わたしの弟
本日の記事はエイプリルフール仕様になっております。
これまで話してこなかったが、わたしには弟がいる。三つ下の弟で、末っ子ということになる。
といっても一緒に住んだことはない。彼の存在は、父が亡くなったとき、財産分与について調べていて発覚した。
父は昔、肺炎で何度か入院していたことがある。わたしが六歳のときに気管支炎になったのは、この人が原因だと固く信じている。今も呼吸器に不安があるのはこの人が原因だ。
弟の母親は看護師だった。どうやら、この入院の間に出会ったという、ベタベタな展開のようである。
父の貞操はさておき、手続きのために弟に会うことになった。弟には両親がいて、彼は自分の父親が別の人間だとは思いもよらなかったらしい。だから彼は非常に動揺していたが、礼儀正しく手続きに参加してくれた。外面だけは礼儀正しい父によく似ていた。
父は、周りの女性から見るとかっこいいらしい。それは、母が亡くなってから知った。足が長くてシュッとしていて、顔も小さくて、なのだそうだ。友だちの母親たちから褒められるたびに、微妙な気持ちになった。
弟はそんなところも似ていた。
手続きが終わってからも、わたしたちは頻繁に連絡を取り合った。一緒に住むことこそなかったものの、当時、就職したばかりだった弟は、何かにつけて仕事の愚痴を言いに、うちのリビングにやってきては入り浸っていた。
わたしに至っては、二人で家族旅行に出かけまでした。ずっと、自分が妹なことが残念で仕方がなかったから、姉になれたことが嬉しかった。
数年前に、彼は大阪に転勤になった。ちょうど、コロナがなんとなく終息する間際のことで、それ以来、会うことは減った。
弟には兄がいる。ややこしいことにこの兄は弟の三つ上で、つまりはわたしと同い年だ。弟は、この兄とあまりうまく行っていなかった。
彼が最も憤っているのは、父親の葬儀に兄が来なかったことらしく、この父親というのは、弟の、というよりもこの兄の父親のことなのだが、彼らの両親は別居していてどうもうまくいってはいなかったようだ。
さらには、この兄が結婚式を挙げたときに、自分を呼んでくれなかったことも根に持っているが、いずれにせよ兄の心境を考えれば、色々と複雑である。弟の側も、愚痴ってはいるが複雑だっただろう。
彼は頑なに兄を嫌っているそぶりを見せるものの、過去の話をするときには「兄ちゃん」と何かをした話が続出するから、わたしと同じで、兄好きの弟だったはずなのだ。
先月、弟から連絡が来た。
「兄ちゃんが入院してん」
はあ、そうなんか、とわたしはどう返事をしていいか分からず、変な相槌を打ってしまった。違った、大丈夫なんか、だ。弟は暗い声で、分からん、と言った。そんでな、と彼は言葉を濁す。
弟は、わたしのイントネーションが、松山のそれではなくて、関西に近いことをずっと笑ってきた。これは、祖母が、弟とは血の繋がっていない方の祖母が大阪生まれなせいで、わたしのところにまで受け継がれてしまったものだ。ところが、電話の向こうの弟は完全に関西のイントネーションに変わっていた。
「あんな……子どもがおるやろ、兄ちゃんの」
いやや、とわたしは即答した。確か、この兄の子どもというのは二人いて、前に聞いたとき、小学生だったはずだ。今はたぶん、中学生と高校生くらいか。
「なんでや!」
「なんでもかんでもないわ、そんなん、知らん子やん」
「知らん子ちゃうやろ、俺の甥と姪や」
「赤の他人やないか! あんたがかわいがってあげたらよかろ!? っていうか、その子らのおかんはどこ行ってん」
弟曰く、兄は何年か前に離婚したのだそうだ。それまでは関東に住んでいたのを、愛媛に帰郷したのだとか。まず、そんな情報も全然知らなかったのに、突然、こんな話をぶっ込んでくるのはどうなのか? 弟ってこんなもんなのか?
「おかんは今、海外におんねん。すぐには来れんのや」
「……あんたのおかんが、おるやないの」
「そうやけど、あの人ももう歳やろ、子どもの面倒とか大変やろ」
「いやいや、子どもいうても、もう大きいやん、ほぼ一人でなんでもできるやん、っていうか、あんたのおかんの孫やん!」
それよりも。わたしは気になっていることがあった。
まずわたしの家には車がない。彼らには学校やなんかがあるだろうから、うちの家で預かるという話ではないのだろうが、様子を見に行けと言われても、町内でない限り難しい。
そもそも、中学生と高校生なら放っておいても勝手に暮らすだろう。わたしだっておかんが亡くなったときには中学生で、姉は家出して、おとんは仕事でいなかったけど、別に一人で暮らしてたぞ。
それよりも何よりも、そんな知らない子にコンタクトを取りたくないという事実よりも、言いたいことがある。
「で、なんでそれをうちに言うてきたん!?」
弟は押し黙った。
「うちは仕事があるし、それ頼むんやったら、お姉ちゃんの方やん」
そうなのである。フジ笑家の全権を握っているのは姉だ。姉が否と言えばそれまで。姉を説得できる気がしないから、わたしに言ってきたのだろう。なんてやつだ! 分かってるけど!
何か電話の向こうでゴネていたが、面倒くさいので、姉に聞いてくださいを貫いた。
姉が心配やから見にいってあげよう、などと言い出さないことを祈りつつ、はた、と自分の身の振り方について考える。このまま黙っていたら、後で姉に怒られるんじゃないだろうか。だってあいつ、絶対、わたしが姉に言えって言ったって、余計なことをクチバシるに違いない。
いやいやでも待てよ、このまま姉に進言したら、結局はわたしが話すことにならないか? アホな弟がそこまで見越しているかはさておき、こんな面倒な案件を最初に姉に切り出す、という図式に変わりはないじゃないか!
などとわたしはしばらく悩んだ。さっさと弟が話せばいいだけなのに。というか、最初から姉に言ってくれればいいのに。聞きたくなかったし、知りたくなかった。
かわいそうな中学生と高校生が暗いキッチンで、二人でスルメを齧っている光景が目に浮かぶ。今どきの子だから、家事を仕込まれたりもしていないのかもしれない。
三日経ってもなんの進展もないので、痺れを切らして自分から弟に連絡した。お前ほんで、どうなってん!? 三日も経ったので、子どもたちは飢餓に苦しんでいるかもしれない。
弟はいった。
「あ、なんか大丈夫やった」
は?
「もう退院してん」
は?
「倒れて運ばれたって聞いたんやけどな、なんか、こけただけやって、すぐに帰れたって」
「…………こンのっ、バカたれがァっ!!!」
電話をしていたのは、会社から駅まで歩いていたときだったので、すれ違った人に二度見された。されたが気にならなかった。
スマホを地面に叩きつけてやろうかと思ったが、それはさすがにもったいないので思いとどまった。心の中ではブラジルを通り越して反対側の宇宙に発射した勢いだった。

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