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【10】ゆきて帰りし物語

 ちょうど、自分の訳したキース・ロバーツ『モリー・ゼロ』のファンジン解説を書いている時(2020年8月)に、池澤夏樹・池澤春菜親子の語り下ろし対談集『ぜんぶ本の話』を読む機会があった。

 池澤親子が、本にまつわる原体験から現在の自分に至るまでのあれこれを語り倒した一冊。
 なんというか、本という共通の話題ならいくらでも話が尽きなくて、お互いの守備範囲の違いも含めて相手へのリスペクトも感じられる、いい親子関係だなあ、と思った。
 とにかく普通の親子とは言えないお二人ではあるので(笑)、読む人は選ぶと思うけど、子どものころ図書室、図書館に入り浸ってたタイプの人は楽しく読めると思う。

 その対談の序盤、「読書のめざめ」についてのくだりで語られる児童文学の話を読んで、『モリー・ゼロ』と児童文学との関係について、さらに気がついたことがあった。

「イギリス児童文学の一つのパターンとして、「行きて還る物語」というのがある。主人公がどこか遠い世界へ行き、波瀾万丈の冒険をして帰ってくる。そういう形式の物語。」

『ぜんぶ本の話』より(池澤夏樹氏の発言)

 そこで実例としてあげられていたのは、『ピーター・パン』『宝島』『ロビンソン・クルーソー』『ガリヴァー旅行記』『不思議の国のアリス』などなど。

 キース・ロバーツ『モリー・ゼロ』は、冒頭、主人公のモリーが、ウェセックスにあった(らしい)寄宿舎式の教育機関〈ブロック〉のミドルスクールから、スコットランド近郊のハイスクールへの進学のために、列車での旅に出るところから物語が始まり、さまざまな遍歴を経て、最終章でモリーがウェセックスにたどり着いて終わる、という物語である。
 ラストには「とどのつまり、あなたはふるさとにもどってきてるのかな」(拙訳)という一文がある。
 なるほど、これはその児童文学の形式を意図してのものなのかもしれない。

 もう1点、これも池澤夏樹氏のお話の中に、リチャード・アームスロトングの船乗り成長小説『海に育つ』を評して「一種のお仕事小説でもある」と語られている。
 『モリー・ゼロ』の第3章においては、モリーが〈ブロック〉を出奔した後に住み着いた小さな町で、まずは靴屋の店員から〈お仕事〉を始めて、八百屋さんに転職してからは、店舗の切り盛りに自分のアイデアを活かし始め、徐々に才覚を発揮していく。
 その後、クリスマスの準備で下宿の家主さんに作り方を教わった〈麦わら人形〉でクラフトワークに目覚め、その製作販売が商売として軌道に乗っていく、というあたりは、「お仕事小説」としての楽しさに満ちている。

 また、第4章でモリーが行動をともにするジプシー(ロマニー)は、ホバークラフトに移動遊園地を積みこんで、巡業しながら旅を続ける。
 ここでのモリーの役割は、お客さんの呼びこみが主だが、ジプシーのお守りや素朴な洗濯ばさみを作って売るあたりには、クラフトワークの「お仕事」要素もある。

 第5章では、モリーは(なりゆきのままに)ロンドンでテロリストの仲間になってしまうのだが、その活動の中でも、過激なアジビラ(笑)の編集で、初めて目にする「活版印刷」に楽しみを見出していくあたりは「お仕事」要素でもあるかもしれない(『活版印刷三日月堂』の「手キン」をペダル式にしたミシンみたいな活版印刷機が使われているのだ)。

 さて、ここまで、『モリー・ゼロ』に盛り込まれた英国児童文学へのリスペクトを、わかるかぎり指摘してみたが、翻訳しながら、もしや、と思ったポイントがもう1点あった。
 本作では、バーミンガム近辺は何もない荒野と化していて、過去におそらく核攻撃(?)あるいは原発事故(?)で深刻な汚染があった「わるい土地(バッドランド)」ということになっている。
(この用語はジョン・ウィンダム『さなぎ』を意識したものと思われる)

 産業革命の中核となった工業都市バーミンガム。
 煤煙で町中が真っ黒、スモッグで太陽が隠された〈ブラック・カントリー〉は、そこで育ったJ・R・R・トールキンが『指輪物語』のモルドールのモデルにした、とされている。

 もしかすると、バーミンガムを「バッドランド」として描いたのには、トールキンへのオマージュの意味もあったりするのかもしれない。言うまでもないが、『ホビット』『指輪物語』も、まさしく「行きて還る物語」である。

 あと、池澤親子の対談からもう一つ。先にあげた『海に育つ』を初めて目にした池澤春菜氏は「あ、地図が載ってる。そうそう、冒険物には地図がなくちゃね」と感想を述べている。

ファンジン版『モリー・ゼロ』上・扉ページより。

 たまたまだが(【4】でも書いた通り)、ファンジン版『モリー・ゼロ』では、原書にはない英国の地図をフリー素材を活用して作ってみた。
 その心は、日本の読者(中でも自分)が読むなら、出てくる地名が英国のどのあたりなのか、わかった方がより楽しめるのではないか、という老婆心(?)だったりしたのだが、結果的には、本作を「児童文学」っぽく訳そう、という方針ともマッチしていたかもしれない。

ファンジン版について

<内容紹介>

 カトリックの支配で科学技術の発達が抑制された英国を舞台にした改変歴史SF『パヴァーヌ』で知られるキース・ロバーツ。

 1980年に発表された『モリー・ゼロ(Molly Zero)』は、近未来の英国を舞台にしたディストピアSF……だったはずが、近未来描写に現実がほぼ追いついた2020年に読む本作は、20世紀末あたりに分岐した、科学技術の抑制された「もうひとつの英国」の姿を描く改変歴史SFになっていた!?

 そしてまた、本作は幾多の英国児童文学へのリスペクトが盛りこまれたロバーツ流SF児童文学でもあった。それと、百合(笑)!?

 翻訳の過程で調査・考察した長めの解説を各巻に、また、訳文に盛り込めなかったいろいろな事項を200以上の訳注として付しました。

<版権について>

 遺稿のエージェントと交渉して非営利目的のファンジン限定の版権を取得。
 また、『図書室の魔法』のジョー・ウォルトン氏による、ロバーツ愛にあふれたブックレビュウを、ご本人の許可をいただき、イントロとして配置しました。

※なお、版権契約上、最大500部、2025年までの限定販売となります。

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