掌編|まだ死ぬ予定はない
まだ死ぬ予定はない。来週は歯医者の予約もあるし、冷蔵庫には賞味期限ぎりぎりの卵が六個ある。明日は週に一度、瓶を捨てられる日だ。そんな人間が、いま遺書を書いている。
発端は実家の押し入れだった。祖父の遺書が出てきた。封筒には『開封するな』とあったので、開けた。
《先に逝く。あとは頼む。以上》
短い。頼むとは何をだ。祖父は将棋も畑も中途半端だったが、最後まで丸投げだった。それなのに、なぜか胸がざわついた。これだ、と思った。人生の締めくくりは、端的であるべきだ。
まだ死ぬ予定はない。だが人生は不意打ちだ。トラック、隕石、バナナの皮。
問題はどんな遺書が、よい遺書なのか。感動的であるべきか。簡潔であるべきか。それとも読んだ人が、やられた、と膝を打つような技巧派なのか。
いささか早い気もしたが、締切のない原稿ほど恐ろしいものはない。死もまた、一種の締切だ。
その夜、ノートを開いた。
《みなさんへ》
だめだ。平凡だ。
《突然ですが》
消す。突然なのは当たり前だ。私は気づく。これは準備ではない。いちばん美しい終わり方を探しているのだ。生きる前から、終わりを推敲している。
翌日、図書館へ向かった。『近代著名人遺稿集』を開く。短いもの、芝居がかったもの、達観したもの。閉館の時間まで読み耽った。帰り道、思う。彼らは自分の最後の言葉が、誰かに赤ペンで読まれることを想像していただろうか。だが、仕方がない。名作は並べられて初めて名作になる。
夜には検索もする。
『感動 遺書』
『バズる 最後の言葉』
『泣ける 締め方』
検索履歴があやしい。もし今ここで私が事故に遭ったら、警察はどう解釈するだろう。
匿名掲示板には、創作遺書の投稿スレッドまであった。
《人生は壮大な誤解でした》
おお。哲学的だが、やや他責。七十五点。
採点している自分に、ふと違和感が走る。誰が審査員なのだろう。死者か。読者か。余白に線を引く。簡潔さ。余韻。引用可能性。気づけば、死ではなく、文章だけを追っていた。涙よりも構成。悲しみよりもフレーズ。
祖父の一行を思い出す。
《先に逝く。あとは頼む。以上》
説明不足。具体性ゼロ。あとは頼む、と書きながら、祖父は誰の名も書かなかった。なのに、あのとき少し泣いた。一行で泣かせるなんて、ずるい。祖父は無意識でやったのに、私は努力している。新しいページを開く。
《本当は、》
そこで止まる。私はうまい文章を書こうとしていた。死にたいわけじゃない。ただ、選ばれたい。最後の一文で逆転したい。生きているあいだは無理でも、死ねば少しくらいは評価が上がるだろうと思っていた。そう思った瞬間、胃のあたりがわずかに冷えた。
そのとき、机の上から一枚の紙が落ちた。見覚えがない。
『応募要項』その下に、小さくこうあった。『未発表の遺書に限る』
文字が続く。
『プロアマ不問』
『未成年は保護者の同意要』
『選考過程に関する問い合わせには応じず』
さらに下に、注釈文字。
『受賞作は必要に応じて加筆修正をお願いする場合あり』
お願い。どこまで。書き上げた原稿を読む。
《人生は思ったより短く、思ったより長かった。だから、まあ、いいか》
悪くない。禅めいている。なんとなく、達観していそうだ。句読点も、ベストだ。
応募した。
しばらくして、電話が鳴る。
「最終候補に残りました」編集者は言う。「一点だけ、お願いがあります」
そこから始まる。
「この『まあ、いいか』ですが、もう少し前向きになりませんか」
直す。また電話。
「ここも」
また直す。
「『人生は思ったより短く、想像していたより豊かだった。だから、ありがとう』この方が、読後感は良いですね」
また直す。
戻るたび、赤字で埋まる。黒字が減る。
《考えた末の結論です》
気づけば最初に書いた遺書とは別人だった。
編集者は最後に告げた。
「これなら、多くの方に届きます」
電話を切る。
誰が死ぬのだろう。
引き出しの奥から、最初に応募した原稿を取り出した。赤字のない遺書は、それだけで少し若く見えた。
《人生は思ったより短く、思ったより長かった。だから、まあ、いいか》
そこで気づく。歯医者の予約もある。卵もまだある。ゴミもまとめなくては。
原稿を丸め、新しく書き始める。
《まだ、死ぬ予定はありません》
句読点も悪くない。これでいい。
(了)
@2026-17-July 國仲寛治 All Rights Reserved. 本作品の著作権は著者に帰属します。
