駅前開発
我が街でも、田舎に特有の有名になりたい欲が半端ない。海外からの観光客を呼び込んで、誘致、誘致、おもてなし、大事なのは観光客で、市民はけしてかえりみられない。
わたしから見れば、観光客なんていらない。そこここで、傍若無人に振る舞うし、人がいるのに写真撮るし、迷惑でしかない。
その流れか、ここ数年、駅前で大規模な改修工事が始まった。これまで設置されていた、アーケードは取り払われ、謎にスラリとした街灯が並ぶ。
駅前はずっと、雑多でどこか暗かった。昭和と平成の香りをまとって、混沌としていた。
それが、何もかもが取り払われて、新しくなる。市電の駅の場所も変わった。なるほど、田舎の街が好きそうな電子式の時刻表までお目見えして、近代化したように思える。
だけどわたしは、あの昔の駅前が懐かしい。
学生のころ、バスが停まるのはいつも果物屋の前だった。日切焼きの横にある果物屋。果実の全国発送承ります、と紙にマジックで書いて貼ってあった果物屋。ちょうど角のところにあって、そこもやっぱり暗かった。
その果物屋は、もうない。
いつのまにか、よくわからない新しいクレープだかなんだかを売るしゃれたカフェになっていた。そこの前に立って、バスを待って、それでもしばらく、そこがあの果物屋の前だと気が付けなかった。
他にも、駅前には古い、見る人によっては汚くて見窄らしいと思うであろう建物もたくさんあった。特に、アーケードの上は見えないから、今なら完全に違法建築じゃないかと思える小屋がビルの上に立っていたりもした。
ビルそのものも、いずれ崩れ落ちそうで、わたしは、そんな建物はきっと駆逐されるのだろうと悲しく思った。見栄えが悪い、観光客には、見せられないという理由で。もちろん、表向きは安全のために。
その通り、そんな混沌とした建物は次々に補修されたり取り壊されたりして、駅前はどんどん「きれいに」なっていく。
バスの乗り場のほうは、ミスドの前にあった。高校のときは、帰りに肉まんを買って食べていた。肉まんはまだ、100円くらいだったから、高校生でもいくらでも食べられた。
肉まんを買って、バスを待っていたら、近所の幼馴染みがやってきて、だからわたしは、MDウォークマンを自慢したのを覚えている。彼はまだ、カセットのウォークマンを持っていた。彼はウォークマンのイヤホンが掃除機のコードみたいに収納される様を自慢した。
ミスドの肉まんには、辛子とタレがついているのが当たり前だったので、それが世界の常識かと思っていたら、この前、肉まんに辛子やタレをつけるのは関西だけと聞いてびっくりした。
ミスドの前もやっぱり暗かった。
晴れていても、昼間でも薄暗かった。
でもわたしは、その、薄暗く、あまり美しいとは言い難い駅前が好きだった。秘密やお話のかけらがたくさん落ちていたように思う。
わたしが、田舎町に旅に出るのなら、そんな、人の暮らしがあからさまで、薄暗くひそひそとお話の聞こえる町がいい。
なにもかもを取っ払って、白日の下にさらされてしまっては、情緒がない。とはいえ、その元々のアーケードだって、昭和の時代に、最先端をきどりたくて作ったのだろうから、本当は情緒も何もないんだろう。
路面電車は、観光のためにとわざわざ昔の機関車を走らせてくる。このために、わたしたちは血税をむしり取られ、かつ、自分の乗りたい時間の市電をすっとばされる。
ICOCAが導入されて、その費用のために運賃は爆上がりした。これも観光客のためだ。この島から外へは出ない地元民にとっては、迷惑でしかない。
バスでチャージはできなくなり、それなら現金で払え、現金だから割り増しで払え、と迫られる。これまでは、電車とバスの区間が同じなら、同じ定期で乗れていたのに、それもダメ、運賃を払えと言われる。
挙げ句、バスと電車の合算の定期はICOCAでは作れないから、ICOCAの表面には定期表示がされない。定期としての機能はあるのだが、駅員に問われた際は、このレシートを出せと言われ、わたしは、毎月、レシートの定期とICOCAを持って暮らしている。
それなら、もう、紙の定期でよかったやないの。
でもそれも、これも、全部、観光客のため。外から人に来てもらうため。おもてなしの精神。本当は、ただの見栄っ張り。
そう考えれば、今の駅前でも悪くはないのかもしれない。この町の人たちの、目立ちたい、褒められたい、有名になりたい、SNSでバズりたい、そんな思いが溢れた駅前だ。
朝九時に、タイトル画像のために写真を撮ろうとしたら、人が一人もいない瞬間がある、そこは、今でもきちんと田舎らしくてよろしい。

駅前は開発されてしまった
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