おばあさまたちの謎
高齢化の進むわが町では、
お年を召した方が多い。
子どものころに住んでいた町では、
高齢者に座席を譲る、
という図式が成り立ったが、
バスは小さく、座席は少なく、
乗っている方の大半が
お年を召していたりする。
最初はいったい全体、
どなたに席を譲ればよいのか、
困惑したものだ。
ぱちこは、道を歩くと
なぜか人に声をかけられる。
ご存知のとおり、壊滅的な方向音痴で
自分の行く先すら曖昧なのに、
どこどこはどこですか、
が頻発する。
それを防ぐ手立てはただ一つ。
ヘッドホンをしていることだ。
大抵の人は、これで諦めてくれる。
ヘッドホンをした人に、
わざわざ話しかける人はいない。
スマホに何かを打ち付けていたりすれば、
なおさらだ。
ところが。
おばあさまたちは、意に介さない。
ガンガン音楽を流しているスキマから、
なんとか、かんとかやねぇ
と割り込んでくる。
今朝、もうお腹も痛いし、
面倒くさいので、
無視してみた。
人と話すテンションじゃない。
なんとかは、かんとかやの?
なんとかの、なんとかは、なんとかやねえ、
今日は、なんとか、なんとかねえ
……なぜだ。
会話が進行している。
答えなくてもいいのか?
分からないので、とりあえず、
にこっと会釈をしてみる。
間違った。
またなんか続いてる。
雰囲気的に、
バスはもうすぐくるんかねえ、
久しぶりにきたけん、
何時かわからんのよねえ、
今日はあったかくなってよかったねえ、
のようなのだが、
全く聞こえない。
なぜなら、
こちらが聞こえていないかも、
とは思っていないおばあさまは、
普通の声量で話しているからだ。
しかし、こちらは、ギルチャで
みんなに挨拶をしているんだよ、
おばあさま。
わかるかしら、ギルドチャットよ。
会話中なの。
聖徳太子じゃないから、
話しかけられたら混乱するじゃない。
っていうか!
道聞いてたんちゃうんか……
世間話やないか……
しばらく、おばあさまは、
ぱちことの会話を楽しんでいたが、
相手が無口な人だと気がついてくれたらしい。
と、いうことが、
今朝だけではない。
今年自分は百歳になる話とか、
待合は逃げられないから危険すぎる。
道端の場合は、
道を教えて逃げるに限る。
にしても、
なんだって、ヘッドホンをしている相手に
話しかけようと思うのか分からない。
そこまでぱちこは、緩いのだろうか?
話しかけやすすぎるのだろうか?
もっと、パンクにしてたらいいだろうか?
たぶん、それでも逃れられない気がする。
年末には、帰り道で、
これは耳元でハワイファイブオーを
ガンガンに流しているのに、
おばあさまに話しかけられた。
そのときは、
話してもよい気分だったので、
ヘッドホンを外して聞いてみる。
市駅って、どうやって行くんかねぇ
この道をこのまままっすぐ行ったら、
あの建物にぶつかるから、
そこを左に曲がったらすぐ分かりますよ
ありがとぉ
ぱちこは、いいことをした、
と思いながら立ち去った。
立ち去ってから、
すぐそこなのだから、
一緒に歩いてあげればよかったか、
とも思ったが、
なんにせよ、すぐそこだ。
大丈夫やろう、と家に帰った。
半月ほど経ってから、
まてよ、とぱちこは思った。
まず、あの駅を「市駅」と呼ぶのは
地元民だけだ。
これは、国鉄の駅が松山駅で、
私鉄の駅が松山市駅と言うからで、
私鉄の方は市駅、国鉄の方は国鉄の駅、
現、JRの駅、である。
そして、「市駅」の場所を知らない地元民は
いない。
なぜなら、主な駅は市駅しかなく、
JRは商店街からは離れていて、
要は市の中心=市駅だからである。
さらに、ぱちこが道を聞かれたのは、
堀端通りから花園通りに入って2ブロック、
市駅側へ進んだ場所だった。
市駅からまっすぐお堀に向かう、
一番広い通りである。
つまり。
その地点を歩いている地元民が、
駅の場所を見失うわけがない。
となると、
彼女はお年を召されて、
駅の場所をお忘れになったか、
人間そっくりに擬態した狐狸の類だろう。
狐はここにはいない。
ここは狸の国だから、必然、狸だ。
が、彼らもまた地元民だから、
人間に擬態したところで、
駅を知らないわけがない。
となると、
お年を召されて
駅の場所をお忘れになったか、
お年を召されて
駅の場所をお忘れになった狸か、
狸のふりをして人間に化けた
勉強不足の外来種
のどれかだったのかもしれない。
後半の場合、
それがいわゆる、神に近い存在で、
ぱちこ不親切!
連れてってくれないなんて!
と思っててんばちを下してくる以外では、
問題はない。
前半の、
お年を召されて
駅の場所をお忘れになられた場合……
よくよく話を聞いて、
しかるべき対処が必要だったのではないか、
と思い至ったのだ。
などという、
妙な親切心を起こしてしまうことが、
本当はおでこに貼ってあるのかもしれない。
他人からはそれが見えていて
そのせいでヘッドホンをしていても
道を聞かれるのかもしれない。
だったら、
問答無用
という紙でも貼り付けておけば
いいだろうか。
だめだ、よく考えたら、
もう目ぇが薄くて、
時刻表が見えんのよ、
次のバスはいつくるんかねぇ
の人には読んでもらえない!
ヘッドホンて
結構インパクトあることない?

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