隙間結社2 断片1
このお話は
ごく普通に暮らしていたはずの女子高生みぞれは、ある日を境におかしな結社で夜な夜な世のため人のために働くハメに……というのは、かつての話。
あれから十五年。大人になったみぞれは平和に暮らしているはずでした。その理由はさておき。
そんなひとつめの断片です。今のところ、前後はないのでお気になさらず。
この仕事のいいところは、客との関係性が希薄なところだ。取引先である葬儀社のことではない。彼らとの関係性は非常に厄介で、完全に自分たちは下請けだから、気を遣う。だが、最も気を遣う相手である遺族とは、その日限り、その場限りが基本だ。
それもまあ当たり前で、全く喜ばしい話ではないのだから、そうそう何度も顔を合わせるのはよろしくない。それでも、時折、ほんの少し前にあったばかりの喪主に頭を下げることになる場合もある。
とはいえ、葬儀の、すべてが陰鬱なわけではなかった。知らない人間は葬儀関係の仕事をつらく悲しい仕事だと思うようだが、そこまでではない。
特に、齢九十を超えて大往生したおばあちゃんの葬儀、になると和やかを超えてある種のパーティめいてくるから面白い。なるほど、新しい旅立ちという意味では間違っていないのだろう。
つらいのは、まだ年若くして亡くなる人たちで、働き盛りの四十過ぎの男性が亡くなったりすれば、彼の母親にせよ連れ合いにせよ、何よりもまず後悔の念がくる。
もっと何かできたのではないか、何が自分に足りなかったのか。そう問われ、言葉に詰まる。自分には息子もいなければ夫もないから、なんと答えたものかわからない。仕方なく、当たり障りのないことを言って切り抜けるのだが、もちろん、相手は答えを求めているのではないだろう。
それでもあまりにつらいときには、何も答えられず、かといって、関係のない身で涙を流すわけにもいかず、言葉と自分の無力さを感じるほかない。
自分の経験はあまり意味がない。自分が大切な誰かを喪っていても、まずもって自分と相手とは違う人間であり、その誰かもまた別の人間であり、互いに知らない人生と関係性を築いて昨日までそこに在ったわけで、あたかも分かりますよと声をかけるのは憚られる。
そこだけは、分かるのだ。分かるわけがないだろうと、つい反発してしまうこともあるものだ、とは。
もっとつらく悲しいのは交通事故で、加害者、というものが存在して、恨みつらみをぶつけることができるだけに、嫌な現場だった。嫌などと言ってはいけないのは分かっているが、事実、忌まわしく感じる。
死を悼むよりも先に、呪わしい気配があたりを覆う。遺族の言葉の端々に、後悔だけには抑えられない黒い気持ちが、どうしたって漂うのだ。
「それ」に、みぞれが気が付いたのも、そんな現場だった。
はじめは、自分が疲れているのだと思った。
死に近い仕事をしていながら、悪霊や亡霊の類を思い浮かべなかったのは、ある意味でこの仕事をしているからである。確かに見えない誰か、例えばもっと昔に亡くなった家族や友人の誰かが、そっと様子を見に来ているような、そんな気配を感じることはある。だからといって、彼女に限らず他の従業員の誰もがそのことを騒ぎ立てはしなかったし、そのせいで、何かが見えるようになったとか、心霊現象と近しくなったということもない。逆だ。
何より葬儀場はほとんど毎日のようにどこかしらの宗派のありがたい言葉が流れ続けている。その状態で何かが出るわけもない。むしろ、神社仏閣に近い静謐さがある。自宅になるとそうはいかないのだが、それでも、何よりももっと重大な事実がある。
人の死は、そのような頼りない寄る辺ない幽かなものではないからだ。自分たちが関わる段階では、特にそうだ。死は生々しく、目の前に横たわっている。形容しがたいものではあるけれども、まだ大いなる質感をもってそこにある。
その重みが分かるからこそ、心霊などという考えは軽薄で、みぞれたちの現実とは乖離して思えるのだ。
だから彼女は、睡眠不足で脳みそがおかしくなってしまったのだ、と思った。
それはちょうど、横たわる故人の枕元からしゅるりと煙のように這い出した。はじめ、耳の穴から何か出てきたのかと思ったみぞれは、綿花の束に手を伸ばした。
命の営みと循環を終えてしまうと、どうしてもあちこちから、体液が出てきてしまうことがある。痩せ細るまで命を使い切って大往生すれば、案外、きれいなままで焼き場まで行けるものだが、そうでなければ、あちこちに手当が必要だ。もう何かを止めることはできない彼らの代わりに、身の回りを清め、見えないように手当を施して安らかな寝顔に整えるのが、この仕事である。
事故に遭った方は、目に見えない傷を負っていることも多い。体内の変化が起こりやすく、どこかの出血や損傷が、思わぬ形で現れてしまいかねない。ただでさえ、気持ちの尖ってしまっている遺族が、これ以上つらい思いをしてはならない。
そう思ったのだが、違った。
「それ」は、形を揺らがせていた。どす黒く、血液が凝ったように見える。にも関わらず、よくよく見れば、透けていた。流れ出ているものならば、枕や布団に何らかの跡を残すはずなのだが、どちらも白く清らかなままだ。
煙のようだ。
煙でなければ炎。
反射的に手にした綿花で払った。
途端に、その影が意思を持ったように増幅した。まるで彼女に襲い掛かろうとするかのように、噴き出す。生きているかのような動きに、みぞれは小さく声を上げて仰け反った。
「どしたんよ、なにしてんの、もう」
浴槽やホースを片付けていた男役の先輩から、呆れた声がかかる。
「変な動きせんといて、恥ずかしいやろ」
これだから松屋さんは、などと言いながら部屋から出ていくのと枕元を交互に見て、みぞれは口を尖らせた。それではまるで、いつも変みたいじゃないか。
まあ、変なのかもしれない。
闇色をした煙は、近くの畳の目からも、うっすらと顔を覗かせている。気が付いたからなのか、あちこちの物の間、影が少し濃くなる場所が揺らぐ。
「何ぼんやりしてるの、手を動かして、手を!」
忙しなく部屋を出入りする先輩から再び声をかけられて、反論しようとしたところで、頭の中が揺れた。目の前に見えているものと、見えているはずのない光景が、交錯した。
人気のない夜の街。
黒く、大きな影。
あんなものよりも、もっと大きな。
そして、誰かの叫んでいる声。
「松屋さん?」
見た目にも様子がおかしかったのだろう、訝しげな声がする。次第に目と耳が現実に戻る。
知らない家の知らない和室。まだ日は高く、縁側の向こうからは陽の光が差している。もとより、目の前とは不釣り合いな穏やかな午後だ。
「ちょっとー、具合が悪いとかやめてよねー? まだあと三件あるからね? 一号車も二号車も詰まってるんだからね?」
はいはい、とみぞれは化粧道具に手を伸ばす。それで、やっと自分の手が震えていることに気がついた。あの一瞬に見えたものは、もう掴めない。それなのに、頭まで心臓が持ち上がっているかのように、まだ自分だけが動揺していた。得体の知れない恐怖だけが残ってーー彼女はそれでも、目の前の仕事に集中した。
そうだ、時間はない。この現場は特別に余裕を見てもらっている。それでも、次の現場まで先輩はハイエースを飛ばさなくてはならないだろう。できるだけ、丁寧に、かつ手早く。
たとえ今、熱があったところで、自分たちの代わりはいない。そういう仕事だ。事務所に帰り着くのはよくて八時。家に帰れるのは十時を過ぎるだろうことは、この現場に入る前、コンビニで急いで軽食を買ったときから、分かっていた。
ぱちこは
あらすじ
を覚えた
知力が
8
上がった
過去のわけわからんやつにも
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