わたしの元彼
本日の記事はエイプリルフール仕様になっております。
中学一年で同じクラスになった彼と、十年くらいの間に、三回くらい付き合った。
わたしの家は中学のすぐそばにあって、家からも学校からもどちらもが見える距離だった。家のすぐ横は空き地になっていて、向こうの道をみんなが行き来するのが見えた。
彼はテニス部だったから、美術部で、部活は適当にこなすわたしよりも帰りが遅かった。家に帰って、下校のチャイムが鳴る。わたしは、自分の部屋の出窓にかじりついて、彼が通るのを待った。
あのときの気持ちは、いま思い出しても、じりじりする。大好きすぎて、大好きすぎて、ほんの一瞬、通るのを眺めるだけでも幸せだった。
まだ、PHSなんて持たせてもらえなかったから、わたしたちの連絡手段は手紙だった。もちろん、彼氏とじゃなくても連絡手段は手紙だったし、わたしは当時から文房具が大好きだったから、無駄に便箋を持っていた。
封筒に入れたりなんかは、しない。ポケットに隠し持てる大きさに畳む。ハート型はさすがに恥ずかしがられるだろうから、いつも、長方形で端がちょこっと折れてる、あの質素な畳み方だった。
手紙の最後にはいつも質問やクイズを書いた。だって彼は、まあ、男なんてものはそうなんだけど、手紙をたくさんは書いてくれなかったから。簡単にお返事してもらえる形式にしておいた。
彼はわたしの大好きな理系で、理科と数学にかけては、稀にわたしより成績がよかった。見た目がかっこよかったかどうかは、分からない。手足が長くて、かわいいタイプではあった。
そして何より、わたしのことが大好きだった。これは、最重要ポイントである。
中学のときは結局、恥ずかしさに負けて関係は終了する。高校は別々で、大学はわたしが千葉に行ってしまったから、なおのこと離れてしまったが、連絡はとっていた。
彼はわたしのことが好きらしかったが、わたしはといえば、あの頃の大好きな気持ちはとうに薄らいで、楽しい友だち程度になっていた。
彼だって、わたしを好きでいながら、別の女の子を追いかけたりしてたし、わたしも、なんならほぼ男子校に入ってしまったから、いろいろ目移りした。
大学に入って、わたしが物理学のわけのわからない参考書を読んでいるときに、彼は、本当はずっと好きやったんや、あのとき別れたことを後悔しとる、とメールを送ってきた。
わたしは、大学の図書館で危うく、今やなかろ!!!と大声で突っ込んでしまうところだったが、何とか踏みとどまった。
しかも、メールで言うてくるとか、現代人かよ!サシで勝負しろ!とも思ったので、それらをしたためて……このとき、何と答えたのかは覚えていない。
ところが、次にわたしが実家に帰って、商店街のアクセサリー屋で働き始めたときには、彼はまたわたしの彼氏になっていた。
この辺りになると、告白は雑になる。甘い言葉とかもない。大好きさとかもない。
まだ二十歳だったが、最初に付き合って七年、気心が知れすぎていた。だから、記憶も雑だが、彼はわたしを喜ばせようと思ってか、人気のデートスポットに連れて行ってくれたり、大学の友だちとダブルデートを画策してくれたりした。
しかし、わたしは当時、カラオケが生きがいだった。歌えればそれでよかったので、カラオケに連れて行ってくれて、わたし一人に歌わせてくれればそれでよかった。
彼のいいところは、歌があまり上手くなく、自分はそんなに歌いたくない、というタイプだったので、歌うのが好きな友だちとカラオケに行くよりもたくさん歌える上におごってもらえる、という利点があった。
あんなに大好きだったのに、ひどい話である。
もう一つは、彼が車を持っていたことで、バイトの送り迎えをしてもらった。これは、姉にバレて怒られた。何が悪いのかさっぱり分からない。
今もっとひどいことを思い出したのだが、彼と付き合っている間も、他の近所の男の子と遊びに行っていた記憶がある。
世界のみなさんごめんなさい。寝てはないから許してください。
そのころ、彼はまだ大学生で、お金はなかったはずなのに、あるとき、指輪を買ってくれるという話になった。みなさん、すでにお察しかもしれないが、わたしはそういうものに興味はない。欲しいのは図書カードだったのだが、くれるというものはもらっておこう。
なぜか、三越の一階の高そうなジュエリーショップに連れて行かれた。こちらは普段、本屋か文房具屋にしか行かないから、萎縮する。あんたお金なんかないやん、と言ったら、彼は自慢げに言った。
「パチンコで買ったけん、六万円あるんよ」
わたしは非常に微妙な気持ちになった。パチンコで勝った六万か。それで、三万くらいするペアリングを買った。もらえるものはもらっておこうと思ったが、とにかく微妙な気持ちがしたことだけは間違いがない。
確かに当時、わたしはアクセサリー屋に勤めていたこともあって、指輪だの、耳輪だの、腕輪だのを持っていた。持っていてやたらとつけていた。だが、それは単に自分がかわいいと思って買って持っていただけで、指輪が欲しかったわけではない。
非常に微妙な気持ちになりつつ、わたしの頭の中では、将来に向けて徐々に妄想を抱いてもいた。大好きのかけらもなくなっていたが、結婚するのなら彼だったし、彼以外と暮らすところは想像できなかった。
電車から見える街並みの、アパートを見ては想像する。あんなところに二人で住んでみたら。これは、大学のときに一人暮らしをするためにアパートを探していたときには考えもしなかったことだった。
いよいよ、彼と暮らす人生が具体性を増した。例え、パチンコで勝ったお金で指輪を買ってくれるような彼氏だったとしても。
しかし、その後、わたしの父がアルコール依存症で施設に入院した。わたしは父の付き添いで家から離れたど田舎の施設に宿泊しなければならなかった。
そこに至るまでに、彼がどうも、束縛したいタイプで、テニス部だったからリア充なのかと思っていたら、思った以上に内気でくよくよして後ろ向きなタイプで、何かとわたしの動向を気にしてばかりいて、その癖、強気なことは言えないくせに、子どもみたいにぐずぐずいうやつだ、ということが判明していた。
付き添いは施設とは言っても、要は病院だから、携帯の使用は認められていなかった。わたしは施設にあったアルコール依存症の参考文献を読み耽った。活字が好きだから、ネガティブな内容の文献でもいくらでも読める。
一晩、父についていて、次の朝に施設を後にした。携帯を開くと、彼からのメールが何通も来ていた。
俺を無視して連絡をよこさない、と、わたしを批判したメールだった。
こっちは家の事情で忙しいねん、返事する暇なかっただけやん。
めんどくせ、と思って即別れた。
それなのに、次のシーンでは、わたしは高校の友だちの職場に、彼と一緒に訪れ、友だちの旦那に彼氏でもないやつとデパートになんか行ったらいかん!と怒られた。いつの時代やねん。
そのときには、アルコール依存症の父は亡くなった後で、わたしは父が遺した保険金や遺族年金で豪遊していた。
豪遊、というのは語弊があるが、ハタから見たら豪遊だっただろう。
実際のところはちょっと違っていて、このお金を使い切らなければならない、と思っていた。酒に溺れて家族を困らせた父のお金だ。すっぱりこの世にばら撒いてしまうのがよい。
わたしは、父の車を手に入れて、免許も取得したから、彼を乗せてカラオケに出かけた。まだカラオケブームは去っていなかった。
駐車だけは苦手だったから、ショッピングモールの駐車場に入ったところで、運転を代わってもらった。
中学のときは、エレクトーンのレッスンの送り迎えをしてもらっていたが(もちろん徒歩)、このころはバイオリンのレッスンの送り迎えをしてもらった。
楽器屋にバイオリンを調整するのに持っていきながら、決まりが嫌いなお前が、バイオリンなんか習うとは意外やった、と言われたのを覚えている。
お金を持っていると、周りの人の反応が変わる。変わらないのは本物の友だち、というよりは、その人たちは家が裕福だったり、自分に余裕があったりする人たちだった。
家にお金がなかったり、自分自身に余裕がない場合。
中学校のときからの親友に、お金を貸してくれと言われて当惑した。理由は家族みんなで携帯代が払えないから、だという。この子の家は少々複雑ではあったが、母親もいたし、まだ中学生の妹も携帯を持っていた。
わたしはひどく悩んだが、すっぱり関係を切った。
そして、それは彼も同じだった。
彼は、大学を卒業したのだか、できなかったのだか、よく覚えていないけど、いつも単位が足りないと嘆いていた。挙げ句の果てに、定職につくことができず、中途半端な短期の仕事で食い繋いでいた。
とはいえ、彼もまた、実家があり、父親も母親も健在だったし、わたし自身がそもそも定職には就きたくない派だったから、そこのところはなんとも思っていなかった。
そのころ、彼は精神的なものからくる不調のせいで、病院に通っていた。そのことも別に、なんとも思わなかった。思った以上に彼が、大学から就職までのステップで病んでしまったことを、あらまあ、くらいにしか思っていなかった。
もちろん、この時点では付き合っていなかったし、でも、わたしはちょうど二十五歳になるころで、高校の友だちが次々に結婚して子どもを産んでいたころである。
いい男が落ちていないか探して歩きながらも、ずっと待っていた。彼がプロポーズをしてくれるのを。いつやねん、いつやねん、何をぐずぐずしてんねん。
ところが、彼が言ったのは、
「病院に行くお金がないんや、貸してくれんか」
だった。
わたしは本気で、彼と結婚することを考えていた。彼以外と寝るのは嫌だったし、彼となら、一緒に暮らして一緒に家族を作っていけると思っていた。
別に、お金がなくっても、働けなくっても、病気があっても、よかったのだ。だって、だって大好きだったから。
でも、このままわたしが、いいよ、ってお金を貸してしまったら、そういう関係になってしまう。お金で繋がる関係にはなりたくない。お金を貸すなら、お金を貸す関係じゃなくって、同じお財布になったらええのんやん。
人生、いちばんの賭けだった。そして多分、負けることも分かっていた。彼は弱い。弱い人間だ。そんな弱いところも好きなのに、でもそれじゃあダメなんだ。ここだけ、今だけでいいから、男になってくれ頼む!
「お金を貸すことはできん。だって、うちは、あんたのお姉さんでもお母さんでも、奥さんでもないねん」
察しろ。
と思ったが、もちろん無理だった。無理だったから、わたしはまだ独身だ。今、彼が、どうしているのかは全く知らない。

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