自己紹介を書こうと思ったのに
そこに初めましての人が1人でもいる場所にいると、自己紹介をするのが当たり前のような空気になる。誰かが「あ、私は〇〇という名前でー趣味は何でー仕事は何でー。」などと口火を切ってしまう。名字を聞くか聞かないかのあたりで、わたしの頭の中は真っ白になってしまう。憂鬱だ。
自己紹介をするのが苦手なのである。
小学生の時の国語の授業で、まる読みというのがあった。教科書に載っている文章を「。」があるところで区切って1人ずつ音読していく、緊張感のあるタスキリレーだ。
だいたいは席の順番で進んでいくので、自分が読む一文がどれなのかを調査し、心の準備をする時間がある。もちろん自分の番が来るまで他の人の声なんて聞いちゃいない。そんな余裕あるわけもない。漢字の読み方を間違わないように、スムーズに発音できるように、何度も何度も心の中でシミュレーションをする。クラスの友達の音読する声がぼんやりと遠くの方で聞こえる。だんだんと耳から聞こえる声が大きくなり、自分の前まで順番が回ってきた。いよいよだ、と思って肩に力が入る。
「今の文章ちょっと短いからもう一文読もうかぁ!」
信じられないセリフが、信じられないほどクリアに頭に入ってきた。ふざけるな。これまでの努力が水の泡じゃないか。一生懸命登ってきた梯子を直前で蹴飛ばされた気分だ。無駄に元気な声と、こちらの準備を知った上でやってやったぞ、みたいなしたり顔が腹立たしい。悲しい。ニンゲンシンジラレナイ。あと数十秒で自分の番が回ってくる。
自己紹介はこのまる読みに似ている。始まったら最後、全員が話すまで終わることはできない。しかも段々と話すべきテーマが増えていくので、順番が最後になればなるほど難易度が上がっていく。途中まで名前と所属くらいだったテーマが、これまでの経歴や趣味、最近嬉しかったことなどが足されていく。話すことを準備していても直前まで油断できないし、人の自己紹介を聞いていないといけない。なんだ、まる読みよりも圧倒的に大変じゃないか。似てると思ったけど、似てるだけだった。
しかもただ決められた文章を話すだけではない。話す内容は自分で考えなければならない。これが憂鬱だ。絶望的に面白いことが言えない。いや、自己を紹介するだけなのだから面白くなくてもいいはずなのだが、みんなの目がそうは言ってない。名前とか出身とか面白み要素を組み込むのが難しいテーマは普通に聞いてくれ(ているように見え)るのに、趣味とか最近の話とか面白く話すこともできそうなテーマの時は、オチはまだかというような顔で聞い(ているように見え)てくる。オチなんてねえよ、という顔で堂々と話せれば、それはそれでおもしろくまとまりそうな気もするが、私にはできない。
あ、えーと、名前は〇〇で、えーと、出身は宮城県で、、、あ、あとは何話せば良いんでしたっけ?あ、趣味?そうですね、旅行とか好きで色々行ってますね。よろしくお願いします。休みの日とかは、まあ、休んでるって感じですかね。はい、あ。えーー、以上です。はい。よろしくお願いします。
みたいな感じ。まばらな拍手をお腹で受けながら、背中からは汗がダラダラと流れている。顔も赤くなってしまっているのかもしれない。自分の後の人の話は、聞いている顔をするのがやっとである。
そもそも自己紹介って好きな人いるんだろうか?いわゆる同調圧力的なやつで、みんな本当はやりたくないのに頑張っているのではないだろうか?戦争と同じだ。そう考えると、みんなもみんなの話を聞いてない?あれ、だとすると頑張る必要もない?みんな肩の力を抜いて、武器を置いて、適当に笑ってニヤニヤしておけば良いのかもしれないぞ。
わざわざ改まって自己紹介なんてしなくたって、自然とお互いのことは知っていくし、知りたくなっていく。そして自然と仲良くなる人と仲良くなっていく。とても健全で、世界は平和になる。
noteで自己紹介を書こうと思ったら、気づいたら自己紹介について、を書いてしまっていた。どんだけ自己紹介嫌いなんだよ、わたし。もう書くこともないし、結局自分の紹介は何一つできていないけど、世界の平和を祈って終わりにしようと思う。
…自己紹介もいつかは書きます。
