唱パートはあまり多くありません。そのなかでも、歌もダンスも未経験の立花さんは遅れを取っていたように見受けられます。「果たしてこの扱いで、彼女のモチベーションが続くだろうか?」と不安を覚えつつも、オタクとしては何もしてやれないことに歯がゆさを感じていました。
2025年12月28日、duo MUSIC EXCHANGE。
その日は2期生の本田香澄さんと高実心花さんが卒業した後の最初のライブでした。かすテラ新体制の船出を見届けたいという思いもありましたが、卒業した2人のパートを誰が引き継ぐのか?がよっぽど気になっていました。本田さんも高実さんも高い歌唱力を持ち、楽曲の重要なパートを沢山任されていたからです。しかし、経験のある同期や先輩がその席を埋めてゆくなか、立花さんの歌割りはあまり増えておらず、僕は少しずつ心が萎んでゆくのを感じました。
ライブ終盤、最後に歌われたのはグループの代表曲である「青より青く」。2サビ終わり、下手の一番端で歌っていた立花さんが、間奏途中でステージのセンター後方に回り込んでくるのが目に映ります。世界が突然スローモーションになり、永遠にも感じられる刹那の中、立花さんがマイクを口元に持ってゆくのが見えました。
いつだって思い出は
キレイなまま焼き付いて
僕は思わずこの日一番の大声で「杏ちゃん」コールをしていました。立花さんに(おそらく)初めて割り当てられたソロパートは、グループにとってもっとも大事な曲の、もっとも大事なパートだったのです。
たぶん、かすテラをよく知らない、立花杏を知らないオタクからすれば「ああ、新しい子がソロを受け継いだんだなあ」とだけ受け取ったでしょう。しかし僕からすれば、それまでの無力感に苛まれていた日々も全てが報われた思いでした。「これまでの日々や、味わっていた悔しさも、無駄じゃなかったんだな」と感じました。
残念ながらライブはクイズと違い、毎回のライブで正解が見つかるわけではありません。しかし時折、自分の経験と目の前のライブが重なる「確定ポイント」がやってきます。そこに対して正解を出せたとき(前の例なら、正しいタイミングで推しメンのコールが出来たとき)、自分の人生、オタクとしての歩みを肯定できるのです。そしてその瞬間、今まで無関係だったはずのアイドル、ステージ、フロア、楽曲は、僕の人生と接続します。「かすみ草とステラ」「立花杏」「duo MUSIC EXCHANGE」「青より青く」は、僕の人生の一部です。
今となっては、僕はオタクであることをなしに自分自身を語ることは難しくなりつつあります。オタクをしていて見た景色、味わった感情が、育んだ思考体系が、今の自分を形作っているからです。そしてこれからも僕は、ライブハウスで唇を噛み締めた過去の僕を肯定するために、オタクを続けるんだと思います。ライブを観ること、推しを推すこと、オタクであることは、僕の人生なのです。
今、僕はライブが楽しくて仕方がありません。
おわりに
まとめます。
オタクも、続けてみるもんだなって。
以上です。

