闇の子どもたち 断片3
学院の朝は早い。
夜の時間のほうが得意な彼にとって、これは許しがたい問題だった。けたたましく鐘が鳴ったり、扉を一つずつ叩かれたりするわけではなかったし、起きなければならないと言われたわけでもなかったが、何より騒がしい。
なにしろ、ここには親元を離れてやってきた、あらゆる年代の子どもがいる。授業が始まるまでのしばらくの間、朝の支度をするのに黙っていられるわけもない。
廊下を走るもの、叫び出すもの、喧嘩をするもの、泣き出すもの。
それが中庭や回廊の、つまらない灰色の壁に反響して喧騒は膨張する。
もちろん、管理をする大人がいる。子どもたちの中でも年長のものは、あれこれと世話を焼きながら、問題を起こすものに声をかけている。ただ、意味があるのかは分からない。
彼に言えることは、それもまた、たいそう喧しいということだけだ。
どうして朝からあんなにも、活発に活動できるのか理解に苦しむ。
朝が来るたびに、自分が捨てた家の静けさを思う。
困った兄の仕事に付き合わされない限り、好きなだけ自室の寝台で横になっていられたし、彼の家にも小さな子どもはそれなりに存在していたが、彼の部屋の前を走り回ったりはしなかった。
もしかしたら、彼らも朝からどこかで騒いでいたかもしれないが、それを感じさせないだけの広さのある家だった。規模で言うなら、学院とさほど変わらない。
庭の向こうにある森や、山で鳥が囀るのや、風が木々を鳴らすのを、彼は懐かしく思い出した。まだほんの半月しか経っていなかったが、それはずいぶん遠いことのように思える。
瞳を閉じなくても、自室の窓から見える景色がありありと浮かんで、彼は慌てて頭を振った。
家は捨てたのだ。
家族も捨てた。
ここに来る子どもたちの多くは、親に売られて来る。喜んで来たものもいるだろうが、売られることに変わりはない。この国は、この学院は、子どもを引き取る代わりに、親に多額の報奨金を与えるからだ。貧しい出であればあるほど、その恩恵は大きいだろう。
そして、彼らが本当に理解しているかは分からないが、今後、故郷のために働くことも、親兄弟のために尽くすこともできない。全てはこの国のため。世界の安定を保っていると喧伝しているこの忌まわしい国家のために、命と生涯を捧げるしかないのだ。
自分は違う。
全てを知った上で、ここへ来た。自らの意思で。
親が報奨金を受け取ったかどうかは知らない。受け取っても、そんなものは端金に過ぎなかっただろうし、場合によっては故郷の国庫に入ったのかもしれない。
彼の遠い親戚だという王は、彼が成人した後で、永らく空位になっていた母方の古い爵位を授ける約束をしてくれた。表向きは、大きな家の大きな力を持った幼い末息子が、別の国へ出ていかなければならないことを憂えた王の温情のようにも見える。しかし、これだって、単なる政治の駆け引きに過ぎない。
彼が魔術の国を統治しなければならなくなった日に、自分たちの国が少しでも有利に働くように、彼に余計な肩書を貼りつけただけだ。迷惑以外の何ものでもない。
魔術の国は曰く、子どもたちを保護している。魔力を帯びた子どもは、その力を知らないうちに使ってしまう。力を使うことは悪いことではない。
例えば、彼が捨てた家の者は多くが力を持って生まれてきたし、冗談に思えるほど昔から、国のために働いてきた。親や兄弟、年上の親戚から、力の使い方を学ぶ。それが、日常生活で私事において軽々に使用してはならないものだ、ということも家業の中で体得する。
そうではない、全く偶然に、普通の家に生まれてしまった子どもは、その使い方を知らなければならない。なぜなら、本人や周りの人間を危険に陥れる可能性があるからだ。
筋は通っている。彼自身、その通りだと思う。
同時に、そんなのは建前であることも、知っている。
たったそれだけの理由ならば、彼がここへ来る必要はなかったのだ。
彼は大きく息を吸って寝返りをうった。
そうではない。
家は、捨てたのだ。
家族も。
いつしか、部屋の外の騒ぎは静かになっていた。どうやら、各々、無事に今日という日を始めるに至ったらしい。
では自分は、という問いが頭をよぎる。
ここの大人たちでさえ、自分を持て余していることは、気がついていた。それは、家にいたころと変わらない。その生まれと、そして特性のせいで。
好きでこんなふうに生まれたわけではないのに。
番号は
思いついた順に
振ってある
なお、断片に齟齬が生じていても
まとめるまでは許容されるものとします
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ、サポートをいただけるとうれしいです! いただいたサポートは、くもみさきまちの運営費に活用しています!