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雲岬町誕生秘話

 というのがあったら面白いかもしれないと思ったのだが、自分が全く覚えていないので書けないことが判明した。
 ぱちこのnoteを読んでくださった方の中には、雲岬町って、なんやのん?と思われた方もいらっしゃるかもしれない。

 なんやのん、言うても、ただの妄想である。
 さかのぼっても、どこからあったのかぼんやりとしていて、それはもう、まさにコレ、霧の中にあるやう、なのだが、どうにかして振り返ってみようと思う。



ももいろのことりわあるど

 まずそれが、なんやのん、なのだが、これが一番初めにぱちこが作ったホームページのタイトルである。

 このときはまだ、ぱちこではなく、荻生那実と名乗っていた。
 この名前は、中学のときに、そう、あの小さな、学年に100人しかいない、女子は50人しかいない中学のときに、小説を書く友人二人とお互いのペンネームを考えたのが始まりだ。すごい率で小説を書いている女子中学生がいた。
 そのときに付けてもらったのが、荻生苗というペンネームだった。
 名字はなんとなくそれっぽいものを選び、名前の方は本名の頭文字から付けられている。
 が、苗、という名前にしっくりこなかったぱちこは、後に、那実に改名した。成長して実がなった次第である。
 今思えば、別に苗でもいい気がする。

 お前の名前なんて今、聞いてない。

 ももいろのことり、というのは、こいつのことだ。

ももいろのことり(右端)

 「ももいろのことりのうまれたてのおはなし」ができたのが、中三の四月か五月かそんくらい。
 ホームページができたのは高一の十二月で、受験を挟んでももいろのことりフィーバー中だった。


happy afterNoon

 これは、今やもう本人ですら忘れかけている、ぱちこのキャラクターブランド名である。

 しあわせなひるさがり、という。

 ももいろのことりだけで構成されていた世界が、ふしぎうさぎだの、なんだの増えたので、全体名をつけようという動きになった。
 Nが大文字なのはぱちこのイニシャルだからだ。


happy chaNNel

 これと同時に、ホームページのタイトルも変更した。コンテンツがさまざま(詩とか小説とか。それまではももいろのことりの絵と絵本メインだった)に増えたこととあって、放送局がいいであろうと考えたからである。

 これがたぶん、高二か高三のことだ。
 ももいろのことりフィーバーは終わり、ふしぎうさぎが加熱した。

 ぱちこ、と命名されたのもこのころである。


それがどこで くもみさき に?

 知らねえ。

 なぜ、ここまでの間に、ホームページの話をしてきたかというと、高校のときに開設して以来、主にこのホームページ上に作品を出すことで活動してきたからだ。
 雲岬町が登場した瞬間が、自サイトだったことは間違いがない。

 しかし、起点がどこにあったのか、まるで思い出せない。

 仕方がないので、反対のこちら側から振り返ってみる。


2020年代

 少なくとも、2020年代には雲岬町は存在していた。ここで、ぱちこは占いを作ったのだし、惑星の動きまで考えた。
 世界そのものが大きく形成されたのはここだが、もっと前に存在している。


2010年代

 では、2010年代はどうか。
 このときも、存在していたはずだ。サイトの内容はすでに雲岬町の店やら施設やらで構成されるようになっていた。
 happy chaNNelは、雲岬町にある放送局、ということに落ち着いていた。


2000年代

 となると、2000年代に何かが起きたのだと考えられる。では、この十年間を振り返ってみよう。

 前半は、学校に通っていた。
 2000年問題が浮上したとき、それは、ぱちこがホームページを作った直後だった。よって、ぱちこのホームページは難を逃れた。そのときはまだ、HTMLしか書いてないのだから、お前がバグらせる危険性はゼロだろ!って話なのだが、それが2000年の始まりである。
 ちなみにこのとき、郵便局のバイトに勤しんでいたような気がする。歳をとったので、あれが高一のことだったか、高二のことだったか、高三でないのは確かで、多分高一なのだが、もうあやふやだ。
 ということは、最前、高校の時は違う、と言ったのだから、この辺は違う。前半の前半は違う。

 前半の後半は、大学に通っていた。
 そう、大学生だった過去をもつ。そのころは、主に家でホームページを更新しまくる日々だった。
 怪しいのはこの辺りなのだが、判然としない。

 後半の前半は、実家に帰ってバイトをしていた。このころも、主にホーム……なにやってんだ、ぱちこは笑
 しかしそう考えると、このころかもしれない。
 ただ、ホームページは、放送局のままだった。

 後半の後半は、絵を描いて暮らしていた。フリーペーパーを作り始めたのもこの頃で、デザインフェスタにせっせと出展し始めたのもこの頃だ。
 ここまでくると、雲岬町は存在している。
 やはり、さっきの五年間でなにか起きたらしい。


 ………………。


 もしかしたら、雲岬町というのは、最初からこの世に存在していて、ぱちこがいつかの時点で認識しただけなのかもしれない。
 たとえば、紙をいつ認識しましたか、というのと一緒で、生活の中に紙という存在はありながら、それがどんなもので、どういうふうに使われたり、どんな来歴があるのか、ということは、徐々に知っていった。
 雲岬町も同じで、すくなくとも、去年よりも今年のほうが、ぱちこは雲岬町のことをよく知っている。それは、みなさんも同じはずだ。


なにいうてんねん

いや
嘘は言うてないやろ?
その通りちゃう?


 思わず普通につっこんでしまったが、正しくはこうだった。


#なんのはなしですか


 大学のときに

続けるんかい!

思い出します

いや、大学ではないかもしれない、バイトをしていたころに、web拍手、というシステムが流行っていた。
 それのお礼画面に載せた短編は、すでに雲岬町だった。これはおむ……おむにばす?形式になった掌編の、連作で、一つの架空の町に住んでいる人たちが出てくる。
 その中に、大学生の子が通学するシーンがあるのだが、彼は、山を越えて隣町の大きな駅に電車で通っている、という設定だった。
 それが、放送局のある町、のことなのか、雲岬町と認識していたのかは微妙だが、存在はしていた気がする。

 雲岬町の特産に蛍石というものがある。
 これは、新月の夜か満月の夜か忘れたけどどっちかに、親石とたたき合わせると、ひと月のあいだ、光る石のことである。
 この石自体は、13th doorというお話に出てくるのだが、例によってこのお話は、冒頭部分しかない。この話は高一か中三のときに存在していて、雲岬町をぱちこが認識したとき、すでに町に蛍石があった。
 不思議なもので、これも、こうしようと思ったのではない。他の闇の子どもたちあたりの世界も、こうしようと思って設定されたのではなく、たいていは、もう、そうなのだ。

 雲岬町、という名前は、「空を見上げて」の冒頭にもある通り、雲に覆われているという理由で付けられた。ということになっているのだが、ここを本当は掘り下げたかった。
 なぜ、ぱちこの頭の中には町があって、雲岬という名前なのか。
 たまにiPhoneの残念な変換で蜘蛛岬になることがある。それもまた面白そうなので、パラレルワールド的な話を書くとよいかもしれないが、それは横に置いておこう。
 どうして、雲岬だと思ったのか。
 イメージでは、佐田岬半島のようなものを考えているのだが、形状から言うと、あんなに長細くはない。さらには、岬が面しているのが内海なのは間違いないのだが向きが違う。海は街の東側にあることになっている。なぜそう思ったのかもわからないが、そうなのだからどうしようもない。

 最初から、雲岬町には、ぱちこが好きな、緑寄りの水色のイメージがある。それだけは間違いない。けしてエマのいうような、灰色のイメージではない。
 ちなみにぱちこも雨が苦手で、そんなに雨が降る町には住めそうにもない。なのになぜ、雨が多い雲岬などという町になったのか?

 ここまで、頑張ってみたのだが思い出せなかった。結論としては、やはりこのどちらかだと思う。

  • 脊髄反射という名のインスピレーション

  • 雲岬町は最初から細胞の中に存在していた

 仮に、細胞の中に存在していた場合、脊髄の反射で出てくることもあるかもしれないから、二つは同義であるともいえる。
 いずれにしろ、創作に秘話なんてない、が成立することだけが実証された。

 なお、もしかしたら、自分が過去に書きつけたいずれかの紙片またはnotebookまたは古いパソコンの中の文書ファイルに、記載があるかもしれない。
 何かと書き付けまくる癖があるので、思いついた瞬間、もしくは、町そのものが膨らむ直前の書き付けがあるはずだ。というか、絶対ある。町の設定を書いた記憶はあるんだ。
 もし、それが発見されたら、続編を書こうと思う。


#なんのはなしですか
#なんもわからんまんまやん
#雲岬町




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