私の素の文章は「だ・である」調であることが多い。この文末が一番書いていて楽だし、自分らしいと思う。
ただ、一見すると偉そうだったり、ちょっと威圧的に見えるかも、と思うこともある。というか、書いている内容がちょっと常に偉そうだ。一応自覚はあるのです。
だからと言って、いきなり全部「です・ます」調にするのもなあ。という具合なので、基本は「だ・である」調、ときどき「です・ます」調を混ぜる、というのが私の文章のスタイルである。
私はスーパーでパートもしている。午前中のお客様はご老人が多い。ものすごく物腰が柔らかでつい世間話をしたくなるような方もいれば、常に文句を言っていてあまり話したくないような方もいる。彼らの所作ふるまいを見ていると、文末も同じではないか、とふと思った。年上の人が使う「だ・である」調は、状況にもよるが結構重く感じるものだ。
ところがどっこい、「だ・である」調でも威圧感を出さないで書く人がいるのも私は知っている。たとえば、私が尊敬してやまないライターの佐藤友美(さとゆみ)さん。彼女が書くエッセイやコラムは、多くの場合、「だ・である」調だ。
にもかかわらず、私より年上の彼女の文章は、まったく偉そうでもないし、威圧的でもない。むしろ、優しいし、あたたかい。
はて、この違いはなんじゃろな?と、彼女のエッセイ講座を受けてからずーーーーっと考えているのだけれど、いまだに答えが出ない。
私ごとですが本日で35歳になりました。
今まで片足を突っ込んでいたアラフォーという世界に、しっかりと両足を踏み込んだわけだ。アラフォーの諸先輩方、どうぞよろしくお願いいたします。
去年の今頃は、東京から奈良に出戻って、どったんばったんしながら、この先どうしよう、と眩暈を起こしそうな日々を過ごしていたのだけれど。
現在もどったんばったんあがいているのは相変わらずですが、目指すものが見えて、やらせてもらえる環境もあって。私は幸せ者である。
この先、どんな形であっても私は文章を書くだろう。
40代、50代と進んでいく中で、私の文章のスタイルは変わるだろうか。それともスタイルはそのままに優しさが増すのか。逆に、さらに威圧的になるのか。
わからないが、それはきっと、これからの人生の過ごし方で決まるのではないか。良い歳の重ね方をしたい、など。
