わたしの母
本日の記事はエイプリルフール仕様になっております。
母が亡くなる前に、姉に言ったそうだ。
「愛なんか、幻想なんよ」
当時、二十歳だった姉は、なんでこの人はこんなことを言ってくるのか、非常に困惑したそうだ。
わたしも、母が亡くなる前に言われたことがある。それは、姉には言ってはいけないことになっているから、わたしはいい子に黙っている。
黙っているが、王様の耳のように、黙っているのは辛いこともあるから、ここに書かせてもらおうと思う。
母は、日光皮膚炎だった。現代風に言うと、紫外線アレルギーだ。陽の光に当たると、そこがたちまち炎症を起こす。
だから、外出には日焼け止めや手袋、日傘が欠かせなかった。暑い夏の日でも、長袖の上着を着ていなければならず、大変だったと思う。
加えて、当時の関東では、日傘は気取った人間がさすものだった。今だったら、母も変な目で見られなかったのだろうに、あの頃はいろいろと面倒なことを言われたらしい。
わたしは、現代の日本人が、異様に日焼けを気にして、冬でも日傘をさして太陽を避けている姿を見ると、冷笑せずにはいられない。やるならもっと徹底的にやれよ、と思うが彼らは太陽にあたっても何か起こるわけではないから、日陰で日傘をさして、太陽に背を向けて立っていた人が、バスに乗った途端、窓際の席に普通に座ってしまっても、仕方がないだろう。
母が亡くなってからしばらく経っても、わたしは誰かと歩くとき、相手をついつい、日陰の側に譲ろうと気を配ってしまった。商店街のアーケードは、天窓がついていて、天気がいい日には陽がさしてしまうから、油断できないのだ。
もう、そんなことはしなくていいのだ、と思うたびに悲しくなった。
あれは、春のことだった。
母が入院していたのは春だから、全部、春のことなのだが、春のことだった。そのとき、二人の間で流行っていたコクーンアイスを買ってきて、病室で一緒に食べているところだった。
どんな流れでそうなったのかは覚えていない。母が言った。
「なおちゃん、お母さんは日光皮膚炎やろ」
わたしは、この時点では、まだぱちこではなかったので、そう呼ばれていた。うん、とアイスを口の中で溶かしながらわたしは答えた。
「本当はね、違うんよ」
は? だか、へ? だか言ったと思う。
何を言い出すねん、と思うが、この人は大体において、何言い出すねん、なことが多い。変なことしか言わない。
以前に、姉がわけのわからないことを言ってくる、あいつはおかしいんだ、わたしがおかしいのではない、あの姉があってわたしがあるのだ、と書いたと思う。
実際には違う。
母が、おかしいのだ。そもそも、母がおかしいから、姉もおかしく、その煽りを喰ってわたしまでおかしいかのように見えるだけなのだ。
とにかく、その変な母は言った。
「これはね、お姉ちゃんやお父さんには言ったらいかんよ」
嫌に真剣だったので、わたしは、真面目に、うん、と言った。こうやってこれまで何度もしようもない冗談を聞かされて騙されてきたのだが、それでも母が言うことを信じてしまうのが、マザコンのわたしの習性だった。母はわたしの全てであり、世界だったからだ。
「本当はね、吸血鬼なんよ」
「……キュウケツキ?」
当時のわたしは、吸血鬼をよく知らなかった。だから、母が何を言っているのか、本気で分からなかった。お話で読んだことがある気がするが、怖い話は苦手だったから、ぼんやりとしか分からない。
「吸血鬼はね、陽の光に弱いんよ。知っとる? 日に当たったら焼けて爛れてしまうんよ」
え、そうなのか、とわたしはびっくりした。さぞかし、びっくりした顔をしただろうと思う。確かに母は、日に当たると爛れてしまう!
わたしの反応に、母は満足したようだった。
「え、じゃ、じゃあ、わたしもキュウケツキなん?」
母は、悲しい顔をして目を逸らした。
「お母さんほどやないけど、お日さま苦手やろ? 日に焼けたら真っ赤になるし、眩しいのも、暑いのも苦手やろ?」
「え、お、お姉ちゃんは違うん……?」
姉の肌は浅黒く、子どものころは常に真っ黒に焼けていたと聞く。どう考えても吸血鬼ではなさそうだった。
「お父さんは、普通の人間なんよ」
そりゃあそうだろう! 父は島育ちで海と山を駆け回って暮らしていたのだ。
「え、じゃ、じゃあ、おばあちゃんとかは……? おばちゃんらもみんなキュウケツキなん……?」
「おばあちゃんは、本物よ」
「ホンモノ!?」
しーっ、と母は言った。
「大きい声出したらダメよ、バレたら大変なことになるやろ?」
わたしは口に手を当てて頷いた。
「おばあちゃんは、本物やけど、おじいちゃんは、人間よ。やけん、みんなも、ちょっとずつそうやったり、そうやなかったりする」
なるほど、ハーフみたいなもんか、とわたしは思った。まだ、クォーターという概念はなかったので、自分が何に当たるのかはよく分からなかった。
「え、で、でも、キュウケツキって、血飲むんやないん……?」
「わたしらは、本物やないけん……食べ物には注意せんでいいんよ。そやけど……お日さまだけはダメなん、わかる?」
うん、とわたしは頷いた。母がずっと闘ってきたのは知っているから、よく分かる。
「もしかしたら、なおちゃんも、ホントにお日さまがダメになるかもしれんのよ」
え、と困惑しながら、確かにそうかも、と思った。母も、若いころは日にあたっても大丈夫だったと聞く。姉が産まれてしばらくしてから、ダメになったらしい。
「それからね……」
母は少し言いにくそうに続けた。
「わたしら、犬が苦手なんよ」
は? と再びわたしが大きな声を出してしまったので、母は静かにせんかね、と窘めた。
「おばあちゃんが、あんなに犬がいかんって言いよったんは、それでなんよ、分かる?」
いや、分からない。いや、分かるけれども。
わたしは犬が苦手である。犬を見ると、それだけで嫌な気持ちになるし、道路の向こう側を歩いていてまで、怖くて足が止まってしまう。
それは、子どものころからずっと、母が何かにつけて、いい子にしてないと犬が来るだの、犬に噛まれるだの、いもしない架空の犬をけしかけてきたからである。
ところがそれは、祖母が、母が子どものころからずっと、犬に噛まれるだの、犬が来るだの、言ってしつけてきたからなのだ。祖母が犬が犬がと言うせいで、母も犬が怖くなり、わたしも犬が怖くなったのだ。
しかし、この話には矛盾がある。
つい数年前、祖母は家を新築したのをきっかけに、犬を飼い始めた。芝犬だ。祖母の家に遊びに行ったわたしと母の顔が、どれだけ引き攣ったかお分かりだろうか。そんなわたしたちに、祖母は、おっとりと言った。
「飼うてみたらねえ、かわいいんよ、ほら」
ホラと言われたが、怖すぎてわたしは近寄れなかった。もちろん、母も近寄らなかった。名前は安直にタロウだかなんだかだった。
「いや、おばあちゃん、犬飼うてるやん」
あれねえ、と母は困ったようにため息をついた。
「おばあちゃんは、本物やけんねえ」
本物だと、犬を飼えるようになるのか? っていうか、キュウケツキって犬が苦手なのか? そんな設定だったか?
ツッコミどころがありすぎたが、母があまりにも真面目な顔をしているので、わたしは何をどう質問するべきか分からなくなった。よって、なるほど、よく分からないけど、そういうキュウケツキなんだろう、と勝手に納得した。
「最初にも言うたけど、お姉ちゃんとお父さんは、普通の人やから。この話、したらいかんよ。もちろん、お外で人に言うたら絶対にいかんのよ」
分かった、と言う以外に何ができただろうか。
先日、体調を崩したわたしが、力をつけられる食べ物について、姉が考えていたときのことだ。
「それとか、ニンニクとか」
「いやあ、ニンニクは食べれんもん」
ニンニクは、胃に負担が大きい。ニンニク風味だけでも、結構胃に来る。ニンニクの破片なんかを食べた日には、胃が痛くなる。だからそう答えたのだが。
姉が、えっ、と言って言葉を失った。
「え? なんやねん?」
「あ、ああ、ああ、び、びっくりした、そういう、そういう生まれの方なんかと……」

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