断片に困ってるのは本人だ
こんな話が発掘されたから読んでほしい。
あらすじは覚えている。この人たち、どうなったのかな、とこの前、最寄駅の踏み切りで思い出した。書きかけの冒頭もあったはずなのになぜか、見つかったのはこのシーン。
しかし、さすがに何もかもわからないだろうから、あらすじを載せておく。
あらすじ
とある家族の遺産をめぐる争いの調査を頼まれた秀人は、争いに巻き込まれ殺された上に、幽霊になってしまいます。
経緯はさっぱり忘れましたが、秀人に調査の続きを頼まれたかどうだかした、弟の優希と助手で二人の幼なじみである汐莉は、問題の家族のもとへ向かうのですが……
探偵役が殺されて、幽霊になる話が書きたかった
例に漏れず姉の虚弱なやつを出せという要望に従った
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玄関に足を向けていた彼が、くるりと向きを変えた。汐莉が止める間もなく、居間の扉を勢いよく開く。
話し声がぴたりと止んだ。
「僕はね」
彼は静かに切り出した。容疑者たちは、訝しげに彼を見ている。優希は部屋の中央へと歩きながら、言葉を続けた。
「常日頃から許せないことが一つあるんです。何だと思いますか」
びしりと指を差された勝子が、さあ、と答える。
「それはね、推理小説の謎解きの場面です。
探偵役がこうして、容疑者を集めて、さてなんて言うわけですが、まどろっこしい。
構造上、そうならざるを得ないのは分かりますよ。実際、謎解きの場面がなければ、消化不良を起こします。僕のように」
そこは、笑うところだろうか。
汐莉はとりあえず、彼から目を背けて居間の壁を見た。経験上、こういうときに上げ足を取ると面倒なことになる。話が長引くのだ。
「ですがね、最後の部分が全部、謎の説明なんて、退屈でしょう。僕はもっと、派手なアクションがある話が好きだ」
それは、そういう話を選べばいいだけだ。居間の誰もが思っただろう。
「何が言いたいんだ、アンタ」
廉次が苛立ったように声を上げた。優希は冷たい視線を彼に向ける。
「だから僕は、このまま帰ろうと思っていたんです。
犯人が誰かなんて、警察に通報したので充分でしょう。証拠も理由も、彼らが勝手に探せばいい。
何より、僕は早く家に帰りたいんです。殺人犯と同居するなんて、胃が痛くなりそうだ」
今度こそ、汐莉は突っ込みそうになった。
(関係ないでしょ! 家でだって痛くなってんじゃん!)
彼は、今までに見たことのない冷徹な笑いを口の端に浮かべている。
「さて、」
長い前置きの後に、彼はわざとらしく切りだした。そして、皆を見回す。
「あなた方の最大にして唯一の罪は、僕の兄を殺したことです」
優希はきっぱりと言い切った。
「僕は、あなた方を許す気はありません。罪を償おうが、僕に謝ろうが、それは絶対に変わらない。
だけどね、それは僕の勝手です。だから黙って帰ろうと思ってた。
でも、やめました。
はっきり言って、バカバカしいんですよ。
秘められた箱の謎? 相続遺産?
みなさん、ご家族がいらっしゃるから、そんなバカなことで騒げるんです」
「バカとは何だ!」
廉次が拳を振り上げて立ち上がった。
「叔父さん!」
亮が慌てて彼を押さえにかかる。だが、優希は冷たい目で二人を見ただけだった。
「バカでしょう。
女々しいと思われたくないんで黙っていましたが、僕の肉親は、もう兄だけだったんです。
それを箱ごときのせいで奪われた気持ちがあなた方に分かりますか?」
分からないだろうな、と汐莉は思った。
というか、女々しいと思われたくない、と思っていたことが意外だ。日々、自分に弱音を吐いているのは何だというのだろう。
「僕は、そのせいでこれから一人で生きていかなきゃならないんです。それが、どれだけ辛いことか分かりますか?」
分からないだろうな、ともう一度、彼女は思った。自分にも分からない。
「分かりますよ……」
そう言ったのは、美帆だった。
「私だって、このことで母を亡くしたんです。こんな箱、なければよかった」
「そうでしょうか」
ところが優希は、嘲るような調子で言った。美帆が息を呑む。
「美帆さん。ご友人とネットショップを運営していたそうですね。それが失敗した」
「どうして……」
「知りません。あなたの経営手腕はこの際、問われませんので」
「違います! どうして、知ってるんですか」
優希はにやりと笑って答えなかった。
「きっと、お金がパアになったでしょうね。借金ができたかもしれない。そうじゃなくとも、ある程度、困窮していたことでしょう。
だから、あなたは、お母さん――真梨江さんに援助を申し出たかった。ですが、彼女はご存じの通りのお方でした」
美帆は俯いた。汐莉のいる場所からは、彼女の表情は読み取れない。分かるのは、優希がバカにしたように鼻で笑ったことだけだ。
「それで、殺したっていうのか?」
廉次がじろりと振り返った。
「さあ。確かに、殺せばお金は転がり込んだかもしれません。ですが、こういう場合、海よりも高く、山よりも深い訳があるはずです」
それは、逆だろう。
そう思ったが、汐莉は懸命に黙っていた。
「あなたは、母親が疎ましかったはずだ。
その手を離れて自由になったものの、これまでの確執から、簡単に甘えることはできなかった。
そんなとき、箱の話が降ってわいたわけです。箱を開けた者は、全ての幸せを手にすることができる。
浦島太郎ですか。
実際に、あなたは、漏れ出した煙にやられたわけだ。箱には金目のものが入っているとでも思いましたか?」
優希はそこで言葉を切った。美帆の返事はなかった。
「そして、真梨江さんはそれを知っていた。
彼女の思わせぶりな態度は、あなたも腹に据えかねたことでしょう。
まるで、箱を手に入れる手がかりを見つけたかのように振る舞い、競争相手――主に、あなたを攪乱しようとしていたのですから」
部屋中がしんと静まりかえった。彼の話は理に適っていて、それだけに彼らも口を出せないようだった。
いや。違うかもしれない。
冷静を装っているどの人も、優希が何を言い出すのか見当がついただろう。ここで余計な口を挟んで、ボロを出したくないのかもしれない。
「ここで大事なのは、美帆さんはあくまでも箱を探していた、ということです。真梨江さんに対抗するため、彼女は嘘の情報をでっち上げました」
「嘘……って、あの手紙のこと?」
勝子が声を上げた。
「新たな手掛かりを求めて、真梨江さんは、美帆さんに話を聞かざるを得なくなりました。その辺りのことがどうだったのか、僕は知りませんが、取引の末、美帆さんはさらに嘘を吐いた。
それが、あの階段です」
彼は頷いた。
「階段に何かあると匂わせ、真梨江さんをそこへ向かわせる。
彼女を尾行し、反応を探れば、真梨江さんが口にしていない手がかりを掴めるかもせいれない、そういう考えだったはずです。実際に、何らかの『箱』を隠したのかもしれませんね」
「そうだとしても、私は母を殺したりしてない!」
美帆がついに声を上げた。優希はそれを冷ややかに見る。
「そう。殺したりはしてないんです。殺したりは」
「どういうことだっ! お前はっ……一体、何がしたいんだっ!」
「廉次さん。僕が言わなくっても、ご存じのはずです。あなただって、それを見たんですから」
「な、お前こそ、なぜ、……あ……」
彼は失言に気付いて、ぐっと呻いた。彼の頭の血管が切れたらどうしようかと、汐莉は不安になった。なのに優希は薄く笑っている。
「真梨江さんは、あれこれ探すうち、誤って階段から落ちました。これが真相です。
何しろ、僕が見ていたんだから間違いない」
「はあっ?」
ついに汐莉は思わず叫んでしまった。
「なんで? なんであんたが見てんのよ?」
はっとして、背後を振り返る。
「秀ちゃんも知ってたわけ?」
『い、いや、俺だって優希を探してたろ』
なぜだか、秀人は慌てて弁解を始めた。
「怪しい。だって、秀ちゃんがどこにいたって、誰にも分かんないじゃない」
彼を睨みつけながら、汐莉はあの日のことを思い出した。疲れていたのか、うっかり寝過ごし、起きたのは七時ころだった。
そして、優希の部屋に行ってみると、彼はいなかったのだ。彼を探そうと外へ出たところ、真梨江を――。
倒れていた彼女を思い出して、汐莉は震えた。その後、気が動転しているうちに、優希も秀人も皆と合流していたのだ。
「じゃあ、どこにいたのよ。弟に張り付いてりゃよかったでしょ」
『同じ見慣れた寝顔なら、女の子の方がいいに決まってるじゃないか!』
「何それ!」
汐莉は声を引っくり返した。顔が熱くなる。
『何、いっちょ前に恥らってんだ。事務所で豪快に寝てんのは誰だよ?』
返す言葉もない。
「そこ、黙っててくれる」
今まで以上にひんやりした優希の声がした。恐るおそる彼を見ると、彼だけでなく、居間の皆がこちらを不審げに見ていた。
(秀ちゃんのせいじゃん! 幽霊になんかなるから!)
決して彼も好きで死んだわけではないのだが、汐莉はそう思わずにはいられなかった。
「美帆さん、あなたはそのとき、階段の上にいたはずです。真梨江さんが落ちるのを見て、怖くなって逃げたんだ」
優希は美帆を見据えて言った。彼女は床の一点を睨みつけたまま、何も言わなかった。
「普通は、もっと大騒ぎになりますよ。しーちゃんのようにね」
「一言余計よ。それに、わたしの質問に答えてないじゃない」
彼はふっと笑って、美帆を見る。汐莉の質問に答える気はないようだった。
「ですから、僕はあなたに一番腹が立ちます。自ら見捨てておいて、悲劇のヒロインぶられてもね」
美帆が、何かを言い返そうと顔を上げた。しかし、彼の視線に射すくめられたかのように、俯く。
汐莉はちらりと秀人を見上げた。彼は、少し困った顔をしている。
問題の弟は、部屋の反応は完全に無視して続けた。
「一方、廉次さんは階段の下にいました。そのとき、閃いちゃったんでしょうね。彼は、彼女の事故を利用することにしたんです」
「利用……?」
亮の怪訝な声がした。
「兄の死と結びつけた、というわけです」
「ちょっと待ってよ」
勝子が鋭く割って入った。
「じゃあ、探偵を殺したのは……」
皆の視線が廉次に向く。彼は、がたっと立ち上がると、優希に詰め寄った。
「適当なこと言ってんじゃねえ! 俺は、誰も殺してなんか」
「ええ、もちろん。分かっていますよ。あなたは誰も殺していない」
優希はにっこり笑った。
「お、おう……分かればいいんだ……」
あっさり認められ、彼は中腰のまま変な顔をした。その鼻先に、優希が懐から何かを突き出す。
「兄の事件と真梨江さんを結び付けるもの。それは、これです」
あっ、と廉次が目を剥いた。
優希が取りだしたのは、小さく薄っぺらい手帳だった。褪せた赤の表紙は、お世辞にも綺麗とは言い難い。
『あれっ……あいつ……』
呆れたような声がする。
汐莉にも見覚えがあった。秀人が探していた手帳だ。例の、ただそれっぽいからという理由で持っていた手帳である。
「廉次さんは、この手帳を真梨江さんの手元に置きました。そして、立ち去ったのです」
「えっ、でも……」
そう言ったのは汐莉だったが、他の皆も怪訝な様子を見せた。
「そんなもの、落ちてたっけ?」
あまり思い出したくはないが、どちらにしろ記憶にない。でも、そのときにはすでに、例の手帳を探していた。さすがに落ちていたら気付くだろう。
「それに、そういうのって、警察が持っていくんじゃ……」
言いかけた汐莉は、嫌な予感がして言葉を途切れさせた。
「……あんた、ずっと見てたって、勝手に回収したの!」
「回収したんじゃない。入れ替えたんだ。君は、混乱してて気付いてなかっただろうけど、あのとき落ちてたのは別のものだよ。そうですよね、勝子さん」
ぎくっと勝子が身じろぎした。
「な、何のこと?」
「僕は、この手帳と白い封筒を入れ替えました。そうすれば、必ず誰かが妙な反応をしてくれると思ってね」
「ちょっ……人が倒れてんのに、何してんの? 助けたり、人呼んだり……するもんでしょ!
美帆さんと廉次さんはさておき……いや、さておけないけど……あんたまで何でそんなことしてんの?」
「なぜ、僕の兄は死ななければならなかったのか。それを知りたかったからだ」
優希の言葉に、汐莉は黙り込んだ。秀人のため息が聞こえる。何か言おうとして、だけど形にできなかったようだった。
「人は必ずいつか死ぬものです。どんなに別れが辛くとも、その日は来る。だからこそ、肉親の死は、幸せなものであってほしい。そう思って何がいけないんですか?」
「けどさ、じゃあ、キミは何が偉くってそこに立ってるわけ?」
亮が呆れた声で言った。
「キミだって人が倒れてるってのに、放ってたんじゃないか。人を責める資格なんてないだろ」
「すみません。僕はその現場を目の当たりにして、少々、気分が悪くなりまして。席を外していた隙に、しーちゃんが発見してしまったというわけです」
絶対、違う、と汐莉は心の中で突っ込んだ。
大方、最初から気分は悪かったのだろう。それで起きて、トイレにでも行こうとしていたに違いない。その状態で迷子になって、偶然、居合わせたのだ。
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優希の言う通り、謎解きのシーンは無駄だと思う。これまでの経緯をもう一度なぞるものだからだ。まどろっこしいことこの上ない。
ただ、これまでの経緯が全くなかった場合は、ご覧の通りだ。なんのことかわからないだろう、と思ったが、思いのほか、うっすらと全体像が見えるではないか。
ちなみに、この話に本編はない。冒頭にあたる秀人の訃報が入るシーンと、この謎解きシーンしかない。書いていないのではない。プロットとして存在すらしない。だから、どんな事件が起きたのか、筆者であるぱちこすらも知らないのだ。
しかし、この手法はあながち的外れなやり方でもないだろう。探偵がどう謎を解くか、は探偵のキャラクターや能力にも大きく関わってくる上に、なんちゃって、だとしても推理物の場合、物事の整合性がことさら重要視されるからだ。
上手に事件パートと解決パートを練り合わせるには、解決させてから事件を考える方が、辻褄が合う。
などと言ってみたが、手法ではない。例によって盛り上がったシーンから書いたというだけだ。
これまでに発掘された断片の中でも群を抜いて困った存在である。
なんだ、謎解きシーンだけ書いてあるお話の断片って! どうしろっていうんだ! せめて冒頭であってくれよ! それか、犯人書いといてくれよ!

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