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泪橋~起請文(2)

 雅楽守に束の間の休息の礼を述べて今泉に到着すると、安房守は「婿殿」と歓待してくれた。正確に言えば安房守の婿ではないのだが、実質的に、箭部の一族として受け入れると周りの者にも示したかったらしい。 
まだ当地では珍しい茶も出され、図書亮も久しぶりに一服頂戴した。もっとも、妻のりくは「苦い」と顔をしかめていたが。
 現在の箭部の惣領である安房守義清及びりくの父である下野守定清が、須田美濃守と義理の兄弟であるというのも、箭部一族が揃った昼餉の席で初めて知った。その席には、安房守と領地が隣り合う守屋筑後守も遊びに来ていた。
 守屋筑後守と箭部の一族のつながりも、随分と古いらしい。
「ところで御屋形のご様子はどうかな、図書亮殿」
安房守がさり気ない様子で尋ねた。
「婚儀から半年以上経ちますが、御台とは仲睦まじいように感じます」
 現在為氏と三千代姫は新しく出来た岩間館に移っている。もっとも、峯ヶ城と隣接しているので、為氏が政務を行うのは峯ヶ城、私的な生活の場は岩間館というのが、近頃の暗黙の了解になっていた。
「いや、儂が言いたいのはそういう事ではない」
安房守は、首を振った。
「下世話な言い方だが、御台に骨抜きにされていないかということだ」
 よほど、あの民部大輔の失敗が忘れられないのだろう。確かに、事情に精通していない図書亮ですら、「ひどすぎる」と感じたくらいだった。
「峯ヶ城には美濃守様がおられますから。御屋形が骨抜きになるようなことは、美濃守様がお許しになりません」
 図書亮がそう請け合うと、「確かに」と舅の下野守が肯いた。
 そこで図書亮はここへ来る途中で聞いた遠藤雅楽守の話を思い出し、伝えた。
「熊野比丘尼に放下の者共か……」
 聞くのも穢らわしいという体で、筑後守が頭を振った。
「それが鎌倉に知られたら、また面倒なことになろうな」
 そこへ、やや身分が低そうな者が割って入った。身なりからすると、この土地の国人らしい。
「儂は須賀川に出入りしている阿弥から、治部が酒屋や商いをする者等にも、新たな賦役を課していると聞いたぞ。何でも、須賀川で銭の生業を立てようとしている者から、一律税を取ることにしたらしい」
 割って入った男は、そう零した。名を聞くと、「渡辺重軌しげき」という大桑原おおかんばらの国人だという。二階堂家臣団には入っていないが、やはり箭部の遠縁とのことだった。
「文字通り酒池肉林の生活を送りながらその費用を下々の者に出させ、民に迷惑をかけているということか」
 図書亮も、聞くだに苦々しい気分で酒を煽った。
 そう言えば、須賀川にやってきたばかりの頃の労いの宴席で、同じ西衆の出である左馬允ですら、治部大輔を罵っていたのではなかったか。
 束の間、安房守は何か考え込んでいたが、意を決したように、口を開いた。
「渡辺殿。西衆の者たちも、治部を快く思わない者が多いか」
「そりゃもう。俺等国人でも、御屋形が立ち上がるというのならば、味方になる者の方がよほど多いでしょう。西の二階堂の者も、大方は御屋形につくのではありますまいか」
 渡辺は眦をきっと上げて、苦々しげに吐き捨てた。
「何せ治部の胃袋を満たしているのは、俺等西衆の民が作った物ですからな」
 少し考えると、図書亮にも分かった。三千代姫が輿入れした和田衆に対しては、治部も無理難題を押し付けにくい。その分自らの酒池肉林の生活の糧を、西衆に負担させているのだった。
 目を外に向けると、西の山々はそのまま長い影を投げかけている。同じ岩瀬の地だというのに、東よりも何となく貧しい印象を受けた。その向こうには、恐らく雪雲であろう。ぼんやりとした鼠色の雲が、重く垂れ込めていた。
「次の春で、御屋形が岩瀬の地に来られてから丁度一年になる。それを口実に、一度こちらへご足労願おう」
 考えがまとまったのか、安房守がきっぱりと述べた。
「御屋形には白方の社で、二階堂氏伝来の祭礼を催すと伝える。その席で、心ある者の連判を募ろう。まさか神仏の前で誓いながら、裏切る肚の者はおるまい」
 日頃はにこにこと穏やかな印象の安房守だが、一皮剥けばなかなかの策略家である。この箭部一族の長には、美濃守とは違う底の知れなさを感じる。絶対に敵には回すまいと、図書亮は秘かに決意した。
「治部は、その祭礼のことは知っているのか?」
 疑問を投げかけた渡辺に対し、安房守はにこりと笑いかけた。
「我らのみに伝わる七年に一度の秘儀、とでもしておこう」
 つまり、でっち上げだ。七年前であれば、まだ治部大輔も鎌倉にいたはずである。
「二階堂一族の取りまとめは保土原殿にお頼み申そう。俺等は、譜代の者や旗本をまとめる。そして、図書亮殿。お主にも働いてもらおう」
「私も、ですか?」
 まさか、自分にも役割が振られると思わなかった図書亮は戸惑った。
「箭部と縁を結んだからには、当然であろう。お主は、二階堂に縁の薄い者たちを纏めてもらう。数は多くないが、いるだろう」
 安房守に言われてみて気付いた。名前を思い出すだけでも、忍藤兵衛や倭文半内、宍草与一郎、臼杵新左衛門、荒木田清右衛門などが考えられる。後は、図書亮と同じように没落した名門に系譜を連ねる、土岐右近大大夫がいたか。
「お主が手本となり、御屋形に奉ろうことが道理であると説き伏せよ」
 なるほど。かつての図書亮もそうだったが、あの永享の乱の余波を受け、どうにかしてもう一花咲かせようという者も、鎌倉からの下向組には混じっているのだった。四天王を始めとする譜代家臣や地元の出の旗本とは、自ずと微妙な感情の温度差がある。彼らの「武士」としての矜持を満たしてやり、和田衆の戦力として本格的に軍団に組み入れてこいというのが、安房守の言わんとしているところだった。

©k.maru027.2023

>「起請文(3)」へ続く

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