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ステルス 10

これまでのお話は
 上層で迷子になっていたコハルは、相原に呼び止められ、二人で橋谷を探すことになりました。
 到着した先で、二人は松葉と会ってしまいます。




 ボックスは奥に向かって細長く、窓はなかった。倉庫以外で窓のないボックス、というのをコハルは初めて見た。
 両脇の壁には、棚があってものが雑多に置かれている。
 それだけなら倉庫のようにも見えるが、右側の一角には大きなパネルをいくつも持った端末があった。橋谷は、その前にある椅子に座って、険しい顔で松葉と、そしてやってきたコハルたちを見ていた。

「これはどういうことだ」

 橋谷はパネルと周りにある棚を示して言った。見た通りだよ、と松葉は答える。

「白岡さん、君がこの籠の中に見えているものを教えてあげて」

 松葉は振り返ってコハルに声をかけた。彼女は口を開こうとして躊躇った。なぜ彼がそんなことを言うのか、分からなかったからだ。
 ほら、と松葉はいつものように笑いかける。

「……ウイルスが……大量の、ウイルスが、入っています」

 橋谷の顔が一瞬、引きつって、そしてすぐに諦めたように肩の力を抜いた。そういうことか、と掠れた声がする。

「私的に他人を裁くことは、いくらお前でも許されていないはずだが」
「裁く?」

 松葉はわざとらしく首を傾げてみせた。

「これは、事故だよ。橋谷。事故だったんだ」

 コハルは咄嗟に身につけていた電気銃の一つを引き抜いた。その拍子に、何かが落ちて橋谷の前まで転がる。
 それを見て、松葉がにやっと笑ったのが視界の端に見えた。

「意外と気が効くね、白岡さん」



 松葉が籠を落とすのと、コハルが撃つのと、どっちが早かったのかはわからない。
 ほとんど同時に耳に違和感を覚えて、彼女は思わず持っていた銃を落とした。
 自分が銃の撃ち方でも間違えたのだと思った。

 辺りは真っ暗になっていた。
 見ればそばにいる松葉も、相原も、橋谷も、皆が耳を押さえている。三人ともに、暗闇の中で呆然としていた。
 籠は床に落ちて割れていたが、ウイルスはどこにも見当たらなかった。
 どうやらついに大規模に停電したようで、もう何のエラー音も聞こえない。それどころか、あまりに静かだった。

 通路の向こうから人が近づいてくるのが見える。いく人かの中に槇がいる。
 少し遅れて足音が聞こえ始めて、ようやく耳がどうにかなってしまったのでも、世界から音が消えたのでもないことに気がついた。
 同時に、橋谷たちが音のする方へ顔を向けた。
 コハルは松葉が慌てたように扉とは微妙にずれた方へ動き出すのを見ていた。
 ボックスの手前で、足音が止まる。一呼吸置いてから、ボックスの中が照らされた。
 中の様子を見た槇の顔が一瞬こわばって、それから彼は大きく息を吐き出しながら言った。

「証拠はつかんだと報告したかったんですが……まさか、こうなっているとは」




 槇の言った通り、コハルは元いた官舎の部屋をあてがわれ、謹慎を命じられた。下層へ帰されなかったことを喜ぶべきなのかはわからない。
 その謹慎は一日で解け、知らない部署の知らない上司の下に配属された。
 もちろん、何をするところかもよく知らない。もっと言えば、橋谷のいた部署が何をしていたかもよく知らないままだった。

 新しい上司は、コハルを怒鳴り飛ばすことはなかったし、他の人に嫌味を言われることもない。
 誰もが周りには特に注意を払わず、自分のことだけをしている、そんな集まりだった。

 コハルは——これは橋谷が言った通りに——訓練からやり直しになった。
 最初に目を分析されて、それ以来、定期的に検査を受けさせられる。

 橋谷にも、槇にも、誰にも会えないからあの後どうなったのかは分からない。
 松葉がどうしているのかも、知らない。
 なんとなく、もう会うことはないのだろう、と思う。例えば、勇鈴も含めて、あの間に関わった誰とも。

 あれから、二週間ほどが過ぎた。
 コハルはその間に、自分の見たいものを見る方法を、やっと学んだ。
 おかげで、ようやく電子端末から人並みに情報を得られるようになった。それでも、そこには何も書かれていない。

 繭のことも、虫のことも、ウイルスのことも。

 上層には、もう繭はない。
 もしかしたら、下層にはあって、たまに虫は飛んでいるのかもしれないが、たぶんもう、下層でもウイルスは出ないはずだ。

 コハルが得られたのは、断片的な情報でしかない。

 一つは、あの日、事故によってゲートが損傷したこと。それによって、電力障害が起きたこと。
 ゲートはすぐに修復され、上層と下層は隔てられた。元の通りに。

 もう一つは、これも事故によって、大規模な通信保安部一帯で大規模な電力障害が起きたこと——理由は一度に多量かつ高圧の電力が送電されたからで、システムの不具合によるものだとされていた。

 そうしてもう一つは、これも通信保安部で起きた火災で——これは倉庫のある一帯が大きく損失したのだが、これは先に起きた電力障害によるものだとされている。







#なんのはなしですか
#君と魔術と星空と




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