何を信じるか
「よりよく生きる」と銘打ちながら、虫の話であることをお詫びしておきます。
フジ笑家には垣根がある。山茶花の垣根なものだから、家を建てたとき、わたしと母は非常に盛り上がった。なんてわくわくする、おはなしみたいな展開だろう。もちろん、二人で歌って盛り上がった。かきねのかきねのまがりかど、である。ちなみに、今思えば誰も山茶花の垣根だとは言っていない。
それまで長い間、社宅の四階で暮らしてきたわたしは、虫が苦手だった。カブトムシやクワガタ、鈴虫やかたつむりは愛でていたが、知らない虫全般が苦手だった。理由は知らないからであり、得体が知れないから怖いのだが、それを論理的に理解できていなかった。
庭があると虫がいる。虫だらけだ。
虫だけではなく、これまで見たことのなかった両生類や爬虫類、蜘蛛の種類とも触れ合うようになった。慣れてしまえば、相手を知ってしまえば怖いものではない。だんだん、仲良く対話できるようになった。
しかし、中には大変困った虫もいる。山茶花に発生するチャドクガはその最たるものだ。大学に入学した年、姉からメールで父の腕が大変なことになった、という話を聞いた。まだ引っ越してひと月ほどしかたっていない、四月の終わりのことである。庭の手入れをしていたときに、気付かずにチャドクガに刺されたようだという。
そのとき、わたしはチャドクガがどんなものかも知らなかったし、幼虫がどんな形状をしているかも知らなかった。かつて住んでいた社宅の脇に植えられていた何の面白みもない針葉樹の並木に、毛虫が毎年発生して気味が悪かったから、あれのようなものだろうと勝手に想像する。
父の証言では、見る間に腕が真っ赤になって慌てて皮膚科に飛んで行ったのだとかなんだとか。
すべて、メールと電話で聞いた話である。お大事にと言いながら、笑い飛ばした。
ほどなくして、ゴールデンウィークになり、引っ越したばかりのわたしは、帰省した。忘れもしない、あれは古いJR松山駅の屋外駐車場でのことだ。
かわいいルイ(犬)とかわいいすず(猫)と姉と父が迎えに来てくれていた。家族総出ではない。みどり(インコ)とグリーン(インコ)とさき(インコ)は留守番だ。
久しぶりに見るルイはかわいかったし、興奮して少々うざかった。まだ一歳にならないすずは、たったひと月半で大きくなっていた。毛並みのすべすべなところがかわいい。
しかし、それよりも何よりも衝撃的だったのは、父の腕だった。わたしは感動の再会を前に言った。
「え! キモイ! 近寄らんといて!?」
ひどい娘である。
それ以来、チャドクガを避けるようになった。初夏に垣根に近づくときは、目を皿のようにして探す。あの針の一針たりとも触れてはならない。
あんな父のようなキモ腕にはなりたくない。痛いとか痒いとか以前に見た目がグロテスクすぎる。
それから、10年ほどした初夏のことである。
すでに父は亡く、垣根の手入れは実に適当になっていた。正直なところ、子どものころから虫を殺したり雑草を抜いたりすることに抵抗があった。伸びたいという木を無理に切るのも嫌だ。
みんな、自然に暮らしてほしい。
ところが、近所の人は違った。フジ笑家は路地の最奥にある。家の前を通る住人は四人。にもかかわらず、全く関係のない家の人が、ずいぶん伸びたねぇ、切らないかんねぇ、などと言ってくる。あろうことか、わたしが剪定をしていると、だめだめ、もっと切らんといかんで、切り方教えたげらい、などと言ってくる。切り方は知った上で木の負担にならない方法で切っているのだが、なぜか、父も母もいないのをいいことに、彼らはぐいぐい干渉してこようとする。
わたしは、反抗的だった。これも子どものころから、大人という大人が嫌いである。あたまがかたく、大人というだけで自分の方が賢いと信じている。間違ったことや非効率なことを教えては、聞かなければ怒り出す。
懐かないわたしに、次第に近所の人はかげ口をたたいて、嫌がらせをするようになった。そんな、初夏のことである。
垣根にチャドクガが大量発生した。気候によるものもあるだろうし、ちょうど生まれる年だったのかもしれない。
家から出入りするのは大変だったが、わたしはそれをあえて放置した。近所の人が悪様に言うのは目に見えていた。いじめたければ、いじめればいい。虫も、わたしも。
チャドクガの幼虫はどんどん大きくなった。夏が来るころ、彼らは垣根の葉という葉を食べ尽くしてしまった。
わたしが、入浴中のことである。
剪定の仕方を教えようとした男性の、奥方と娘、孫が窓の外を通りがかった。
「うわぁ〜、なにこれぇ、ハゲてるよぉ〜」
という、孫の声が聞こえた。
「虫に全部食べられたんよ」
と、奥方が笑う。娘と孫の嘲笑が続いた。
さて、問題の虫がどうなったか。
山茶花を食べ尽くした彼らは、大移動を始めた。他の草木を手当たり次第にむさぼるが、山茶花でなければならないらしい。もしくは、それに類するもの。
それはもう、全て食べてしまったから、何も食べるものがない。
ある日、彼らの一団が、植木鉢の縁をまわっていた。食べ物を探して、先頭の一匹について懸命に歩いているのだ。植木鉢は丸い。彼らはどこにも辿り着くことはできない。
やがて、すべてのチャドクガが、死んだ。
増えすぎたことで、死んだのだ。
その年以来、我が家にチャドクガは現れなくなった。
山茶花は今もまだ咲いている。
問題のお宅の奥方は、歳をとってか、少し行動が怪しくなり、あるとき、悲しい声を上げながらどこかへ連れて行かれてしまった。
娘一家は寄り付かなくなり、今は高齢のご主人が一人で暮らしている。
去年は別の娘さんを呼んで、家の中から指示を出して彼の垣根を剪定させていたが、今年は伸び放題のままに、冬を迎えた。
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